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Rees beruto 第2章  作者: 天秤屋
8/12

カンヴェデオの悪魔

 シェラは、己の回復術を極めるために奮闘する。すべては、自分を仲間と受け入れてくれた皆のため。

 身体を左右に分けた時、命を司るのは右側だという。

「心臓は左側にあるのに、不思議」

「自分自身の生命力の中心と、他者の生命力を操作できる部分は違うんだよ。利き手も関係ない。白魔道士は誰でも右手を支柱に回復術を扱う」

 クワトロは義手の右手で頬杖をつき、古い本に囲まれたシェラを眺めていた。

「潜在魔力と回復術のセンスは天の恵みレベルだねえ……おつむはさておき」

「おつむ……」

「うん、おつむは残念」

「ざ、残念……」

 がっくりとうな垂れたシェラの肩に、するりと小さな蛇が這い出した。

「この俺の傷を完璧に治したんだ、大したもんだぜ」

「うう、ありがとリオウ……でも、こっちに来ちゃって良かったの? エルは」

「俺様の出番はまだ無えだろう。アイツ、灯火の地の一件からますます気味悪ぃしな」

 尻尾をぴちぴちする小さな蛇は、ちらりとクワトロを見た。

「あっちも同じくらい気味悪ぃけどな」

 稀代の白魔導師と謳われたクワトロ・エンデは、その名を知らぬ者のない英雄だ。数々の戦場であまねく命を救い、民間にも信奉者が多い。クワトロの名は島国アマルドにも届き、シェラも幼い頃、彼の英雄譚を聞いて育った。

「うーん、もっと優しそうな人だと思ってたなあ」

「優しいよ? たとえば、亜竜の群れにセヴォーを襲わせたり、アリアテの命を狙ったりしないし」

 無表情に言うクワトロに引きつった笑顔を返して、シェラは課題に戻った。彼女は今、湯治の地カンヴェデオ区の隠れ家にて、白魔道の基礎を学んでいる。

 幼い頃に聞いた英雄像とはやや離れているが、その実力は本物だ。対面しているだけで、クワトロの潜在魔力の高さがうかがえる。

(何もかも格上だなあ……でも、こんなにすごい白魔導師なのに)

 シェラは表情を曇らせた。

 クワトロは十年前の内乱で負傷し、以来、彼の右半身は義手に義足となっている。魔力の流れはあるものの、造りものとなった右手では、白魔道を扱うことはできない。

(白魔道は「守り、陽」を司る右半身を主軸とし……生体を通して行なう……)

 白魔道の基礎がつづられた書籍には、そう記してあった。

 つまり、クワトロは義手である限り、二度と白魔道を扱うことができないのだ。彼自身も、シェラを引き取った際に言っていた。

『僕は白魔道を教えることはできるけど、実践することはできない。滑稽だろう? 回復術を失った男が、白魔道士を率いて高官の座にあぐらをかいているなんてね』

 しっかり本は読みこんでいるが、どうしても視線がクワトロの義手にいってしまう。

(あれ、治らないのかなあ。クワトロ様の力でもダメなんだから、あたしが何かできるってわけでもないんだろうけど……)

 あまりに見つめすぎて、とうとうクワトロと目が合った。

「こら、集中」

「はいっ」

 本にかじりつくシェラを眺め、クワトロはかすかに笑みを浮かべた。

(久しく見ない逸材だ。僕の後継者にしたいくらい……いじめがいがある)

 シェラはぞくり、と背中を震わせ、クワトロの顔を見ないように必死でページをめくった。

「んん、へし、え、へ」

(へい)。疲弊って読むんだよ。くたびれるってことだな」

「そうかあ。ふむふむ」

 シェラにとっては難しい言葉のオンパレードで頭が痛いが、仲間のためなら何のその。リオウに手伝ってもらいながら、クワトロの寄こした五冊分の基礎学習を終えた。

「終わった?」

 クワトロは優雅に食後のティータイムをたしなんでいた。

「うう、お腹すいた……」

「これからもっとすくよ。はい、実践」

「ええ」

 不満を言う隙もなく、クワトロは自身の左手首を握りつぶした。悲鳴を上げるシェラに、ぶらりと砕けた左手を突きつける。

「骨と、神経もいってるかも。五分で治して」

 涼しい顔で待っているクワトロの手を取り、シェラは恐るおそる机に置いた。痛みを取りながら手近な本で添え木をして、本格的な治癒に入る。

「あー痛い。まだ?」

「も、もう少し……丁寧にやらなくちゃ」

「精確なのは絶対条件だよ。君には精度も速度も足りない。しかも顔が硬い」

「えっ 顔」

「集中力を乱さない。耳だけ貸す」

 シェラは「ハイ」と小さく返事をして、三角耳をクワトロのほうへ向けた。

「あのねえ、そんな真剣にコワイ顔して治療したんじゃ、患者は不安でしょ? 傷病者を緊張させてどうするの……技術も経験もいまひとつなら、せめて愛想ぐらい良くないと、取り柄がないよ」

「う、うう、頑張りますぅ」

「頑張らないで当然できる、ようになるまで、半人前にもなれないからね」

 耳も尻尾もしょんぼりうな垂れたシェラは、指導鞭撻にめげることなく、一定の魔力を注ぎ続けた。

(安定感はあるな。それと、痛みを癒す技術はすでに導師級)

 回復術には治癒を促進するほか、痛みを取り除く力もある。シェラの回復術は、どちらかといえば鎮痛作用のほうが大きかった。

(だから、本当は治療開始から全然痛くないんだけどね。複雑骨折で無痛まで持っていけるのは相当だな……)

 クワトロはにまにましながら、「まだ? すごーく痛いんだけど」というクレームをくり返した。焦りながらも慎重に治療すること十五分、ようやく、クワトロの左手首は元通りに繋がった。

「ああ、すごく時間がかかったねえ。苦しんでいる人に十五分は長いよねえ」

「ご、ごめんなさいぃ……」

 クワトロは稀代の白魔導師という輝かしい名前の他にも、二つ名を冠する。その冷酷無慈悲な性根から、陰では「右半身は、本当は権力のために魔族に売った」と囁かれ、【左半身の悪魔】と呼ばれているらしい。

(悪魔……悪魔かも……)

 涙ぐむシェラの前で、クワトロは軽快に左手首を振った。

「痛みを取り除く才能だけなら、一番弟子にしてあげてもいいくらい。本当は最初から全然痛くなかったよ。なかなかできることじゃない」

 はた、とシェラの動きが全て止まった。突然褒められて、思考停止に陥ったらしい。硬直したシェラをしばし眺め、クワトロは飽きたように席を立った。

「食材は用意してある。適当に調理してお食べ。じゃ、お休み」

 クワトロが部屋を出て数分後、呆けていたシェラは本を片づけ、室内を軽く掃除して台所に向かった。

「うわあ、野菜、野菜ばっかり」

 震えながら野菜を手にとり、においを嗅ぎ、シェラはふるふると毛を逆立てた。肩にひょろりとリオウが這い出る。

「肉、仕留めてきてやろうか?」

「ええと……コワイ響きがするので、とりあえず今日はコレ食べる。リオウは外食してくる?」

「そうしてえが、俺様の腹を満たすほど狩りなんぞしたら(やっこ)に見つかっちまうからなあ。俺様は水があればいい」

「節約家だねえ。魔道士ってどんな魔道の使い手でも、魔法を使った後はすごーくお腹が減るんだよ。アリアテも、魔剣を使った後はお腹をすかせてたっけ」

 シェラは二股ニンジンの泥をよく落とし、根と葉に分けて鍋に入れた。鶏ガラの粉末出汁と香草を加え、煮立つ直前でイモを足す。バターを半欠け溶かして、夕飯のスープの完成である。

「ここに、ライ麦パンを浸して食べまーす。リオウの分もあるよ」

「おお、ありがてえ」

「いつも助けてもらってるからね、遠慮しないで」

 食事を平らげると、シェラは軽く体を拭き、客間のベッドに潜りこんだ。リオウは寝返りに潰されないよう、サイドテーブルに置かれたハンカチの上で眠る。時々薄目をあけて、シェラの寝顔を眺めた。

(荒神だった俺様をよくもまあ、手懐けたもんだ)

 命を助けられた恩義だけではない。シェラの回復術からは、絶対に助けるというひたむきで優しい思いが伝わってきた。

(ばか正直で疲れやすい、損な性格してるぜ小娘。仕方ねえからこの俺様が、あほ面して眠っていられるように見張っててやる)



 翌朝、シェラはパンとミルクを掻き込み、クワトロの書斎に向かった。

「今日は傷病についてお勉強します」

「ふぁい!」

 返事とともにあくびが出たが、クワトロは不問とした。約六時間の座学の末、さまざまな症例を挿絵つきで学んだシェラは憔悴しきっていた。

「うう、ああ……食欲ないよお……」

 ぐったりしているシェラの前に、クワトロは焼きたての鶏肉を置いた。

「はい、お昼ご飯。タンパク質とって元気出す」

「ひぎゃああっ 火傷と組織破裂とそれからっ」

 シェラが反射のように鶏肉を回復しようとするのを、リオウが尻尾をのばして止めた。クワトロはそこへナイフとフォークを握らせる。

「こら。せっかく僕が焼いてあげたのに、生に戻してどうするの。生肉なんてお行儀の悪いものは食べさせないからね」

「あっ あっ ごめんなさ……ひ……火傷はまず患部の殺菌を……」

 ブツブツ言いながらかじりついた肉は、表皮はこんがりと焼け、中はふっくらと火が通っていた。ほんのり甘い脂と肉に、失せていた食欲が戻ってきた。

「おいひい」

 感動するシェラに、クワトロはにっこりと微笑みかけた。

「症例をすぐ思い浮かべられるのは素晴らしい姿勢だ。午後は、これの実践だからね。治し方は頭のなかで復習しておいで」

「ひぃ」

 小さな悲鳴を漏らしたシェラの肩から、クワトロはリオウを掬いとる。放心しているシェラをおいて、クワトロは台所の奥に引っ込んだ。

「ホラ、お裾分け。大食らいのお前じゃ足りないだろうけど」

 そこには生肉の塊が二つ用意してあった。

「あんたは少食だな、そのナリで」

「まあね……今は隠居の身で、消耗も少ないし」

 リオウはクワトロの手から這い降り、人ほどの大きさになると、生肉をがつがつと丸呑みにした。

「俺様まで養ってもらって悪いな」

 満足してシェラのもとへ戻っていくリオウを見送り、クワトロは肉塊を掴んで食いちぎった。火も通していない赤身と脂を咀嚼しながら、ぼそりとこぼす。

「テーブルマナーも、僕には教えられないな」

(あの男はわざわざ調理させた肉を、ナイフとフォークを使って食べるらしい。人好きが過ぎる……)



「では鶏肉のソテーにちなんで、火傷と組織破裂からいってみようか」

 言うなり、クワトロは暖炉の火かき棒を自分の左手に圧しつけた。

「いやあああっ」

 悲鳴を上げながら、シェラは懸命に火傷を癒す。

「それから衝突による骨折と……内臓破裂は、僕が少し嫌だから、損傷くらいにしておこうか」

「やめて、師匠が死んじゃう、もうやめてえ」

 数々の自傷行為に目を回しながら、シェラはひとつひとつ、怪我や病気の治し方を学んでいった。

「何か質問は?」

 ぐったりしながら、シェラは手を挙げた。

「疫について、知りたいです」

 クワトロは、ほう、と目を見開いた。

「基本的なことや判明していることはすでに勉強したよね。君なりの言葉に置換えると、疫はどんなものだと思う?」

「ええと、何だか、生き物の砂漠化みたいだなって。大地が枯れていくみたいに、生き物の体の中が、死の砂漠に浸食されていくような……」

「それは言い得て妙。だいたいそんなところだよ……疫は、(ウバス)の生命力そのものが蝕まれたことによって生じた異変のひとつ。君たちが接触した幻海の精霊(リア・フォルデ・レイフォン)は海の意思が形を成したもので、彼は放浪することによって各地に海の力を届けようとした。本体は、すでに捕われている」

「えっ」

 クワトロは、シェラから預かっているラサの羽を懐から出した。

「神の鳥も捕われた。奴らの悪巧みは着々と進んでいる。時間はないよ、シェラ」


 傷病治療祭を無事に乗り切り、シェラは這々の(ほうほうのてい)で町へくり出した。クワトロ直々に、湯治宿に連れていってくれるらしい。

「けっこうにぎやかな通りだけど大丈夫かな?」

「僕の側に居れば問題ないよ。そういう術だから」

 アリアテたちがゲッテルメーデル入りした後、ばらばらに一角獣(ラ・パーン)の面々へ預けられたのは、リスクと気配を分散させるためだ。

 ガヴォ一派は今、大きな動きを控えているらしく、監視の目が厳しくなっている。いずれは白き司に乗りこむなりして直接対決は免れないにしろ、今はその時ではない。機会を待つあいだ、アリアテたちを安全に匿うには、少人数で行動するほうが有利だ。

 元老院議員にして一角獣(ラ・パーン)のひとり、アバデには「対象を匿う能力」があり、彼の力が働く特殊空間にいる間は、任意の者以外に感知されなくなる。今回は特殊空間への出入りができる札に一角獣(ラ・パーン)の面々の名を入れて制限をかけ、当人に持たせることで、移動時も隠れ家にいるのと同じ状態にしているという。

「スグレモノですな」

「そう。ただ難点があって」

 クワトロは宿の暖簾をくぐると、シェラとともに素知らぬ顔で女湯の更衣室に入った。

「術の範囲は半径10キーマ程度と狭い。じゃ、リオウとここで待ってるから」

「ここで、って」

 硬直するシェラの前で、クワトロは本を取り出し、壁に向きあって椅子にかけた。ちら、とも周りの様子を気にする風はなく、気にされる様子もない。

「た、確かに黙って座ってれば女性に見えなくもないけど」

 命を預かってもらっているのだ、仕方がない。義手で有名人だとばれそうな気もするが、シェラは考えるのをやめてそそくさと洗い場に移った。

 久しぶりのお湯で疲れを洗い落とし、ゆったりと湯船に浸かる。半月が(おぼろ)げな光りを放ち、髪の合間を夜風が縫っていく。高台の露天から家々の明かりを眺めるうち、全身を温かな血が巡って、生まれ変わるような心地がした。

「ああ、さっぱりした」

 ぬくいまま寝間着に着替えたシェラは、読書を終えたクワトロに連れられ、宿の食堂に入った。

「お肉お肉」

「野菜もお食べ」

「ハイ」

 終始上機嫌で、シェラは隠れ家に戻るなりばったりと寝入ってしまった。

「連日、高度な魔法を使わせているからね……明日はお休みかな。せっかく育った芽を潰しては元も子もないし」

「スパルタだなあ。相手はキトカの小娘だぞ」

「ふふ……この僕に迫る勢いの魔導師になるよ、この子は」

 サイドテーブルに置かれながら、リオウは鎌首をもたげた。

「冗談だろ。あんたに迫るって?」

「僕は冗談を言わない。君もお休み、じゃあね」

 静かに閉じられた扉をしばらく見つめて、リオウはシェラに向き直った。

(まさか。神と呼ばれたこの俺様ですら遠く及ばない存在に、獣族の小娘が?)

 じっと、睨むようにシェラの寝顔を見つめていたが、その無垢さに力が抜ける。

 リオウは、アマルドで亜竜の襲撃を受けた一件を思い返した。エルウィンは健闘したが、魔力を制御する呪いによって途中で倒れてしまった。あの時、リオウは言ったのだ。

『まあ、このほうが若造のためだ。過ぎた力を扱うには、ヒトの小せえ器じゃ足りねえからなぁ』

 ヒトであれ獣であれ、混じり物であれ。シェラもまた、大いなる力を授かるには器が小さすぎる。

(瓦礫を投げつけられて、血を流して……それでも俺様の治療を諦めなかった。こいつ、いつか助けた奴に殺されるんじゃないか)

 イリバシで永遠の生け贄となって縛られていた巫女と、シェラが重なった。巫女サーナは、生きていれば同じくらいの年頃だろう。イリバシの神官を継いで、同時に、セスナの五賢者の弟子になっているはずだった。

(クワトロが五賢者がどうの、と言っていたな……サーナは、五賢者の弟子なんぞに選ばれたせいで殺されちまったのか)

 五賢者もその弟子も、常々世にあるわけではない。すべての五賢者が弟子をとるわけでもない。度重なる偶然によって、サーナは優れた巫女となることが約束されており、セスナの五賢者の目に留まったのだ。

 本来ならば名誉ある、奇跡の連続がサーナを殺した。

「おいシェラ、勝手に死んだら殺してやるからな」

 シュル、と不満の息を漏らすと、シェラは「ふぁい」と寝言をいった。



 クワトロは書斎にて、シェラから預かったラサの羽を眺めていた。回復術を助ける力を秘めた神の羽は、それよりも大きな力で覆ってしまわないと気配が目立つ。

神鳥(ラサ)をも利用する術ともなれば、もはや黒幕はただ一人。五賢者も一人を除き手中に落ちた。時間はない)

「お休み、小さなキトカの娘……ゆっくり眠れる夜は貴重だからね」



 翌朝、シェラはいつものようにクワトロの書斎を訪ねた。

「今日はお休みって言ったでしょ。休むのも自己管理の内だよ」

「師匠に教えてもらえる時間は限りがあるじゃないですか。だからあたし、もっと勉強しておきたいんです」

 シェラの視線はクワトロの右手にあった。

「生体適合する義肢……その繋げ方、とか」

「うん、まあ、それも必要になるかも知れないね」

 クワトロは無造作に右腕を肘から外し、シェラに差し出した。

「ひいっ あ、軽い」

「軽くて丈夫で防水。繊細な動きもできるし、回復術以外なら魔道の使用にも耐える特別製だ……まあ、僕が望んでこうなったわけじゃないんだけど」

 次いで、クワトロは義肢と肩の接合部を露わにした。雪のように白い肌に、痛々しい古傷が刻まれている。

「神経や筋肉を、それぞれ対応する内部機関に接合する。メンテナンスのために関節は簡単に外れるけれど、指先の感覚まで鮮明だよ……まったく、忌々しい」

 高性能な義肢を、クワトロは心底嫌そうに一瞥した。

「ええ、でも、ここまで優秀な義肢だったら」

 シェラが言い淀んだ続きを、クワトロはあっさりと引き継いだ。

「そうだね。仲間にもしものことがあっても、以前と同じ生活ができるだろう……ただ、誂えた目で見るものが、以前と同じかどうか」

「えっ」

 慌ててクワトロの目を覗きこむシェラを、クワトロはうんざりしながら座らせた。

「僕じゃないよ」



 ――心臓の子、アルヴィス。カレスターテの統治者(アルストラ)にして、管理者(エヴィラ)のひとり。

 かつて我ら黒龍をはじめ、毒竜も仕えた魔界の王の、十二に分かたれた体のひとつ。

 現在は忌まわしき名をとって【ルワーンの森】と呼ばれる、ラティオセルム南端の巨大馬の森で、アルヴィスはルワーンに食われた。失った肉片はほんのわずかだが、溢れだした魔素の奔流はあらゆる命を呑みこもうとしていた。

 魔王の一部であるアルヴィスの力に、配下たる黒龍が及ぶべくもない。半身を犠牲にしたところで、ヒト一人守ってやれなかった。

 だが、ルワーンという化け物は魔王の力に耐えた。わずかな肉から大いなる力を得て、正真正銘の化け物となった。



 物思いに耽るクワトロは、シェラが義手のにおいを嗅ぎ始めたところで現実に戻ってきた。

「ところでシェラは、誰か好きな相手はいるの」

 唐突な質問に、シェラは尻尾を爆発させた。

「えっ 何でです!?」

「回復術は、想いの力とも言ってねえ……好きな相手のことを思い浮かべると、回復量が上がるんだよ」

「そ、そんな冗談みたいな」

「僕は冗談を言わない」

「じゃあ、師匠もいるんですか? 好きな相手……」

「僕はいないよ。慈悲なんて無くても回復術は使えるからね、右腕を失くさない限りは」

 シェラはぎこちなくクワトロの義手を返し、赤面してうつむいた。

「えへ……全然キトカらしくもないあたしのこと、何も恥じることはないって。黒い毛並みも、きれいだって言ってくれて」

「はあ、お前あの犬っころのこと気に入ってんのか」

 会話に混じってきたリオウに、シェラは手を振り回して「内緒!」と連呼した。

「うるさい。シェラ、お座り」

「ハイ」

 粗方のアリアテたち一行の顔を思い浮かべ、クワトロはわずかに表情を曇らせた。

(銀狼族、カレン。アリアテ以上に厄介だ……メシュタポのやつ、きちんと護衛の役を果たせばいいけど)

 なぜ彼が、よりにもよってアリアテと関わっているのか。

「頭が痛いな」

「ご、ごめんなさいぃ……」

 泣きべそをかくシェラの頭を撫でて、クワトロは苦笑した。

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