20.お茶会
早朝が最も人目が少ないことから、一緒にクルトさん宅を出た。
「……では、またな」
「はい」
まるで何かを確かめるかのように私の頬にそっと触れ、クルトさんは城へと向かった。私は宿舎へと帰る。もう少し日が昇ったら、今日はエルミアさんに連絡をとってみたいと思っている。
宿舎へ到着し、コルフェを飲みながらフレンドリストを開いた。ゲームであれば、フレンドなら1:1のチャットができたのだけど、同じようにできないだろうか。
試しに「Elmia Chiffon」の名前のところを触ってみると、見覚えのある1:1チャットアイコンが現れた。おそらくこのアイコンに触れれば、遠くにいるエルミアさんと会話ができるのではなかろうか。
少し日が高くなるのを待って、早速アイコンに触ってみる。
「エルミアさん、聞こえますか?」
『わ!? ナギさん?』
「おぉ、うまく1:1チャットみたいにできました」
『おぉ~、いきなりフレンドリストが開いて声がしたからびっくりしたけど、電話みたいでちょっと便利かもー』
「え、いきなりそんなことになるんですか。使いどころは考えないとだめそうですね」
『あーナギさんはそうかー。わたしは基本ぼっちなのでいつでもおっけー』
本当にマイペースなひとだ。なんだか和む。
「それで、もし良ければこの後そちらに行こうかと思っているんですが、構いませんか?」
『おっけーおっけー。歓迎よー』
「それではゲートで向かいます」
『お待ちしてまーす』
フレンドリストを閉じると、通話は終了した。使い方はわかりやすくて良いけれど、騎士団の皆と居る時に突然話しかけられると困ったことになりそうだ。
早速ゲートへ向かう。このゲート、誰でも無料で使えるというのだから、便利なシステムだ。
「ゲートオープン、翡翠の塔」
視界がぐにゃりと歪み、翡翠の塔へ到着した。
「やほーナギさん、いらっしゃーい」
「こんにちは」
エルミアさんが迎えに来てくれていた。連れ立って塔の最上階へ向かう。
「ここのゲート、いつも朝夕の決まった時間帯にしか使われないみたいなんだよねー。鉱山で仕事してる人が通勤に使ってるのかな?」
「あり得ますね」
先日のように騎士団が出動のために使うこともあるけれど、頻度はかなり低めだろう。
最上階はゲームで見覚えのある部屋そのままだった。あちこちに本が置いてあるのが違う点だ。書棚に入っていたものを、エルミアさんが出して読んだのだろう。
「今お茶いれますねー。『調理、ローズヒップティー』」
エルミアさんが言うと、どこからともなくアルコールランプのようなものとポットとティーセットが現れた。しばらくしてぽこぽことお茶が沸くと、完成したのかどこへともなくアルコールランプは消えていった。できたお茶をカップに注いでくれたので飲んでみたところ、普通に美味しいローズヒップティーだ。同じようにお茶菓子も用意してくれて、ちょっとしたお茶会のようだ。
「すごいし面白い」
「でしょー。使いたい生産スキル名と作りたいものを唱えるだけで、色々作れちゃうみたい」
「めちゃくちゃ便利ですね」
「ほんとにねー。おかげでここに引きこもってても特に困らなくて」
「材料はどうしてるんですか?」
「インベントリに、よく使うものが色々と999個ずつ入ってたからさー。このローズヒップティーは作る物の品質を上げる効果があったから、2スタック分入ってる」
これは筋金入りの生産系プレイヤーとみた。
「エルミアさん、鍛冶は上げてますか?」
「生産スキルは全部カンストしてるかも」
「マジですか! クリスタルソードって作れたりします?」
「鱗がないなぁ。それさえあれば他の材料はあるからすぐ作れるよー」
「おおお、いつか手に入れられたらお願いしたいです」
「おっけーおっけー」
「私は生産系は全然ですが、戦闘系は全部カンストなので、何か必要なものがあれば調達してきますよ」
「おおーすごーい! そのうちお願いしちゃうかも」
「どうぞどうぞ」
お互いに足りないところを補える関係というのは良いものだ。あらゆる意味で是非仲良くしたい。
「そいえば、この前は死んじゃってたけどどうしたの?」
「ああ、ロット鉱山にクリュスタロスが現れたので倒しに行ったら、最後の最後で自爆されて死にました」
「ええ? クリュスタロスてそんなやつだっけ?」
「いいえ。そもそもロット鉱山に居るようなやつでもないし。他にもペルタストがブラウ大森林に居たりしてなんかおかしいんです」
「ゲームならバグだーって騒ぎになるところだけど」
「ですよね? それに、どちらも私達プレイヤーが現れた場所の近くに居たっていうのも気になります」
「たしかに。何か関係があるのかな」
「わからないので、もし次に同じようなことがあったら、近くにプレイヤーがいないか探してみようかなって」
「なるほどー。騎士団なら情報も入ってきそう」
「ですね」
同じ境遇のひとだととても話が早くて助かる。
「そういえば私を蘇生してくれた時、何を使いました? アイテムお返しします」
「ああ、ごく普通の蘇生薬だし、本当に山ほどあるんで要らないよー」
「そですか。ありがとうございます」
たしかに生産系プレイヤーなら文字通り山ほど持っていそうだ。そこで、ふとインベントリに入れっぱなしになっている物があることを思い出した。私はペルタストの目が入った袋を取り出した。
「これ、ペルタストの目なんですが、使うことありますか?」
「おお。結構いいお薬の材料になるかも!」
「では、差し上げます」
「ほんとに? わーいありがとう!」
ちょっとでもお返しになったのであれば良かった。
「そういえば、この世界の人ってNPC扱いなのかな?」
「というと?」
「前にこの周辺をうろうろしてた時に、なんか倒れてるひとがいたから起こしてあげようとしたことがあるんだよね」
「この辺りで? たまにいる雑魚モンスターにでもやられたんでしょうか」
「うん、そんな感じだった。体力がなくなって気絶したなら回復薬で起こせると思ったんだけど、なんか気絶じゃなくて死んでるぽくてさ」
「え?」
「怖くなって逃げちゃったんだけど、気になって様子を見に戻ったら人が集まってきてて、そのまま担架みたいなのに乗せて連れて行っちゃったんだよね。ほらゲームでもNPCって蘇生できなかったじゃない? それと同じ感じなのかなーって」
もしそうなら、この世界の人は死んだらそれっきりということだ。
(この前の“エヴァーキュレーション”、真面目にグッジョブだったんじゃ……)
「蘇生アイテム全部ゴミになっちゃったのかなーって思ってたら、ナギさんには使えたからよかったよー」
「私もたまたまここに転送されてきて良かったです」
しかし、あの時騎士団にリスポーンしたと話さなくて正解だったようだ。エルミアさんの言う通りならば、この世界の観点からすると、死んでも生き返るなんて普通じゃないにも限度がある。
その後もお互いの持っている情報を交換したりと会話は途切れることがなく、ふと塔の外を見ると、日が傾いて空の色が変わりつつあった。
「あれ、もうこんな時間か」
「ほんとだー。晩御飯食べてく?」
「ちょっと寄りたいところがあるので、今日は帰ります」
「そっか」
再び連れ立ってゲートへ向かう。
「あのね、ナギちゃん」
「はい?」
ゲートに入って王国に戻ろうとすると、エルミアさんに呼び止められた。
「わたし、佐伯梓っていいます。この名前、もう意味がないけれど、良かったら覚えていてくれるかな」
「……」
あれほどおしゃべりをしたのに、元の世界に戻れるのか、といった話題はお互いに出さなかった。エルミアさんは──────佐伯梓さんは、それを諦めているような気がしたから。
「私は、葉山凪紗っていいます。よろしくね」
「……うん、よろしく。またね」




