第10話 瞬く間に光った
第10話 瞬く間に光った
初盆が無事に終わり、終戦記念日がきた。
長崎の人間にとっては、精霊流しの日である。
昼間も家の前を精霊船が通る爆竹の音が聞こえ、テレビの音量が自然と大きくなった。
夕方になって、爆竹が頻繁に鳴り響く頃に家を出た。
「銅座町の入り口あたりにいれば、通るやろ。
ナナ姉ちゃんもついたみたい」
姉がスマートフォンを片手に、私たちを急かした。
「ストッキングとかレギンスは履いとらんね?」
母が家のドアに鍵をかけながら私たちの足をチェックする。
「大丈夫!」
私たち姉妹は声を合わせた。
精霊流しの時、爆竹を投げながら舟を押したり爆竹を投げる担当の人がいる。
それがもし足に当たったら火傷をしてしまう。
母はそれを心配しているのだろう。
毎年のことながら、足下に注意することを念頭において歩いた。
カフェや古本屋の前を歩いていると、見覚えのあるジーパンが目に入って持ち主の顔を見た。
ミュージックバーで一緒にバイトしていた、
ひなこだった。
私は母に、先に行っててと伝えた。
「みちるさん、あの…。すみませんでした」
ひなこが頭を下げた。
「うん。ひなこ、好きな物を自分から嫌いになる
ようなことしちゃダメばい。
自分を大事にするって好きな物を、
心から楽しんだり向き合うことだと
思うとさね。
あんたは自分で自分をかわいそうにしたとよ。
アロマは、ひなこの強みばい」
「はい、みちるさん…!本当に、本当にすみませんでした」
ひなこは涙を流した。
「元気でね」
「はい、みちるさんも…」
私はひなこの肩を優しくなでて、家族の後を追った。
体が軽くなったように感じた。
少し走ると、家族に追いついた。
家族は、ナナ姉ちゃんと既に合流していた。
「みちる!早く早く!あの舟だよ!あのでっかい舟!いっぱい写真がのってる!」
姉たちが、手招きしている。
葬儀屋が用意してくれた団体の精霊船は、大きくて立派な舟だった。
たくさんの種類の花の装飾がほどこされていて、名前と写真が敷き詰められていた。
「あった!あったよ!あそこ!」
ナナ姉ちゃんが、指差した。
楽しそうで美しい笑顔の伯母の遺影があった。
「おばちゃん!」
私たちは手を合わせた。
「良かった、良かった…!」
ナナ姉ちゃんが合わせた手を顔につけながら泣いていて、それを見た私たちも涙が止まらなかった。
「精霊流しの舟ば見るとね、やっとお別れができた気のするとやもんね」
母が、ナナ姉ちゃんの背中をさすりながら慰めた。
しばらく私たちは舟についていった。
爆竹の音や手持ち花火の光、火薬の香りが心地よかった。
旧県庁坂の手前で舟に手を振って、伯母と別れた。
伯母も手を振ってくれているだろうか。
坂を登る舟が見えなくなるまで、ただじっと眺めていた。
「そろそろ行こうか」
母の声がいつもより優しい気がする。
「そうだね」
私はそう言いつつも名残惜しくなって、もう一度舟を見ようと振り返った。
その瞬間、花火が上がった。
夏の花火にはあまりにも小さくて
でも、私にとっては大きな花火だった。