26.呪い
「では、ナギは生きているのだな?」
「はい。身体には何も異常が見受けられません。とにかく意識が戻らない状態です」
「状態異常の類ではないということか」
「わかりません。フレデリックが知る限りの回復魔法や薬を試しましたが、効果は認められませんでした。現在城の研究室や学術院にも問い合わせ、あらゆる薬を集めているところです」
「不可解な……。犯人はどうした?」
「拘束して尋問中ですが、何も吐きません」
「素性はわかっているのか?」
「……ナギを狙った学者の息子です。馬鹿な父親の巻き添えで罷免されましたが、先日まで騎士でした」
「あの者か……」
ナギを医務室に預け騎士団長へ報告をするが、頭の中は怒りと自己嫌悪で埋め尽くされている。
(もっと慎重に対処するべきだった)
息子が騎士であることはわかっていたことだ。罷免されれば怨みを買うことくらい、予想できたはずだ。
(もしこのままナギが目を覚まさなかったら)
最悪の事態が頭を過り、目の前が暗くなるような錯覚を覚える。自分の在り方を重ねて、肯定してもらうために様々なことをしてきた。懇願して、時には乱暴と言えることさえしたというのに、全てを許し受け入れてくれた女性。
(……必ず、助ける。そうでないと、私は……)
「……クルト、そう思い詰めるな。お前がその様では、解決できることもできぬぞ」
「……はい」
医務室へ戻ると、コネリーとフレデリックが居た。
「様子は?」
「変化ありません。……申し訳ありません」
「お前が謝ることではない。……悪いのは私だ」
「クルトのせいでもないだろう。……お前、酷い顔だぞ」
「……コネリー、悪いが、暫く私の代理を頼まれてくれるか」
「……了解した」
それから数日しても、ナギにはなんの変化も起きなかった。悪化する様子がないことだけが救いだ。
研究室や学術院から取り寄せた薬は、どれも効果がなかった。ただ症状から、デニスが研究していた新規魔法が使われたのではないかという情報がもたらされた。同時に、それにはまだ解除法が見つかっていないことも。
フレデリックは新規魔法について調べると学術院へ向かったが、そこまで魔法学に明るくない私にはできることが無い。
「隊長、顔色悪いですよ。少し休んではどうですか? 自分がみてますから」
「……そうだな。すまない」
アントンに後を任せ医務室を後にすると、ケリーさんに声をかけられた。
「ナギちゃん、どうなの?」
「……変化がありません」
「そう……。心配なのはわかるけれど、あなたまでそんな顔をしてどうするの」
「大丈夫です」
あまり眠れていないためか、自分まで周囲に要らぬ心配をかけてしまっているようで情けない。しっかりしなければ。
「……少し、気分転換をしてきます」
「ええ、そうしてちょうだい。何か力になれることがあればなんでも言って。ナギちゃんには大きな借りがあるから」
「わかりました。ありがとうございます」
ケリーさんと別れ外の空気を吸いに出ようとすると、騎士団の受付に珍しい外見の少女が居るのが目に入った。色素の薄い髪にとがった耳──────エルフだ。
「あのー、ナギさんって、騎士団の人じゃないですか? お会いしたいんですけど」
「……ナギ様はただ今取り込み中のため、お会いになることはできません」
「そうなんですか……」
ナギからこの世界にエルフの知り合いがいるという話は聞いたことがなかったが、少なくともあちらはナギのことを知っているようだ。
「ナギのお知り合いか?」
声をかけると、エルフの少女はピクンと跳ね上がった。
「あ、えっと、そうです。お友達です」
「何か御用かな」
「ええと、その……連絡がつかなくなったから、何かあったのかと思いまして……もしかしてクルトさんですか?」
「私のことを知っているのか?」
「はい。ナギちゃんから聞いてます。わたし、エルミアっていいます」
この世界にもナギを友達と呼んでくれる者がいることに、少し暖かい気持ちになる。私は人通りのない所まで彼女を連れて移動した。
「……ナギは今、意識がない状態だ」
「え!? 何があったんですか?」
「研究中の新しい魔法を受けて、なんらかの状態異常に陥った。解除法がわかっておらず、あらゆる回復魔法や薬を試したが、効果がない」
「なんと……新しい魔法、ですか……」
そう言うと、エルミアは少し考え込んだ後、なにか決心したように私を見た。
「ナギちゃんに会わせてもらえませんか? 力になれるかもしれません」
「というと?」
「わたし、調合なら得意なので、治せる薬を作れるかも」
もはや出来ることはなんでも試すべきだ。私は一も二もなくエルミアを医務室へ連れて行った。
「隊長、その方は?」
「調合が得意らしいので、診せてみることにした」
「エルミアっていいます。ナギちゃんの友達です」
「あ、ああ。僕はアントンだ。よろしく」
エルミアはナギの傍に行くと、手を顔の前にかざした。
「……息はしてる。でも、気絶じゃない? 死んでるわけでもないし、なんだろ?」
そして、空中で手を動かした。
「……ん? 呪い? あの、「呪い」なんて状態異常ありましたっけ?」
「いや、聞いたことがないな」
「自分も知りませんね」
この世界に存在する状態異常は、毒、麻痺、暗闇だ。これらは解除しなければ効果が切れることが無い代わりに、薬や魔法で簡単に治すことができる。他は状態変化と言われ、解除手段がない代わりに短時間で効果が切れる。ナギのように数日経っても効果が切れないものは、状態異常と言える。
「呪い……呪いか。祝福なら効果あるかな?」
そう言うと、エルミアはどこからか回復薬のようなものを取り出し、ナギに振り撒いた。すると、ナギの全身が一瞬淡く発光した。
「おっ?」
「今何をした?」
「えーと、アイテム作るときにちょっといい効果をつけられる薬を使ってみました。なんか反応ありましたね。起きてくれませんけど……」
「今まで何をしても全く反応がなかったのだ……エルミア、このまま頼めるか?」
「もちろんです。でも、誰かに見られてるとちょっとやりづらいのですが……」
「わかった。アントン、私が見ているから、お前は戻っていい」
「……わかりました。しばらくは詰所に居ますから、何かあれば呼んでください」
「ああ」
アントンが去ると、私はエルミアに向き合った。
「私はナギがこの世界にはない技術で物を出し入れしたり装備を変えるところを見ている。君も同じだということだな?」
「あら、そうでしたか。その通りです。じゃあ、気にせずやっちゃいますね?」
「頼む」
『合成、モイラの祝福、蘇生薬』
エルミアが魔法のように唱えると、彼女の両手にアイテムが現れ、それが宙に浮いて光の球に変化した。やがて2つの光の珠は1つになり、見慣れない色の小瓶に変化した。
「おお、なんかできた」
「……何をしたんだ?」
「それっぽい効果がありそうなアイテムを混ぜてみました」
そんなことができるのか。
早速できた薬をナギに振り撒いてみると、先程より強く、長い時間発光した。しかし、ナギは目覚めない。
「さっきよりなんか効果あった感じしましたね?」
「ああ」
「この調子で色々混ぜてみましょうか」
そう言うとエルミアは次々と色々なアイテムを混ぜてはナギに使ったが、発光する時間と強さに違いがあるだけで、ナギが目を覚ます様子はない。
「うーん、効果がありそうなのはやっぱり祝福系のアイテムみたいですが……それだけじゃ足りない感じですね。なんかこう、動かないものが動くようになるとか、目を覚ます、みたいな感じのアイテムに心当たりないです?」
「……そうだな……」
(動かないものが動くように……始動……再生……目を覚ます…………目を覚ます?)
「目覚ましの魔法道具はどうだ?」
「なんですかそれ」
「眠っていても起きたい時に起きられるようにする道具だ」
「へーっ! そんな目覚まし時計みたいなものがあるんですね! すぐ手に入りますか?」
「今持っている」
夜勤など仮眠が必要な時のために、騎士の殆どは目覚ましの魔法道具を持ち歩いている。私は鞄から取り出すと、エルミアに渡した。
「……これどうやって使うものなんです?」
「魔力を込めながら起きたい時間を唱え、枕元に置いておくだけだ」
「ま、魔力をこめる……? なるほど、ナギちゃんが言ってた意味がわかりました。これ合成するとなくなっちゃいますけど、良いですか?」
「問題ない」
「わかりました。えーと、一番効果があった感じなのはアクスレピオスの祝福かな」
すると、エルミアは1度深呼吸した。
『合成、アクスレピオスの祝福、目覚ましの魔法道具』
2つのアイテムが光の球に変わり、やがて1つになる。光が消えると、エルミアの手の中には粉末があった。
「……粉薬、みたいですね」
「……そうだな」
「粉薬って、飲むものかなって思うんですが、合ってます?」
「合っている」
「……どうやって飲ませましょうか」
「……」
水差はそこにある。ならば、手っ取り早い方法は1つだろう。
「……私が飲ませよう」
「ふおお」
エルミアは妙な声を出したが、粉薬を私に慎重に手渡した。
「ささ、やっちゃってください!」
「……」
若干顔が上気しているエルミアは無視し、私は水と粉薬を口に含むと、ナギに口移しで飲ませた。
すると、ナギの全身が淡く発光し始めた。光は徐々に強くなり、カッと眩い光を放つと、消えた。
「……どうかな」
「……」
2人ともナギの様子に注視する。
──────程なくして、好ましい緑が見えた。




