第2話 尻の具合が悪いじゃないか!
第2話 尻の具合が悪いじゃないか!!
「仙骨の少し上の方、この骨がね、より白くなってるでしょう?あとこの線、打撲とヒビが入っていますね」
整形外科の医師がレントゲン写真とMRI写真を指差した。
ただの打撲だけだろうと高を括っていたが、骨にヒビが入っていた。
「尻が割れるなんて…」
「尻は割れてますよ!」
医師はプッと吹き出した。笑いをとったつもりはなかったので、苦笑いをしてしまった。
昨夜、階段から落ちなければ今頃ジェルネイル検定の練習をしているというのに。昨日の午後の練習が、最後だったなんて…。もっと手順をしっかりと確認すればよかった。
診察が終わり迎えにきてもらおうと、姉に電話した。
「だから言ったでしょ!昨日はもうバイトは断らんばやったとさ!無理してから!」
姉の怒った声はあまりにも大きくて、スマートフォンを少し耳から離した。
「ごめんなさい!お迎えお願いします!」
たまたま火曜日の午前中に有休をとっていた姉は、自分の病院の診療に行かずに私の病院の送り迎えをしてくれた。本当に姉は病院に行かなくてよかったのだろうか。何科の病院に行く予定だったのだろう。
この診察で一番辛かったのは、尻が痛くて仰向けでは寝ていないのに、検査で仰向けの状態でいなければいけなかったことだ。
反対に一番ホッとしたのが、医師から尻の触診はあったが下着をおろさなくてすんだことだった。
姉が迎えに来る間に、処方箋を持って薬局に向かった。
先程の検査からさらに痛みは増した。まるで、呪いを二度かけられたようだ。
ヨチヨチと歩く様は、ペンギンに似ていると思う。中々前に進めない。
病院からだしてもらった薬は、痛み止めの錠剤と湿布、それだけだった。
骨が自然にくっつくまで待つしかないのだという。
骨は意外と脆い…。
どうりで歩くたびに、痛む、
ただ座っているだけでも誰かから尻をつねられているように痛いと思った。
もちろん、はっきり言っておくが尻をつねられたことはない。
くしゃみをすると、これがもっと痛い。
もちろんこれも襲撃されたことはないが、スタンガンで尻を攻撃されたような電流が流れるような痛みがする。
骨折していたらもっと痛いのだろう、そう思ったらヒビでよかったのかもしれない。
姉の車が来るまで、痛みを散らそうと頭を働かせた。SNSにこのことを報告することにしたのだ。
こんな投稿をしてみた。
[悲報]「ケツ論をいうと尻が割れました」
土曜日にぼんやりしながら階段を降りていたら、ツルンと落ちました(笑)
皆さま、ぼんやり行動しないように
お気をつけてくださいね!!
お尻が痛くて湿布を貼っていましたが(笑)
痛みがひどくなったので、病院に行くと
レントゲンやらMRIで検査。
もちろん尻痛で仰向けでは寝ていないのに
仰向けで検査!!
MRIは約40分…。
手は握りこぶし、股間にシワ
間違えた眉間にシワをよせて
痛みに耐え抜きました(;ω;)ぅゔ!
結果は尾骨の上の骨にヒビ!
骨は折れてないのに、こんなに
痛いものかとびっくりしてます!
骨が折れてなかったことにも安心しましたが、診察の時ケツ毛を見られなかったことにも安堵しました( ´ ▽ ` )ノ
ケツ意してください!
皆さま階段を降りる時は、裸足か手すりにつかまりましょう\( ˆoˆ )/
みんな人の不幸が楽しいらしい。
ほとんどの人が面白がって、「うけるね」のスタンプを押している。
中にはコメントで、「ケツの毛まで抜かれるけん、ギャンブルとかすんなよ!」
とあった、どんなギャンブルだ、物騒だなぁ、恐ろし過ぎる。
次の日には、たまたま見ていたテレビ番組で
タレントが、
「骨折は死んだも一緒」と嘆いていた。
なんてタイムリーな発言だと思った。
バイトも休まないといけなくなり、
ソファーの上で横向きで寝ながらジェルネイルの筆記試験を勉強した。
時には、映画を観たり本を読んでみた。
これはこれで楽しい。
まるで毎日が日曜日!と突然の休暇に喜び始めた。
ゴロゴロ寝転がる生活、三日が過ぎた。
飽きた!
外出したい!!カフェでコーヒーを飲みながら、ケーキを食べたい!!居酒屋でたこわさびを食べたながら、ビールを飲みたい!!
バイトに行きたい!!
バイオリンの練習をしたい!!
ジェルネイル検定の練習をしなきゃ!!
あと三日しかない!!どうしよう…。
私は、顔をしかめた。
尻の故障で寝たきり、のぼせてかっこよく言うならば活動休止になるなんて…。
あくまで趣味で勉強しているバイオリンも練習できないのだ。尻は大事しないといけない。
バイオリンは、一日練習しなかったら三日分遅れるというのにできないのだ。
高校二年生から習い始めたバイオリンは、
プロになるには遅い。これは承知の上だった
何か楽器が演奏できるようになりたかった。ただそれだけだったのに、難しい楽器を選んでしまったようにも思う。
きっかけは、一年前に亡くなった伯母の一言だった。
「みちるちゃんには、バイオリンが似合うと思うとけど、どがんかな?」
私にとってバイオリンは、高価なイメージのある楽器だった。それを似合うと周りが褒めだしたから、調子に乗って習いに行った。本当は、バスケ部を辞めた私に特技を持ってもらいたかっただけらしい。伯母は、バイオリンの発表会には毎年来てくれた。今年の発表会があった時は、伯母の小さな遺影を会場の椅子に母が置いたようだ。ステージの照明で、どこに家族がいるのかさえわからなかったが、弾き終えた時には目頭が熱くなった。十年続けて一人前といわれるバイオリンだ。まだまだ低レベルだが、その楽しさは発表会やライブに出るたびに増している。
「あー!問題集落とした!だめだ。痛い!」
私は歯をくいしばって、ソファーの下に落とした問題集を拾い上げた。