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「愛する人への思いやり」

作者: 琉慧

 学生時代の苦い過去。


 好きな漫画やアニメのキャラクターに成り切って言動を真似たり、SNSのプロフィールや本文に自作ポエムを書いたり、そうしたいわゆる『黒歴史』を誰しも一つくらいは持っているのではないでしょうか。 例に漏れず私も複数持っていますが、今回はその私の黒歴史の一つを語りたいと思います。


 それはどちらかと言うと『やらかした過去』であって先述のような『イタイ過去』ではなく、しかし今になって思い返してみればこうして笑い話の一つとして取り上げられますが、当時は穴があったら入りたいレベルの羞恥をこうむってしまったのも事実です。



 事が起きたのは私が中学三年生だった頃。 その頃の私は生徒会役員を務めており、ある日他の役員と共に校長室へ突然呼び出され何事かと身構えていたところ、校長先生から「こういうイベントに参加して欲しい」という依頼を受けました。


 イベントの詳細はさすがに十数年前の出来事なので失念しましたが、今でいうSDGs(持続可能な開発目標)のよう、自然を大切にしようという啓発を学生が発信するイベントで、私の住んでいた市とは別の大きな市のイベントホールでそれを行うという話でした。


 人員としては各町や市の生徒会役員などの中高生を各学校ごとに二、三人選出し、覚えている限りでイベント会場には三十数名程度の学生たちが集まっていました。 私もその中のメンバーとして選ばれ、もう一人の選ばれた役員と共にイベント当日、別市のイベントホールへと向かいました。


 イベントが始まるまではホールの控室で待機という事で、そこで他の生徒と顔を合わせたり軽く挨拶を交わしていると、イベントの関係者と思われるスタッフの人が控室に現れ、イベントでの私たちの役割の説明を始めました。


 話を聞くところ、ここに集められた学生それぞれが決められた台詞せりふを順番に発言していくといった趣旨で、例えで言うなら小学校の卒業式の「みんなで行った」「「「修学旅行!」」」のような、一人が発言した後に続いて決まった台詞を言うといったあれ(・・)に似た感じだと思ってもらえれば分かりやすいかと思います。


 それからスタッフが学生たちそれぞれに専用の台詞を伝え終え、一度リハーサルで一から最後まで通してみようという事になり、私たちは先ほど伝えられた台詞を早速使用する機会がやってきました。


 その時の私の台詞は「愛する山への思いやり」という台詞で、覚えている限りでは全体の台詞の中間辺りでその台詞を言う段取りでした。 そうしてとどこおりなく各学生の台詞が読み上げられていく中、いよいよ私の番がやってきて、直前の人の台詞が終わる間際に私は深呼吸を兼ねて大きく息を吸い込み、満を持して自信満々にこう発声しました――



「愛する人への思いやりっ!」



 ――私の発言のあと、しんと静まり返る控室。 そしてその部屋に居た全員が私のほうを真顔で見つめてきます。 その時まだ私は自身の発言の間違いに気が付いておらず、そのうえ完璧に自身の台詞を読み上げたつもりでいましたから、何故私の発言で流れが止まってしまったのだろうかと不思議がっていたのも束の間、沈黙を破ったのは、控室に響き渡る大笑でした。


 そこで私は初めて私の発言に間違いがあったのだと確信し、今一度先の自分の発言を思い返して間もなく、「愛する()」ではなく「愛する()」と言い間違えてしまったと気が付きました。


 何故このような言い間違いをしてしまったのかは未だに私にも分かりませんが、当時の私はその事実を知った途端に顔がかあっと熱くなり、とてもその場には居られないほどに羞恥を覚えさせられてしまった事を今でも鮮明に覚えています。



 以上が私の学生時代の黒歴史でした。 愛だ恋だと何かと恋愛事にうるさい中高生たちにしてみれば、その時の私の発言は単なる言い間違えだったとはいえ、まさしく滑稽こっけいに映った事でしょうが、自身に恋人が居る今ならば、その発言もあながち間違いでは無かったのかなと思えます。


 やはり恋愛というものは、付き合い始めの頃はお互いの事をそれほど知らないですから、相手を気遣いつつ徐々に親交を深めてゆく事が多いと思いますが、親交が深まるにつれて相手へのそうした気遣いだとか思いやりが薄れていくパターンも多いと聞きます。


 いくら仲が深まっているといえども、言葉として伝えなければ相手に伝わらない感情もありますし、自分の為にしてくれた何気ない事にも「ありがとう」と素直に言える感謝の気持ちは、どれだけ付き合いの年月が経とうとも忘れてはならない『思いやり』だと私は思います。


 だから私は、もし当時の言い間違えをして羞恥をこうむった私に言葉を掛けてあげられるのなら、こう言ってあげたいです。


「その言葉、自分に恋人が出来た時にもう一度思い出してみて」と。


 当時の頑固で幼い私にそんな事を言うと「余計なお世話だ!」と激昂し火に油を注ぐ結果となってしまいそうですが、それでも今の私のよう、きっとそれがとても大事だという事に気が付いてくれるはずだと不思議と思います。

 そしてこれは恋人に限らず、家族、友達など、当てはまるものは沢山あります。


 いつまでも忘れずに。 愛する人への思いやり。

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