28.その後
目が覚めると、誰かの腕の中に居た。一気に意識が覚醒する。
(そ、そうだったー!)
結局クルトさんに抱き枕にされたまま寝てしまったようだ。我ながら図太い神経をしていると思うけれど、今更ながらに恥ずかしさが再発してくる。
クルトさんはとモゾモゾ動いて顔を見てみると、まだよく眠っているようだ。思えば私より後に起きたところを見たことがないので、初めて見る寝顔だ。
(せっかくイケメンなんだから、もっとニコニコしてればいいのに勿体ない)
そう思ってなんとなく顔に手を伸ばすと、その手を掴まれた。いつ起きたんだ。
「お、おはようございます」
「おはよう」
クルトさんは目を開けてぼんやりと私を見ると、掴んでいた手を離して私の頭を撫で、おでこにキスをした。一気に顔が熱くなる私をよそに、クルトさんは起き上がって窓を開けた。外はまだ薄暗い。
「コルフェを飲むか?」
「あ、はい。いただきます」
クルトさんは何事も無かったかのように1階に降りていった。私ばかり恥ずかしい思いをしているようで、なんだか不公平感がある。
(でも、顔色は良くなってたし、まあいいか……)
1階に降りると、コルフェの良い匂いが漂ってきていた。私も自分で淹れることは出来るけれど、同じ豆を使っているはずなのにクルトさんが淹れてくれるコルフェの方がずっと香り高くて美味しいから不思議だ。
「よく眠れましたか?」
「……ああ。久しぶりによく眠れた」
「それは良かったです」
クルトさんはコルフェを飲みながら新聞に目を通している。数日分あるのは、もしかしてろくに帰っていなかったからだろうか。
「君のことは記事になっていない。騎士団長がうまく情報を遮断したようだな」
「それはありがたいです。騎士団長はすごいですね」
「そうだな」
「お父さん、なんですよね?」
「一応そうなる」
生まれてこの方養子というものに縁がなかったので、他人がいきなり親子関係になるのがどういう感覚なのかよくわからない。見たところ、クルトさんとアーロンさんは良好な関係を築いているようではあるけれど。
美味しいコルフェを飲みながら、そういえば今日は出勤だっけと考えたところで、5日も時間が飛ぶと自分の出勤日がわからないことに気づいた。騎士の休日は事前に申請しない限り不定で、1週間ごとに出勤日が決められるのだ。
「クルトさん、今日私出勤かどうかわかりますか?」
「……わからないな」
それどころじゃなかった、という顔だ。これはクルトさんも自分の出勤日がわからないというオチではないだろうか。凪紗の世界ならばメールなどでわかりそうな人に聞くところなのだけど、フレンドリストが使えるのは元プレイヤーだけのようなので、そういった手段は存在していない。ちなみに欠勤時の連絡は不要なのだそうだ。来なければ休み、というとんでもない緩さで、最初は面食らった。
「……とりあえずお城行ってみますか。お休みだったとしても、昨日会えなかったひとにも無事を伝えたいですし」
「そうだな」
2人で連れ立って詰所に行くと、フレデリックさんが居た。
「ナギさん……!」
「フレデリックさん、ご心配をおかけしました」
「ああ……良かった、本当に……」
昨日のクルトさんほどではないけれど、フレデリックさんもあまり顔色が良くない。
「色々手を尽くしてくださったと聞いています。ありがとうございました」
「……きみを助けられないなら、なんのための回復魔法なのかと……」
「未知の状態異常じゃどうしようもないですよ。この通り元気になりましたから、フレデリックさんも元気だしてください」
エルミアさんが「呪い」という状態異常に気づけたのは、おそらく私のパラメーターを見たからだ。パラメーターウィンドウを開けば、かかっているバッドステータスが表示されるので見ればわかるのだが、それができないこの世界の人ではいつまでも原因不明だった可能性がある。
「フレデリック、夜勤明けか?」
「はい。ナギさんが目を覚ましたと聞いて、一目顔を見たいと思い待っていました」
「ええ!? 早く帰って寝てください」
「大丈夫だよ。ありがとう」
すると、フレデリックさんはチラリとクルトさんを見て、徐に私の頬にキスをした。
「……それでは、帰ります。また明日」
「え、あ、はい。お疲れ様でした」
日本人感覚としてはいちいち面食らうけれど、どうやらこの世界ではおでこやほっぺにキスをするのは挨拶の一環なようだ。納得して、出勤日を確認しなければとクルトさんを見ると、何故か見事に表情が抜け落ちていた。
「クルトさん……? あの……」
「出勤日だったな。今確認する」
「あ、お願いします」
無表情のままクルトさんが出勤日を確認してくれ、今日は私もクルトさんも出勤だとわかった。
出勤してくる隊員達から口々に復帰を喜ばれ、同僚と良好な関係を築けていることを実感する。こういうものは大事にしていきたい。
人が増えたところで、ブリーフィングが始まった。今日の進行は、ここ数日クルトさんの代理を務めていたというコネリーさんだ。
「ナギを襲った者だが、デニスは学術院追放、息子のネイハムは監獄行きとなった」
あの息子はネイハムというのか。名前も知らない人から恨まれるというのもおかしな気分だ。「監獄」というのはゲームで規約違反したプレイヤーがGMに連れて行かれたあそこと同じ感じだろうか。少なくとも城の内部にそのような場所は無いみたいなのだけど。
「使われた魔法については学術院にて流出の範囲を調査しているが、尋問の結果、少なくともデニスは息子にしか伝えていなかったようだ。研究は凍結され、そのまま禁止魔法となる可能性が高い」
自分が食らっておいて何だけど、新しい状態異常というのはなかなか興味深いものがあったので、完成しないのは少し残念な気がする。それに、そんなものを開発できるデニス氏は本当に優秀な学者だったのだろう。これももったいないように思う。怒られそうなので口には出さないけれど。
それにしても、どうやらこの先もこの世界オリジナルの魔法が増えていきそうだ。この世界流の魔法の使い方に慣れて、新しい魔法でも使えるようになりたい。
「連絡事項は以上だ。以降、隊長権限はクルトに戻る」
「ああ。コネリー、世話をかけたな」
「あんな情けない姿を隊員に見せるなんて、隊長失格だぞ。反省しろ」
「……申し訳なかった」
隊員達も苦笑いしている。たしかに酷い顔をしていたけれど、私が寝てる間クルトさんがどんな様子だったのかあとで皆に聞いてみよう。
「ああそうだ、ナギとクルトは騎士団長のところへ。話があるそうだ」
「わかりました」
ブリーフィングが終わり、私とクルトさんは騎士団長の執務室へ向かった。途中で私が襲われた広間を通りかかる。早朝ということもあり、人通りはあまりない。
「……あの様な思いはもうごめんだな」
現場付近で、クルトさんがポツリとつぶやいた。二度とクルトさんにあんな辛そうな顔をさせてはいけないと心から思う。
「騎士団長、クルトとナギです」
「ああ、入れ」
執務室に入ると、アーロンさんは立ち上がって私達に近づいてきた。
「ナギ、大丈夫か?」
「はい。この通りピンピンしてます」
「この数日、騎士団全体が怒り、お前を心配している風だった。おかげでネイハムを極刑から回避させるのに骨が折れたぞ」
(……は? 極刑? 死刑てこと?)
いやいや待って欲しい。確かに危ないところだったのかもしれないけれど、こうして元気になったのだし、別に犯人に死んでほしいなんて思わない。やりすぎだ。
「私としても、自分のせいでそんな大事になったらとても怖くなったと思うので、助かりました」
「お前ならば気に病むだろうと思ったから、せめて1週間は待つよう説得したのだ。それ以上目覚めないようであれば、あの者の命はなかっただろう」
5日寝ていたというのだから、割とギリギリだった。
「ナギは良くも悪くも人を惹きつけるな」
「そう、ですかね?」
「……その自覚のなさは問題だな」
前にクルトさんにも言われたけれど、自覚しようと思ってもなかなかできるものではないのだから仕方がない。
「それからクルト、お前は騎士団第2部隊隊長という地位にあること、地位には責任がついてくることを忘れるな。今回は周囲の空気による後押しがあったが、度が過ぎると目を瞑ってやれなくなる」
「……はい、申し訳ありませんでした」
「……私個人としては、お前にも大事なものができたことを喜ばしく思うがな」
「そんな、ことは……」
「ないとは言わせないぞ」
アーロンさんはクルトさんを慈しむような感じだし、クルトさんは少し恥ずかしそうな感じで、とても親子って感じだ。なんだか嬉しくなってきて、自然と顔がほころんでしまう。
「……ナギ、なんだその顔は」
「いいものだなぁって思っているだけです。気にしないでください」
クルトさんに睨まれたけれど、あまり怖くない。
「それはそうとナギ、以前話した褒章の件を覚えているか?」
「…………? あ! はい、覚えています!」
「完全に忘れていただろう……」
クルトさんにため息をつかれた。何故バレたし。
「これを」
アーロンさんに手渡されたのは、小箱だった。
「開けても良いですか?」
「ああ」
そっと蓋を開けてみると、中に入っていたのは綺麗なブローチだった。褒章と言って渡されるのがアクセサリーだとは全く予想していなくて、固まってしまう。
「誤解のないように言っておくと、それには1度だけ状態異常を防いでくれる効果がある」
いわゆるゲームでの「装飾品」だった。びっくりした。そんな便利そうな効果のあるアクセサリーは聞いたことがないので、この世界独自に作られたものなのだろう。
「そして、これが本題なのだが……ナギ、王子がお前を舞踏会へ招待したいと仰っている。それに着けていくといい」
「……………………は?」




