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第5話 紫陽花の花

第5話 紫陽花の花


  試験が終わって1週間が経った。

ベッドから起き上がるのも辛くなり、

あまり動かないせいもあって、筋力が落ちたのだろう体重も減った。


 痛み止めが飲み終わったので、病院へ

再受診することにした。


 整形外科の医師によると、


「座るよりも、なるべく横向きで安静に寝ること!それが骨が早くくっつく方法だよ」


「はい、わかりました・・カルシウムのサプリメントとか摂取した方がいいですか?」


「今更だよね!ハハハ!」


「あははは!」


「あと、無理をしないことが大切!ヒビの修復に失敗したら肛門に指を入れて戻さないといけなくなるから、注意してね」


 絶句した、恐怖で開いた口がふさがらなかった。

いよいよ下着を脱がないといけない上に、


 肛門に指!!


 辛過ぎる、絶対に嫌だ!!

ネイルスクールはもちろんバイトもまだまだ休まないといけなくなった。

 私は尻を優しくさすって、病院をあとにした。



 診察も終わり、

駐車場へ行き車の助手席にゆっくりと座る。

シートベルトを着用して、

姉に左には車も通行人もいないことを伝えた。


 公園を横切ると、その中の青と紫の色をした紫陽花が目に入った。


「紫陽花きれいだね」


「紫陽花は、おばちゃんが好きな花やったよね」


車を運転している姉の横顔は、懐かしいといった表情だった。


「お尻ちゃん、大丈夫?」


赤信号で止まると、姉はもともと大きな目をさらに見開いて私を心配した。

普段、口数の多い私が物思いにふけっているのに驚いたのだろう。


「すみません、よく聞こえませんでした」


私はアイフォーンの音声機能siriの真似をした。


「私の方が上手いばい」


「今日調子悪いと!」


「いんや、私の方が絶対上手かけん」


「じゃあ、やってみせてよ、ヘイ、Siri」


「すみません、よく聞こえませんでした」


アイフォーンが答えた。


「起動したやんか!!」


二人で、キャハハと笑った。


「みちるさ、階段から落ちたけど、頭を打たなくて本当に良かったね」


「バカが治ったかもしれんね」


「はいはい」


「お姉ちゃん雑!あはは!ねぇ、お姉ちゃん、シンゴ君とはどう?」


シンゴ君とは、姉の彼氏だ。


 長崎駅の近くの旅行会社の受付の仕事をしている。

友人と長崎駅で会う時は、その爽やかな笑顔を見に行くこともあるくらいだ。


「うん、仲良いよ、多分」


「多分って!」


私は多分上手くいっている姉の恋愛を羨ましく思った。


 だいぶ尻も良くなってきているのを

感じはじめた日だった。

足をあげたり、数秒だが床に座れるようになった。

 今晩の風呂の湯船には、ホホバオイルと

ラベンダーの精油をブレンドしようと思った。

ラベンダーには、鎮痛作用があるから

少しだけ湯に浸かっても、体に良いだろう。


 ホホバオイルをビーカーに入れて、

微かな甘さのある香りを

嗅ごうと鼻をヒクつかせた。


 その香りは、確かに最近嗅いだ香りだった!


どこだったっけ?!


「あ!」


ひらめいたと同時に、悲しさが込み上げてきた。


  6月は気分が落ち込む。

梅雨時期の雨がそうするからだろうか。

いや、それだけではないことは、わかっている。


 昨年亡くなった伯母の命日がきたのだ。


「寝るか、本読むか、映画みるか、ゆっくりしときなさいね、それじゃいってきます」


 姉が紫陽花の花束を持って、リビングのドアを閉めた。


 今日、私以外の家族は全員、伯母の墓参りに行く。

私も行きたいと言ってはみたが、お墓の不揃いで長い階段を登れる自信はなかった。

 伯母の家は墓の近くにある、今日もきっと

家の仏壇にも参るのだろう。

 いつも伯母の家に遊びに行くと、寿司や刺身、皿うどんとご馳走を用意してくれた。

好き嫌いの多い私には、特別にハヤシライスを作ってくれていた。

伯母のハヤシライスは、少し甘めだったがそれが絶品だった。


 一年前、伯母と従姉妹のナナ姉ちゃんが私の家に遊びに来た。

ナナ姉ちゃんと伯母にネイルの練習を

付き合ってもらうためだった。

 先に従姉妹の爪を塗って、次に伯母の爪に伯母の好きな紫陽花を描こうとしていた。

だが、元々心臓が悪い伯母が急に体調不良を訴えて救急車を呼んだ。


 今、私が横たわっているこのソファに、伯母も寝た。

救急車が来る直前に、具合を悪くしているはずの伯母がファンデーションを塗りはじめたことは忘れられない。


その晩、危篤状態になり、逝ってしまった。


 亡くなった時、徐々に冷たくなっていく

手を握って伯母の爪を見た。


 それは紫陽花のような薄紫色に変化していた。


 あれから一年が過ぎて、もうすぐ

伯母の舟が完成するらしい。


伯母の精霊船だ。


 葬儀場の団体舟に乗せてもらうことにしたと従姉妹が話していた。

今年の盆は、伯母がいない。

伯母のハヤシライスが食べられない。

もう伯母の綺麗に化粧した笑顔に会えない。


 テーブルに置いてある一輪挿しにした、

紫陽花が微かに揺れたように見えた。


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