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デイミウールゲイン  作者: イブキ
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6.フレクト王国

 視界が元に戻ると、見覚えのある場所に居た。おそらく王国の城前広場だ。中央に噴水がある白い石畳の円形の広場で、城へ続く道があり、その先の階段をのぼると城のエントランスだ。


「それではここで解散とする。皆ご苦労だった」

「はっ!」


 クルト隊長の声を合図に、騎士たちから「やれやれ」と言った声が聞こえる。ひと仕事終えたのだ。飲みに行ったり、自分の場所へ帰るのだろう。


「君はこちらへ」


 そういえばクルト隊長は私の手を握ったまま離してくれていない。そのまま手を引かれて王城へと入った。


 城の内部はパッと見ゲームとほぼ同じ構造のようだ。センス良く飾られている絵画など装飾類が高価そうで、庶民な私はいくら位するんだろうなどと考えてしまう。


「これからある人に会うが、君はなるべく口を開くな」

「えっ」


 そう言われると不安になるではないか。一体誰に会うのやらと思っていると、連れて行かれたのは騎士団長の執務室だった。


「騎士団長、クルトです。ただいま戻りました」

「ああ、早かったな。入れ」

「失礼します」


 室内に入ると、見覚えのある人物が座っていた。騎士団長のアーロンさんだ。彼とはクエストで何度か話したことがあるし、とある理由でプレイヤーの間では有名なのでよく知っている。後ろでひとつに束ねられた栗色の髪といい、灰色の目といい、がっしりとした体格といい、ゲームで見た彼の特徴そのままだ。


 かつてはNPCだった彼が、興味深そうな表情で私を見ている。


「そちらは?」

「ナギといいます。森をさまよっていたところを保護しました」

「……あんなところでか?」

「本人にも記憶が無いようなのです。嘘ではないことはアントンの確認がとれております。おそらく何らかのトラブルに巻き込まれたものかと」

「ふむ」

「それから重要な報告がございます。こちらを」


 そう言ってクルト隊長が執務机に置いたのは、ペルタストの槍の穂先だ。


「あの森に居たのは、ベロナではなく、ペルタストでした」

「なに!?」


 アーロンさんが慌てて置かれた穂先を手に取り確認する。


「……確かにペルタストの物のようだ。何故あの森に? 救援要請は受けていないが、討伐できたのか?」

「はい。危ないところでしたが、ナギの尽力のおかげで被害なく討伐できました」

「被害なく? 死傷者はいないということか?」

「はい。かすり傷ひとつ負った者はおりません」


 アーロンさんは今度こそ驚愕したようだ。クルト隊長が以前戦った時は甚大な被害が出たと言っていたし、この世界の人からするとノーダメで倒すというのは結構おおごとなのだろう。


 アーロンさんが目を細めて、何かを見定めるように私を見る。


「ナギといったか、そなた何者だ?」


 先のクルト隊長と同じ質問だけど、こちらはとても威圧感がある。返答によってはあまり良くないことが起こりそうな、そんな予感がする。


 口を開くなと言われているし、どう答えたものか迷っていると、クルト隊長がギュッと私の手を握った。そういえばまだ手を繋いだままだ。


「騎士団長。ナギが居なければ、我々は壊滅していたかも知れないのです」

「その者が何らかの手段でペルタストを森に呼び寄せた可能性はないのか?」


 その発想はなかった。モンスターを別エリアに移動させるなんてことできるのだろうか。ゲームではモンスターの移動可能範囲は決まっていたので、遠くへ連れて行きたくてもできなかったのだけど。


 などと呑気に考えていると、アーロンさんの威圧感が今度はクルト隊長に向けられた。


「ペルタストが居ると事前に知っていたからこそ、お前たちに近づいたのではないか?」

「……騎士団長。ペルタストと気づけず不用意に攻撃した我々を守ったのはナギです。それに、無傷で討伐できたのも偶然ではありません。ナギの戦術は安全に倒すという点に非常に長けており、見事なものでした。今回の件、確かに不明瞭な点は多いのですが、この者は少なくとも我々の敵ではありません」

「では、ここへ連れてきた理由はなんだ?」

「たいへん腕は立つのですが、多くの記憶を失っており、自分のことも名前以外わからず行くところが無いようなのです。騎士団で一時的にでも保護する訳にはいかないでしょうか」


 その言葉で、王国へ着くなり私をここへ連れてきた理由を察した。クルト隊長は、とりあえずの居場所を作ってくれようとしている。本当に優しいひとだ。この世界で最初に出会ったのがこのひとで良かった。


「……お前が自分から他人に関わるのを初めて見たな」


 アーロンさんが少し興味深そうに言った。威圧感はすっかりなりを潜めている。


「腕が立つのだろう? その能力、騎士団に入れて役立たせてはどうだ?」

「!?」


 思いがけない提案に驚いたけれど、クルトさんはどうもこの展開を予想していた様子だ。騎士団というのはそんなに簡単に入れるようなものだったのか。


「行くところが無いのであれば、ちょうどいいのではないか? もちろん入団試験は受けてもらうが、お前が腕が立つと評価するなら問題なかろう。あとのことはお前が責任を持て」

「……はっ! ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」


 私もついお礼を言ってしまった。


「なんだ、ようやく口を開いたな。クルトから黙っているようにとでも言われたか?」

「う」


 図星なので思わず口ごもる。


「フン。クルト、お前も随分とこの者を気に入っているようじゃないか。ようやく身をかためる気にでもなったか」

「そういうことではありません。うちの隊を救ってくれた礼です。それに、放っておくのもどうかと思い……」

「まぁそういうことにしておいてやろう。経緯はどうあれ、あのペルタストを無傷で討伐したことは偉業といえる。隊には追って褒美がでよう」

「はっ! それでは、これで失礼します」

「ああ。ご苦労だった」




 執務室を後にして城の外へ出ると、もうすっかり夜だった。「Aslan」の世界は夜空の星が綺麗で、時々ぼんやり画面を眺めたものだったけれど、それが今は目の前に現実の風景として広がっている。東京に住んでいてはなかなかお目にかかれない絶景だ。


 ところで、未だに手を繋いだままなのが流石に気になってきた。


「あの、隊長さん、私べつに逃げたりしませんよ」


 クルト隊長は何のことかという顔をしたが、ハッとしたように手を離した。


「す、すまない」

「いえ、おかげで安心できました。騎士団のことも成り行きとはいえ正直助かりましたし、ありがとうございます」


 騎士団に入ることになるなんて想像もしていなかったけれど、この世界で地に足をつける良い機会かもしれない。それに、クルト隊長の他に見知った顔も居て、安心感もある。


「……余計なお世話だとは思ったのだが、君が────」


 クルト隊長はそこまで言うと、黙ってしまった。


「私が、なんでしょうか?」

「……いや、なんでもない」


 途中まで言ったのだから最後まで言って欲しい。気になるではないか。


「それより、今夜はどうするつもりだ?」


 追及しようとしたら話を変えられてしまった。


「あー、考えていませんでした」

「……」


 そして、ちょっと呆れられた。


 確かに最も直近の問題はそれだ。どうしたものか。今夜だけでなく、当面の間寝泊まりできるところは確保しておきたい。ゲームには宿屋のようなものは無かったのだけど、この世界にはあるだろうか。


「この辺りに宿屋はありますか?」

「あるにはあるが、あまり女性が1人で使うものではないな」

「何故ですか?」

「……娼婦が客をとる場からだ」


 あ、この世界では宿屋=ラブホになるのか。勉強になった。


「では、旅人はどういう所に寝泊まりするのですか?」

「商人であれば取引先に泊めてもらうことはあるな。もしくは各自が所属するギルド宿舎を利用している」


 なんとなく話が噛み合わないぞと思ったところで、その理由がわかった。転移魔法だ。一度でも行ったことのある街ならばローコストでどこでも一瞬で移動できるのだから、わざわざ知らない街でお金を払って宿泊する必要がないのだ。これは、「旅行」という概念自体がなさそうだ。


 理解はしたものの、そうなると私のような家なき子は野宿するしかない。しかも、テントは街中では使えなかったと思う。


「なるほど、わかりました。では一度街の外に出て、適当なところでテントを使って野宿しようかと思います」


 すると、クルト隊長が少し困った顔をした。困っているのはどちらかと言うと私の方だと思うのだが。


「騎士団長はおそらく君への疑いを完全に晴らしてはいないだろう。入団を薦めてくれたのも、監視の意味合いが多分にあるはずだ。街の外に出たとわかると少しまずいことになるかもしれない」


 なんと。騎士団てそんなにあっさり入団できるものなのかと思ったらそういうことか。


「うーん、しかしアテが無いのです。どうしたものですかね」

「騎士団に入れば宿舎が与えられるから、明日にでも入団試験を受けるとして……それまでウチに来るか?」

「良いのですか?」

「君はそれで良いのか?」


 質問に質問で返されたが、きちんとした屋根の下で寝られるのだからこちらとしてはとても助かる提案だ。


「良いです。助かります」

「……そうか」


 何故か渋い顔をされてしまった。


「……あの、ご迷惑なら」

「いや、私の方は問題ない」


 というわけで、成り行きに成り行きが重なり、私はクルト隊長のお宅にお世話になることになった。


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