29.戦闘準備
「私は反対です! 舞踏会など、貴族の注目を集めるだけで、ろくなことにならない!」
「わかっている、そう怒るな。だが、たった一人で多くの優秀な騎士の命を救い、士気を高め、この国に多大な貢献をしている美しい女性騎士に一度くらい会ってみたいと言われてしまうと、拒否できなかったのだ」
「では、舞踏会などではなく、王子個人に直接謁見できるような場を用意すればいいでしょう!」
「それは、貴族の出でもない女と個人的に会うなど外聞が悪いと、側近の許可が下りなかったのだ」
「とにかく、断ってください!」
「私にも立場上できることとできないことがあるのだ。舞踏会には私も同行して厄介なことにならないよう守るから、わかってくれクルト」
ぽかーんとしている私をよそに、クルトさんが見たことのない剣幕でアーロンさんに食って掛かっている。
(舞踏会か……。舞踏会ってあの、踊ったりなんやかんやするあれ? いや、色々と無理があるのでは?)
「も、問題があります」
2人が同時にこちらを見た。
「私、踊れませんし、ドレスも持ってません」
「行く必要などないのだから問題ではない」
「いや、ドレスはこちらで用意しよう。ダンスについては踊らなくても良いよう根回ししておく。騎士なのだから問題なかろう」
「騎士団長!」
「ナギ、この後時間はあるか?」
「あるといえばありますけど……」
「ありません! ナギにはこの後任務があります!」
「騎士団長権限で、その任務は別の者に任せるよう命じる」
「騎士団長!!」
私は根っからの庶民なので、舞踏会なんて正直別世界の話なのだけど、そもそもここは別世界なのだからそういうこともあるか、なんて思考が空回りする。本当にあらゆる意味で何故こんなことになったのだろう。
「王子というのは、この国の実質的な為政者っていう、あの王子ですか?」
「ああそうだ。良く知っているな」
たしかゲームでは、フレクト王は病気がちで代わりに王子が国を治めているという設定があった。この世界も同じような感じなのだろうか。
「そのような方のご希望ですか……。なかなか断りにくそうですね……」
「そうなのだ」
「ナギ! それは君が気にすることでもなければ、君があのような場へ行く理由にもならない!」
クルトさんはなんだか焦っているようにも見えるけれど、舞踏会というのはそんなに不味いところなのだろうか。
「そもそも舞踏会って、何をするところなんですか?」
「主な目的は親交を深めることだな。ダンスや食事を楽しみながら、お互いの人となりを知り、様々な情報交換をすることもある。今回の場合王子の主催なので、王子との繋がりを持つことも大きな目的になる」
「というのは表向きだ」
クルトさんが厳しい表情で私を見た。
「簡単に言うと、あれは貴族の狩猟場だ。腹を探り合い、自分の役に立ちそうな者を見繕い、近づいて、その者が隙を見せたが最後、陥落して意のままにしようとする」
「おいクルト……穿った見方をしすぎだ」
「本当のことでしょう!」
こんなクルトさんは初めて見た。まるで舞踏会に村を焼かれでもしたかのような様相だ。
「クルトさん、舞踏会で何か嫌なことでもあったんですか?」
「それは……」
苦虫を噛み潰したような、といった顔をされてしまった。これは例の、過去に貴族絡みで色々あったという話に関係しているのだろう。
「言いたくないなら無理に言う必要はありません。なんとなく察しました。それはそれとして、私はその舞踏会に行かないとダメなんですよね?」
「必要ない!」
「半分強制と考えてもらって構わない」
2人ともさっきから逆のことを言う。
「もしお断りしたら、どうなりますか?」
「……平民にも関わらず王子の誘いを断った者として、貴族からは悪い意味で注目されるだろうな。王子の派閥に属する貴族からは痛くもない腹を探られ、逆に反王族派の貴族からは都合の良い駒にしようと画策される恐れがある」
うーん、貴族の世界って面倒くさいと思っていたけれど、なかなかろくでもない世界でもあるようだ。
「行っても行かなくてもよろしくないというのなら、行って少しでもマシになるようどうにかしたいと思います」
「ナギ! ダメだ!」
「この件に関しては、クルトに止める権利はない」
「しかし……」
「クルト」
アーロンさんは静かにクルトさんを見た。
「お前の大事なものを壊すようなことは決してしないと誓おう。今回だけは、折れてくれ」
「……」
最早舞踏会のことよりも、この2人のやりとりの方が気になってハラハラしてしまう。
「……わかりました。必ず守ってください……父上」
「ああ。必ず」
私が着たことのあるドレスなんて、親族や友人の結婚式に招待された時に着た2万円程度の物くらいだ。この世界のドレスがどういうものかはゲームでなら見たことがあるけれど、いわゆる「貴族」という感じの華やかで豪華な物で、あれを着て踊るなんて無理ゲーにも限度があると思う。
そのドレスが今、目の前に所狭しと並べられている。
「クルト様の大事な宝石と聞いては、完璧に仕上げてみせるしかございませんね」
「ああ。ドロシー、誰が見ても美しいと賞賛せざるを得ないように頼む」
「お任せくださいませ」
勤務時間にも関わらず騎士団長命令の一言で早上がりし、アーロンさんに連れられてやってきたのは、街の中心から少し外れ、ハイソなエリアにある衣類店だった。素人目に見ても高級そうな服が多数ディスプレイされており、品の良いご婦人が接客についてくれた。彼女はどうやらアーロンさんやクルトさんとは顔馴染みのようだ。
「ナギ様、わたくしはドロシー・ダイアと申します。以後お見知りおきくださいませ」
「は、はい。よろしくお願いします」
「こうしているだけでも一輪の花が咲いているかのようなお嬢様ではありませんか。これは腕が鳴りますわ」
まずい。あまりにも別世界すぎて、なんだか他人事になってきた。私が参加する舞踏会のための、私のドレスを選びにきたのだから、しっかり気をもたなければ。
「ナギ様、お好きな色はございますか?」
「そうですね……緑か、青でしょうか」
「それでは瞳の色に合わせて、緑がよろしいでしょう。ナギ様であればどのようなドレスでもお似合いでしょうが……こちらのドレスはいかがでしょうか?」
いかがでしょうかと言われても真面目によくわからない。こういう時は必殺詳しい人任せだ。
「自分ではよくわからないので、ドロシーさんのおススメを試着してみますから、騎士団長とドロシーさんで良いと思う物を選んでもらえますか?」
「いいだろう」
「承知いたしました。それでは、こちらをお召しになってくださいませ」
「はい」
それから私は完全なる着せ替え人形と化し、結構な数のドレスを試着したものの、いつの間にか増えた店員さんが「もっとデコルテを見せたほうが」とか「こちらの方がウェストラインが」とか激論を交わし始め、そのうち「華やかなだけでなく騎士としての高潔さも」等と話を聞いてもよくわからなくなってきたので、いつの間にか店の隅にあるテーブルに退避してお茶を飲んでいたアーロンさんに助けを求めようかと考え始めた頃、ようやく決着がついた。
「こちらでいかがでしょうか」
「ええ、素敵ですわ」
「本当に、お綺麗ですわ」
そのドレスは、凪紗の世界でいわゆるプリンセスラインと呼ばれるタイプで、ウェストのあたりから下にキラキラと華やかな刺しゅうがあり、腰から裾に向かって緑のグラデーションになっているものだった。とても綺麗だと思うし、プロの皆さんがこれが良いと言うのだから良いのだろう。
「騎士団長、これでいいですよね?」
「ああ。美しいな」
アーロンさんは眩しいものでも見るように目を細めて褒めてくれた。ストレートに褒められるのには慣れないけれど、アーロンさんに言われると不思議とすんなり受け入れられて少し嬉しい。サラッと逃げてほったらかしにしていたことは水に流そう。
「それでは、こちらをお仕立ていたしますね。アクセサリーや御髪、お化粧はいかがいたしますか?」
「アクセサリーについては、一つはこちらを使ってくれ。他はあまり華美になりすぎない程度に頼む」
「承知いたしました。ナギ様の美しさを引き立てるような物を見繕いましょう」
こうして、凪紗の世界でも花嫁はこんな感じに飾り立てられるのだろうな、という体験をし、舞踏会に参加する装備一式が揃ったのだった。




