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デイミウールゲイン  作者: イブキ
31/46

30.舞踏会

「話題が全く思い浮かばないのですが、何話せばいいんでしょうか」

「お前から何か話す必要はない。話しかけられたら、ごきげんよう、ありがとうございます、さようでございますか、恐縮に存じます、と繰り返しておけば良い」


 舞踏会当日、アーロンさんにエスコートされて城内の会場へ向かう途中に質問してみたら、なんだか接客嬢の話で聞いたようなことを言われてしまった。でも、こういうのはきっとどの世界でも共通なのだろう。


「うう、今になって気が重くなってきました」

「背を伸ばしてまっすぐ前を見ていろ。侮られるぞ」


 本気で帰りたい気分で一杯だが、ここまできたら腹をくくるしかないのはわかっている。私は一度深呼吸して気合いを入れると、背を伸ばし、OL時代に培った営業スマイルを顔に浮かべた。すると、アーロンさんが息をのんだ。


「どうかしましたか?」

「……いや、そうしていると貴族の令嬢にしか見えぬな」

「さようでございますか」


 早速先ほどのアドバイスを実行すると、アーロンさんはふっと笑った。今日のアーロンさんは将校の正装といった出で立ちで、なかなかカッコイイ。




 舞踏会の会場は城の中でもひと際広く、壁や天井一面に絵画が描かれていて、城というより宮殿といった趣の場所だ。会場に入ると、途端に大勢の視線を感じた。


(うわ、めちゃくちゃ注目されてる)


 見られることには大分慣れてきたつもりだったけれど、普段騎士から感じる視線とは異なり、なんだかねっとりとしていて居心地が悪いにも程がある。早くも来てしまったことを後悔したけれど、どうにか営業スマイルを維持する。


(これはクルトさんが言ってた通り、狩猟場だと思っておいた方が良さそう)


「ナギ、まず王子にご挨拶をしにいく」

「かしこまりました」


 広間の最奥、3段ほど高くなっている場所に備え付けられた豪奢な椅子に、その人は座っていた。明るい金髪に切れ長の目、通った鼻筋、薄い唇、「Aslan」でもイケメンなことから一部のプレイヤーに人気があった、エドガー王子だ。


「アーロン、その者が?」

「はい、エドガー様。こちらが仰っておられましたナギでございます」

「ごきげんよう、エドガー王子。ナギと申します。この度はご招待いただき、ありがとうございます」


 私的にそれっぽい雰囲気の話し方をしてみたけれど、アーロンさんの様子を伺い見るにどうやら及第点だったようだ。


「そなたがナギか……とても騎士とは思えぬな。噂に違わず美しい」

「ありがとうございます」

「先だっての討伐任務にて、多くの精鋭騎士を救ったと聞いた。我が国の多大なる損失となるところであった。改めて礼を言おう」

「恐縮に存じます」

「ナギよ。そなた、近衛騎士となる気はないか?」

「……エドガー様、それは……」

「ふ……冗談だ。お前の剣を奪うようなことはせぬよ」


 答えにくいことには上手いことアーロンさんが答えてくれて、私はなんとか無事にエドガー王子への挨拶を終えた。これでもう後は帰る時間まで大人しくしていれば良いはずだけど、テーブルには美味しそうな料理が並んでいる。立食形式なようだ。


「騎士団長、お料理を食べても良いですか?」

「ダメだ」

「え!? 何故ですか?」

「知らぬ。クルトがうるさいほどダメだと繰り返していた。酒も禁止だ」

「ええぇ……じゃ、じゃあ、あのソースのかかったお肉だけでも」

「……お前は気が強いのか弱いのかわからぬな……。わかったからとってきなさい。それだけだぞ」


 せっかく見たことのない美味しそうな料理が色々あるのに残念過ぎる。クルトさんはどうも時々いじわるなことを言い出すところが謎だ。唯一許可が下りたローストビーフっぽいお肉をお皿にとりながらそれとなく会場を見渡してみると、どうやら出入口や窓の付近では騎士が警備しているようだ。見知った顔を見つけることができるかもしれないけれど、キョロキョロするのは控える。


 すると、赤い髪が印象的な綺麗な女性と目が合った。こちらに近づいてきたので、手に持ったお皿をテーブルに置く。


「ナギ様、ごきげんよう」

「ごきげんよう」

「わたくしは、ハンナ・ローウェルと申します。お噂はかねがね……本当にお綺麗ですわね」

「ありがとうございます」

「ハンナ様、ご無沙汰しております」

「まぁ、アーロン様、ごきげんよう。以前お会いしてから……もう3年になりますわね」

「月日が流れるのは早いものです」


 すかさず会話に入ってくれたアーロンさんのお知り合いのようなので、基本的な会話はアーロンさんにお任せする。会話の内容からわかったのは、ご両親が共に事故で亡くなり一人娘だったハンナさんが家を継ぐことになったものの、歳若いということもあり苦労していたところを、お父様の友人だったアーロンさんが色々と手助けしたということだ。なんだか某児童文学作品を地で行っているかのような方だ。


「ナギ様は、騎士でいらっしゃるのでしょう?」

「え? あ、はい。仰る通りです」


 ぼんやりしていたら突然話しかけられた。一瞬素が出そうになった。危ない。


「クルト様とも親しいとか」

「彼は直属の上司ですし、とてもお世話になっています。クルト隊長のことをご存知なのですね」

「ええ。わたくしが辛い時期に、とても良くしていただきましたの」

「さようでございましたか」


(……ん?)


 なんだか一瞬チリッとした何かを感じた気がしたけれど、ハンナさんは穏やかに微笑んでいて特に変わった様子はない。気のせいか。


「……わたくし、他の方にもご挨拶をしなければなりません。残念ですが、これで失礼いたしますわね」


 そう言うとハンナさんは別の客のところへ向かったので、私はローストビーフのようなものが載った皿を再び手に取った。


「本物のお嬢様と初めてお話しました。オーラが違いますね」

「お前は何を言っているんだ……牽制されたことに気が付いたか?」

「……は?」


 ぽかんとアーロンさんを見つめると、これはダメだという顔をされてしまった。今の二言三言のどこに牽制があったかなんて、わかるわけがないと思うのだけど。


「クルトに手を出すなという意味のことを言われただろう」

「ええ!?」


 何がどうなったらそうなるのだ。そもそも手を出すとか出さないとかいう関係ではないし、意味がわからない。


「ハンナ様の意中の相手はクルトのようだからな。当のクルトは全く興味が無いようだが」

「そ、そうなんですか……あんなに美人さんなのに勿体ない……」

「ナギよ……お前も大概だな……」

「このような世界には縁が無かったのだから仕方がないじゃないですか」

「そういう意味ではない」


 呆れられっぱなしなのも少し悔しいけれど、どうしようもない。私は気を晴らすべくローストビーフのようなものを食べてみた。お肉は思った以上に柔らかくとろけるようで、ソースの甘味が肉の旨味を絶妙に引き立てていて、まるで口の中に幸せがあるかのようだ。


「これ、すごく美味しいです!」


 思わず満面の笑みでアーロンさんを見ると、彼は目を見開いて、何故か頭を抱えた。


「ど、どうしたんですか」

「……なるほど、意味がわかった。すまないクルト」


「アーロン」


 アーロンさんを呼び捨てにできる人はあまりいない。嫌な予感がしつつ声の主を見やると、エドガー王子がそこに居た。


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