第4話 検定試験だ!ビリッビリビリッ!
第4話 検定試験だ!ビリッビリビリッ!
ジェルネイル検定当日の朝になった。
顔を洗うため、少し中腰の姿勢になる。
それすらも尻は痛んだ。
いよいよ出発だ。喉がやたらに乾く。玄関で靴を履いた。バス停までは三分程歩きだ。
「ごめんね、持ってもらって」
私はリュックを背負って靴を履いている姉に謝った。
「いいよ」
ネイル道具一式は、モデル役の姉が持ってくれた。
ネイリスト検定とは違い、ジェルネイル検定はLEDライトを使用することもあって少しだけ荷物が重い。
けれど、少しの差だ。それくらいの荷物も持てないなんて、一体誰の検定試験なんだというくらい手ぶらでいる自分が情け無い。
それと同時に、姉に感謝した。
「お姉ちゃん、ありがとう」
手を合わせた。
「絶対、合格ね!」
「ヒィー!」
姉からの圧力に、尻が痛んだ。
福岡の博多の試験会場まで、バスでいく。
はたして長崎から博多まで約2時間、私の尻はもつのだろうか。
そんな不安を抱えながら高速バスの
高く感じる階段を、痛みを堪えて鼻を膨らましながら登った。
幸い、始めは尻の痛みがあったが六時五七分という早朝の便であったため眠気の方が勝った。
博多バスターミナルから試験会場は、歩いて十分程度だが、その歩行すら出来ないためタクシーを使った。
ジェルネイル検定試験は、始めに実技試験があり片付けを終えてモデルの退場、筆記試験という流れで行われる。
試験前、中腰の姿勢が痛むなら会場についてからの準備や片付けもスムーズにできないのではないかと家族が心配してくれた。
そんな不安もあって会場についてから、恥ずかしくも試験官に骨折を申告すると、モデルと片付けをして良いとの許可をもらった。
会場は、長テーブルに受験生とモデルが向かい合わせに座ることになっている。
実技試験の準備が整っている人もいれば、会場にまだついていない人もいる。
リュックからLEDライトを取り出して、空のリュックを椅子の下に置いた。中腰の姿勢はやはり痛い。座るのすら恐い。
実技試験は六〇分、左手をジェルネイル、
右手をポリッシュでカラーリング、ジェルネイルのアートはピーコック柄が課題だった。
試験官の「はじめ」の合図でストップウォッチのスタートボタンを押す。
高音のピッという音が、会場の各所から聞こえた。
受験生は皆、擦式清拭消毒から始める。
消毒剤であるエタノールが入ったスプレーをコットンに噴射するシュッという音が会場の至る所で響く。
エタノールを含ませたコットンで、まずは自分の手の甲、指先、手のひら、指間、指先までしっかりと清拭する。
モデルの手から行った場合は、減点になるのだが、難なくクリアした。
私は最初に、モデルの左手をプレパレーションした
プレパレーションとは、ジェルを塗布する前に行う下準備をいう。
まず、スポンジバッファーやファイル等で爪表面の光沢を消すようにサンディングするのだ
サンディングとは、爪表面の先端からサイド、根元をしっかりと削ることをいう。
ナチュラルネイルを削り過ぎないようにしないといけないが、削れていない部分があると、そこからジェルがはがれてしまうので重要な作業である。
サンディングを終えると、爪の表面や指についたダストをネイルブラシやエタノールを含ませたガーゼで拭き取る。
次いで、水分や油分を除去できるプレプライマーという液体を爪に塗布し、プレパレーションを終える。
そして、ベースジェル、カラージェルの赤色を二度塗り、アートを施しトップコートを塗り、未硬化ジェルを拭き取って完成する。
ジェルアートの課題は、赤色をベースにピーコック柄を描く。
ピーコック柄とは、孔雀の羽に似ているからその名前になったという。
ベースジェルを薄く塗り、細筆で虹を描くように線を引く、
色の順番は白色、ピンク色、紺色、白色にした。
先程引いた半円の線に縦線を数カ所に引くと、ピーコック柄になる。
これも練習どおり、よくできた!
心の中でガッツポーズをした。
次に、右手の課題は、ポリッシュカラーリングだ。
プレプライマーを塗り、ベースコート、赤色のカラーポリッシュ(マニキュア)を二度塗りしトップコートを塗る。
カラーポリッシュも、ムラができることもなくはみ出しもない。
これもうまくいった!と思った。
審査員が、ゆっくりとした足取りで私たち受験生の周りを見渡しながら歩いている。
私の前を通った時、何やらメモをした。
なんだろうか。何か不備があったのか?
ネイル用具を見ていたようだ。
視線の先を探すと、ポリッシュリムーバーの品名シールが剥がれていた。いったいどこに落ちたのだろう…。ケースの中にも落ちていない。最悪だ。
ネイル道具に品名シールを貼り忘れた場合は、減点の対象となるのだ。
どうしよう…。ここに来てこんなぼんやりしたミスをするなんて…。私は小さくため息をついた。
自分の集中力と尻の痛みと戦った時間は
無事に終わり、30分の実技審査に入った。
受験生は待機場に向かい、地べたに座って筆記試験の勉強をしていいことになっている。
地べたに座れるだろうかと不安になりながら、受験生の最後尾の列に並んだ。
すると、試験官が椅子を持ってきてくれた。
「こちらの椅子に座っていいですよ」
と試験管は、にこやかな表情だった。
「え!すみません!ありがとうございます!」
なんて良心的な試験官ばかりなんだと
驚きを隠せなかった。
実技審査が終わると、自分の席に戻るように指示があった。
私は椅子から立ち上がるのも尻が痛むため、椅子に手をついてゆっくりと立ち上がった。
激痛が走った。
その場で固まって顔をしかめた。
どうしよう…。
歩けるだろうか私の尻もここまでか?
いい大人なのに泣きそうになった。
「大丈夫ですか?」
すぐそばに座っていた受験生の1人が声をかけてくれた。
「はい、だ、だ、大丈夫です!ありがとうございます!」
私に手助けが必要じゃないかと、受験生までもが優しくしてくれた。
信頼されるネイリストとしての心構えは、お客様の立場になって考えることが大切だと勉強した。
私はもちろん客ではないが、彼女は素敵なネイリストになれるのではないかと思った。
お互いこの試験に合格しましょう、立派なネイリストになりましょう、私は彼女の背中を見ながら心の中でつぶやいた。
皆が足早に向かう中、自分の席にのろのろと歩きながら戻った。
そばの机の受験生は、素早く片付けと筆記試験の準備をしている。
一刻も早く片付けをして、落ち着いて、
筆記試験に臨みたい!
それなのに、尻の痛みでうまく歩けない!
めまいがするほどだった。
やっとのことで持ち場に戻り、姉と片付けをした。
姉がテキパキと片付けを手伝ってくれたおかげで、なんとか時間内に間に合った。
姉は、筆記用具以外のネイル道具一式を持って会場を退出した。
私は何度も、ありがとう、ごめんねと言いながら見送った。
筆記試験が始まった。
試験は、マークシート方式で制限時間は30分だった。
ジェルネイルのジェルは、内容成分の違いによってソークオフジェルとハードジェルがある。
ソークオフジェルは、1980年代に南アフリカで誕生し、2002年に日本に上陸した。
現在のジェルネイルもソークオフジェルが主流だ。
ハードジェルは、1980年代初期にネイル市場に登場し2000年に「ハードジェル」として正式に日本に紹介された。
当時の日本のネイル技術は、アクリルのスカルプチュアネイル(人工爪)かポリッシュが中心だった。
ネイル業界が求め続けていたことの一つ、「早く乾くこと」を叶えたのが、ジェルネイルだったのである。
筆記試験が終わって、会場を出ようと歩いていると試験官が「大丈夫ですか」と声をかけてくれた。
私は心を込めて、
「本日はありがとうございました、お世話になりました」
とお辞儀をして帰った。
完全に尻が割れた、いいかえるとヒビが深くなった感覚があった。
歩けば歩くほど痛みが増していたのだ
けれど、試験で持てる力を出し切った。
私は自分の持ちこたえた尻にも感謝した。