24.解決
捜査会議から数日後の休日、私は久しぶりに街に来ていた。今日こそは目覚ましの魔法道具を買うのだ。
クルトさんによると、生活雑貨を扱う店にはたいてい置いてあるとのことだったので、宿舎に入る時に食器類を購入したりと何度か足を運んだことのある店に行ってみた。
(ん? あ、これ?)
目覚ましの魔法道具は、魔法陣が描かれたアクリル板のようなものだった。しっかり商品名を見なければ何かわからないので、今まで見逃していたわけだ。
見つかったのは良いけれど、次なる問題がある。
(これどうやって使うの……)
魔法道具というくらいなのだから魔法的に何かするのだろうけど、使い方がサッパリわからない。この世界で当たり前のことほど知らない自覚があるので、店員さんに聞くのは少し躊躇われる。クルトさんかフレデリックさんに聞いてみることにして、とりあえず購入した。
その後は、本屋でホームズの物語を探したりお洋服を見繕ったりとお買い物を楽しみ、適当な店でご飯を食べて帰路についた。
あたりはすでに真っ暗だ。先日足音に気づいた道に差しかかると、耳を澄ましてみた。
(ついてきてる)
やはり、私のものではない足音が聞こえる。そのまま無視して歩を進めていると、ふと足音が消えた。
(あれ? 立ち止まった?)
思わず振り返ると、すぐ目の前にローブを着た男が立っていた。暗闇だというのに異様に目がギラギラと光っているのがわかる。
(え、いつの間に──────)
「ナギ!」
男が袂から何かを取り出そうとした瞬間、上からクルトさんが降りてきて、その男を押さえ込んだ。「ぐっ」とうめき声が聞こえる。
「フレデリック! 拘束しろ!」
「はっ!」
物陰に隠れていたらしいフレデリックさんが駆けつけ、男の両手を後ろ手に縛り上げた。その男はというと、押さえ込まれているというのにまだ私のことを凝視している。これは流石に気味が悪い。
「は、離せ! こ、この娘には、私の研究に協力してもらおうとしただけだ!」
「……デニス・シモンズだな?」
「そ、そうだ! わ、私を知っているなら話は早い! 偉大な研究が間もなく完成するのだ! だがあとひとつ、たったひとつだけ条件が揃わない。そのために、この娘の資質が必要なのだ!」
「私の資質……ですか?」
「お前は属性の影響を受けないのだろう? 魔法起動時になにか特殊な力が動いているはずだ。それを調べさせてくれ!」
元プレイヤーは他の人と違うやり方で魔法を使っているのはわかっているので、それはおそらく間違っていないと思う。けれど、調べられて私が他の人とは異質だとわかってしまうのは困る。せっかくこの世界にも馴染んできたところなのに。
「そもそも研究への協力要請であれば騎士団を通じて正式に行うべきだろう。このようにつけ回して、何をする気だった?」
「フン。騎士団などと野蛮な連中に、私の崇高な研究が理解出来るわけがあるまい。秘密裏に研究室へ同行してもらおうとしただけだ」
それはつまり、拉致しようとしたということだろうか。普通に犯罪者だった。
「お前は特別だ。必ずやなにか鍵となるものを持っている。頼む、協力してくれ!」
「お断りします」
きちんと依頼してくれれば可能な範囲で協力できたかもしれないのに、私になんのメリットも無いどころかデメリットの方が大きい上に、犯罪者思考の持ち主に協力する理由などない。
すると、クルトさんがデニス氏の袂から黄色い小瓶を取り出した。黄色ということは、麻痺系のアイテムだろうか。
「……麻痺の毒薬か。未遂に終わったとはいえこのようなことをして、お前の学位は剥奪されるだろう。その偉大な研究とやらもここまでだな」
「なっ……」
そう言ってクルトさんがデニス氏を拘束したまま立ち上がらせると、なんだかわめき始めた。
「お前達はわかっていないのだ! 私の研究が損なわれることが、魔法学にとってどれだけの損失になると思っている!? 資質を持つものは須くその力を提供し、発展に寄与するべきなのだ! おのれ離せ!」
「隊長、その毒この者に使っては?」
フレデリックさんがとても冷たい目でデニス氏を見て言った。普段温和な人ほど怒ると怖いと言うが、まさにそんな感じだ。クルトさんとは違ったベクトルの怖さがある。
「悪くない案だが、この毒は証拠品として提出する必要があるからな」
「残念です」
クルトさんはクルトさんで表情が無く、あまりにも淡々としすぎていて、触れると刺されそうなオーラが出ている。多分、見たことがないくらいお怒りだ。
「あ、あの、クルトさん達のおかげでこうして無事だったわけですし、2人ともそこまで怒らなくても」
「ナギ」
「は、はい!」
とても感情のない声で呼ばれた。怖い。
すると、クルトさんはデニス氏をフレデリックさんに任せて近づいてきた。
「この者は法に基づいて処分されることになるが、構わないな?」
「あ、はい。お任せします」
そして私の頬にそっと手を触れた。最近よくやる仕草だ。
「……捕まえるためとはいえ、君を囮につかって悪かった」
「え? いえ、私もこうするのが一番合理的だったと思いますし、もしクルトさん達が協力してくれてなくてもいつかこうしてたと思います」
クルトさんが眉をひそめた。勘違いさせてはいけない。
「「私が」気になるから、自分で解決するならそうしてただろうってことですよ。ほら、私それなりに強いですし、本気でやれば大抵の相手は叩きのめすことができますから」
「……そうか」
私の言いたいことは伝わったようで、クルトさんは表情を緩めた。
「では、城へ連行する。ナギはこのまま帰りなさい」
「わかりました。遅い時間までありがとうございました」
「君が気にする必要はない」
こうして、ストーカー事件は解決した。




