3.興味
「ナギ、起きなさい。そろそろ出発だ」
「────!?」
自分のキャラ名を呼ぶ声に一気に意識が覚醒する。ガバッと起き上がり辺りを確認してみると、寝る前となにも変わっていない。ただ外が明るくなっているだけだ。
(よし、まだ夢から覚めてない)
「起きたな? 身支度が出来たらすぐに出てきなさい」
「あ、はい。すぐ行きます」
どうやら起こしてくれたのはクルト隊長のようだ。彼、なんだか面倒見の良さを感じるし、とても良い人な気がする。銀髪に青い目でなかなかのイケメンだし、これは推せる。
身支度といっても、装備を鎧に替えて髪を整えるくらいなので一瞬で終わる。外に出ると、騎士の1人がテントを片付けにきた。
「あ、手伝います」
「いえ、すぐ終わるので大丈夫ですよ」
そう言って騎士さんがテントに描かれている小さな魔法陣に手を触れると、一瞬で手のひらサイズに収納された。 本当にすぐだった。
(なにそのカ○セルコーポレーションもどき)
ゲームにも「テント」というアイテムはあったし、私のインベントリにもいくつか入っているけれど、こういうモノだとは思わなかった。でも思い返してみれば、ゲームでもシュッと出してシュッと仕舞っていたから、リアルで再現しようとするとこういう感じなのかもしれない。
「それでは出発する。 ナギは私の傍に居るように」
「え? はい」
一瞬意味を図りかねたけれど、おそらく何かあったら守ってくれるつもりなのだろう。クルト隊長への好感度が更に上がった。
進軍を開始したものの、敵に襲われるでもなくただ歩いているだけだし、皆さん緊張している様子で無口なので、私としてはちょっと暇だ。
せっかくクルト隊長が近くに居ることだし、この際色々聞いてみることにしよう。
「どこに向かってるんですか?」
「斥候がベロナのねぐらの位置を突き止めたので、そこへ向かっている」
「そういえば討伐要請があったって言ってましたけど、この森って王国の一部なんですか?」
「そうだ」
なんと。長年プレイしているのに知らなかった。というか、領土というものを意識したことがあまりなかった。
「作戦はあるんですか?」
「捕縛魔法で動きを止め、遠隔で集中攻撃して仕留める。そのために魔法や弓が得意なものを選抜してきている」
「なるほど」
「君はどのような魔法が使えるのだ?」
おっと、これはどう答えたものか。
確か「Aslan」では火と水、風と土、光と闇といった反対属性の魔法を同時に使いこなすのが困難という世界設定があって、全ての魔法を使えるNPCは居なかったはず。プレイヤーはそのあたりを気にせずスキルさえ上げてしまえば普通に使えたのだけれど、ここで正直に「全部使えます」と答えると変に思われてしまうかもしれない。かといって嘘をつくとアントンさんにバレる。
「えーと、火と風の魔法を色々使えます」
嘘ではないのでセーフのはず。ちらっとアントンさんを見てみたが、特に何も反応していない。
「ちょうどベロナの弱点属性だな」
「そうなんですよ。期待してもらっていいですよ」
「それは頼もしい」
このぶんだと弱点属性の要素もゲームと同じようなので、今後強敵に遭遇したとしても何とかなりそうだ。もう少し自分の知っている「仕様」とのすり合わせをしたいところではあるけれど、あまり私のスキル周りのことを聞かれるとボロが出そうなので、話題を変えよう。
「ところで隊長さん、まだお若そうなのに隊長なんてすごいですよね。騎士一筋でここまできた感じですか?」
「まあ……概ねそうなるな」
「ご結婚はされてるんですか?」
「……なぜそのようなことを聞く?」
「あなたに興味があって」
「……っ」
「!?」
「!!」
ものすごく驚かれてしまった。私達の会話を聞いていた近くの騎士たち数名もこちらに大注目している。何かまずいことを言ってしまったのだろうか。
「えっと……? 聞いてはいけないことを聞いてしまったようならすみません」
「いや、そういうわけではないが……。君は、自分の発言が周りからどのように思われるのかをもう少し気にした方が良い」
「え?」
どういう意味だと聞き返そうとして、ハッと思い至る。
(推しのことを色々知りたかっただけなのに、もしかして男女のアレコレ的なニュアンスで「あなたに興味がある」って言ったと受け取られた? しまったー! 相手がNPCだっていう頭から抜けきれてなくて全然気にしてなかった!)
「す、すみません! そのようなつもりではなかったのです! ただちょっと、隊長さんイケメンだし良い人だなーって思って、どんな人なのかもっと知りたくなったというか!」
「……」
だめだ。クルト隊長は渋い顔をしているし、騎士の皆さんは今にも笑いだしそうな顔でこちらを見ている。我ながら見事に墓穴を掘った気がする。顔が熱くなってきた。くそう、夢なら今すぐ覚めてほしい。
「こ、これから戦闘だって時に変なこと言ってすみませんでした……以降黙ります……」
「……そんなに気にしなくとも良い。おかげで隊の皆も肩の力が抜けたことだろう。……それから、私は独身だ」
「……!」
思わず顔を上げると、クルト隊長はもう無表情に前を見ていた。が、他の騎士たちは興味津々だ。
「隊長、ちょっと照れてますね?」
「……」
「隊長って恋人いないんですか?」
「……」
「女性騎士たちからは結構人気あるみたいですよ」
「……」
「ああ俺、隊長のこと狙ってるやつ何人か知ってる」
「……」
「実際告白して振られたって話も聞いたことあるぞ」
「浮いた噂が全然ないから、心に決めた人でもいるんじゃないかって」
「美人と食事してるところ見たってやつが」
「……お前達、少し黙ってろ! 任務中だぞ!!」
ついにガチの雷が落ちた。流石に騎士たちもお口にチャックだ。
クルト隊長には悪いことをしてしまったけれど、上司が部下にからかわれる図というのは所変われどなんだか和むものだ。複数の隊員が笑顔……というかニヤニヤ顔で、明らかに緊張感がなくなっている。
緊張感というのは、往々にして余計なミスを招くことがある。無いなら無いで油断を招く場合もあるけれど、ベロナごときに肩の力が入りすぎていた感じはあったので、ちょうど良かったかもしれない。
それにしても、クルト隊長はやっぱり良い人だった。しかも硬派なイケメンだし、おモテになるのも頷ける。カノジョがいるのかどうかは私も気になるところだけど、流石に追及するのは自重しよう。