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第2話 仮面と本性

 沿道の人々に手を振り、合間に後悔したり、あれこれ呪ったりして、馬車で南下すること7日間。

 カザック王国騎士団のカーラン小隊長の馬が、ソフィーナの座る馬車のコーチ横に並んだ。

 アンナがコーチの窓を開ければ、彼は穏やかに、「殿下、そろそろカザレナに入ります」と声をかけてきた。


 窓から入り込む、冬にしては温かい空気に、ソフィーナは目をみはった。

 開け放した窓の向こうに見えるのが、カザックの王都カザレナ。

 まだ外れだというのに、通りは隙間も凸凹もなく、石畳が敷き詰められ、路地も美しく整えられている。

 周囲に広がる住宅地は整然と区画され、小ぢんまりとした感じのいい戸建ての前庭で、親たちが洗濯物を干したり、おしゃべりをしたりしていた。そこかしこの公園では子供たちが楽しそうに遊び、老人がのんびり散歩しているのが見える。


「あー、騎士様だっ」

「ねえ、お仕事? 頑張ってねー!」

 ソフィーナの馬車の周りを固める騎士たちに、子供たちが声をかけてくる。それにいかめしい顔をしている騎士たちが一瞬破顔し、手を振った。

「広いですね。それに、賑やか……」

 アンナがぼそりと呟いた。


 馬車は、何度か角を曲がり、最後に王城へと続く目抜き通りに入った。

 通りの両脇には、びっくりするほどたくさんの人たちが集まっていて、ソフィーナを見、口々に何か言っている。

 その人たちを監視、制御しているのは、カーランたちと同じ黒衣に身を包んだ人たちだ。

(これがカザック王国騎士団……カーランたちだけじゃなかったのね。全員こんな風なのだわ)

 彼らの動きは、整然としていて美しい。だが、軍全体のその印象に反して、個々の体躯、雰囲気、手にしている武器、そのすべてが不揃いで、どこか殺伐として見えた。華やかさは一切なくて、どこまでも実用的な感じがする。


 建国以来、地域戦での敗北はあるものの、最終的には全て完全なる勝利で飾っているカザック王国の原動力が、この王国騎士団だ。

 国籍も年齢も出身も関係なく、実力本位で選抜された後は、厳しい訓練により強さを、専門の講師による勉学によって教養と品位を身に付けさせられ、それができない者は容赦なく振るい落とされると聞いた。

 個人として強いだけでなく、将校としても優秀で、他国での将軍レベルにあたる人間が、数百人単位で維持され続けている。

(創設者であるアル・ド・ザルアナックはよほど優れた人物だった、という事かしら)

 実質貴族の息子のお遊びと化している祖国の騎士と比べると、その能力が本質的に異なっているように見えた。

(この騎士団のありようこそが、この国の本質なのね……)

 ソフィーナは彼らを見つめ、またため息を吐いた。この国とハイドランドが対峙できるわけがない。


(でも……)

 ソフィーナは、その騎士たちの後ろに集まった群衆に目を留めて、微笑を顔に浮かべた。

 人々の身なりは整い、体つきも祖国ハイドランドと比べて格段にふくよかだ。

 裕福な国の目抜き通りらしく、立ち並ぶ商店には高価なガラス製の窓が並び、そこを通して溢れんばかりの品物が遠めに伺える。

 人々の表情は押しなべて明るく、気力と活力に満ちている。


「えー、なんかぱっとしないお姫様ね」

(……相変わらずの言われようだけれど、まあ、いいわ)

 とソフィーナは苦笑する。

『国民に自由に物を言われては、困ると思うような王であってはいけません』

 母の教えを思い出して、国民が思うまま話せる国はいい国、とソフィーナは正直者の少女へと笑って手を振った。


 それから、目の前に迫ってくる、城というよりは要塞という感じの、傷だらけの外観の城を見つめた。

「……大丈夫」

 そう小さく呟いて、ソフィーナは唇の両端を上向かせる。

(出発前に悲観していたほどじゃない、きっと私はこの国を好きになれる)




「ちゃんと来るとはね。こんな結婚嫌だって、セルシウスにみっともなく泣きついてくれれば、それはそれで面白かったのに」

――この男さえいなければ。




 城の正門奥の広場に、わざわざ出迎えに出てきたフェルドリックを見た瞬間に、嫌な予感はしていた。元々目立つ金の髪を午後の陽ざしに煌めかせながら歩み寄ってくるその姿を、ソフィーナは馬車の中で顔を引きつらせながら二度見した。

 輝かしい微笑で、「ソフィーナ、本当に会いたかった」とコーチから出るソフィーナに手を差し出してきた時は、どの口が言う、と問いただしてしまわないよう、必死で口を噤んだ。

 それでも、「疲れただろう」と心配そうに言いながら、優しく頬に触れてくれて、そこまでひどくないかも、と少しだけ気分が持ち直した。

 送ってくれた騎士たちが苦笑し、アンナや他の侍女たちが憧れを見る目でフェルドリックとソフィーナのやり取りを見守る中、気恥ずかしくはあったが、嬉しくもあった。

 ハイドランドで別れた際の、フェルドリックとソフィーナしか知らない険悪さと緊張感を思えば、あれはただの売り言葉に買い言葉で、フェルドリックの本性はこっちなのだ、と思いたかった。

「僕が案内するから」

 フェルドリックはそう言って、ソフィーナと腕を絡ませ、城の中のあれこれを説明しながら、用意された部屋まで付き添ってくれた。優しく、紳士的に、時に冗談を交え、和やかに。


 新しい部屋で新しい侍女を紹介されて、お茶を出され、苦笑されながら、

「ソフィーナさまもお疲れでしょうから、殿下、ほどほどに」

と、二人きりにされる瞬間までは――


「てっきり逃げるかと思ったのに、ちゃんと来るとはね」

「まさか。大体、こちらが断れないことを、殿下はご存じでしょう」

 扉が閉まるなり、冷めた笑いを見せたフェルドリックに、浮上していた分深く突き落とされた。

 ソフィーナは心の痛みを隠しつつ、フェルドリックに応じて先ほどまでの笑顔を引っ込めると、涼しい顔で茶を手に取った。

 茶の水面が無様に波立ったことにフェルドリックが気づかないよう、真剣に母に祈る。


「国のため、仕事のため――見上げた根性だ。まあ、君の場合、それぐらいしか取り柄がないか」

「仰る通りです。ご不満なら、姉はどうかとおすすめしましたが? オーセリンのチェイザ殿下の結婚式でお会いして以降、姉はあなたに好意を持っておりますし、本人も喜ぶでしょう。何より、殿下のその輝かしいご容姿にも釣り合います」

「相変わらず僕が気に入らない訳だ」

 心にザクザクと刺さる棘に気付かないふりをして、しれっと返せば、フェルドリックはくつりと笑って、目の前のカップを手に取った。


「まあ、そういう話になるとわかっていたから、君の父君あてに使者を送ったんだよ。求婚と一目でわかる封書でね」

「……まさか」

「まさかもなにも、案の定君の父君は、勝手に姉君あてだと思い込み、その場で内諾をくれただろう」

 ソフィーナは、目を見開くと、唖然としてフェルドリックを見つめた。


 父、ウリム2世ハイドランド王は政務を厭い、可能な限り逃げようとする。自分あての親書であってもざっと封書を見るのがせいぜいで、よほど興味のある物以外、開封すらも兄任せだ。

 もし、カザックから申し込みが、他の多くの親書のように各国大使館を通じた伝書として届けば、かなりの確率で兄が開けていたはずだ。

 その場合、使者に勝手に内諾を与えることは絶対になかったし、ソフィーナではなく、姉のオーレリアはどうかと、カザックに打診していただろう。


「じゃあ、わざわざハイドランドにいらしたのも……」

「そうすれば、セルシウスは姉君ではなく君をカザックにやるしかなくなる。彼は君が可愛くて仕方がないようだったからね――いいお兄さんだ。王としてごく優秀でかつ人格者、非の打ち所のない彼の懐刀である君は、同時に彼の弱点でもある」

 フェルドリックは、愕然とするソフィーナに、楽しくて仕方がないという笑いを見せた。


 皆が姉との人違いだと思う中、既に与えられている内諾を手にやってきたフェルドリック本人がそうではないと否定し、ソフィーナに求婚すれば……? 

 ソフィーナがそれを受けざるを得なくなる一方、父たちの不満はすぐに帰ってしまうフェルドリックではなく、ソフィーナに向く。

 実際それで王に疎まれたソフィーナの居場所は、ハイドランドにはなくなった……。


「そう睨まないでくれない? あの段階で、君に色々ばれたのは計算外だったけど、まあ、いいよ――結局、君は今、ここにいる」

「……」

 こちらを見つめたまま、幸せそうに微笑んだフェルドリックに、ソフィーナは息を止める。


「君の姉君では、仕事の邪魔にしかならない」

「……兄の力を削ぐことにもなりませんし?」

「……」

 無言のまま含みのある笑顔を返され、ソフィーナは耐えられなくなって、視線を彼から外した。

 私を望んでくれてのことなのか、と一瞬でも思ってしまった自分が、情けなくて仕方がない。


 それでも、そこからしばらくは普通に話すことができた。

「カザックはハイドランドに比べて暖かいだろう」

「ええ。それに想像より湿度が高いです。カザックの北部、国境の近辺を越えると、すぐに冬小麦になっていました。夏季の作付けは油脂用植物ですか?」

「豆類も多い。それに伴って、畜産の比率が上がってきた」

「四圃式はカザックではうまく回っていますか? ハイドランドでは商品価値の高い羊毛の比重が上がって、土地の囲い込みを行う者が出てきました」

 カザックとハイドランドの気候の違い、作物の種類、産業構造……色気のない話は、ソフィーナの得意とするところだ。相手がフェルドリックだと意識する必要がないことも有り難かった。


 お茶のお代わりが尽きたところで、フェルドリックは立ち上がった。

 見送りのために一緒に立ち上がり、扉に向かいながら、ソフィーナは彼に話しかける。


「ところで今後のお話ですが」

「典礼官から説明があるはずだ」

「この先の式典などのことではなく、殿下個人に関することです」

「?」

 ソフィーナより頭一つ高いフェルドリックは、足を止めると、訝し気な顔を下に向けてきた。

 すべて自分の手のひらで進めてきた彼に、こんな顔をさせられたことで、少しだけ溜飲が下がる。


「あの白々しい演技、やめていただけません?」

「人聞きの悪い。君以外は白々しいと思わないはずだ」

(演技だってこと、やっぱり否定しないのね……)

 心の中に広がっていく悲しみとみじめさを隠そうと、白い目を向けたソフィーナに、フェルドリックは悪びれる様子もなく、肩を竦める。


「皆を騙すのも気が引けますし、殿下とてご面倒でしょうに」

「不仲より、たとえ表面的にであっても、仲がいい主夫妻の方が臣下は楽だ。あの程度のこと、僕にとっては面倒でも何でもないしね」

(表面的に……。ほんと、バカだわ……)

 大事にしてくれているかのような演技を受けるたびに、ソフィーナ自身が傷つくから、とはもちろん言えなくて捻り出した苦肉の言葉。その返事にさらに傷つく。そうして、ますます自分が嫌いになる。


「そのうち嫌でも皆気づくさ。それまで利用すればいい。僕たちの何を、誰がどうとらえて、どう行動するか」

 フェルドリックは、「情報の中でも人に関するものは、特に有益だよ」と言いながら、緑と金の混ざった瞳で、冷たくソフィーナを見つめた。


「君はそれができる人間だ」

 口元だけ笑いながら、彼は長い人指し指をおもむろにソフィーナの額に置き、下へと動かす。

「……」

 固まるソフィーナの眉間、鼻筋を、触れるか触れないかの距離で辿り、唇で止めた。

 その感触と瞳に浮かぶ得体のしれない光に、ソフィーナは全身を震わせる。


「そうして、今に僕から逃げる方法を考えついて、実行するだろうさ――させないけどね」


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