1.状況確認
いい天気だ。
草花の感触が心地よく、空気が美味しい。時折、鳥の鳴き声のようなものが聞こえてくる。寝転がったままぼんやりと木漏れ日を眺めていると、穏やかに時が過ぎていく。
しばらくして、フリーズしていた思考が再起動した。
(何がどうなってるんだ)
最初に思い至ったのは、これは夢であるということだ。いつ寝てしまったのかわからないし、夢にしてはやけにリアルだけど、「明晰夢」という言葉もあるくらいだし、ありえない話ではない。
夢なのであればそのうち覚めるだろうと結論づけて、まずは身の回りの状況を確認することにする。
起き上がって自分の手足や服装を見てみると、鎧のようなもの一式と細身の剣を身に着けている。髪はポニーテールで、薄い金髪のようだ。まるでコスプレでもしているかのようだけど、髪の毛を引っ張ると痛いので地毛のようだ。
(……ん? あれ?)
鎧、剣、髪……これらの形・装飾・色にはとても見覚えがあった────というか、この数年毎日のように見ていた。先程までプレイしていたオンラインゲーム「Aslan」の自キャラ「Nagi Nagia」のアバターだ。ということは、もしかするとここはゲームの世界だったりするのだろうか。お気に入りのゲームの世界に入れるなんて、ゲーマーにとっての夢ではないか。いや夢なのだろうけど、それでもオイシイと言わざるを得ない。
そうとわかればじっとしているのはとても勿体ない。
(ここはどのあたりだろう。森といえば……ブラウ大森林かな?)
マップが確認できれば一目瞭然なのだが、ゲームでは何もしなくてもミニマップが画面の端に表示されていたし、それをクリックすれば世界地図を見ることができたので、こうしていざゲームの中に入ってしまうとどうやって地図を確認するのかわからない。
(よくあるこの手のアニメなんかでは、こう、スッと……)
それっぽく空中で手を動かしてみると、自分のパラメーターとステータス、アイコンがいくつか浮かび上がった。
「おおおー」
近未来感に思わず感嘆の声をあげつつ内容を確認してみると、どうやらゲームでキャラクターを右クリックして「調べる」を選んだ時に表示されるウィンドウとほぼ同じもののようだ。
「Aslan」では、キャラクリエイト時にパラメーターが一定の範囲内でランダムで決定され、スキルレベルやアイテムによって数値が上昇していく仕組みだった。確認できたパラメーターは近接寄りの魔法使いで、魔法剣士をコンセプトにした自キャラそのままだ。
アイコンの説明はないが、すっかり見慣れたものなので意味はわかる。
「スキル」アイコンに触ると、表示内容が切り替わり、習得済みのスキルとスキルレベルが表示された。内容を確認してみたところ、戦闘スキルは全てカンスト、生産スキルは全てレベル1で、これも自キャラと同じだ。
「インベントリ」アイコンに触ると、持ち物が表示された。回復薬や蘇生アイテム、お財布の他、細々としたものが入っている。やはりアイテムの説明は表示されないけれど、見た目で判別できるので問題はない。お財布の中身はいくら入っているのかわからないが、たしか8000万ゴールド程度のはずだ。街の倉庫にお金を預けることもできたのだけど、自分にはその習慣がなかったのでこれが全財産だ。
同様に「装備品」を確認すると、状況に応じて使い分けるための武器や防具、アクセサリーに、お気に入りのオシャレ装備があり、今装備しているものは表示されていない。試しに武器の一つを触ってみたところ、今装備している武器と入れ替わった。これであれば、概ねゲームと同じだしわかりやすい。
最後に「フレンド」を確認すると、リストは空で誰も登録されていなかった。これはゲームと異なる点だけど、まあ夢だしそんなもんだろう。
次に確認すべきは、スキルの使い方だ。
(ゲームならスキルのショートカットアイコンをクリックするだけだけど……とりあえずスキル名を言ってみるとか?)
『フロート』
無難そうな風魔法のスキル名を呟いてみたところ、ふわっと身体が空中に浮いた。まさに、魔法だ。自分が魔法を使ったということに、しばし感動する。なんて素敵な夢なんだ。
“フロート”は高いところから飛び降りる時の落下ダメージを防いだりするためのもので、魔力を消費しない代わりに移動はできず、数秒で自動解除される。
ならば────
『フライ!』
意気揚々と空中移動用の風魔法のスキル名を口にすると、期待していた通りに空高く浮かび上がった。
「おおお! 凄い!」
思うがままに空を飛べるのだ。あまりの楽しさにしばらくヒュンヒュン飛び回ってしまった。
他の魔法もスキル名を口にすれば使えることを確認できたので、次は武器によるスキルについて確認する。
どうやら、魔法はスキル名を口にする必要があるけれど、武器によるスキルは使いたいスキルを思い浮かべれば勝手に身体が動くようだ。いくつか使ってみた感じ、ゲームのモーションと同じように動いていると思う。リキャストがあるのも同じで、連続して同じスキルを繰り出すことは出来ない。ゲームではスキルアイコンのところにリキャスト開けまでの秒数が表示されていたのだけど、それが無いことだけがネックだ。
走ったりジャンプしたりといった基本的な身体能力も、人間ではありえないくらい超人的なものになっている。流石ゲームの世界という感じだ。
改めて“フライ”を使い、上空から辺りを見回してみた。見渡す限りの森林で、街のようなものは見えない。
ここにきて、現在地がどこかわからず地図の開き方もわからないという最初の問題に戻ってきた。どの街がどのあたりにあるのかは頭に入っているし、ここがブラウ大森林だろうとアタリをつけることもできるのだけど、方角がわからない。
「うーん……『リターン』」
最寄りの街に転移する魔法を使っても何も起こらない。転移系の魔法を発動させるには、行先を一度訪れている必要があるので、条件を満たしていないという判定なのかもしれない。
となると、もっと高いところから遠くまで見てみるしかない。更に上昇して360度見まわし、目を凝らしてみると、遠くの方に建造物らしき「何か」が見えた。
どのくらいの距離があるかはわからないけれど、“フライ”ごときの連続使用で魔力切れを起こすことはないだろう。私は早速移動を開始した。