貴族の価値は
読んでいただき、ありがとうございます。
この物語が、皆様のひと時の無聊を慰めますよう。
指示された面会室前につくと、相手はどうやらすでに室内にいるらしかった。
曇り硝子の上、室内に衝立があるらしく、中を窺うことも声を拾うこともできないが、外まで漏れ出るような不穏な空気が足を進めることを躊躇わせた。
――暫し、扉の前で無意味に足踏み。
やりたくないことの一番に数えられそうな嫌なイベントに、これ、ほんとにやる必要のある事なんだろうか? などとうじうじ悩む。
が、トレヴィル卿の勧めとはいえ、やると決めたのは自分自身である。
ええい、ままよ。と、ノブを掴んで扉を大きく開けた。
「遅い!
兄を待たせるとは、いい身分になったものだな」
予想した叱責が第一声に飛ぶ。
衝立の奥で、微妙な間隔で20代を超えたばかりであろう男性が、二人並んで座っていた。
エヴァンの長兄と次兄。マルコとバチストだ。
「やあ、兄さんたちごめん。
トレヴィル卿のご厚意を受けて、魔術概論の講義を受けさせて貰ってたんだ。
やはり都会はいいね。段違いに高度な授業だ」
ずいぶん初歩的な講義だったと嘯いた口で、朗らかに真逆の台詞を吐く。
取り敢えずトレヴィル卿の威光を借りて、にこやかに後に続くであろう嫌味を牽制した。
狙いは当たったらしく、皮肉ろうとしたマルコの口がもごつく。
バチストの勢いも眼に見えて弱った。その隙を突いて二人の正面の席を陣取る。
バチストと別れたのは二年前、マルコに至っては四年前と今日の再会まで随分と間が空いたが、久方ぶりにみる二人の顔を改めて見て、思わず噴き出す衝動を堪えた。
体格はそこまで変わっていない。銃士隊で鍛え上げられたのか、さらにがっしりした感じが増した位だ。
だが、帝都に住んでお洒落を覚えたのか、判を押したような同じ形の口髭が上唇に蓄えられていた。
――はっきり云って、似合っていない。
お洒落の方向性が自分に合っていないと自覚していない時点で、なんと云うかお洒落に振り回されている感が半端なかった。
「取り敢えず、久しぶり。
…まずは、兄さんたち。何、その口髭?」
「これか?」自慢そうに整えられた口髭の端を、弾くような仕草で触れる。
「いいだろう。帝都の流行を頼んでみたんだ」
「…あぁ、そう。いいんじゃないかな」
流石に似合ってないとド直球に返すのも憚られたので、うやむやに言葉を濁す。
「は。どうせ、憧れのラフェール卿の真似だろう。
じゃなきゃ、俺の真似か? 口髭を整えたのも、俺が先だったしな」
バチストの侮蔑混じりの言葉に、マルコの頬が紅潮した。
「ふざけるなよ、バチスト。誰が、何時、真似をした?」
「あんただよ、兄貴。
流行に無頓着な割に、俺の後追いに真似をし始めて一丁前に色気づいて陰で嗤われてんだろ」
いや、アンタも大概だがな。
内心で盛大に突っ込むが、目の前の兄二人は末弟を置いてけぼりにして、剣を抜くかの勢いで喧嘩を繰り広げる。
正直、似合ってもない口髭ごときどっちが先かなんて、はっきり云って如何でもいい。
いや、この喧嘩自体、彼らの意図するところか?
銃士隊に入るかもしれない末弟のマウントを取って、どっちが上かを刷り込むみたいな?
もし、そうならかなりの心理戦をこの日の為に用意したものだと、感心の一つもしようものだが。
「色気づいたのは貴様だろう? バチスト。
酒場の娘に色目を使っているのは聞いている。
来期に準銃士となる俺の恥になるような生活態度は慎んでもらいたいが」
「4年かかって漸くだろう?
既に従者として身を立てている俺と、どこまでの差があるんだろうな」
「忘れるなよ。コリニー卿の下に付けたのは、俺の口利きあってのことだ
恩義を忘れて牙を剝くつもりなら、容赦はせんぞ」
…うん。ないな。完全にこっちを忘れて、舌戦に夢中になっていやがる。
そもそも、故郷でも頭を使うことは苦手にしていた二人だ。例え、マウントを取る作戦が目的にあったとしても、二人の脳から完全に消し飛んでいる事は明白だ。
本人たちは真剣なのだろうが、傍目には幼子もかくやと言わんばかりの浅い語彙の罵り合いは、息が切れることで取り敢えずの終わりを迎えた。
二人が椅子に座り直すが、微妙程度だった二人の間に明らかな壁が出来ていた。
トレヴィル卿からの提案である程度想像はしていたが、マルコとバチストの間には家督争いの溝が決定的な大きさで罅が入っているようだった。
まぁ、故郷にいるときから仲のいい二人とは云えなかったが、それでもある程度の交流はあった。…筈だった。
こほん。咳払い一つ、マルコが仕切り直しとばかりに再度口を開いた。
「…さて、久しぶりだなエヴァン。今期の訓練生として、貴様が入隊することをまずは祝わせて貰う」
あ、予感的中。俺も銃士隊に入ってくると思われてた。
誤解が広がる前に訂正しようと口を開きかけたが、先んじてマルコが立て板に水の如く捲し立てる。
「だが、先に釘を刺しておくが、カステルモール家の宝珠『シャルル』は、長兄であるこのマルコが既に父上より受け継いでいる。
つまり、バチストと貴様にカステルモール家の宝珠が譲られることは無い」
誇らしげに胸を張りながら、スリンガーに吊るされた長銃型の魔導器を見せつける。
バチストが忌々し気に舌打ち。目を逸らしたのは己が手に入れることの叶わない貴族へのチケットを、マルコがすでに持っているという現実を直視したくなかったからであろう。
「しかし、貴様とてカステルモールの血を継ぐ一人である。
殊更に恩を着せる気はないが、貴様が望むなら私が懇意にしている銃士の方に従者として仕える事が出来るよう取り計らうのも吝かではない」
盛大に恩を着せるつもりだろ、それ。
成る程。バチストの従者就任は、マルコが推した訳か。
自分の地位を確定させるために別領地の銃士に従者として追いやって、自身の発言力を高めるために精神的な足枷を嵌めたって処か。
うまく出来すぎている。マルコが考えた策って訳じゃないだろう。
ってことは、銃士達の間で次男以下を従者として融通しあい、人数を確保して最終的には派閥を起ち上げる一連の流れがパッケージプランとして完成されている可能性がある。
ちらりと横目でバチストを見てみるが、従者としての現状に疑問を抱いていなさそうに思える。
「…うわぁ。えげつな」
思わず零した独白に、承諾の意思と見たのかマルコが勢い込む。
「ふん。では同意という事だな。
まあ安心しろ。貴様は武芸より学問をよく修めた。
従者としては、其方の方が引き出しとして喜ばれる。
私の命をよく利けば、決して悪いようには…」
「あぁ、ごめん。兄さん。
父上にも宣言はしたんだけど、俺は銃士隊に入らないことにしたんだ」
相手の話を断ち切るのは下策と知りつつ、マルコの台詞の端に割り込む。
気分は害されるだろうが、このまま誤解が続くよりマシと判断した結果だ。
「…何?」
懸念通りマルコの鼻筋に皺が寄る。
「どういう事だ。貴族に残れる可能性を捨てる積もりか?」
「うん。
俺は、貴族に残れそうにないからね。潔く平民となるよ」
「ち」舌打ち一つ。
「貴様が入隊すると思っていたからこそ、私も方々に掛け合ってやったんだぞ。
私の面子を潰すつもりか」
あんたの面子なんざ知らねぇよ。そう言ってやりたいが、後々拗れるのも困る。
どう言い繕ったものか思考を巡らせるが、穏便に済む台詞がない。
結局、のらりくらりと言葉尻を捕られる前に、逃げに徹することに決めた。
「まぁ、決めたことだし」
「貴様の決定なぞ知るか。次期カステルモール家当主の決定に従い、銃士隊に入隊して私の麾下へとはいれ」
わぁ、もう当主気分かよ。
バチストの視線が凄いことになっている。何しろ、未だ正式な爵位の譲渡は行われていないのだ。
当然バチストにとってみれば、マルコの次期当主宣言はかなり赦し難い暴挙となる。
だが、マルコが宝珠を持っているという事は、必然的にマルコの次期当主決定はほぼ本決まりになっているという事もまた事実。
バチストに口出しが許される筈もなく、ただ両肩を小刻みに震わせるだけに終わった。
ただ、バチストは兎も角、エヴァンには発言の余地は許されている。
必死に思考を巡らせながら、表面上は努めて何もないように装いながら肩を竦めて見せた。
「…俺の判断は、父上も認めたものだよ。ついでに言うならトレヴィル卿にも認められている。
俺は貴族の慣習に通じている訳じゃないけどさ、兄さんの決定は、この二人の決定より優先されるものなの?」
もちろんそんな訳はない。
自身の無知を仄めかしながら、相手の詐欺じみた強引なやり方をチクリと皮肉ったのだ。
案の定、痛い処を突かれたマルコは舌打ちを繰り返しながらこちらを睨め上げてきた。
たかだか使い潰せる小間使い一つが手に入らなかっただけで、其処まで根に持つなよと思うが云えば泥沼になりかねないので表情だけは必死に平静を保った。
「…そんな訳はない」
「じゃあ問題ないよね。
心配しないでよ。俺は貴族になる積もりが無いって言いたかっただけだし」
努めて事務的に、言葉を続ける。
「銃士隊にも、近寄ることは無いと思う。
…よっぽどの事がない限り、これで顔を合わせることも無いんじゃないかな」
「そうか。
では、根回しが無駄になった謝罪は、こちらでしておくとしよう。
余計な仕事を増やしてくれた貸しは、何処かで返して貰う。憶えて置け」
「拒否させて貰うよ、兄さん。
それは兄さんが勝手に増やした手間だ。俺が返すのは筋違いというものだろう?
それとも、平民となる俺に無暗に借りを押し付けて首を回らなくするのは、兄さんの流儀かい?」
「無駄に舌を回すな、エヴァン。
貴族の下命に従うのは、平民の義務だろう」
「道理の通る下命には、ね。
それでも納得いかないのなら、カステルモールの家督争いから俺が手を引くのがその借りの代価と思ってくれていいよ」
「…ふん。いいだろう。吐いた台詞は戻せんぞ。
これが今生の別れだろう、達者で暮らせ」
やはり、その言葉が欲しかったか。
言質を与える目的は果たした。細く息を吐いて席を立つ。
「これより先、私との兄弟の縁は切れる。
――これ以降、私と会った際は私の事はカステルモール卿と呼べ。平民が貴族に対する最低限の礼節は守れ」
「…分かりました。それでは失礼します、カステルモール卿」
それまで、興味のなさそうな表情で遣り取りを見ていたバチストが口を挟む。
「俺も貴族籍から籍を抜いていない。俺に対しても卿は付けるように」
「バチスト兄さん、卿は爵位か宝珠を継いだ者に対する敬称だ。
兄さんに対して卿は付けられないよ?」
「く。…それでもだ!」
ほぼ、子供の我儘としか思えない台詞。
対処が面倒くさいが、如何すべきか。まぁ、妥協点は一つしかない訳だが。
「…じゃあ、バチスト様、と呼ぶようにするよ。
それでいい?」
満足そうなバチストの首肯を受けて、俺は二人の顔を見る。
もう会うこともあるまい。いい記憶などない二人であるが、血縁関係が切れるとなればそれはそれで感慨深いものがある。
だから、最後に忠告を一つ残す事にした。
「兄さんたち、これはただの独り言だ。聴く気があろうがなかろうが構わない。
忠告と取るのも、妄言と取るのも兄さんたち次第だ。
――多分、貴族制度はあと百年も続かない。その後に来るのは良くて革命、悪くて共倒れの内乱だ。
今の内から対処を考えておかないと、数代往かない内に系譜が途絶えることになるよ」
二人の執着しているものが価値を失う事になるという予言に、二人は不快さに表情を歪めた。
だが、焦りはない。
こりゃ、云うだけ無駄だったな。
折角の忠告がゴミと化したことに落胆した。
「待て。
――一応、理由を訊いておこうか」
意外。俺の話を聞く気は有ったか。
「簡単な話だよ。
貴族、平民を含めた国内の総資産と国内総生産の年間推移率を出して、割っただけ。
国内の資産がどんどん減少してるんだ。何とかしないと一人当たりの保有資産が百年後に危険水域に達する事になる。
もうちょい情報があるなら詳細が出せるけど、片手間の試算だし誤差は結構あるよ」
「――なら、百年以上の可能性もある訳だ。
…驚かせるな」
百年以下の可能性も充分ある訳だが。この二人にそれを指摘するのは酷と云うものか。
無駄になった忠告を続ける努力を止める。
頭を軽く振って、手を挙げて離別の意思を告げた。
無言の離別となったが、結局、双方に惜しむ声は上がらなかった。
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オリヴィエ・アトス・ラフェールは、苛立ちの感情のままに本営の一階廊下を歩いていた。
軍靴に裏打ちされた鉄鋲が、リノリウムの床に打ちつけられて高らかな音を響かせている。
本来、軍靴で本営を歩くことは禁じられているのだが、緊急事態であったため違反については多少の目溢しを貰っていた。
苛立ちの理由は、先のピカルディー地方の貴族同士が境界線を賭けて決闘した事に有った。
オリヴィエ自身は決闘に対し、そこまでの嫌悪感を感じたことはない。
貴族にとって決闘とは花形の象徴であり、高貴なる交渉術の一つに数えられているからだ。
そこに異論はない。実際、オリヴィエ自身も決闘をこなして現在の地位を築いた自覚はあるし、決闘の結果が保証されているからこそ現在の貴族社会が辛うじて維持できている側面が確かにあるからだ。
ただ、その決闘の結果がひどく悲惨なものになってしまったのが、今回の問題で頭を抱えることになった原因を作ったのだ。
敗者は死亡。勝者は命こそ拾ったものの利き腕を喪った上、一生を車椅子で過ごすという惨憺たる有様になったのだ。
加えて、何方かが使用した固有魔術が大規模火災を生み、一帯の森林と畑を焼き払ったのだ。
予てより決闘制度に批判的であったリシュリュー枢機卿が、決闘そのものの禁止を求めて暗躍を始めていたが、決闘禁止令を否決できないほどの攻撃材料となってしまったのだ。
ルイ13世の治世下に於いて仏蘭西帝国の派閥は、大きく王党派と枢機派の二つが存在していた。
皇帝と近衛銃士隊が取り纏める王党派は制度に対する決定権を握っているが、枢機卿が擁する枢機派の方が派閥としては大きく、ルイ13世はリシュリュー枢機卿の要求を呑まざるを得ない状況が出来上がっていた。
だが、決闘禁止令を認める訳にはいかなかった。内外の問題が大きく、現在の裁判制度を最低限維持する人員すら整っていないのだ。
決闘を禁じられたら、それこそ何でもありの非合法の暗闘が倍増することは目に見えていた。
無論、ただ手を拱いて状況を見ていたわけではない。ピカルディーの調査にはオリヴィエの腹心に加え、親友のイザークを送り込んだし、弁論に長けた銃士を多く確保した上で問題に望んでいた。
…まぁ、理想通りの結果が返ってくると保証された訳でもないのだが。
来週の弁論会までに情報を集めたいのだが、その進捗も良いものとは云えないのが現状であった。
仕方がないのだろう。伯爵以下の貴族など、聞こえはいいが碌に勉学に打ち込んだことのない脳筋ばかりだ。
実際のところ、決闘などの力比べでしか他者との優劣を図れない人種の集まりが、貴族社会というものだった。
尽きぬ悩みに頭を痛ませながら歩いていたのがダメだったのだろう。教練場から入ってきたエヴァンと正面衝突を果たしてしまった。
折角纏めた資料が深緑の床に散らばる。
その瞬間、溜め込んだ鬱憤が心の何処かで堰を超えたのを自覚した。
「あぁ、申し訳ありません」
エヴァンは言葉少なにも謝罪をして、散乱した資料を掻き集めた。
「どうぞ」
「…あぁ」
「では、これで」「待ちたまえ」「?」
踵を返そうとしたエヴァンを呼び止め、怪訝そうに振り返った相手の身なりを素早く見極める。
一定の所作は鍛えられて整っているのが見て取れた。銃士隊の隊舎内に居た事からも、貴族の出である事は確定。軍の払い下げと思しきジャケットコートは、南部の田舎者が好むと聞いた事があった。
宝珠を持っているものは好んで見せびらかす向きがあるため、宝珠持ちではない貴族の次男以下辺りか。
時期は外れるが、銃士を目指して上京した枠狙いといった処か。
そこまで見極めて、エヴァンに自身の鬱憤をぶつけることに決めた。
「上位貴族に対する礼儀を知らないようだな」
「…申し訳ありません、と謝罪は致しましたが?」
不穏な空気に身構える。
「上位貴族に、だよ。貴家の家格は何だい?」
「――…騎士爵です」
「成る程。昨今の田舎者は、伯爵位への敬意というものも無いと見える」
歴然とした家格の差に、緊張が走る。
ここまでの差があると、騎士爵など平民とさほど変わりはしない。
ある程度の理不尽な理由すら、問題にもならず圧殺される可能性も有る位だ。
「…重ねて謝罪を。注意不足でした。
――ご寛恕願います、卿」
双方にとって不幸だったのは、礼儀に対する認識のすれ違いがあった事だろう。
オリヴィエは仏蘭西式の礼儀作法を修めており、その所作をエヴァンに求めていた。
ただ、エヴァンが学んだ礼儀作法は英吉利式であったのだ。
何方が悪いという訳ではない。百年戦争の時代より、英吉利は交流があっても潜在的な敵国という印象が根付いていたというだけだった。
その歴史の結果、仏蘭西の貴族が仏蘭西の貴族に英吉利式の礼節を見せるのは、宣戦布告の暗喩であることをエヴァンが知らなかった。それが最大の不幸だった。
「…巫山戯てるのか?」
一気に二者間の空気が冷え込む。
「は?」
盛大に地雷を踏み抜いた事に気付いていないエヴァンの困惑を余所に、オリヴィエの激高が天井知らずに熱を帯びた。
「いいだろう。貴君がその気なら、否やは無い。決闘と洒落込もうではないか」
「はい!?」
オリヴィエとて言いがかりでエヴァンを嬲る腹積もりでいた自覚はあるが、飽く迄もそれは舌戦によるいじめに過ぎない。
上位者による下位への理不尽な気晴らしとしては、日常的なものの中でも他愛ない部類に入っている。
だが、明確に宣戦布告をしたのなら、話は別だ。
高揚する怒気のままに、一方的に話を続けた。
「場所はシテ島の南東部、カルム=デショー修道院の跡地。
時間は正午。立会人はこちらで立てる。
――構わないな?」
「かま!? 構うわ!
いきなり何でそんな話になる!?」
エヴァンからしたら、謝ったらいきなり決闘騒ぎになったのだ。
理不尽の極みにも思える状況に、感情が振り切れた。
流石に身分差を忘れてオリヴィエに噛みつく。
しかしその勢いにも、聞く耳を持たれなかった。
「田舎出の枠狙いに、貴族の闘いを教授してくれる!」
結局、そう吐き捨てて怒りの表情のままに足を止めず去るオリヴィエを、呆然と見送るしかなかった
TIPS
貴族の名前の構成について。
仏蘭西貴族のフルネームは、3節で基本的に構成される。
個人名・ミドルネーム・ファミリーネームと別れているが、ミドルネームの構成を本作独自の設定に変えています。
貴族の身分を物質として保証しているのが宝珠であり、宝珠にはそれぞれ銘が打たれています。
そして、ミドルネームには宝珠の銘が付けられることになります。
たとえばエヴァンの長兄であるマルコが所持している宝珠の銘は『シャルル』、故にカステルモールのミドルネームはシャルルとなる訳です。
宝珠の銘の由来ですが、カステルモール家の初代の名前からきています。
基本的に、一つの貴族系譜に対して一つの宝珠と決まっている為、貴族として残れる椅子は一つしかないという寸法です。