43.終結
(あ、熱……)
黒炎がじりじりと全身の肌を焼く。いくら耐性を上げていると言っても、完全に無効にできるわけではないのだ。自分がどのくらいダメージを受けたら死ぬのかわからないけれど、この分ではそう長くもたないような気がする。どうにかして逃げ出したいけれど、もがいてもビクともしない。
(でも、倒してしまえば)
本当にあと少しのはずだ。それに、私ならばたとえ死んでもリスポーンできる。
すると、オーディンは私の頭と体を掴み、潰されて炎が吹き出す両目で私を見た。
いや、目を合わせた。
その瞬間、「何か」が私の中に入ってきた。
「ああああああああああ!!!」
突如始まった信じられない程の頭痛と不快感に堪らず絶叫する。目の前が真っ赤になり、勝手に涙が流れ、自分が立っているのかどうかもわからなくなる。いっそ気を失ってしまえば楽になれるのに、痛みがそれを許さない。誰かの声が聞こえる気がするけれど、意識を向ける前に黒く塗りつぶされる。助けを求めたくても、口からは絶叫しか出ない。
時間の感覚がなくなる。
あまりの苦痛の連続に、もういやだ、楽になりたい、と思った時、頭の中に声が響いた。
『ハカイ セヨ』
絶叫することさえ拒否された。命ずる声に応えるように、私の意識を無視して体が動く。
『ハカイ セヨ』
何も見えない、聞こえない。なのに、何かを斬った感触と、命じる声だけが明確に認識できる。
『ハカイ セヨ』
自分の口が何かを言った。繰り返し命じられる度に私が何かをするのがわかる。
すると、何かが私に触れた。
『ハカイ セヨ』
繰り返される命令に従い、触れた何かを取り除こうとする。けれど、その何かは逆に強く私を抱きしめた。
『ハカイ セヨ』
何かを刺したような感触があった。それでも、それは私を抱きしめるのをやめない。
だから、それが何なのかわかった。
(クルトさん)
名前を思い出すと同時に、視力と聴力の一部が私の意識下に戻った。クルトさんは、剣に肩を貫かれたまま私を抱きしめていた。
「ク……ル……」
声を出そうとするけれど、うまくいかない。頭に響く声と激痛が邪魔だ。
「ナギ」
名前を呼ばれた。返事をしたいのにできなくて、涙だけが流れる。
いつかのように両手で頬を包み込むようにすると、クルトさんは私の目を覗き込んだ。青に映る自分を見た。
あの時私は何を思ったっけ。
すると、頭に響く声が遠ざかり、体のコントロールが少しだけ出来るようになった。だから、苦心して手を上げて、クルトさんの手に触れた。
手と頬を伝わる温もりに、少しずつ頭痛が消えていく。それに比例するように頭に響く声が遠く小さくなっていく。
「ナギ、戻ってきてくれ」
クルトさんはそう言うと、微笑んだ。
「……君が、好きなんだ。そばに居て欲しい」
私にとっては2度目となるその言葉。
(応えたい)
強く思った途端、全ての感覚が戻ってきた。視界がクリアになり、頭痛と不快感が消え、あの声も聞こえなくなる。
と同時に全身をものすごい倦怠感が襲い、立っていられなくなった。それどころか、呼吸をするのも一苦労だ。
クルトさんはそんな私を抱きとめてその場に横たわらせると、フレデリックさんを呼んだ。
気力を振り絞って重い頭を動かして顔を上げると、クルトさんは心配そうにこちらを見ていた。そして、あちこち火傷や傷だらけで、特に肩に痛々しい刺傷があるのがわかった。
「その……傷……」
「問題ない」
『ヒーリング』
どうにかしたくて回復魔法を唱えた。けれど、魔法は発動しない。どうやら魔力が完全に空になっているようだ。
すると、クルトさんは眉間にしわを寄せた。
「癒しを受ける必要があるのは君だ」
「ナギさん!」
フレデリックさんが駆け寄ってきた。私の状態を見るや、顔色を失う。私はそんなに酷い状態なのだろうか。
「フレデリック、頼む」
「は、はい。『フルヒーリング』」
聞き覚えのない魔法が唱えられると、内側から熱が戻ってくるような感覚があった。重い手足が軽くなり、全身から痛みが消えたことで、初めて全身に傷を負っていたことに気が付く。ゆっくり瞬きをして、手足の感覚を確認する。頭はぼんやりするしとても怠いけれど、動けないわけではなさそうだ。
「楽に、なりました。ありがとうございます」
「ナギさん……大丈夫なのか?」
言われてフレデリックさんに目を向けると、あちこちで傷を負った騎士が手当を受けているのが視界に入った。
(……まさか……)
私の意識を無視して、私の体があの声に従い何かをしていたのを覚えている。
「私が……?」
「違う」
呆然と呟くと、クルトさんが強く否定した。
「あの時オーディンに取り込まれたように見えた。あれは君ではない。そのオーディンも消滅した。もう大丈夫だ」
では、あの未来は回避できたのだろうか。
「皆さん、無事ですか?」
「ああ。無傷とはいかなかったが、命を落とした者はいない。あのオーディン相手に充分な結果と言えるだろう」
フレデリックさんを見ると、微笑んで頷いた。
ああ、よかった。
心の底からそう思った途端、どこか張りつめていたものが切れたのか、私は気を失った。




