ミツヒラの少年兵
それぞれ潜伏することになったアリアテ一行。
エルウィンは自らの特異な生い立ちを思いながら、新たな力【錬成術】を己のものとしていく。
エルウィンは「隠れ家」と称される豪邸で、同じ水魔道師の青年に迎えられた。
「初めまして、ゼイーダ・ハーベライザです」
「エルウィン・ダフォーラ、ご厄介になりマス」
握手しながら、ゼイーダは人懐こい笑みを浮かべた。
「ダフォーラ隊長のご子息にお会いできるとは。身の引き締まる思いです」
十年前の内乱以降、エルウィンの父にかわって魔道士部隊を率いるのが、この好青年ゼイーダだ。
「ミツヒラは冬季が賑わうんですよ。ストーブとカイロ発祥の地でして、石炭輸出量もトップクラスです。今は物騒なので、郊外の鉱山は閉鎖していますが」
ゼイーダはきりきり働き、エルウィンに紅茶と軽くつまめるものを振る舞った。由緒正しい貴族の館に、ゼイーダはたったひとりで暮らしているらしい。
「手伝いましょうカ」
「いえ、たいしたおもてなしはできませんが、ゆっくりなさってください。一息ついたら、水魔道の応用についてご意見をいただきたいのですが」
ゼイーダが両手の間で回転させる水は、徐々に凍っていった。
「高温の熱は大きなエネルギーやそれなりの条件を要しますが、冷気は比較的容易に取り入れることができるんです。そして、汎用性が高い」
「なるほど、興味深い」
エルウィンは見よう見まねで、小さな氷の粒を作り出した。
「水魔道の使い道といえば、鍋物を美味しく調理することくらいでしたカラ。勉強になりマス」
――戦いとは縁遠い暮らしをしてきた。
水魔導師の大家ダフォーラ家の当主を父に持ち、将来はともに国王軍に属し、戦うことを望まれていた。
だが、生まれ持った力は恵みの領域を超えていた。ヒト族の体を壊しかねない大いなる力。肉体と精神を削りとられ、十年ほどで命は尽きるだろうと言われた。
母は自らの命と引き換えに、我が子の魔力を縛る呪いをかけた。深い紺の髪は淡い金に色が抜け、呪いの証として両目は赤く染まった。度を越した魔力の流れを感知したとき、呪いはその魔力を蝕み、抑えつけ、対象者を強制的に眠らせる。
戦うことのかなわない体になった我が子を、父は遠くラティオセルムのヴィヴィオルフェンへ送った。厄介払いか、親心か、慮いの真意は知れぬまま。
十年前の内乱で、父ザーディエスは命を落とした。
以降、ダフォーラ家との交流は絶たれている。
顔もおぼろげな父のことは、きっとゼイーダのほうがよく知っているだろう。
ゼイーダは紅茶のお代わりを注ぎながら、エルウィンに重なる気配を気にしていた。一つは【海の雫】の放つ、仄かで優しいたゆたい。そしてもう一つ。
(カオルさんから聞いていたけど、不気味だなあ……今は海の雫の波長にまぎれてしまうほど弱々しい。でも、禁忌には違いない歪みの気配がある)
【錬成術】を授ける魔鉱石【賢人の慈涙】は、ひっそりと息を潜めている。
(魔鉱石って、二種類持っててもケンカとかしないんだなあ)
自分の胸元を注視するゼイーダに、エルウィンは二つの魔鉱石を引き出して見せた。
「やはり気になりますカ?」
「その、大丈夫なのでしょうか。【賢人の慈涙】は……」
「叡智を与え、気を狂わせる。私はこの通り……最初から、ヒトの道理が当てはまらないのでショウ」
エルウィンがいかに異質であるかは、生い立ちを聞かずとも察せる。名家の出ながら家族と切り離され、田舎に留められて、軍とは縁もない宿屋を経営していたこと。何より、水魔導師でありながら淡い金の髪をしていることと、いま薄らと開かれた両目が、白目まで赤く染まっていること。
エルウィンに重なっている気配は、さらにもうひとつある。とても強力で、とても慈愛に満ちた呪いだ。
「あるいは私にかけられた呪いが、錬成術の狂気から守ってくれているのかも知れマセン」
神妙な面持ちで頷いたゼイーダは、玄関の騒々しい物音に飛び上がった。とっさにエルウィンの姿を水鏡で隠し、ホールに走る。
「ゼイーダさま!」
必死に戸を叩いていたのは、一人の少年兵だった。
「ザク。お手伝いは午後から頼むと……」
「ちがうんだ! 魔物が」
ゼイーダは表情を引き締め、眉間に深いしわを寄せた。
「どこです。案内しなさい」
少年兵ザクが息を切らして案内した先は、ミツヒラの中心地にある学校だった。共に学ぶ7歳から16歳までの子どもたちが、門の外で身を寄せ合っていた。
「学校に魔物が出たんだ。大きな、まっ黒な犬みたいなヤツで」
「こんな町中に……ザク、君はさがっていなさい」
ゼイーダは門から敷地に入った。魔物は、中庭に突如姿を現したという。慎重に歩を進め、建物の中から庭の様子をうかがうと、たしかに牛ほどもある黒犬の姿があった。
「何だろう……アンファルケーノほど不気味じゃない。アムテグロークかなあ」
「攻撃的な様子には見えませんネ」
「そうですね……え? わっ エルウィンさん、どうしてここに!」
「水鏡で透明人間になったままで、置いていかれても困ってしまうので、ついてきマシタ」
水鏡の下から現れたひまわりのような笑顔に、ゼイーダは返す言葉もなく苦笑した。
「ええと、あの魔物ですが見覚えがあるような……そうだ、シオ様の使い魔?」
念のため、防壁を張りながら中庭に入り、ゼイーダはゆっくりとしゃがんだ。
「やあ、君は……たしかロッツォだったかな?」
優しく微笑みかけると、黒犬は不快そうに唸りをあげた。
「ひええ犬違いだったかも」
尻込みするゼイーダの後ろから、エルウィンが進み出る。
「怪我をしているようデス。それで気が立っているのかも知れマセン」
エルウィンは膝をつき、両手を広げて微笑んだ。邪気のないひまわりのような笑顔は、魔物の警戒心をも貫通した。黒犬は恐る恐るエルウィンに近づき、すぐ目の前で横になった。
「……我は【アムテグローク】のヴェイグ」
犬はしんどそうに言葉を発した。
「言葉が通じるということは、使い魔で間違いないようですね」
「主の命を受け、魔物の気配を追っていた……その者は人の子の姿をして、血に濡れた魔物の本性を隠す……」
「ひどい傷だ。その魔物にやられたのか?」
ゼイーダはヴェイグに応急処置を施した。牙の生えそろった恐ろしげな口から安堵の息が漏れた。傷が癒えると、ヴェイグは黒い風となって門前へ駆けた。その先で悲鳴があがる。
「まさか、ヴェイグが」
急いで門に引き返すと、傷を負った男がうずくまっていた。
「ざ、ザクが……黒い犬が……」
かなり混乱しているが、傷は浅い。怯える生徒たちから事情を聞いたゼイーダは、蒼白になって震えた。
「そんな……」
苦しい、熱い。世界がぐるぐる回転しそうなほど、瞳が激しく揺れ動く。闇雲に走って煉瓦塀に行き止まる。背後にアムテグロークが迫っている。
(失敗した)
この場を切り抜けても、切り抜けられなくても、行く末には絶望だけが待ち構えている。
(失敗した。暗殺も、アムテグロークの始末も)
男の声が記憶の彼方から命じる。
――「この男を消せ。まだしぶとく生きているようだ」
「消すって、殺すってこと? できるかなあ、おれに」
「できれば自由にしてやる。本当の兵士にもしてやろう」
「ほんとうの兵士に!? やった、おれがんばるよ! ぜったいにやる!」
ザクは震えながら向き直り、精一杯の威嚇をした。
「ヴォオオッ」
吼えてから、アムテグロークの後ろに立つ人影に気づいた。
「ガァアアウ」
名前を呼ぶ代わりに、戸惑った獣のうなりが上がる。
「……ザク?」
ザクは、ゼイーダの絶望した顔を見つめた。いつも優しいゼイーダの蒼白な顔から、ザクは罪悪感を覚えるまま目を逸らした。
(そうだよ。ゼイーダさま、悪い魔物は、おれなんだよ)
暗殺の命を受けたザクは、ターゲットを執拗に追い、ついに捕えた。しかし寸でのところでアムテグロークの邪魔が入ったのだ。格上の魔物とはいえ、ザクは死に物狂いで戦って重傷を負わせた。あとは人間の姿に戻り、ゼイーダをけしかけて軍を動かし、アムテグロークを始末すればよかった。邪魔者がいなくなったら、改めて任務を果たせばいい。
(やっぱり、悪いことはうまくいかないのかなあ)
ザクの姿は犬に似て、茶色い毛並みは濃淡のまだら。その瞳は赤く、目の周りには蛇のような紋様がある。四肢には鋭い爪、裂けた口には牙が光った。
よろよろとザクに近寄ろうとするゼイーダの前に、ヴェイグが立ちはだかる。
「危険だ。禁忌の術によって人の殻と魔物の本性を掛け合わせた、造られた命。人でも魔物でも獣でもない、この者どもは合成物と呼ばれている」
「キメラ……錬成術の見せる悪夢なのか、これも」
ゼイーダが編む水の檻に、ザクは抵抗せず捕えられた。ゼイーダはエルウィンと合流し、自らの邸宅にザクを連れ帰った。
夕陽の落ちた頃、ゼイーダは憔悴しきった様子で書斎から出てきた。食堂では、エルウィンがヴェイグをお供に根菜のスープを煮込んでいた。
「エルウィンさん、初日からこの有り様で……申し訳ありません。食事まで」
「お気になさらず、料理は好きですカラ。それよりザクは?」
ゼイーダは首を振った。
あれからザクは人間に戻る様子はなく、言葉も発さない。水にも食事にも口をつけない。
「試せる解法は一通り……ですが合成物には……錬成術には通じません。このことは一角獣にも報告を入れたいのですが、ガヴォ一派の網が厄介です。情報が漏れるとこちらの作戦も危ういので……」
八方塞がりで頭を抱えるゼイーダに、エルウィンは根菜のスープを差し出した。何も喉を通らない、と顔で訴えるゼイーダに、ひまわりのような笑みを向ける。
「とりあえず腹ごしらえからデス」
「……はい」
口から胃まで落ちていく温かさに、ゼイーダはほっと息を吐いた。
………………………………………………………………。
「奴らの消息は、依然として不明のままです」
ディエロは自分の爪先に向かって報告した。
「ならば、ゲッテルメーデルに入ったことは間違いない。アバデの指矩か……巨大な腹の中に何でも匿ってしまう。だからといって、あの老いぼれを殺すのは順序が逆だ。こちらがまだ手を出せないことが判っている、こざかしい連中だな」
無表情に、苛立ちも含み笑いもなく、メンテスは深く椅子にかけて呟いた。
「準備は直に整う。私はセルシスデオへ向かう。ネズミの始末は任せた」
「御意」
暗い回廊ですれ違った金髪の近衛兵長に、ディエロは早口で伝えた。
「騎士のおっさんは随分はりきってるぜ。ドーイに追っ手を出したとか」
「そうか。私も腹をくくらないとな」
アイーシャは表情を曇らせた。ギュスタフがアイーシャの手柄を疑っているということは、メンテス・ガヴォもアイーシャの報告を疑っているということだ。
いったん別々の方向に歩き去ってから、アイーシャとディエロは応接間で落ち合った。そこにはすでにメヴィーの姿があった。
「追っ手にはキメラが使われたってよ。アレ、まだ2体しかいないんだろ? よく第零が許したよな……そっちはシオ様の番犬があたってる」
メヴィーは紅茶を出しながら応えた。
「子どものほうは欠陥品だと。試用なのでしょう」
「大人のほうは?」
「十数年前からずっと、シオ様の副官を勤めている。あちらは逆に何の指令も与えられず、放任されている……魔物の本性を現したこともないし」
「だな。ドーイの報告でも、いたって普通の文官並みって話だったし……」
ドーイの名を出して、ディエロはちらっとアイーシャの顔色をうかがった。
「あいつ、今ごろどうしてるかな」
「……さあな。追いかけっこの果てに傷が開いて、野垂れ死んでいるかも知れん」
眉一つ動かさずに言って、アイーシャは紅茶に口をつけた。
「セルシスデオに我らの希望が到達すれば、時は満ちる」
「ええ、わかっている」
「アルメニアたちには声かけなくていいのかよ」
アイーシャとメヴィーは顔を見合わせ、そして同時に首を振った。
「彼らに、我々に付き合って命までかける謂われはないだろう」
「アルメニアとヴィッソの恩人はドーイだもの」
「ちぇ、あいつが恩人ってタマかよ」
笑って、ディエロは応接間を出た。東にのぼった月が徐々に白んでいく星のない夜、ガラスの向こうで揺れる木の影に、ディエロは鋭い眼差しを向ける。
「そんな所で覗き見してないで、さっさとメンテス・ガヴォの首を刎ねたらどうだ?」
夜陰に乗じた影は動じず、ただ静かに、視線をディエロに返す。
「俺たちが守らなくても、何度殺しても、あの男は死なない。殺す方法が見つかったら教えてくれよ」
にたりと笑い、ディエロはアリアテたちを燻り出す作戦の指揮をとるため、隠密部隊の控える兵舎に向かった。
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名も無き少年少女らはセピヴィアやギドロイで産まれ、その身の上は赤子のうちに取引される奴隷であった。五つになる年、彼らはサルベジアの宮廷魔導師に買われ、錬成術の被検体となった。
何人もの子どもと魔物が混ぜ合わされたなか、自我を保って生き残り、名前を与えられたのはただ一人。
「お前の名はザクだ。白き司に仕えるためだけに生きよ」
上官に従い、鍛錬を怠らないまじめさと、人の手伝いが好きな優しさは人間由来。懐っこくて人に好かれる明るさや愛嬌は、群れで暮らす魔物の幼体にそなわった要素。代謝が上がって爪や髪がのびやすくなり、怪我の治りも早くなった。
魔物の本性の抑え方、変身のしかたなど、感覚でしか解らないことは先例に習った。十数年前、同じようにして実験に耐えた成功例が、ザクを教え導いた。
「俺たちはいつか、仕える主によって袂を分かつかも知れないが……情けをかけるな。必ず主に従い、主のためだけに生きろ」
(セリ兄ちゃん)
ザクは頬を濡らして目を覚ました。獣の体を丸め、柔らかな温もりに潜りこむ。いつの間にか、ザクはふかふかの毛布にくるまれていた。
(これからどうなるだろう)
ゼイーダには殺されなくても、きっと別の誰かがザクを殺すだろう。任務をしくじったうえに正体までさらしたザクには、帰るべき所もない。もはや誰も頼ることはできない。
逃げなければ。逃げ続けなければ、どう転んでも生き延びる未来はないだろう。しかし、水の檻は簡単には破れないだろうし、ここにはアムテグロークもいる。
(……あったかい)
後からあとから流れてくる涙を、毛布がひたひたと吸いとっていった。
翌朝、陽の光のなかでまどろむザクに、ゼイーダは無防備に近づいた。心配そうに檻のなかを覗きこむ。
「ザク、起きたかい。お腹がすいただろう、喉もかわいてるんじゃないか」
銀の盆に載ったライ麦パンと焼き魚、ズワジャベリーのジャムが宝石のように光っている。スープ皿の中身は、甘く煮たビッグホーンのミルクだ。檻の中に滑ってきた銀盆には、銀のスプーンとフォークも載っていた。
「食べやすいほうでお食べ」
檻を隔てても、ゼイーダとの心の距離は変わっていない。ザクにはそんな気がした。
「ザク、もし帰るところが無いなら、しばらくここに居るといい」
おずおずと顔を上げたザクに、ゼイーダは優しく微笑んだ。
「檻から出してあげることはできないけど……この館に居る限り、君は安全だ」
ザクは毛布の中で震え、人間の手で食器をとった。
「ゼイーダさま、ごめんなさい」
「いいよ。今は休んで……ゆっくりお食べ」
しゃくり上げながら、ザクは食事を口に運んだ。ここにあるものは、どれもこれも温かい。
食事を平らげたザクは、ゼイーダの姿がないことを確かめて、ぶるぶると体を震った。再び獣の姿となって毛布のなかでまどろむ。
(ああ……本当は、もっと遠くへ行きたかった……命令なんか、聞かないで。あのまま、ずっと知らない遠くまで駆けていたら……)
昼下がり、ザクの様子を見に来たゼイーダは、檻の前で茫然と立ち尽くしていた。檻を解き、ザクに触れようとしたゼイーダを、ヴェイグが制した。
「触れるな。病や呪いを持っている可能性もある」
「で、でも」
ザクは安心した顔をして、毛布にくるまれて眠っている。それだけに見える。
「魔物の力を扱うには、子どもの肉体では脆すぎたのだろう」
「そんな……」
ゼイーダは空っぽの食器を見つめて大粒の涙をこぼした。すすり泣きを聞きつけて、徹夜明けのエルウィンも顔を出し、眉間をおさえた。
「錬成術を以てしても、合成物の肉体と魂を元通りに引き離すことはできナイ……魔物の力、ヒトの体……合成物を完成させた研究者が、彼らの行く末を想定できないわけが、ナイ」
人道を外れた狂気の実験。重く残酷な枷を負わされたザクの最後に、十年で終わっていたかも知れない自らの運命が重なる。エルウィンはヴェイグの制止に首を振り、そっとザクを抱き上げた。
「精一杯、命を生きることができたのでしょうカ」
「……せめて、ゆっくり眠らせてあげましょう」
ゼイーダはやっと立ち上がり、エルウィンを中庭に案内した。
「ここなら、結界の内側ですから」
ヴェイグが深く掘った穴に、ザクは毛布ごと横たえられた。しっかり包んで、その上に土を被せていく。
ゼイーダとともに長く、永遠にも感じられるほど長く祈りを捧げて、エルウィンは【賢人の慈涙】を取り出した。
「錬成術は本来、一子相伝。その首飾りもおそらく、宮廷魔導師の筆頭【第零】の家系に伝わるものでしょう」
第零の実名は誰も知らないが、十年前に起きた亜竜襲撃事件【セヴォーの悲劇】に知られる事実がある。
「現女王シーナ様もまた、錬成術を継ぐ方です。エルウィンさんのようにイレギュラーな経緯でなければ、シーナ様は第零の血縁者で間違いない。第零にとって現女王は身内、その後見人がガヴォ大臣です。宮廷魔導師は本来、王家と白き司のために在りますが、現在はガヴォ大臣の私軍となっています。ガヴォ大臣は第零の独断による魔道実験なども積極的に支援しているようです」
「合成物の生みの親、で間違いなさそうですネ」
大義名分があっただろうか。信念があっただろうか。しかし、いかなる理由もザクの死の前では軽薄すぎる。
「ガヴォ一派と戦うのなら、第零との衝突も免れないでしょうネ」
「そうですね……最も厄介なのは【サリヤの火】ですが……」
十年前、王城のあらゆる命を焼き尽くしたという無慈悲な青い炎。いまだかつて、サリヤの火に対抗できる手段を持った者はない。
「術者である第零は、延焼の程度や方向など、意のままに操ることができます。それだけに、防ぐことも逃げることも困難になる」
「魔道によって操れる物であれば、魔道によって打ち消すこともできるのが本来の道理ですネ。錬成術にもそれが通じれば、の話ですガ」
ザクの悲劇がくり返されるのなら、錬成術はこの世から消えるべきだ。エルウィンは【賢人の慈涙】をかたく握りしめた。
「命のあるがままを冒涜する……それも錬成術の一面であることを決して忘れマセン。ザク。君を襲った悲しみが、別の命を蝕むことのないように」
玄関ホールの大理石に刻まれた無数の傷。エルウィンとゼイーダは日夜魔道の修練と研究に明け暮れた。
「水魔道と錬成術を組み合わせるのは、左右の手で別々の緻密な絵を描くようなもの……削られる精神力も並みのものではない。それなのに、あなたは」
ゼイーダは驚嘆し、湧き上がる希望に笑みをこぼした。
彼らが【サリヤの火】に対抗し得る術を獲得する日は近い。