第9話 悲しみのサイレンのあと
第9話 悲しみのサイレンのあと
ネイルスクールは、ネイルサロンの中にある。
尻の骨にヒビが入ってから、スクールにも行けなかった。
一回のスクールの時間が2時間だったため、連続して座っていられるか不安があったのだ。
今となっては、歩くのも平気だ。尻に自信が持てるようになった。普通に歩けるのがどれほど、恵まれているかを身をもって知った。
回復出来たと思ったら、フットネイルをしたくてたまらなくなった。
浜の町アーケードの中を通って、ネイルサロンへ向かった。
サイレンが鳴り響いた。
周りにいた人々は、急いでいる人を除いて、立ち止まって手を合わせている。
店内で響く店員の声も聞こえない。
音はサイレンのみになった。
今日は8月9日。
腕時計はあえて見なくてもわかる。
11時2分だ。
原爆の犠牲者に哀悼の偉を捧げる日がきた。
自分が、被爆三世であることを思い出す日でもある。
被爆して一生の傷を負った祖父母のことや大勢の人のことを考えると、尻のヒビで騒いでいた自分を恥じた。
フットネイルをしてもらいながら、手順を確認した。店長でもある先生は、当たり前だが手際よく作業を進める。
「みちるちゃん、お尻大変でしたね!
でもジェルネイル検定の合格、おめでとうございます!」
「ありがとうございます!お尻にヒビ入ったら本当にしんどいんですよ!スタンガン当てられた感じです!電流が走るような感じ!!階段、気をつけてくださいね!」
私は、笑いながら忠告した。
「私も階段気をつける!みちるちゃん、今もバーで働いてます?」
「はい、そうですが?」
「うちで働きませんか?」
「え⁈もちろん働きます!!」
私は驚きのあまり、足がピクンと動いた。
夢だったネイリストになれる日が来たらしい。
これは、もしやまだ眠っていて夢を見ているのだろうか。
私は自分の頬を平手打ちしてみた。
「え?!みちるちゃん、何?!大丈夫?」
店長が、目を丸くしている。
「店長!夢じゃなーい!!」
「あはは!!一緒に頑張りましょう!」
店長は、筆を置いて親指を立てた。
夢が叶う前やラッキーなことが起こる前は、がっかりするようなことや最悪な事態が起きる気がする。
尻の骨にヒビが入ったのもきっとそう。
次のステップのためだったんだ。
新しいステージに役立つとは思えないけど、どれだけ痛いかは知っている。
私は痛みに強くなって進化したのかもしれない。




