第11話 ミュージックイベントだ!
第11話 ミュージックイベントだ!
「これから、うちん店は、ノースモーキングやけんな!」
マスターが指でバツ印をして、皆に禁煙を呼びかけた。
「マスター、お気遣い、ありがとうございます」
姉と私は、頭を下げた。
「いや〜、めでたかよ!!レイコの結婚と赤ちゃんに、みちるの検定の合格!めでたかばい!おめでとうさん!!」
マスターと常連客が拍手をしてくれた。
今日は、ミュージックバーのイベントの日だ。
「そしたら、一人、一組、三曲しばりや!
順番を決めるクジば配るぞ」
マスターがクジの入っている箱を回した。
「みちるが引いて」
姉から箱をもらった。
「さ、みんなクジ引いたか?」
「はーい」
「ほーい、はい開いてー!」
マスターが指示した。
「わ!!お姉ちゃんごめん!トリだっ!」
「え?!まぢで?緊張するやん!私がクジ引けばよかった」
「レイコちゃんたち、トリ?いーやん、いーやん!本日の主役なんやけん!大丈夫さ!」
常連客のまさえちゃんが励ましてくれた。
「さ、今日はアイスコーヒーで乾杯や!こいは、長澤さんの分や」
「マスター、長澤さん、本当なら今日も来てたんですよね」
私は、奥歯を噛み締めた。
「あぁ。今ここに、幽霊なって座っとるけん!大丈夫大丈夫!」
「ははは」
マスターのジョークは、周りを明るくする。皆でしばらく長澤さんのことを、思い出した。
「長澤さんは、ニンニクの丸焼きば食べてきた後に、おいの店に来てな、おいの唇ば奪ってったとよ!もー、そいの、くさか!くさか!」
「マスターと長澤さんがキスー?!キモー!えー、でも見たかったし!!」
私は、手を叩いて笑った。姉やまさえちゃんなどは、腹筋が痛いと笑い転げていた。
今日のイベントには、6組きている。
一組一組終わるたびに、拍手を送る。
もうすぐ出番だ。手が冷たくなってきた。
私は緊張すると手が冷たくなる。
このままだとバイオリンが上手く弾けないため、持ってきたカイロで手を温めた。
「みちる、準備オッケー?」
「うん!調弦もしたし、大丈夫!お姉ちゃんは?」
「大丈夫。さ!ステージに行こう!」
「はい!リーダー!」
ステージに立つと、昼間でもライトが少し眩しい。私は、A線の弦に指を置いた。
姉が、ギターのボディでカウントを取る。
心の中でワンツースリーと数えた。
三曲終わると、マスターが大きな声で
「レイコー!みちるー!おめでとうー!!」
と拍手を送ってくれた。
姉はマイクを持って、
「本当に、ありがとうございます!」
と感謝した。泣きそうになったのだろう。声が震えていた。私は、深く頭を下げた。
イベントも終わり、そのまま店を開けた。
今日は、イベント後の常連客がそのまま残っていたため、注文を聞きに店中をぐるぐると回った。
閉店の時間がきて、店の外の電気を消した。マスターはテーブルを拭いている。
「マスター、今いいですか?」
「ん?どーした?」
「実はネイルサロンに勤められることになりました」
「おぉ!よかったな!!寂しくなるばい」
「え?」
「店ば辞めるとやろ?」
「いえ、ひなこも辞めたし、お一人じゃ大変じゃないですか。辞めたくないです!私、この店が大好きなんです!」
「みちる、お前の夢はネイリストやろ?これから、もっと勉強するんじゃなかとか?」
「でも…」
「お前がケツの骨折の時も、一人で切り盛りできたし、もともとおいの店は一人で始めたとやっけん、大丈夫ばい。お前はおいじゃなくて自分の心配ばしろ。な?」
「マスター…」
「昼はネイリストやって、夜は飲み屋で仕事なんて、いつ休むとや。野菜もちゃんと食べんばダメやけんな!」
「はい。マスター。うぇー野菜っ」
「なんが、うぇー野菜や!みちる、頑張れよ!」
「ありがとうございます!」
泣きそうになったのをぐっと我慢した。
「これからはお客さんとして、この店にきます!」
「おぉ!待っとるぞ!」
マスターと握手した。
洗い物が終わったあとのせいで冷たくて、分厚い手だった。