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第1話〜わたしの夢は、ネイリスト〜

*・゜゜・*:.。..。.:*・'あらすじ'・*:.。. .。.:*・゜゜・*


ネイリストを目指しながら、ミュージックバーで

バイトをする、みちる。

ある日、男性客とくちゲンカをした日に

階段から落ち尻を骨折する。

そのまま、ネイリストの検定試験を受けにいき

モデルの姉とともに試験に奮闘するが…。



第一話 バイト先にて、あいたたた〜!


「なんばのぼせあがっとっと?ここはあんたの歌ば聴きにきた客ばかりじゃなか!それに人の痛みがわからんようなあんたの歌なんて、うすっぺらかさ!」


 私はそう吐き捨てて、厨房へ走った。

爪を噛む癖がでてきたので、深呼吸をした。

ネイビーに塗った艶やかに光っているジェルネイルを指先で撫でた。


  私の勤めるミュージックバーは、客が自由にステージでギターやキーボードを弾ける。

料理は出さないが、乾き物と酒を提供する場所である。

来店する客は人気の曲から自作の曲を披露したり、マスターと話し込んだりしている。

まだ来客は五人ほどで、最近常連客になった長澤さんという六十代くらいの男性がギターを弾きながら自作の曲を歌っていた。

  他の常連客は、話に花が咲いて笑い声が響く。私ともう一人のバイトのひなこは、ステージの目の前に座ってマラカスを振りながら盛り上げていた。ひなこの笑顔は可愛い。私は、彼女の笑みで溢れた横顔に癒されている。

ミュージックバーは、ギターやキーボードを弾き語りで歌うも良し、楽器のみを弾いて他の客に歌ってもらうも良しなのだが、この日は長澤さん以外楽器を弾ける人がいなかった。

すぐ後ろの席で、ガタンと音がしたので振りむくと、常連の女性客が酒を飲みすぎたのか転倒していた。

口髭の白髪を触っていたマスターが、すぐに彼女に駆け寄って手を貸した。

転んだ女性客は、その痛みだけではないのだろう泣いていた。

他の客もマスターも、彼女の背中をさすったりして慰めていた。


「大丈夫ですか?」


  私は、彼女に声をかけた。

するとマスターが早口で、


「みちる、こっちはよかけん、あっちのお客様の氷ば足して」


「はい、マスター」


ウイスキーの水割りの氷を足そうと席に近づいた。

すると、先程からギターを弾いていた長澤さんが


「人が歌っとるときに関係ない話で盛り上がっとね」


 とぼそりと呟いて、演奏をやめた。彼は、倒れている女性を見ることもなく、楽譜をめくり続けていたのだ。


  私は氷入れを持ったまま、先程の言葉でまくしたてた。

 氷が溶けそうなくらいに、怒りで全身が熱くなる。

走って厨房に行き、冷蔵庫の前に立った瞬間、やってしまったと思った。

 だけど、怒りはおさまらない。


「みちるさん!」


 振り向くと、ひなこがグラスを持ちながら伏し目がちに声をかけてきた。


「今のはちょっと、長澤さんやっと常連になってくれましたし、あの…」


長澤さんのお気に入りのひなこが、困った表情をしているのをちらりと見た。視線を落とすと、ダメージの入ったスキニーのジーンズが目に入る。私は、返事をしなかった。

ひなこは、私が黙っているのでため息をつきながらカシスオレンジを慣れた手つきで作って出て行った。

 ひなこは大学四年生で、私の三歳年下だ。私が店でバイトを始める前から働いている。

 ひなこと私は、仲の良い方だと思っている。

よく共通の趣味のアロマの話で情報交換をしたり、好きな音楽の話をしたりする。

 だが、頭に血が上っている今は、ひなこにも当たりそうで無視してしまった。

いくつかグラスやビールジョッキを洗ってから、濡れたままのそれを入れようと冷凍庫を開け、先程の氷入れに氷を足す。

  少し遠くで、ひなこが謝る声が聞こえた。

冷凍庫の冷気が私の頭や顔に当たる。

私がしたことだ、私が謝りに行こう。

店内に戻ると、長澤さんはいなかった。


閉店時間になって、店頭の電気を消しに行った。

振り返ると、足を組んで座っているマスターがいた。

口髭にタバコの煙がゆらゆらと当たっている。

ひなこは先に帰ったようで、店には私とマスターだけになった。


「みちる、今度ここでイベントばするぞ、この前のお前が作ったポスターも上出来やった!今回は小さいイベントやから、ポスターは作らんでよかとけど、姉ちゃんと一緒にでらんか?」


「ありがとうございます!イベント、ぜひでたいと思います!ちなみにいつですか?」


「八月十五日の精霊流しが終わったあとの日曜日やな!」


「ということは、八月二〇日ですね!お姉ちゃんにも伝えときます!」


私はバイオリンを八年続けていて、姉はギターを弾く。何度かバーのイベントに参加したことがあるが、今回も出演していいそうだ。誰の曲を弾こうかと考えると、胸が踊る。また、ポスターを褒められたのもくすぐったかった。私は、絵には自信があった。ちなみに今しているジェルネイルも自前だ。夢であるネイリストになるために、雑誌の見よう見まねで塗ったものだ。


「マスター、今日は長澤さんに失礼な態度をとって、申し訳ありませんでした」


「腹立つのはわかったけどな、お客さんやけんな、まぁ気をつけてくれ、そいにしてもお前はやっぱり威勢の良かな!はっはっは!」


「すみません、はい、気をつけます」


やっぱり威勢がいいという言葉…。

マスターは覚えてくれているらしい。

前の職場で県外出身の先輩から、長崎は何もないと悪態をつかれて、それに対して、じゃあさっさと出て行けさ!と暴言を吐いた。

  マスターにこの話をした時、ゲラゲラと笑ってくれたのだ。けれど、職場に居づらくなって退職してしまい、マスターが拾ってくれたおかげでバイトをさせてもらっている。


  テーブルに置いてある空いたグラスを一つ、盆にのせた。これは、長澤さんが飲んだウィスキーのグラスだ。あれは言い過ぎた。とんだ失礼をしてしまった。

そう思いながらバーの片付けを終え、マスターに挨拶して帰った。

  店のドアを開けて階段をくだりながら、

ヘアクリップで束ねていた茶髪の長い髪をほどいて、手ぐしで髪を何度も触った。

髪の毛をつまむ指先をぼんやりと見つめると、クリアストーンが月明かりに照らされて輝いて見えた。


「キャ!」


階段、下から三段目から滑り落ちた。

何故か水がひいてあって、階段の1番下の側には花が植えてあるせいだろうか、かすかに甘い植物のような香りがした。

痛いし、ぬれたし、ズボン汚れたし…と、

泣きそうな気分だった。

 私は、その場にうずくまった。

深夜三時、土曜だが今日は人通りはない。

尻が痛む、ジンジンと痛んだ。

あまりの激痛で、体に力が入らない。

すぐには起き上がれなかった。

来週には、ネイリストに向けて必要なジェルネイル検定試験があるというのにだ。

手すりにぎゅっと掴まった。バイオリンで鍛えた指の力がこんな所で役立つとは…。ゆっくりと、時間をかけて起き上がった。


よろよろと歩きながら家に向った。ちっとも酔っていないのに、まるで酔っ払いのようだ。

何度も立ち止まり、激痛に耐えた。

  店がある古川町から、家は歩いて十分ほどだ。

  家についてドアを開けると、父のイビキが出迎えた。洗面所で、ネックレスをはずす。

今日着ていたエメラルドグリーンのトップスとストライプのワイドパンツに消臭剤でスプレーをした。

店でついたタバコの匂いを消してから、洗濯カゴに入れてほしいと、母から頼まれているからだ。

付けまつ毛を取った後、カラーコンタクトをはずしてクレンジングで化粧をとる。それから風呂に入った。

ベッドに入っても、眠れなかった。あくびすら出ない。

いつもなら、三秒から十秒で眠りにつけるというのにだ。

客に対してケンカを売ったことを思い出しては反省しただけではない、尻が痛んで中々眠れなかった。

それにまだ気になることがある。どうして階段に水が引いてあったのだろうか。花ってあんなに香るのだろうか。


痛い!痛い!痛い!


なんでこんなに痛いんだろう。

考えるのも辛くなって、まぶたを閉じた。


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