22.報告
翌朝騎士団の詰め所へ行くと、既に他の隊員は全員来ていた。これは次の休みにでも目覚ましの魔法道具を買いに行くべきだろう。
朝はブリーフィングの時間だ。特に何もなければ、訓練や城の巡回、街の警戒といった通常の任務をこなす。本日は特別な予定はないようだった。
「クルト隊長、ちょっと報告したいことがあるのですが、いいですか?」
「どうした」
「個人的なことになるかもしれないのですが、昨日の夜街から宿舎に帰る途中、何者かに後をつけられまして」
「なに?」
「え、昨日の夜って、あの後かい?」
フレデリックさんが会話に気づいた。
「そうです」
「……やっぱり送っていけばよかったな」
「でもあっちが逃げたので何もなかったんですよ」
「……相手の姿は見たのか?」
「後ろ姿をちらっと見ただけです。大柄な人ではありませんでしたが、男か女かもわかりません」
「何者でしょうか?」
「見当がつかないな」
クルトさんとフレデリックさんは共に考え込んでしまった。
「私も正体を知りたかったんですが、転移で逃げられたので、追いかけたくても追いかけられなくて」
「なに?」
「え?」
今度は、2人から注目されてしまった。
「な、なんですか?」
「ナギ、街中で自由に転移魔法や移動魔法が使える者はそう多くない」
「え? そうなんですか?」
「他国と自由に行き来できるようでは防衛面で困るだろう。街の入口でのみ使用できるようになっている。騎士団の訓練場では例外的に移動魔法のみ使用可能だ」
言われてみれば確かにそうだけど、知らなかった。それで街での移動に“フライ”を使っている人が一人もいないのか。ということは私も使えないのだろうか。使ってみたことがなくて気が付かなかったけど、今度試してみよう。
「多くない、ということは、使える人もいるんですよね?」
「そうだ。王によって許可されている者であれば自由に使用できる。騎士団では騎士団長と各隊の隊長には許可がある」
「ということは、私をつけてきたのはその許可されている人の誰かってことになりますよね?」
「そうなる」
思いがけないところから容疑者が絞られそうだ。
「消音の球も使っていなかったし、騎士団の人ではないような気がします」
「となると、近衛兵か、政務官か、学術院の高位学者か……いずれにせよナギをつけまわす理由が見当たらないな。君にも心当たりがないのだろう?」
「全くもってこれっぽっちもありません。私ものすごく知り合い少ないですし」
「ですが、ナギさんのことを知っている人間は非常に多いですよ。学術院にまで噂は広がっているようです」
「ええ?」
昨日存在を知ったばかりの組織の人にまで自分のことを知られているなんて。芸能人じゃあるまいし、皆さんどれだけ噂好きなのだろう。
「フレデリック、誰かからそれを聞いたのか?」
「先日学者をやっている旧友と飲みに行った時に、ナギさんのことを聞かれたんですよ」
「お前はそれで何を教えた?」
「大したことは言っていません。すごい美人だということと、見た目から想像できないくらい腕が立つということくらいです」
「……誇張してどうするんですか」
「え? 事実じゃないか」
噂っていうのはこうやって尾ひれがついていくものだということを目の当たりにしてしまった気分だ。
「その友人は誰からナギのことを聞いたと言っていた?」
「学者仲間としか」
「何を研究している者だ?」
「属性の変換ですね。教鞭をとることもあるようです」
クルトさんは口元に指を当てて何か考え込んでしまった。
「ナギさん、昨日はやはり送っていくべきだった。申し訳ない」
「いえ、固辞したのは私じゃないですか。それに何もなかったわけですから、気にしないでください」
「しかし、これから夜一人で歩くのは心細くないかい」
それはまぁ、また同じことがあったらと思うと気分はよくない。
「うーん……否定はしませんが」
「もし不安があるようなら、お詫びに出かける時は僕がつきあうよ」
「え? いえ、そこまでしてもらわなくても」
「フレデリック」
気づくとクルトさんが無表情にこちらを見ていた。
「このことは私の方で考えておく。何かあれば声をかけるから、お前は仕事に戻れ」
「巡回も警戒も、担当までまだ少しあります」
「では訓練に行け。お前は回復魔法の扱いには優れているが、それ以外はまだまだだろう」
「……わかりました。ナギさん、良ければ訓練に付き合ってもらえるかな」
「ナギにはまだ話がある。ここに残れ」
「ではお待ちしますよ」
「訓練は誰とやっても得られるものがあるだろう。いいから先に行っていろ」
えーと、これはなんだろうか。2人とも無表情に淡々と話しているのだけど、あたりに冷たいものが漂っているような気がする。正直そっと立ち去りたい空気だ。
「あ、あの、変なこと言い出してすみませんでした。このことはもう忘れてもらえれば……」
「そういうわけにはいかない」
「そんなことできるわけないよ」
今度は2人から怒られた。どうしろというのだ。
「よくわかりませんが、私はもめごとは嫌いです。一応報告しておこうと思っただけで、大ごとにする気もありませんから、もめるくらいならこの話はここまででいいです」
「……」
「……」
2人とも返事をしない。周囲から穏和と評される私も、流石に少しイラっとする。
「どうしますか!?」
「わかった、すまなかった。私の方では、転移の許可がある者をリストアップして候補を絞ってみよう。フレデリックは学術院の方で変わったことがなかったか探ってみてくれ」
「了解しました。こちらこそ申し訳ありませんでした。警戒任務の時にでも、学術院の方へ足を運んでみます」
「今日ではなく、数日してから行くように。その方が動きが見えやすいだろう」
「了解です」
うんうん、仲直りしてもらえたようで何よりだ。
「ナギ、君はしばらくの間一人で出歩くことは禁止だ。用事がある場合は、私かフレデリックに付き添いを頼め」
「え?」
「フレデリックも、それで構わないな?」
「もちろんです」
「いやいや、そこまでしなくても」
「……命令だ」
「わ、わかりました」
初めてクルトさんに上司命令をされてしまった。




