8.人間模様
「ナギ、城へ向かう。起きて準備しなさい」
翌朝も、クルトさんの声に起こされた。目覚まし時計のようなアイテムは存在しなかったと思うが、クルトさんはどうやって起きているのだろう。もし代わりになるものがあるなら私も用意した方が良さそうだ。
凪紗の時は毎朝それなりに時間をかけて出かける準備をしたものだが、今はインベントリを開いて装備を変えるだけなので一瞬だし、化粧もしないのでものすごく楽だ。クルトさんの目の前で装備を変えて準備完了すると、なんともいえない表情をされてしまった。なんだろう。
城へ向かい、連れ立って入城すると、なにやらすれ違う人達から好奇の目で見られているように感じる。悪意を向けられている感じではないのだけど、とても気になってしまう。
「なんか、注目されてる気がします。なんでしょう?」
「……私の近くに女性がいるのが珍しいのだろう。気にしなくて良い」
「なんと!?」
浮いた噂がないとは聞いていたが、まさかそこまでとは思わなかった。見たところお城では女性もたくさん働いているようだし、女性騎士から人気があるという話も聞いた。クルトさんの総合スペックなら彼女たちの方から寄ってくるだろうし、立ち話するくらいの機会があるのが普通ではないのか。おかしい。これは何が理由があるに違いない。
「クルトさん、実は男の人が好きとか?」
「は?」
何言ってんだこいつ、みたいな冷たい目で見られてしまった。どうやら違うらしい。
というか、例えそうだったとしても人の性癖は自由なものだし、気軽に聞いていいことでもなかった。反省してあまり触れないでおこう。正直とても気にはなるが。
いちいち向けられる視線に若干辟易しながら連れて行かれたのは、騎士団の受付だった。ここはいわゆる城の総合受付窓口というやつで、騎士団に関連するものだけでなく、施政にまつわる様々な事務手続きも受けているらしい。まだ朝早く一般の受付時間外なのでほとんど人はいないが、日中は多くの人が行き交うそうだ。
受付のお姉さんとクルトさんが受験手続きについて話しているのを眺めていると、見覚えのある男の人が近づいてきた。
「あれ、ナギちゃん? こんな所でどうしたの」
誰だっけと記憶をたどったところ、確かペルタストのねぐらに向かっている時近くにいて、クルトさんのことで盛り上がっていたちょっとチャラい感じの騎士さんだ。
「これから入団試験を受けることになったんです」
「え!? ホントかい。まぁナギちゃんなら一発合格間違いないだろうな。歓迎するよ! そう言えばまだ名乗っていなかったね? 僕はカラム・ヴィンソン。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
まだどんな試験なのかも聞いていないのに、合格したものとみなされてしまった。クルトさんに聞こうと思っていたけど、ちょうどいいのでどんな試験なのか聞いておこう。
「試験てどんなことするんですか?」
「訓練用に捕獲してあるモンスターをいくつか倒すんだよ。俺でも倒せたんだし、ナギちゃんなら余裕だろ?」
それなら確かに何とでもなりそうだ。
「しかし、よく受験の許可が降りたね。入団試験はその内容より、どちらかというと許可を出す騎士団長のお眼鏡にかなうかどうかが問題なんだ。誰でも受けられるわけではなくて、普通は見習いとしてしばらく下積みをしないと無理なんだけど」
「ああそれなら、昨日クルトさんが騎士団長に紹介してくれた時に「腕が立つ」って評価してくれたのが良かったんだと思います」
「隊長が?」
カラムさんは驚いた様子で、受付にいるクルトさんを見た。
「それは珍しいこともあったもんだ。どうやら君は気に入られたようだね」
「うーん? そうでしょうか」
気に入られているというより、道端に捨てられていた仔犬を放っておけなかった、みたいなニュアンスの方が正しいような気がする。
「それで、昨日はその後どうしたんだい? 家には帰れた?」
「それが無理だったので、クルトさんに────」
「ナギ」
泊めてもらった話をしようとしたら、クルトさんに遮られた。どうやらいつの間にかこちらの会話を聞いていたようだ。
「カラム、巡回中だろう。仕事に戻れ」
「可愛い新人隊員と友好を深めているだけですよ。心配しなくても取って食べたりしませんって」
「ナギはまだ試験も受けていないのだから隊員ではない。いいから行け」
「りょーかいです。ナギちゃん、またね」
会釈すると、カラムさんはにっこり笑って去っていった。クルトさんはというと、少し渋い顔だ。
「……ナギ、私のところに居ることは他人に言うな。余計な誤解を招く」
ああ。確かに、家に泊まったなんてこと、事情を知らない人が聞けば男女の関係だと勘違いしてもおかしくない。得てしてそういう噂話は広まりやすいものだし、下手すると私が騎士団に入った後で「新入りに手を出した」みたいな悪評が立って、クルトさんの立場が悪くなる可能性もある。
昨日の夜クルトさんが少し渋い顔をしたわけだ。もう少し考えて行動するべきだった。
「わかりました。これ以上クルトさんが困るようなことはしません」
「いや、困るのは君だ」
「え?」
「外聞が傷ついて困るのは女性の方だろう」
(が、がいぶん)
そんな言葉リアルで初めて聞いた。いたって平凡な一般人として生まれ育ち、外聞なんてものを気にしてきたことがない私としては、正直カルチャーショックだ。そういえばこの世界には王族がいれば貴族もいるのだった。もしかしたらクルトさんは貴族のような良いお家柄の人なのかもしれない。
「ええと、私はそういうの気にしませんが……」
私の返答に、クルトさんは更に渋い顔をした。眉間のシワが深くなっていく。
「気にしてくれ」
「うーん。でも、噂の相手がクルトさんなら喜んじゃう女の人の方が多いと思いますよ?」
「……」
ちょっと冗談めかして言ってみたら、渋い顔がより一層渋くなった。最早睨まれているといっても過言ではない……いや、これはどう見ても睨まれている。イケメンに睨まれると妙な迫力があって怖い。
「私は君の話をしている」
「わ、わかってます」
「……戦闘ではあれほどの動きができるというのに、何故他のことはそのようにぼんやりしているのだ」
「そ、そんなこと……」
「そんな有様では、そう遠くないうちに面倒な目にあうぞ。騎士として働くつもりがあるならば、君はまずその容姿について自覚して、自分の言動が周りからどのように思われるのかもっと気にするべきだ」
「え、容姿?」
突然思いがけないことを言われて素でキョトンとしてしまった。ナギの見た目は私の情熱を全力投球した────たしかキャラメイクに2時間くらいかけた────のでよくできているとは思うけども、だからどうしたというのか。
「君は、美しい」
「!?」
(もの○け姫か!)
反射的に脳内でツッコミを入れてしまった。なんということだ。女性のことを「美しい」なんてストレートな言葉で褒める男の人がこの世に実在するなんて、思っていなかった。しかも発言者がクルトさんなせいで嫌味がなく、実にサマになっている。
「────その上、強さも兼ね備えている。おそらくすぐにでも名が広まるだろう。そうなると、君を欲しがる者が内外に現れるはずだ。対外価値が高いものを傍に置きたがる者は多いからな」
「ええ? そんな……人を装飾品みたいに……」
「そういう、無下に言い寄る者を跳ね除けるためには、弱みや隙は無い方が良いのだ」
クルトさんの言いたいことは概ね理解した。要するに、面倒な相手から言い寄られた時にキッパリお断りできないようだと困るから、余計な火種を作らないように気をつけろ、ということだ。
凪紗の時に、ちょっと優しくした後輩から勘違いされてしまい、最終的にストーカー紛いに発展して周囲に迷惑をかけたことがあるからわかる。あれは真面目に大変だった。
「クルトさんの懸念はわかりました。重々気をつけるようにします」
「ああ。そうしてくれ」
クルトさんはようやくホッとしたように表情を緩めた。察しの悪い教え子ですみません。
しかし、騎士団に入るにあたってそういうことを気にしなければならないとは思わなかった。騎士というともっとこう静謐な感じをイメージしていたのに、やはり人が多いところには面倒ごとも付きまとうものなのだろうか。
「────で、講義は終わったか?」
言われて声の主を見やると、近くにアーロンさんが来ていた。いつからいたんだろう、全然気づかなかった。
「騎士団長! いらしていたなら声をかけてくだされば」
「お前がいつになく熱心に話していたから、邪魔しては悪いと思ってな。なに、なかなか興味深く拝聴させてもらったよ。経験者は語る、というやつだな」
「……」
本当にいつから居てどこから聞いていたのだろう。クルトさんもとても気まずそうだ。そして「経験者」ということは、どうもクルトさん自身が過去に痛い目にあったことがあるようだ。女っ気がないのもそのあたりが関係しているのかもしれない。なんだか色々納得した。
「さて、こう見えて私も暇では無いのでな。早速入団試験といこう」
「え、騎士団長が試験官なのですか?」
「今回はな。クルトが高く評価する者がどの程度の者なのか、見てみたくなった」
そう言われてしまうと、クルトさんの為にも情けないところは見せられない。気合が入る。
「試験の内容は聞いたか?」
「モンスターをいくつか倒すと聞きました」
「そうだ。それに加えて、武器による攻撃、魔法による攻撃、支援魔法をそれぞれ最低1回ずつ成功させなくてはならない。何を使うかは規定されていないので、状況にあわせて使うように」
「わかりました」
「準備ができたら、あちらの訓練場へ入ってくれ。モンスターが投入されたら試験開始だ」
「はい」
「ナギ、君なら問題ないとは思うが、気をつけて」
「はい、ありがとうございます。行ってきます」