21.魔法
王国へ戻ると、私は街の道具屋へ向かった。蘇生アイテムが売られているか調べるためだ。
結果として、売られていないことがわかった。ゲームでは当たり前に売られていたものが無いということは、この世界の人はそれを使わない、つまり死ねばそれっきりということなのだろう。
(なら、やはり私が護るべきなんだな)
自己犠牲ではない。「私が」失いたくないと思うのだ。自分を大事にするからこその選択だ。クルトさんにも話して、わかってもらえるように努めよう。
こういう考え方ができるようになったのも、あの荒療治のおかげだと思う。思い出すととても恥ずかしいけれど。
「あれ、ナギさん?」
呼び止められて振り返ると、フレデリックさんがいた。
「フレデリックさん。こんばんは」
「やあ。何してるんだい?」
「ちょっと道具屋に用事があって。フレデリックさんは?」
「軽く夕食を食べて帰ろうかと思ってね」
そう言うと、フレデリックさんはにっこりと笑った。なんだか裏がありそうなあの笑顔だ。
「ナギさん、良かったら一緒にどう?」
「あー、いいですね、行きましょうか」
この後特に用事はないし、これといって断る理由がないので了承すると、何故か驚いたような顔をされた。
「どうしましたか?」
「いや、そんなにあっさり了承されるとは思わなかった。きみはほら、隊長のお気に入りだから」
(ん? どういう意味だろう)
「……べつにお気に入りということはないと思いますが、もしそうだとして、私がフレデリックさんとご飯を食べることと何か関係するんですか?」
すると、フレデリックさんは目を瞬いた。
「……なるほど。どうやら僕は少し誤解をしていたようだ。変なことを言ったね、申し訳ない」
「いえ」
何をどう誤解していたのか聞いてみても良かったけれど、解けたのならそれでいい。
フレデリックさんが連れて行ってくれたのは、ちょっといいファーストフード店といった感じのおしゃれな店だった。ここで食べられるのは、野菜やお肉などの好きな具材をチョイスしてパンの間に挟んで食べる、凪紗の世界でサンドイッチとかサンドディッシュと呼ばれるものだ。相変わらず見てもよくわからない私は、フレデリックさんのオススメを注文した。
食べてみると、鶏肉のようなものに甘辛いソースがかかっていて、それがパンの程よい塩気とマッチしていて美味しい。葉野菜と柑橘系の果物のおかげでサッパリといただけるのも良い。
「美味しいです」
笑顔で感想を述べると、フレデリックさんは何故か固まった。
「どうしました?」
「……いや、あの隊長が誰かを食事に連れて行くなんて、と思っていたけれど、気持ちがわかったよ」
「は?」
「その笑顔が見られるなら、いつでもご一緒したいね」
確かに、ごはんを美味しそうに食べる人は見ている方も幸せな気持ちになるものだ。しかしそこまで顔に出ているのだろうか。
「そんなにいい笑顔してました?」
「可愛いよ」
「……」
あまりストレートに褒められると反応に困るので本当にやめていただきたい。これに慣れる時は来るのだろうか。とりあえず話題を変えよう。
「フレデリックさんは回復魔法が得意なんですよね。皆さんはそういうのをどこで習得してるんですか?」
「貴族であれば幼い頃から家庭教師に習うかな。あとは学術院で学ぶ者も多いね。僕もそうだよ」
「学術院ですか」
「優秀な成績で卒業できれば政務官になれるチャンスがあるし、得意なことを活かして学者や騎士になることもできる」
専門学校とか大学みたいなものだろうか。
「そういえば、学者になった旧友から興味深い話を聞いたよ。なんでも新しい魔法が開発されたらしい」
「へええ! それは確かに気になりますね。どんな魔法でしょうか」
「生きたまま相手の動きを止めることができるとかなんとか。色々問題があって、実用化はまだのようだ」
「モンスターを捕まえたい時とかに便利そうですね」
「そうだね」
そのような効果の魔法はゲームには無かったから、この世界独自の魔法ということになる。魔法はコンプリートしてきた身としては、自分も使えるようになるか気になるところだ。
「ナギさんは魔法も得意みたいだけど、回復もできるのかい?」
「できますよ」
「うーん、きみに敵いそうなところが見当たらないな」
「でも、生活魔法が使えないんです。どうやって使うんでしょうか」
「他の魔法と同じだと思うけど……」
「むむ、誰に聞いてもそう言われます」
生活魔法は、ただスキル名を口にしただけでは何も起きなかったのだ。元プレイヤーでは使うことが出来ないものなのかもしれないと半分諦めている。
「魔法、難しいです」
「あはは、きみがそれを言うのかい。そうだな、例えばこのお皿」
そう言うと、フレデリックさんは食べ終わったお皿を目の前に掲げた。
「綺麗にするにはどうすればいいと思う?」
「洗えばいいです」
「どうやって?」
「ええと、洗い流したり、こすったり……?」
「そうだね。水がそれをするところを具体的にイメージしながら“ジョイオブウォーター”を唱えてごらん」
地味に難しいことを言われたけれどやってみよう。私は水道の蛇口から水が出て、それが目の前の皿に当たって汚れを洗い流していくところをできるだけ具体的にイメージした。
『ジョイ オブ ウォーター』
すると徐々に水が現れ、それが流れとなってお皿を洗浄していった。水が消えた時にはお皿はすっかり綺麗になっている。
「なんだ、できるじゃないか。他の魔法と同じで、どうすればいいのかイメージさえできれば……」
「は、初めてできました!」
「ええ?」
「フレデリックさんすごいです! ありがとうございます!」
思わず満面の笑みでフレデリックさんと両手で握手すると、またしても固まってしまった。
「フレデリックさん?」
「……きみが喜ぶことは何でもしてあげたくなるね」
そう言うと、フレデリックさんは私の手の甲にキスをした。海外の映画とかでたまに見るあれだ。
(え、なに!?)
「お役に立てて僕も嬉しいよ。じゃあ、そろそろ出ようか」
そう言って私の手を引いて立ち上がると、そのまま店の外へ向かう。これはあれだ、アカデミー賞みたいなセレブな何かで見たエスコートというやつだ。初めてされた。妙にサマになっていて違和感がないあたりに慣れを感じる。
「もしかしてフレデリックさんは貴族の方ですか?」
「一応そうだね。あの家には長く帰っていないけれど」
その一言に、何かあることが伺えた。皆色々あるのだろう。
店の外に出ると、すっかり暗くなっていた。
「送っていくよ」
「いえ、大丈夫です。今日はお酒も飲んでないし、こう見えて私そこそこ強いんですよ」
「あはは、そこそこどころじゃないのは知ってる。明日は仕事?」
「はい」
「それじゃ、また明日。楽しかったよ」
「ありがとうございました。おやすみなさい」
フレデリックさんと別れて宿舎へと向かう。移動は“フライ”を使えば早いと思うのだけど、他の誰もそうしていないので私も合わせることにしている。
人気のない通りに差し掛かると、私のものではない足音がついてきているのに気が付いた。試しに立ち止まってみると足音も止まる。歩きだせば足音もついてくる。
(これは、つけられてる?)
つけられるなんて久しぶりだ。以前ストーカー紛いと化した後輩君にやられたことがあるから初めてのことではないけれど、何者だろうか。
「どちらさまでしょうか?」
思い切って話しかけてみても返事はない。この道は整備されていて街灯はあるけれど、相手の姿は見えない。
(うーん、どうしよう)
消音の球なんてアイテムがある世界で、足音を消しもしないでつけてくるなんて、あまり戦闘に長けているイメージはない。戦えばなんとかなるとは思うけれど、まずは相手の正体を知りたいところだ。
(照明でもつけてみる?)
『ライト』
単純に暗いところを明るくする光魔法を使ってみると、半径20mほどの範囲が夕暮れくらいの明るさになった。すると、逃げていく人影が見えた。
「待って!」
慌てて追いかけるも転移魔法を使ったのか、ふっと消えてしまった。
(ええ……なんだったの。あまり大柄な人には見えなかったけど)
一応明日、クルトさんに報告しておこうと決めた。




