13.要請
騎士団に入ってから、早くも2週間が経過した。
新人教育は隊長が行うものなのか、基本的にクルトさんが色々なことを教えてくれている。彼はこの世界について疎い私でもわかるように、細かいところの補足をしながら解説してくれるのでとても助かっている。仕事ができるひとという最初の印象は間違っていなかったようだ。
それだけでなく、何か困ったことがあればすぐに声をかけてくれるし、なんだかとても気にかけてくれているのがわかる。おそらく男ばかりの職場に放り込まれた私を心配しているのだろう。恩ばかりが増えていくので、早くお返し出来るようになりたい。
今日はなんだかやけに早く目が覚めたので、まだ外は薄暗いけれど城へ向かった。この2週間、起きて城へ向かっても遅刻だとか言われたことがなかったのだけど、近いうちに時間がわかるものがあるか聞いておこう。
第2部隊の詰め所に行くと、既に一人の隊員が来ていた。フレデリックという名前だったはずだ。漸く顔と名前が一致するようになってきた。
「おはようございます」
「ナギさん、おはよう。ずいぶん早いね」
「なんだか早く起きてしまったので。これから朝の巡回ですか?」
「そうだよ」
「まだちょっとここの構造を把握しきれてなくて。良かったらついていってもいいですか?」
「もちろん……と言いたいところだけど、今日はこの後出動かもしれないから、待機しておいた方がいいよ」
「出動ですか」
「鉱山で何かあって、騎士団に出動要請があったようだよ。後で隊長から詳しい説明があるんじゃないかな」
このあたりで鉱山というと、西の方にあるロット鉱山だろうか。色々な鉱石が採れるので、生産系スキルを上げていたプレイヤーはよく足を運んでいたエリアだ。
「それじゃ、巡回に行ってくるよ」
「はい。いってらっしゃいませ」
「カラムじゃないけど、ナギさんに見送ってもらえるとやる気が出るね」
詰所に置いてあった騎士団規則書を読んでいると、クルトさんがやってきた。
「あ、おはようございます」
「おはよう。早いな」
「たまたま早く起きてしまっただけです。いつか寝坊しそうで怖いです」
「そういえばいつも起こすまで寝ていたな。目覚ましの魔法道具を使うといい」
「そんなアイテムがあるんですか! 早急に入手しておきます。そういえばさっき聞いたんですが、鉱山で何かあったんですか?」
「ああ、新しい採掘ルートを掘り進めていたところ、奥にかなり強いモンスターがいたのだそうだ」
「鉱山てロット鉱山のことですよね? あの辺りに出るとなるとゴーレムでしょうか」
「いや、どうもドラゴンらしい」
「は?」
(ドラゴンって……高難易度のレイドモンスターじゃ)
ドラゴンにも色々いるが、いずれにせよ間違ってもロット鉱山にいるようなレベルのモンスターではない。またしても、居るはずのないモンスターだ。
「え、結構おおごとですよね? 大丈夫なんですか?」
「近寄れば襲ってくるが、何もしなければじっとしているそうだ。とはいえそのままにしておくわけにもいかないと討伐要請があった」
(そういえばあの日みんなで倒す予定だったのもドラゴンだったな)
この世界に来る直前、ギルドの仲間で倒す予定だったのはクリュスタロスという名のドラゴンだった。
(私から音沙汰がなくなって、皆どうしているだろう。仕事も何日も無断欠勤だし、会社から親に連絡がいっているかな。今頃、意識不明な状態で発見されて病院に搬送といったところだろうか。それとも……)
あまり考えないようにしていた凪紗のことが頭に浮かび、どうしても気分が沈む。
「ナギ、どうした?」
声をかけられて顔をあげると、クルトさんが心配そうにこちらを見ていた。そうだ、いくら考えたところでどうしようもないのだから、今できることをやらなければ。
「いえ、ドラゴンともなると一筋縄ではいかなさそうだと思いまして」
「それはそうだな。なので、今回は各隊の精鋭が出ることになるだろう。……君はどうする?」
「どうするって、選べるものなんですか?」
「君は腕が立つので討伐に参加してもらえれば我々としては楽になるが、仮にも新人だからな。普通ドラゴン討伐に新人を連れて行ったりはしない」
それもそうか。
「少しはお役に立てそうなので行きます」
「……そうか。助かる」
ほどなくしてアーロンさんから招集がかかり、騎士たちが訓練場に集められた。騎士団は全部で8つの部隊で構成されており、それぞれ20名前後の騎士が所属しているので、ここには約160名の騎士が居ることになる。なかなか壮観だ。
「皆既に聞いている通り、ロット鉱山でドラゴンが発見され、討伐要請があった。斥候による確認の結果、対象はクリュスタロスであることが判明した」
騎士達からどよめきが起こる。奇しくもあの日倒しにいこうとしていたモンスターが相手とは。
クリュスタロスは全身が硬いクリスタルの鱗に覆われた巨大なドラゴンだ。ブレスの威力が凶悪で、これといった弱点がなく、鱗に護られている心臓を破壊しなければ倒すことができないなかなかの強敵だ。スキルがカンストしているレベルのプレイヤーであれば6、7名いれば倒せるけれど、油断すると普通に死ぬこともある。
「本来であれば大部隊で挑むべき相手だが、場所が鉱山内部ということもあり、大人数で行っても意味がない。そのため、今回は各隊から精鋭を選出して向かう。各隊長は3名ずつ人員を決めてこちらへ。他の者は援護要請があればいつでも出られるよう準備して待機しているように」
第2部隊からは、私、コネリーさん、フレデリックさんが選出された。フレデリックさんはたしか回復魔法が得意だったと思う。
アーロンさんの方へ行くと、なんだか騎士たちが皆してこちらを見ているようだ。「あれが……」といった声もきこえてくる。
「なんか私注目されてます?」
「君は有名人だからな」
「えっ」
(そういえばこの前エリオットさんが、噂が広まっているとか言ってたっけ……)
正直居心地が悪いと思っていると、クルトさんがさりげなく騎士たちの視線を遮ってくれた。
「あ、ありがとうございます」
「君が目立つのは私にも原因があるからな」
それはクルトさんのせいではないと思うのだけど。責任を感じてしまっているようなら逆に申し訳ない。
「その子は新人でしょう。良いの?」
別の隊の人が声をかけてきた。女性騎士さんだ。ちょっといい装備品を身に着けていることから察するに、隊長さんだろうか。
「クリュスタロスなら何度か倒したことがあるので、問題ありません」
「え……?」
「君は黙っていなさい」
慌ててクルトさんに止められるも、手遅れだ。
「あのクリュスタロスを仕留められるとなるとかなりの腕じゃない。クルト、こんな子どうやって口説いたの?」
「クルトではない。私が騎士となることを勧めたのだ」
「騎士団長が……。そうでしたか」
なんだか色々詮索されそうな雰囲気だったのを、アーロンさんが一言で収めてしまった。流石騎士団長をやっているだけのことはある。
「準備はできているな? それではロット鉱山へ向かう。ゲートへ移動しろ」
ゲートというのは、各所にある別のゲートへ転移できる装置だ。行先が限定されている分、行ったことがない場所にも行くことができる。ロット鉱山にはゲートが無く直接行くことはできないので、最も近いゲートである「翡翠の塔」へ転移し、そこから徒歩で向かうそうだ。
「では行くぞ。ゲートオープン、翡翠の塔」
ゲートに入りアーロンさんが言うと、視界がぐにゃりと歪んだ。ゲームでは行先をリストから選ぶだけだったけれど、この世界では口頭で指定するようだ。
視界が戻ると、一面緑色の部屋に移動していた。翡翠の塔だ。ゲームではただのランドマークで、敵がいるわけでもNPCがいるわけでもなく、ちょっとしたサブクエストで行くことがある程度の場所だった。ただ、塔の最上階にはまるで誰かが住んでいるかのような部屋があり、実装当初は誰の部屋なのかを予想しあったものだ。
今は用事がないのですぐに外に出て、ロット鉱山へ向かう。
「ナギさん、先ほどは失礼しました。私はケリー・ギブス。第1部隊の隊長です」
歩いていると、出発前に話しかけてきた彼女から自己紹介を受けた。やはり隊長さんだったか。薄い茶色の髪を後ろで三つ編みにしていて、涼しげな目元が印象的な美人だ。
「いえ。よろしくお願いします。私のことをご存知なんですね」
「騎士団にあなたのことを知らない人は居ないかも?」
「……私そんなに噂になってるんですか?」
「ふふ、本意ではないといった感じね。あなたのその容姿では、居るだけで目立つと思うけど」
確かに客観的に見れば美人なのかもしれないが、そのように作ったのは私なので返す言葉がない。もっと凡庸な見た目にキャラメイクしておくべきだったと今更ながらに思うが、後悔先に立たずというやつだ。
「それに、あの堅物クルトが気に入っているみたいじゃないの。噂にならない方が難しいでしょう」
「ケリーさん……私は新人を気にかけているだけですよ」
「それだけ?」
「それだけです」
「本当に、それだけ?」
「……他に何があると言うんです」
どうやらクルトさんはケリーさんにはあまり強く出られないのか、押され気味に見える。加勢しよう。
「クルト隊長は、私が隊の紅一点だから不快な思いをしないように気遣ってくれているだけですよ。感謝しています」
すると、ケリーさんは私とクルトさんを見比べ、何故か面白がるような顔をした。
「……そうか、なるほど。クルト、しっかりね」
「……」
よくわからない激励の言葉を残し、ケリーさんは騎士団長と話をしに行った。
「クルトさんはケリー隊長と親しいのですか?」
「あの人は、私が騎士団に入った時の隊長だった人だ」
「おお、なるほど」
では長い付き合いになるのだろう。クルトさんにも色々とあったみたいだし、頭が上がらない様子にも納得だ。
「ナギ」
「はい」
呼ばれて隣のクルトさんを見上げると、なんだか見たことのない顔をしていた。
「その……」
「?」
「いや、クリュスタロスの討伐には何か戦術があるか?」
本当に言いたいことを言わなかったような感じだけど、なんだろう。後で聞いてみようか。
「そうですね。戦術と呼んでいいものかわかりませんが、あるにはあります」
「ほう、どのようなものだ?」
会話に加わってきたのはコネリーさんだ。
「まず1人か2人で突っ込んで、クリュスタロスの注意を引きます。じゅうぶん引き付けたら、回復役を残して回り込んで、コアのあたりを一点集中して高火力の攻撃を叩きこみます。あの鱗はある程度攻撃すると剥がれるので、そうしたら一番攻撃が高い人がむき出しになったコアに取り付いて破壊して終わりです」
「……」
「……」
タンク役がヘイトをとって攻撃役が削るという、よくあるレイド攻略法だと思うのだが、クルトさんもコネリーさんも難しい顔をしている。
「どうかしましたか?」
「いや……戦術としては理解できるが、最初に突っ込んだ者が死なないか?」
「なので防御もしくは回避が得意な人が適任ですね。もちろんバフも目いっぱいかけます。事前にクリスタルウォールのような設置魔法を使って、足場や退避場所を用意しておくのもポイントです。まぁ、個々の力量に左右されるのは確かです」
そういえばベロナ討伐には騎士団なりの方法があったようだった。
「騎士団ではどのように相手するのですか?」
「そうだな、まずは遠隔で目をつぶす。視界を奪うことができたら今度は足をつぶし、体勢を崩して転倒したところで、全員でコアの周囲を総攻撃する。コアが見えたら最も攻撃力の高い者数名で破壊するといった感じだな」
確かに転倒させることが出来れば、ブレスはそこまで脅威ではなくなる。しかし、足をつぶすには結構時間がかかると思う。
「それだと転倒するまでブレスを無差別に吐かれて危なくないですか? はじめに目をつぶすのは何故ですか?」
「狙われると死ぬからだな。まだ無差別に攻撃された方が、直接攻撃されない分やりようがある」
つまりタンク役ができる人が居ないということか。確かにあのブレス攻撃に対処し続けるのは集中力が要るし、慣れていないとちょっと大変ではある。ギルドのメンバーでもタンク役は私かアミダさんでないとうまくいかないことがたまにあった。
「先ほどのナギのやり方であれば、上手くいけば最小の被害に抑えられるのは間違いないだろう。しかし、奴の集中攻撃に対応できる者となると……」
「では私がやりましょうか」
「なんだと?」
「たぶんできると思いますよ」
「いやそれでは君の負担が大きすぎるだろう。それに、仮にも新人である君にそのような危険なことを任せては他の者に示しがつかない」
「そんな大したことではないと思いますけど……」
クリュスタロス討伐では回避タンクとして立ち回っていたことが多いし、精鋭と呼ばれる騎士がこれだけ居れば火力はそこそこありそうだ。比較的短時間で済みそうだし、問題ないと思う。
「できると言っているのだ。やらせてみれば良かろう」
更に会話に加わってきたのはアーロンさんだ。いつの間に近くに来ていたのか相変わらずわからなかった。
「しかし騎士団長……」
「コネリーが話したのは攻撃を分散させる人数が多い時にこそ意味がある手法と言える。今回の場合はナギが言ったやり方の方が相応しい。違うか?」
「……違いませんが、ナギは新人です」
「それがどうした。お前も実力がわかっているからこそ連れてきたのではないのか? 何が問題なのだ」
クルトさんは口ごもった。
「ではナギ、やってみるか?」
「はい」
「ただし、危ないと判断した場合は直ぐに退避命令を出すので従うように。何かあってはクルトに恨まれそうだからな」
「騎士団長!」
「そう怒るな。どうもお前はナギに過保護だな」
「そうですよクルト隊長。大丈夫です」
「だが……」
クルト隊長はその後も反論を重ねようとしたけれど、最終的にはそれが一番合理的であることを認めざるを得なかったのか、折れてくれた。




