11.繋がり
目が覚めると、私はきちんとベッドで寝ていた。寝苦しくないよう硬い鎧部分は外されて、机の上に置いてある。どうやらクルトさんに迷惑をかけてしまったようだ。
というか、あの装備が普通に外せることを今知った。試しにインベントリに放り込んでみると、そのまま装備欄に入った。このまま装備しなおすと今着ているインナーはどうなるのかと試したところ、普通にインナーの上に装備された。外すとインナーや下着ごと脱げるのに、解せぬ。
インベントリを開いたついでに、アイテムやお金を鞄に移しておく。こういうのは忘れないうちにやっておくのが肝心だ。
1階に降りると、やはりクルトさんはもう起きていた。
「おはよう」
「おはようございます。あの、昨日はあのまま寝ちゃってご迷惑をおかけしたみたいで、すみませんでした」
「まったくだ……と言いたいところだが、酒を勧めたのは私だからな」
「あのお酒美味しかったです。また飲みたいです」
「……1杯だけにしておきなさい」
それはどうだろうと、返答は避ける。飲みやすすぎるのがいけないと思う。
「それからこれ、お返しします」
クルトさんに大きめの金貨2枚を渡した。これで昨日借りた2万ゴールドになるはずだ。
「君は金には余裕があるのか?」
「たぶん、そこそこ余裕があるんじゃないかと思います」
8000万ゴールドがこの世界でどの程度のものなのかはわからないが、流石にすぐに底を突くということは無いだろう。
「それなら良いが、何かあった時のためにあまり無駄遣いはしない方がいいだろう」
「そうですね」
騎士団のお給料として貰える分があるはずなので、生活費はなるべくそこから捻出するようにしようと思う。
クルトさんは私にコーヒーのようなものを渡すと、自分も飲みながら新聞を読み始めた。コーヒーは大好きなので、この世界にも同じようなものがあって嬉しい。「コルフェ」という名前の飲み物なのだそうだ。
なんとなくクルトさんが読んでいる新聞をテーブルの反対側から読んでみる。
(ええと……も、り、の……しゅ、う、ら、く、しゅ、う、げ、き、じ、け、ん、か、い、け、つ……ん? 森の集落襲撃事件、解決?)
「クルトさん、この記事って私達が倒したペルタストのことですか?」
「ああ。だが、記事ではベロナが討伐されたことになっている。恐らく騎士団長が情報を操作したのだろう。隊の者にも箝口令がしかれているはずだ」
「なんと。知られるとまずいのですか?」
「というより、知らないはずのことを知る者を炙り出したいのだろうな。騎士団長は、あの森にペルタストが現れたのはあくまでも人為的なものだと考えているようだ」
「それって可能なんでしょうか」
「不可能に近い……が、100%ではないだろう。この世界にはまだ広く知られていない魔法や技術があるはずだからな」
クルトさんはそう言って、私を見た。なるほど、たしかにここに「広く知られていない魔法や技術」の持ち主がいる。
「君は、文字は読めるのだな」
「一応読めますが、時間がかかります。もう少し慣れておいた方が良いかもしれません。読みやすい本とかありませんか?」
「うちにあるのは、騎士団で使うものや料理書がほとんどだな。本屋に行ってみるか?」
「良いのですか?」
「構わない」
コーヒーもといコルフェを飲み終えると、私達は昨日に引き続き街へ出た。昨日は飲食店にばかり注目していたけれど、こうして見ると色々な店がある。雑貨屋や女性向けのお洋服の店もあって、ちょっと寄ってみたくなるけれど、無駄遣いしないように言われたばかりだ。やるなら初任給が出てからにしよう。
クルトさんに案内されて本屋に到着したので、読みやすそうな、出来れば絵本のようなものを探す。字体にも種類があるようで、背表紙のタイトルを解読するだけでも一苦労だ。
四苦八苦しながら物色していると、見慣れた文字の本を見つけた。
(え!? 日本語!?)
それはどう見ても日本語で書かれた本だった。タイトルは「冒険のススメ」で、内容をざっと見たところ、「Aslan」の初心者向けHow toが書かれたもののようだ。
(これは、どういうことだろう)
「見つけたのか?」
考え込んでいると、クルトさんに声をかけられた。私が手にしている本を目にすると、クルトさんはあのなんとも言えない顔をした。
「それは、古代語と言われる文字で書かれたものだ」
「こ、古代語……」
「学者の中にはその文字や文献を研究している者もいるので、過去に見つかった文献の一部が複製されて学術書としてそのように出版されている」
日本語の文献なんてものがあるのか。他にはどのような内容のものがあるのだろう。もしかしたら、元の世界に戻る足がかりがあるかもしれない。
「その文献はどこで見られますか?」
「私も詳しくは知らないが、専門機関で保管されていると聞くから、関係者でなければ難しいだろうな。複製されたものであればこの書店でも他にもあるかもしれないが」
私は他にも日本語の本がないか探してみたが、残念ながら見当たらなかった。お店の人に聞いてみたところ、そもそもそこまで需要があるものではないためあまり種類・数ともに出回っておらず、入荷するのは稀とのことだった。
「他の書店にも行ってみるか? この店はこの辺りでは一番大きいから、他の店にある可能性は低いかもしれないが」
「いえ、大丈夫です」
日本語の文献については非常に気になるところではあるが、今すぐどうこうできるものでもなさそうだ。であればとりあえず目の前の問題に向き合うことにして、当初の目的の本探しに戻る。
「これなら多少は読みやすいように思うが、どうだ?」
そう言ってクルトさんから手渡された本は、絵本とまではいかないものの挿絵が多く、私が求めていたものに近い。
「これにします。ありがとうございます」
その本は、クルトさんによると伝説のひとつとして語り継がれる有名なお話とのことだった。帰宅して頑張って読んでみたところ、戦争で疎開してきた子どもたちが、クローゼットの奥から不思議な世界に迷い込み、そこで様々な出会いと冒険を経て成長し、悪い魔女を倒すお話だった。
この物語は知っている。映画化もされたイギリスのファンタジー小説「ナルニア国物語」だ。「Aslan」の世界観のベースにもなっていて、いたるところに類似要素があるとWikiで見たことがある。もっともゲームのメインストーリーは全く異なるものだったので、アスラン王や魔女は出てこなかったけれど。
凪紗の世界で小説として存在していたものが、この世界では神話になっている────
書物を通じて元の世界との繋がりを知ることになるとは予想外だった。もしかしたら、他にも同じようなものがあるかもしれない。
それからは、本屋に足を運んで色々な本を入手しては読書に勤しんだ。
結果わかったのは、凪紗の世界に存在した世界的に有名な物語────「不思議の国のアリス」や「オズの魔法使い」など────が、この世界ではいずれも「伝説」や「神話」として知られているということだった。これは決して偶然なんかではなく、何か意味があるように思えた。どういう意味があるのかはわからないし、それ以上どうすることもできなかったけれど。
そして数日かけて集中して本を読んだおかげで、私はこの世界の文字をすらすら読めるようになったのだった。
入団試験から4日経ち、宿舎に入居できる日になった。荷物と呼べるものは本が数冊だけなので、身軽なものだ。
「泊めていただいて本当に助かりました。ありがとうございました」
朝の定番となりつつあったコルフェをいただきながら、クルトさんにお礼を言う。本当に何から何までお世話になってしまった。せめて宿泊費を渡そうと思って提案したのだが、「欲しくない」とキッパリ言われてしまったし、いつか必ず何かしらの恩返しをしようと思う。
「誰かと食事するのもたまにはいいものだと認識できた。また来るといい」
「クルトさんのお料理とても美味しいので、絶対また食べに来ます」
そう言うと、クルトさんはちょっと嬉しそうな顔をした。本気でまたご飯を食べに来よう。
騎士団の受付で鍵を受け取り、宿舎までクルトさんに案内してもらうことになった。クルトさんは今日は非番というわけではなく、これも隊長としての職務の一環だそうだ。
宿舎があるのは、城から少し歩いたところにある、日本で言うところの「ニュータウン」みたいな雰囲気の場所だった。碁盤の目状に区画分けされたところに同じ見た目の1階建ての小さい家が整然と建てられており、ざっと見た感じ半分くらいが入居済みなようだ。クルトさん曰く、騎士の中には貴族出身の者も多く、彼らからすると戸建てとはいえ手狭なため、宿舎は断って実家から通ったり、別のところにマイホームを建てたりするケースが多いのだそうだ。いわゆる社員寮みたいなものを想像していた私からすれば「ブルジョワめ」といった感想だ。
鍵を開けて中に入ってみると、正面から左手にリビングとダイニングキッチン、右手に寝室とシャワールームがあり、ベッド、机、椅子といった必要最低限の家具が備え付けられている。どう見ても凪紗が住んでいたマンションの部屋よりも広いし、隣家とはそれなりに距離があるので騒音なども気にしなくて良さそうだ。これで家賃が給与の1割というのだから、なかなかにいたれりつくせりだ。
「思っていたよりもすごく快適そうで驚きました」
「それは良かった。これは入居祝いだ。気に入っていただろう?」
そう言ってクルトさんから渡されたのは、カップとコルフェの豆とサイフォンのセットだった。
「ありがとうございます。このご恩はいつか必ずお返しします」
「気にするな。君への期待の裏返しだと思ってくれ。では、私は訓練に向かうのでこれで失礼する」
「は、はい。ありがとうございました」
地味なプレッシャーを残し、クルトさんは城へ戻っていった。
それから入団までの間は、街にでかけては店をめぐり、お布団や調理器具、食器といった生活に必要な細々としたものを揃えることに費やした。おかげで街のどこに何があるのか概ね把握できたし、お気に入りのパン屋も見つけることができた。なかなか有意義に過ごせたのではないかと思う。
そしていよいよ、騎士団に入団する日がやってきた。




