12.初日
「本日付けで第2部隊に配属となったナギだ。例の任務に同行した者は既に知っているだろうが、腕は確かだ。ただ騎士としては新米なので、皆色々教えてやってくれ」
「よろしくお願いします」
入団初日の朝、私は予定通りクルトさんの隊に配属され、隊員達に紹介された。見覚えのある顔もあるが、ほとんどは初対面だ。
「やあ、ナギちゃんが来る日を心待ちにしていたよ」
「カラムさん。早く皆さんのお力になれるようがんばりますね」
「いやいや、ナギちゃんなら居てくれるだけで充分力になるよ。ほら、うちの隊見ての通り華がないから」
見ると数名が頷いている。確かに隊員は全員男性のようだ。凪紗の時も男性ばかりの職場にいたから接し方は心得ているつもりだし、こういう扱いをされるのにはそれなりに慣れている。それはそれとして、カラムさんはやっぱりちょっとチャラい。
「カラム、そういう言い方は失礼だよ。……どうも心から嬉しくての発言のようだから、許してやってくれ。歓迎するよ、ナギさん」
「アントンさん。気にしてないですよ。歓迎してもらえてるならありがたいことです」
嘘の色は出ていないはずだ。しかし、こうして改めて日常で接してみると、他人が嘘をついているかどうかがいちいちわかってしまうというのは結構疲れそうだなと思う。アントンさんは穏やかそうに見えるけど、心の強いひとな気がする。
「お前らいつの間に自己紹介したんだ。そういうのを抜け駆けというのではないか?」
「出遅れる方が悪いんですよ」
「俺はコネリー・カーライムだ。いちおう副隊長をやっている。困ったことがあったら何でも頼ってくれ」
「ありがとうございます」
コネリーさんは体格が良く、あらゆるパーツがゴツくて「騎士」というより「戦士」といった方が相応しい風貌だ。森では見かけなかった顔だと思うから、近接攻撃が得意なのかもしれない。
他の隊員からも続々と自己紹介をされたけれど、正直一度に全員は覚えられない。せめて顔だけでも覚えておこうと必死だ。不在の隊員はいないとのことなので、第2部隊には全部で20名の隊員がいるようだ。そこに私が追加で、クルトさんは総勢21名の騎士を束ねる隊長ということになる。結構な大所帯ではないだろうか。しかも見たところ一癖も二癖もありそうなメンツが多く、これをまとめていくのはなかなか骨が折れそうだ。
「お前達に一つ言っておくことがある」
自己紹介が途切れたあたりで、クルトさんが隊員に声をかけた。
「ナギを騎士に推薦したのは騎士団長で、後見人に指名されたのは私だ。その意味を理解しておくように」
(……ん? どういうことだろう)
気のせいでなければ、隊員達の間に緊張が走ったように感じられるけれど。
「つまり、隊長を倒せばハードルが下がるということですね?」
挑戦的に声をかけたのは森でも見た顔で、たしか先ほどクレイグと名乗っていたと思う。明るい金髪をゆるく後ろで束ねており、切れ長の目が怜悧な印象だ。魔法が得意そうに見える。
クルトさんは目を細めてクレイグさんを見た。
「お前にできるものならな」
「!」
売り言葉に買い言葉とはこのことだ。そのまま2人は睨みあい、若干険悪というか、一触即発な雰囲気になってしまった。他の隊員もなんだか戦闘モードな気配だし、一体何なのだ。来て早々もめ事はやめていただきたい。
「よくわかりませんが、対戦するなら私がお相手しますよ」
そう言ってみると、クレイグさんだけでなく、どの隊員もびっくりしたようだ。
「……貴女と勝負するとなると分が悪い。あの剣技は目を見張るものがあった」
「そうですか? まあ、剣は得意な武器ですね」
「弓も使っていたでしょう?」
「はい。というかだいたいなんでも使おうと思えば使えますよ。少し苦手な武器もありますが」
「それは?」
「ひみつです」
冗談めかして言うと、クレイグさんは笑ってくれた。他の隊員からも険がなくなっており、どうやらうまく場を収めることができたようだ。
(クルトさんが私に何を期待していたのかわかったような気がする……)
ちらりとクルトさんを見ると、いつぞやと同じようにニヤリとされた。これも恩返しだ。謹んで隊の緩衝材としての役割を承ろうと思う。
入団初日の仕事は城の内部構造を把握することだった。騎士団の任務のひとつに朝・昼・晩の城内の巡回見回りがあり、各隊持ち回りで当番になるから、城の構造を把握していないとお話にならないそうだ。とりあえず、私は昼の巡回についていくことになった。
今日の昼の巡回当番はエリオットさんだ。森でペルタストの素材をどうするか声をかけてきた彼だ。
「ナギさん、行きましょうか」
「はい」
城はおおまかに、騎士団エリア、執務エリア、応接エリア、王族の居住エリアに分かれている。このうち騎士団エリアは文字通り騎士が常駐しているので巡回の対象外、王族の居住エリアも近衛騎士が常に警備しているため同じく対象外で、巡回する必要があるのは執務エリアと応接エリアだ。
執務エリアには政務官や事務官の執務室が多数あり、他にも資料室や研究室なんかもあるらしい。先日訪れた騎士団長の執務室があるのも執務エリアだ。応接エリアには来客と面会するための応接室や、貴賓を迎えたり舞踏会を行うための広間の他、宿泊施設があるそうだ。市役所と迎賓館が一つの建物にまとまっているような感じだ。
城にはゲームでも訪れたことがあるのでなんとなくの構造はわかるのだけど、あまり細部を気にしたことがなかった。何がどこにあるといった具体的なマップを殆ど覚えていないのが悔やまれる。
「城内見取り図のようなものはないのですか?」
「ありません。万が一外敵の手に渡ると防犯上よろしくないですから」
「なるほど、それもそうですね」
ということは自前で作成するのも良くないだろう。諦めて脳内でマッピングするしかなさそうだ。
それにしても、エリオットさんは他の騎士に比べて物腰がやわらかく優し気で、騎士というより司書といった雰囲気だ。
「一言で騎士といっても、色々な方がいるものですね」
「それはそうでしょう。家督を継ぐ必要のない貴族の子息や、ナギさんのように腕を見込まれた者、私のように安定した仕事のためになった者など様々ですから」
言われてみれば、騎士とは公務員に相当するのか。なんだか当初抱いていた「騎士」というもののイメージがどんどん崩れていく。
「クルト隊長は元々平民ということもあり、今朝のように貴族の出の隊員から侮られることがあるようです」
「クルト隊長は貴族なのかと思ってました」
「それは間違っていません。あの方は貴族である騎士団長の養子ですから」
「え!? 知りませんでした」
あの2人親子関係にあったのか。思い返せばそんな素振りがあったような気がしなくもない。
「騎士ならば周知のことなのでお話しますが、クルト隊長は元傭兵です。騎士団との合同任務の際にその強さが騎士団長の目に留まり、スカウトされたのだと聞いています」
「それが何故親子に?」
「貴族が絡むトラブルから救うために養子としたとかなんとか。詳しくは知りませんが」
養子とすることが、何故トラブルから救うことになるのかいまいちピンとこない。はてなという顔をしていると、エリオットさんが補足してくれた。
「貴族の世界では、家柄や後ろ盾というものが特に重要なんだそうですよ」
それで、先ほどのクルト隊長の発言の真意がわかった。後ろ盾を明らかにすることによる牽制だ。またしても気にかけてくれていたのがわかり、いっそ申し訳なくなってくる。
「なんだか面倒くさい世界ですね」
「はは、同感です。ですが、ナギさんは貴族の出の騎士からも一目置かれているようです」
「そうなんですか?」
「ええ。あの戦いぶりを目にした騎士であれば、誰でもそうなります。それに例の任務には貴族の出の者も複数参加していましたから、騎士団はもちろん貴族世界にも既に噂が広まっていることでしょう」
あの戦闘がそんな風に影響するとは思わなかった。私としては普通に戦っただけなのだのに、この世界の人にとってそこまで衝撃的だったとは。クルトさんはおそらく、そのあたりを承知していたから私に強く忠告してくれたのだろう。「君を欲しがる者が内外に現れるはず」という言葉が思い出される。
「その出自に関わらず、あなたと共にありたいと思う者は多いと思いますよ。……私を含めてね」
「え?」
思わずエリオットさんを見ると、柔らかく微笑んでいるだけだった。どうもいまいち何を考えているのかわからないけれど、言っていることはクルトさんと似ている。おそらく忠告してくれているのだろう。気づかないうちに何か迂闊なことをしてしまっていた可能性もある。
「すみません、もっと色々気を付けるようにします」
「……さて、話していたいのは山々ですが、巡回任務に集中しましょう。ここまで歩いてきたエリアの構造は把握できましたか?」
「ぐ……後でもう一度歩いて復習しておきます……」
巡回が終わり脳内マッピングに勤しんでいると、カラムさんから歓迎会を兼ねて飲みに行こうとお誘いを受けた。
「ありがとうございます。でも私、あまりお酒強くなくて」
「無理に飲む必要はないよ。料理も美味い店だからさ。それに、例の討伐で金一封が出たんだよね。僕たちからもナギちゃんにお礼をしたいと思っていたところだったし、珍しくクルト隊長も来るみたいだし」
「そういうことでしたら……わかりました、行きます」
夜になり、凪紗の世界でいうところのバーのようなお店で歓迎会が開催された。急な話だというのに、夜勤当番を除く全員が参加というのだから、驚きの出席率だ。ちなみに今日夜勤の2名が主催であるカラムさんにかなり強めに何か言っているのを見かけたけど、当のカラムさんは柳に風といった様子だった。チャラいだけでなく、肝が太いようだ。
料理は聞いていた通りどれも美味しかった。特にフィッシュアンドチップスのようなものが気に入った。かかっている謎のソースがいいアクセントになっていていくらでも食べられそうだ。ただ、どれもこれもおつまみ的な料理なのが難点だ。飲まないようにしようと思っていたのに、お酒が飲みたくなる。
「クルトさん、おすすめのお酒ありませんか?」
「……飲むのか」
「飲んでも大丈夫そうな弱めなやつをお願いしたいです」
「では、このあたりだろう」
チョイスしてもらったのは、シャンディガフもどきだった。ビールとジンジャーエールを合わせたあれだ。甘さ控えめで、さっぱりしていて美味しい。
「ナギさんは宿舎に入ったんですか?」
「はい。騎士団に入ったのも半分くらいはそれが目当てだったので」
「俺たちみたいな庶民には嬉しい制度だよね」
「そう思います」
「あの宿舎少し狭くないか?」
「出たよ、貴族感覚」
いまいち名前と顔が一致しないまま同僚と親交を深める。騎士には貴族と平民が居るという話だけれど、こうして一緒に飲む分にはあまり垣根を感じない。隊長であるクルトさんが誰にでも公正に接するのがいい影響を与えているのかもしれない。
色々話すうちに、少しずつ各人の人となりが把握できてきた。
朝ひと悶着あったクレイグさんは、やはり魔法が得意なようだ。例の任務では最初に捕縛魔法を使った一人のようで、私にとても感謝していると言われた。城の政務官の次男で、カラムさんとは幼馴染なのだそうだ。
そのカラムさんは王国の北の方にある領地の領主の三男で、ゆくゆくは領地に戻り、いずれ領主となる兄を護衛できるようになれればと騎士になったらしい。意外としっかりしたビジョンを持っていて少し見直した。
アントンさんは街でも比較的大きな商家の次男で、その能力ゆえに商売人に嫌気がさしてしまい、親の反対を押し切って騎士になったそうだ。商売の世界ではとても有効な能力かもしれないけれど、厭になるのも理解できる。
エリオットさんは城で事務官をしている両親の一人息子で、騎士になったのは身体を動かすことが好きだったのと、昼間も言っていた通り安定した仕事を選んだ結果とのことだ。
コネリーさんは元傭兵で、なんとクルトさんを追って騎士になったらしい。副隊長というだけのことはあって腕は確かで、特に大剣が得意なのだそうだ。ちなみに、大剣はどうもモーションが大きくて私は少し使うのが苦手な武器だったりする。
他の隊員とも話が弾み、思いのほか有意義な時間を過ごすことができた。この調子ならどうにかうまくやっていけそうだ。
「ナギ、そろそろやめておきなさい」
お酒のおかわりを頼もうとしたところ、クルトさんに止められた。
「いいじゃないですか、ナギさんが飲みたいて言ってるんですから」
「いえ、クルトさ……隊長の言う通りです。明日もあることだし、そろそろやめておきます」
何よりまた変なところで寝てしまったら困る。
「あれー? クルト隊長ってナギちゃんの飲酒量まで把握してるんですかー?」
「……カラムさん結構酔っぱらってません?」
「これくらい全然だよ!」
「自分も気になりますね。お二人は一緒に飲んだことでもあるんですか?」
微妙なところを突っ込まれてしまった。クルトさんも苦い顔をしている。
「……入団試験の合格祝いに、奢ってやっただけだ」
「え? 本当に二人で飲んだんですか? いつの間に?」
「た、隊長……やりますね……」
複数の隊員の視線がクルトさんに突き刺さる。流石のクルトさんも若干たじろいでいるようだ。一緒に飲んだだけでこの反応では、家に泊まったなんてバレたら何をどう勘違いされるかわからない。黙ってろと言ったクルトさんは流石の慧眼だ。絶対に言わないようにしよう。
「そう珍しいことでもないだろう」
「いやいやいやクルト隊長に限っては超珍しいでしょ! 初めて聞きましたよ!」
カラムさんから光の速さでツッコミが入る。クルトさんはため息をつくと、立ち上がった。
「お前達もうそのくらいにしておけ。明日に響くぞ。ナギ、送っていこう」
「逃げる気ですね!?」
騒ぐカラムさんを華麗にスルーしたクルトさんに促され、私は帰宅することにした。
「それでは皆さん、今日はありがとうございました。楽しかったです」
「俺たちも久々に楽しかったよ」
「今度はぜひ二人で飲みに行きましょう」
帰り道、数日ぶりにクルトさんと二人で話をする。何かとバタバタしていたせいで、クルトさん宅に泊まっていたのが随分前のことのようだ。
「また気にかけてもらったみたいで、ありがとうございました」
「なんのことだ」
「牽制してくれたでしょう?」
「……必要なことをしたまでだ」
「朝は少しびっくりしましたけど、皆さんいいひとそうで良かったです。なんとかやっていけそうです」
「ああ。基本的にはいいやつらだ」
「そういえば、クルトさんが言っていたのと同じようなことを忠告されてしまいました。知らないうちに何かやらかしていたらすみません」
クルトさんは眉をひそめた。
「誰に何を言われた?」
「エリオットさんです。私と共にありたいと思う人は多いのだそうですよ」
「……そうか」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
そうこうしているうちに、宿舎エリアについた。
「ここまでで大丈夫です。送ってくれてありがとうございました」
「ああ」
帰ろうと思ったら、クルトさんはじっと私を見ている。なんだろうかと思っていると、私の頬にそっと触れた。
「……おやすみ。また明日」
「あ、はい。おやすみなさい」
そして、クルトさんは去っていった。
(……なんだったんだろ?)




