4.討伐
しばらく進むと、洞穴の入口に到着した。地下へ掘り進められているため、奥の方は全く見えない。
「ここがベロナのねぐらだ。ヤツは夕刻から夜間にかけて活動するため、今のうちに準備して出てきたところを仕留める。罠の設置にとりかかれ。匂い消しを忘れるな」
「はっ!」
捕縛魔法を使うと言っていたけど、トラップも用意しておくとは慎重派だなぁと思っていると、クルト隊長が何かを差し出した。
「君はこれを持っていなさい」
手渡されたのは水色と白色のビー玉みたいなものだった。見覚えがない。
「これは何ですか?」
「匂い消しと消音の珠だ」
察するに、敵に気づかれにくくなるアイテムだろうか。モンスターには、視界に入ると襲ってくる「視覚感知」タイプと、音をたてると襲ってくる「聴覚感知」タイプがいて、それぞれに対応した魔法を使ったり動き方をすれば気付かれずにやり過ごせるため、ゲームではこの手のアイテムが必要なかった。消音はともかく「匂い消し」が存在するのだから、この世界では「嗅覚感知」も存在するということだろうか。覚えておこう。
「これは持っているだけで効果があるのですか?」
「そうだ。あまり近づきすぎると効果がないのと、衝撃を与えると壊れてしまうので気をつけなさい」
「なるほど、ありがとうございます。それで、私はどういう風に動きましょうか?」
「一斉攻撃の合図が出たら魔法で参戦して欲しい」
「わかりました」
どの魔法を使うか考えておかねば。あまり高威力なものを使って瞬殺するのはまずい気がするし、低威力過ぎて役に立たないのも良くない。魔力コスパがよくて威力もそこそこな“ファイアアロー”あたりが無難だろうか。
程なくして罠の設置が完了し、攻撃要員は付近の木の上で待機することになった。騎士の皆さんがフックを上手く使ってスルスルと器用に登っていくのが見える。“フライ”の魔法を使っている人はいないようだ。あの魔法は風属性でも割と高レベルのものなので、NPCでは使える人があまりいないのかもしれない。
となると、私もどうにかして木登りをした方がいいのかもしれないけれど、子供の頃から今に至るまでゲームっ子で超インドア派の私には無縁な行為だ。
だがしかし、ここは夢の世界。
試しにジャンプしてみると、比較的低い位置にある枝にうまく飛び乗ることができた。そこから某少年漫画の忍者のように枝を飛び移り、遠隔で魔法を当てるのにちょうどいい位置まで来ることができた。
近くにアントンさんを見つけたので、隣の枝に陣取ることにする。しかし、当のアントンさんはすごく驚いたような顔でこちらを見ていた。
「アントンさん? どうかしましたか?」
「いや、きみ……エルフのように身軽だね。驚いたよ」
「えっ。そう、ですかね? ハハハ」
笑って誤魔化してみたけど、アントンさんは思案顔だ。嘘つきの色が出ていないことを願う。
「Aslan」では種族差というと見た目の違いくらいしかなかったので、身体能力に違いがあるとは思わなかった。やろうと思えばこの高さまで一気にジャンプで登れそうだったのだけど、程々にしておいてよかった。危うく人外扱いされるところだった。
どのくらい待っただろうか。日が傾き空の色が変わり始めた頃、洞穴の奥から巨大なものが現れた。件のベロナだ。想像よりも大きい。立ち上がると4mはあるんじゃなかろうか。
しかし、私の記憶にあるベロナとは何かが違う気がする。何が違うのかハッキリしないし、ゲームと全く同じではない可能性もあるので、確信はないけれども。
アントンさんであれば何か見えるかもしれない。私は声が届くようアントンさんの傍に移動した。
「あれが例のベロナなんですよね?」
「そう、だと思うのだが……」
「もしかして、嘘つきの色が見えてたりしますか?」
「じつは薄く見えている。だが、それが何故なのかは……」
高レベルプレイヤーと特殊能力もち現地民の2人が違和感を覚えたのだから、あのベロナには何かあると思っておいた方が良いだろう。
クルト隊長にも報告をしておこうかと考えていると、ベロナの様子に変化があった。洞穴から完全に出ようとせず、出入口付近をウロウロしている。しきりに辺りを気にしているようだ。
(何かに気づいた? あと少し外に出てくれれば罠にかかるんだけど……)
おそらくクルト隊長は、罠の発動を合図に捕縛魔法を重ねがけして集中攻撃するつもりなのだ。そして、できれば完全に日が落ちて視界が悪くなる前にカタをつけたいはずだ。このあたりは私たちプレイヤーのレイド討伐時とだいたい同じなのでわかる。
睨み合うかのように、じりじりと辛抱強く待ったことが功を奏したのか、ベロナがようやく外へ出てきた。
そして、罠が発動した。あの黄色い煙は麻痺毒だろう。
「捕縛!!」
すかさずクルト隊長が号令をかけ、四方から“スパイダーウェブ”や“バインド”といった捕縛魔法が放たれる。
────と、ここまでは予定通りだった。
「グオオオオオオ!!!」
ベロナが咆哮すると、全ての捕縛魔法が消失してしまった。更に、全身の針が発光を始め、肥大化して槍のようになっていく。
(あれは────)
クルト隊長の声がよみがえる。
────森の集落が襲われて、応戦に出た魔法使いが多数被害にあっており────
その瞬間、モンスターの正体がわかった。
『クリスタルウォール!』
私は半ば条件反射のように魔法を唱えた。
すぐさまモンスターの周囲を取り囲むように物理攻撃を受け止める水晶の壁が現れる。それとほぼ同時に、モンスターの全身の槍が捕縛魔法を放った者に反撃するかのように一斉に放たれた。
しかしそれらは水晶の壁に阻まれ、1本も対象に届くことはなかった。
(よし、間に合った)
私は装備していた剣を弓に変更し、“フライ”で上空へ飛び上がった。アントンさんが呆気に取られているのが視界に入ったけれど、今は気にしていられない。
クリスタルウォールは円柱状に発動されるので、上部からは槍が飛び出してきている。そこを狙ってスキルを発動させる。
『粘着矢』『レンジ』
“粘着矢”は、最も近くにある物を地面にくっつけてしまう弓スキルだ。それを風属性支援魔法で範囲化させ、放たれる槍を地面に固定して無害化させていく。あの槍は放出数に限界があるので、こうしていけばそのうち打ち止めになるのだ。
暫くすると、槍の放出が少なくなってきた。もう少しで打ち止めになりそうなので、上空からクルト隊長を探して近くに降り立った。
「隊長さん! あれはベロナではなく、上位種のペルタストです。魔法は一切効かないどころか、当てると魔力を喰らって強化させてしまいます」
クルト隊長の顔色が変わった。
「しかし、ペルタストはこの森に棲息するものではないだろう!?」
「私もそう思ってましたが、現にあそこにいます。森の集落で魔法使いが被害にあったっていうのも、ペルタストだったからじゃないですか?」
ペルタストは、北部の山岳エリアに出現するレイドモンスターだ。魔力を糧にしており、魔法を受けるとその魔力を喰らって全てのパラメーターにバフがかかってしまうため、いかなる魔法も厳禁な相手だ。高レベルプレイヤーであれば、対処法さえわかっていればソロでも討伐可能な程度の強さではあるけれど、やたら時間がかかるので戦力は少しでもあった方が良い。可能であれば騎士団の力を借りたいところだけれど、ダメそうならソロでなんとかするしかないだろう。
ちなみにベロナと見比べると、ペルタストの方が一回り大きく、顔の凶悪さ加減が若干違うらしい。まだ情報が出揃っていない頃、ベロナにそっくりな見た目から舐めてかかったプレイヤーを、それはそれは多数餌食にしたことで有名だ。
「それで、どうしますか?」
「……君は……」
「はい?」
「いや、君はペルタストを討伐したことがあるのか?」
「それなりに倒してますね」
「……そうか。では、今の我々でも討伐可能な戦術があれば、指南願えないだろうか」
クルト隊長が、いくつもの質問を飲み込んで、真に必要なことだけを述べたのがわかる。今成すべきことを正確に把握できる、優秀なひとなのだろう。仕事がデキルひとは好きだ。またしても私の中で好感度が上がる。
「かしこまりました」
笑顔で応えて、プレイヤー間では定番の対処法を伝える。
まずは、あの槍をどうにかしなければならない。あれは当たると見た目以上にダメージを食らうのに、“プロテクション”のような魔法系バリアは貫通するため、盾装備や、魔法だけど物理属性の“クリスタルウォール”のようなもので防ぐしかない。また、盾で防ぐと高確率でノックバックするので近づきにくく、とにかく鬱陶しいのだ。
“粘着矢”で槍を無害化させることはできるけれど、放出が止まってから一定時間経過すると再生されてしまうので、それまでに倒す必要がある。火力が足りないと再び槍を無害化させる工程をふむ必要があるのが、ソロ討伐に時間がかかる原因だ。
「槍の放出が止んでいる隙に、ありったけの物理攻撃を叩き込んでください。物理判定であればアイテムでも魔法でも構いませんが、馬鹿力なのでよほど腕に自信がなければ近接攻撃はオススメしません。あ、そう言えば麻痺毒トラップは物理なので有効でしたね。あれが効いてたお陰でクリスタルウォールが間に合って怪我人が出なかったんだと思いますよ。さすが隊長さん、先見の明です」
「……偶然以外の何物でもないだろう……」
「運も実力のうちって言いますよ」
「……」
心から褒めたのに、憮然とされてしまった。解せない。
「槍の放出を完全に止めたらクリスタルウォールを解除するので、それを合図に攻撃してください。くどいようですが、魔法攻撃は厳禁です。既に最初の捕縛魔法を喰って強化されている状態なので、あれ以上となると倒せるかどうか怪しくなります」
「了解した」
「では、私は槍対策の仕上げに入ります」
再び“フライ”で上空に飛び上がり、“粘着矢”で槍を無害化していく。地上ではクルト隊長が騎士達に指示を出しているのが見える。
それにしても、なぜこのエリアにペルタストが出現したのだろうか。某ゲームのF〇Eじゃあるまいし、レベル帯が噛み合っていないにも程がある。クルト隊長の様子からしても異常なことのようだったし、もしゲームで起きたらバグ報告の嵐になりそうだ。
そうこうしているうちに槍の放出が止まった。ここからはスピード勝負だ。即座にクリスタルウォールを解除すると、一斉攻撃が始まった。
私も上空から弓スキルで攻撃しつつ、相手の体力が赤いバーで視認できるようになる魔法“ディスクロージャー”で確認してみると、思ったよりも体力の減りが遅い。流石に魔力を喰らって強化された状態というところか。このペースでは槍の再生までに削りきれないのは確実だ。
(ペルタストてたしか近接攻撃が弱点だっけ。私の場合剣の方が威力もあるけど、リキャストがなぁ……)
近接攻撃は、スキルごとのリキャストを計算しつつ、モーションに無駄が無いように綺麗に繋げていくものだ。使う順番は完璧に頭に入っているけれど、リキャスト開けまでの時間が目視できないというのはやはり不安だ。
とはいえ、ここはやってみるしかないだろう。私は消音の球を壊して騎士たちに声をかけた。
「近接攻撃で一気に削ります! 私が突っ込んだら離脱するまで手を止めてください!」
そして武器を剣に持ち替え、“フライ”を解除してペルタストの頭上へ落下を始めた。
(────最初は『強撃』)
ジャンプ斬りのようなモーションのスキルを発動すると、空中で身体が勝手に体勢を変える。そのままペルタストの頭に強撃が命中した。
「グガアッ」
剣で斬っているのに、鈍器で殴ったような手応えだ。 衝撃でうっかり剣を手放さないように、しっかりと握りこむ。
(────次は『一文字』)
「一」を書くように横に斬りつけるスキルだ。今度は「斬った」感触があり、傷口から青い血が吹き出す。
(────次は『切り上げ』)
私はあえて何も考えず、次々とスキルを繋げることに集中する。イメージした通り、ゲームの自キャラの動きをなぞるように。リキャストがわからないのは感覚でカバーだ。
しかし、相手もじっとしているわけではない。
「グオオオ!!」
結構な速度で前脚が振り降ろされる。まともに食らえば高レベルプレイヤーでも即死することがある強力な一撃だ。
(ま、当たらなければどうということはないってね)
モーションが大きい攻撃は回避しやすいものだ。余裕で避けて、避けた体勢から出せるスキルを繋げる。
(これでラスト────『終破斬』!)
「ガアアアァ!!!」
ペルタストが一際大きな声を上げた。発動までに繋げたスキルが多いほど威力が上がるため、連続攻撃の最後にもってくるプレイヤーが多い攻撃だ。10以上のスキルを繋げたから、最大威力となったはずだ。
攻撃後すぐに“フライ”で上空へ退避しペルタストの体力を確認すると、残り3割程度まで減っていた。やはり近接攻撃が弱点だったようだ。この世界に来てすぐに、スキルの使い方を練習しておいたのは我ながらグッジョブだった。
私が退避したのを見た騎士団が攻撃を再開してくれた。これならば問題なく削りきれそうで安堵する。
そして数分後、ペルタストは討伐された。
騎士団からわっと歓声があがり、レイド討伐に成功した時特有の高揚感が場に満ちる。私が「Aslan」で魅了された、あの空気だ。
だから、わかってしまった。
これはたぶん、夢ではないのだ。