23.推理
数日後、訓練場へ行こうとしているとクルトさんに呼び止められた。フレデリックさんも一緒だ。
「あれから不審な者を見たか?」
「仕事が終わったら人目があるうちにまっすぐ帰って休みの日も家に引きこもっていたので見てませんよ」
「……用事があるなら付き添いを頼むように言っただろう」
「ちょっと買い物行くのに付き添いを頼むなんて、申し訳なくてできるわけないじゃないですか」
おかげで未だに目覚ましの魔法道具を買いに行けていないのだ。
「そんなに不満顔をするな。犯人が特定できたかもしれない」
クルトさんに促されて、3人でミニテーブルを囲んで座る。なんだか捜査会議でもしてるみたいだ。
「まず私が注目したのは、ナギをつけていたのが転移魔法を使える本人だったということだ」
「といいますと?」
「権力のある者ならば、手駒を使う可能性が高い」
「ああ、なるほど」
「そこで私がリストアップした者から、貴族である政務官は除外した。次に、消音の球を使っていなかったという点から、戦いに明るい者、つまり近衛兵と騎士も除外した。残るは高位学者だ」
クルトさん、ちょっと探偵のようなオーラが出てきた。
「ところで、いち個人である騎士の情報が学術院の者に流れる場合、どのようなルートがあると思う?」
「仕事での絡みは殆どありませんから、自分のように友人関係で話題にのぼるか、あるいは……」
「家庭で話題になるか、だ」
そう言うと、クルトさんは指を組んで顎をのせた。
「学者は高位になればなるほど自分の研究は崇高で特別なものであると思い込み、他人が利用することを厭う傾向がある。彼らの研究に国から資金が出ているのは戦いに活かすためだが、「戦いなど野蛮だ」として知識提供を拒むことさえあるくらいだ。また彼らは、自らの知識が貴族に流れれば、それを地位向上に利用されることを心得ている。つまり、騎士や貴族が、高位学者と個人的に親しい関係にあることはほぼないと考えていい」
フレデリックさんを見ると、苦笑いをしている。心当たりがあるのだろう。
「そして、そんな親を見て育ち学者というものに嫌気がさし、騎士を志す子供はいる。調べたところ、子供が騎士である高位学者が1名居た」
いきなり容疑者が特定された。
「その子供である騎士は実家から城へ通っていることが確認できた。つまり、毎日親と顔を合わせる可能性があるということだ。しかもその者は、先日のクリュタロス討伐に参加している。ナギのことを間違いなく知っているし、家で話題に出すこともあるだろう」
そう言うと、クルトさんは1枚の紙を差し出した。
「おそらくこの者が犯人だ」
その紙には「デニス・シモンズ」と書かれていた。
それにしても、ちょっとあとをつけられただけで何かされたわけでもないのに、なんだか犯罪者扱いなところが気になるけれど、正体がわかってしまった。
「すごい。クルトさん、ホームズみたいです」
「ホームズって……あの伝説の物語の?」
なんと。この世界にはホームズの物語もあるのか。今度入手して読んでみよう。
「もちろん証拠は何も無い。想像もしていないルートで情報が流れた可能性もある。あくまでも私の推測に過ぎないが、アタリをつける理由としてはアリだろう」
「このデニス氏が犯人だとして、ナギさんをつけまわした動機はなんでしょう?」
「彼の研究分野は新規魔法の開発だ。おそらくそれに関係するのではないかと予想しているが……」
私はフレデリックさんと顔を見合わせた。
「フレデリックさんのお友達が言ってたらしいのですが、最近新しい魔法が開発されたらしいですよ。何か問題があって、実用化はまだみたいですが」
「どのような魔法だ?」
「生きたまま相手の動きを止める……という話でしたが、僕も詳しくは教えてもらえませんでした」
「学術院で変わったことはないとのことだったな?」
「ええ。旧友にも聞いてみましたが、良くも悪くも変化はないそうです」
クルトさんは口元に指を当てると、紙に書かれたデニス氏の名前をじっと見た。
「実用化を妨げる問題という部分に、何かあるのかもしれないな……」
「状態異常の魔法の場合で問題として考えられるのは、それを解除することができないか、発動に至る工程で属性が反発していて効果が安定しないか、でしょうか」
「属性が反発ですか?」
「例えば“パワーダウン”の魔法の場合、対象の血流を下げて貧血状態にして力が出なくなる状態をイメージするだろう?」
(えっ、そうなんだ)
スキル名を言うだけで魔法が発動してしまう元プレイヤーとしては、魔法を使うたびにそのようなことをイメージしていてはまともに戦えないような気がする。
「そういったイメージの工程を確立させて、発動させることができるスペルを探し出すのが新規魔法の開発なのだけど、イメージの工程に火と水といった反発する属性をもつものが存在すると、思った効果が出ないんだよ」
「へえええ」
「ナギさんはどうやらどの属性の魔法でも使えるみたいだけど、普通は自分がイメージしやすいものとイメージしにくいものがあるから、全ての属性を使いこなすのは難しいね」
この世界での魔法というものについて深く考えたことがなかったけれど、こうして聞いてみると興味深い。イチから勉強してみてもいいかもしれないと思う。
「勉強になりました。フレデリック先生と呼んでもいいですか」
「あはは、フレッドと愛称で呼んでくれると嬉しいな」
「……属性が関係しているのであれば、確かにまるで影響していないかのように見えるナギを使って何かしようとしていた可能性はあるな」
クルトさんが無表情に話を戻した。どうもフレデリックさんと仲良くするとクルトさんから表情が消える気がするのだけど、なんだろう。
「えーと、それで、正体がわかったところで、どうしますか?」
「……誘い出してみるか」




