エピローグ 謎は密やかに貴方に侍る
此処で本作をいったん完結とさせていただきます。
作品として様々反省がありますが、最大の反省点を上げるなら文章のテンポを落ち着かせる事が出来なかったことが挙げられます。
文章の推敲は出来る限りやってきた積もりですが、前後でかなり表現が違っていたのも反省点です。
作品として、締めをクリフハンガー方式で引かせていただきました。
現在、オリジナルで新しい物語を綴っておりますが、この作品の続きを望まれる方がおられれば、さらに次で書いていこうと思っています。(回収できてない伏線が沢山あるので)
この作品を終えるのに7ヵ月くらいかかっているので、次回作の投稿にも半年くらいかかるでしょうか。
もし、作者の作品を気に掛けて頂けるなら、これ以上の幸甚はございません。
それでは、一章エピローグお楽しみください。
巴里の朝は、伝え聞く霧の街に負けず劣らず霧が濃い。
漸く射し込み始めた朝日が、霧にぼやけて辺りを乳白色に染めていた。
スラムでこの時間は流石に人通りもまだ無く、エヴァンは自室前の階段で深酔いに重くなった頭を抱えていた。
巴里に来てからトラブル続きであったが、昨日は久しぶりに随分と愉しい酒だったため、ついついと深めに過ごしてしまった。
体調が崩れたからか変に早く起きてしまい、残った酔いを醒ますために階段で座り込んだのだ。
眉間に親指を当てて、意識を保つ。
困った。目は覚めたものの、眠気は僅かに残っている。
酔いが残っているせいか、翌朝になっても奇妙な状態は続いていた。
「あれ? …エヴァンさん、ですよね?」
少しでも体調がましになるまで座っていようと決めたとき、聴いたことのある女性の声が虚ろな意識を現実まで引き上げた。
視線を上げると、そこには2日前に出会ったばかりの女性が愛想の強い笑みを浮かべて立っていた。
「…あぁ。コンスタンスさん、お早うございます」
紅い光がきらりとよぎった気がしたが、見間違いのようで、霧の奥から歩み寄ってきた姿は蜂蜜色のセミロングによく晴れた空のような蒼い双眸の記憶にある通りの女性だった。
エヴァンの近くに寄ってくる途端、顔を顰めた。
「わ、お酒臭い。エヴァンさん、何時まで飲んでたんですか?」
「10時かな? …そこまで遅くはないよ」
「充分、遅いですよ。比較的治安はいいとはいえ、ここらはスラムなんです。気を抜いていたら、バッサリいかれますよ」
何を? とは訊きにくいその言葉に、どう返したものか。
返事の代わりに、苦笑いしか返すことはできなかった。
結局、話を逸らす曖昧な言葉しか、捻りだす事はできなかった。
「えぇと、ボナシューさんはまだ来てませんよ。流石に朝も早すぎます」
「はい。早く来すぎちゃいましたね。私も少しここで待っています」
見目のいい女性と語らうには、やや体調が思わしくないが、それでも役得に少し酔いが浅くなった気がした。
「職探しは、どうですか?」
再び放たれた応え辛い質問に、苦い笑いが引き攣る笑いに変わった。
考えてみれば、巴里に来てから職探しなんてしていない。
何の根拠も無かったが、巴里に来れば一両日中にはそれなりの職の当てが見つかると思い込んでいたのだ。
しかしまぁ、蓋を開けてみれば、一両日中に決闘を吹っ掛けられて吹っ掛けて、挙句の果ては警邏隊と殺し合いである。
状況の激変具合にも、程ってもんがあるだろうに。
「…中々、上手くいかないもんですね」
「あはは。大変さは、心中お察しします。
余所から来た人は知らないかもだけど、巴里の職って基本は伝手で見つけるものなの。
大工の子は大工、商人の子は商人。中央のビジネス街はまた別だけど、あっちは学歴と資格重視で最低でも大学出が求められるから、お金がかけられる金持ちの子供しか就職ができないわ」
え? 思わぬ情報に、一気に思考が覚醒する。
「ちょっと待った。俺、会計士希望だったんだけど、これは何処に行けばいいんだ⁉」
「会計士? あー線引きが曖昧かなぁ。
商会かビジネス街の会社だけど、商会なら当然、伝手が必要ね。
ビジネス街なら大学か、最低でも会計関連の資格を持っていることが最低条件よ」
「…………………幾らくらいか、知っている?」
「ごめんなさい、流石に畑違いだから知らないわ。
だけど、金貨で百枚は要るんじゃない? あと、銀行が推し進めている紙幣での取引ができるのも条件だと思う」
「紙幣?」
「金貨しか対象になっていないけど、お金の代わりをする銀行の保証券。2年前に導入が始まったから、まだ、巴里でしか出回っていないわ」
初耳の情報に、重い頭が偏頭痛を覚え始めた。
高等学問を修めているとはいえ、田舎の偏った知識を土台にしている分、出てくる結論が時代遅れか明後日の方向に飛んでいる可能性がある。
特に紙幣の情報は拙かった。詰まるところ、資本を情報に変換することが可能になったということだ。
――ざっくり云うならば、嵩張る金貨をより軽い紙に、究極的には物質を情報に変換することで資本移動の高速化を狙うのがその目的なのだろう。
つまり、エヴァンの知識は時代遅れか役立たず、早急に新しい知識を吸収する必要がある。
――そして、そのための資本がない。
……………詰んだ。
「あ、あのさ……」
無言で轟沈した目の前の男を見て、流石に憐れに思ったのか、コンスタンスが助け舟を出した。
「取り敢えずの職でよかったら、後日、紹介してあげられるかも、だけど………」
見目の良さも相俟って、コンスタンスが女神さまに見えた。
有無を云わさず、がっしりとその両掌を包み握る。
「よろしくお願いします‼」
「う、うん…」
その迫力に若干引いた面持ちで、コンスタンスは何とか頷いた。
―――――――――――――――――――――――――――――
「………これは?」
魔術刻印室でエヴァンから差し出された羊皮紙を見て、ヴィクターは胡散臭げに相手を見た。
「契約書だよ。すまんが、これから鑑定してもらう宝石は、厄介事の種になる可能性が高いんだ。
念押しに気分が悪いのは重々承知しているが、他言無用の保証が欲しい」
「………真逆とは思いますが、違法な経路での入手品じゃあないですよね」
宝石は、金貨よりも嵩張らないが、その数倍高額だ。
その特性は、密輸や脱税に打ってつけである。特に、昨日は金がないと言っていた男が翌日に用意するとなれば、盗品を疑われても仕方が無い。
「違うんだが、…まぁ、疑われても仕方はないな。いいよ、契約書に盗品をはじめとする違法な入手物でない旨を記載しておく」
「云いたかないんですが、あのですね、その契約書には意味が無いですよ。言葉だけを書き連ねるただの紙切れでしかない。羊皮紙はわりかし高値ではありますが、契約内容を担保するものがないんです。担保もないのに、保証しても仕方ないでしょう?」
「…君は宝石工房の師弟と聞いていたが?」
「…えぇ。末席ではありますが」
「では、術式に詳しくない?」
「魔術式は、一般構文のものを一通りは修めてます。何か問題でも?」
その返しに、シモンズが嫌がらせで、目も掛けていない弟子を押し付けた事を理解した。
まぁいいか。何となればエヴァン自身で鑑定すればいい。ここに来たのは、器材が欲しかったからだ。
「もう少し、魔術式の知識を深めておけ。一般だけだと、表面の術式しか読み取れないから、半人前以下としかみられないぞ」
「なっ⁉」
「誓約」言い募ろうとするヴィクターを、言葉で遮る。「魔術にだっていろいろある。刻印魔術は最近になって一般に広まり始めたが、刻印魔術自体は昔から存在している。
そもそも、刻印器で魔晶石に刻印するだけが刻印魔術じゃあない。当然、その走りだって存在する。契約書で誓約を交わすことで、相手の行動を縛る契約魔術だってその一つだ」
云いながら、羊皮紙の縁に指を這わす。四隅が僅かに輝き、隠されていた魔法陣が姿を見せた。
自分で作れない事も無いが、時間がなかったので、今回は師匠が遺したものを流用したのだ。
……ぶっちゃけ、こんな間に合わせに使用を思い切れるほど安いものじゃない。
ここまで小さな魔法陣で誓約を発動できるなど、エヴァンには不可能な所業なのだ。
「解ったろ? 俺の契約書には担保は必要ない。強いて言うなら、お前が担保なんだ」
「ぐ、」どこぞの三文小説でも見ないような音を喉で鳴らし、逃げ道が無いか左右を見る。当然だが、ある訳ない。ここまで聞いてしまったのだ、契約しないと自身の将来の信用度に直結する。それが判っていても、迷いに迷う。とは云え、結論は結局のところ一つしか残されていなかった。「…契約内容の確認はさせて貰いますよ」
勝った。
あまり意味のない勝利に浸りながら、犯罪に関わっていない旨を項目に付け足してヴィクターに寄越す。
やられっぱなしで癪に障るのだろう。無意味なほどに条項を見返す。
たっぷり30分、時間を掛けるだけ掛けてからヴィクターはサインを入れた。
残った空欄にエヴァンのサインを入れ、掛けた時間にしてみればあっけないほどの軽さで契約は完了した。
「…じゃあ、仕事の話に入りましょうか」
首肯を返し、モデスティから宝珠を抜こうとした時、閉じた扉の先が無性に気になった。
窃視の魔術などは掛けられていない事は確認済みだが、魔術に頼らず中の様子を探る手段はそれなりに存在する。
『漆闇を透す瞳』で壁の裏側に潜む存在の有無を探ることも考えたが、それなりに大きな宝石工房の内部で魔術を行使するのはリスクが高すぎて諦めざるを得なかったのだ。
一番薄いのは、入ってきた扉だ。
「…これの鑑定を頼む」
手元を見ずに宝珠を抜きとって相手に渡す。そのまま、扉の前に陣取って、向こう側の気配を探れる姿勢を取った。
「これ、…って宝珠じゃないですか! 真逆、これの鑑定を⁉」
「云っとくが、犯罪じゃないぞ。笑い話にしかならんが、拾ったんだ」
「はぁ⁉ しかもこれ、契約済みですよね? 契約者は?」
「俺だ」
「契約書、ちゃんと結ばれてますよね? 魔術が効いてないとか? 犯罪臭しかしませんよ」
「云わんとする事は理解するが、ちゃんと契約魔術の効力下だし、拾得の段階じゃあまだ犯罪じゃない」
「つまり何ですか? 未登録で未契約の宝珠を偶然拾って、成り行きで契約しちゃった、と?」
「そうだ」
「…アタマ、大丈夫ですか?」
「ぶん殴るぞ⁉」
確かに有り得ない出来事が重なって現状が生まれている訳だが、そこまで云われる筋合いは無い。
「兎に角、事件性が無い事は約束する。ついでに、俺が持っていても厄介事にしかならん事も理解している。
俺だって、速やかに本来の所有者に返還したいんだ。
だが、手掛かりが少ない上に、周りに訊いて回る訳にもいかん。
だから、宝珠内部の術式を観て、術式の癖から宝珠の工匠を辿りたいんだ。
結構大粒の翠玉だし、任せるにしても無名の工匠に預けるとは思えん。手掛けるなら………」
「ちょっと待て! 翠玉⁉」
驚きと云うより困惑の強い声に、続く台詞が遮られる。
警戒していた扉から視線を外して、ヴィクターに戻す。
蛍光灯が放つ人工の白色光に満たされた魔術刻印室の内部、彼がその手に持っている宝珠は、紅く揺らぐ輝きを宿していた。
「…紅玉?」
「アンタ、その若さでボケてんの?」
云われてむかっ腹は立ったが、何も云い返せなかった。
幾ら何でも翠と紅を見間違えるなど、流石に自分自身でもどうかと思ったからだ。
「まぁ、あの時は暗かったし焦っていたからなぁ」自分でも苦しいと思う弁明を捻り出す。「見間違えても仕方ないか」
呆れた視線を努めて無視しながら、掌をぱたぱた扇ぐように鑑定を急かす。
これ以上この話題に触れられたら、自分のプライド的になんかやばいような気がしたからだ。
流石に空気を察してくれたのか、これ以上突っ込むことなく分光器に宝珠をセットする。
「んー。屈折率は鋼玉よりも浅いな。紅玉じゃない。
……緑柱石に近いけど、それだと少し深い。
彩度は浅い。けど、透度は高いから魔晶石として好まれる」
分光器から外して、灯下机に移る。
「研磨はかなり丁寧。俺からしても、かなりの名匠が手掛けたと断言できる。…けど」
視線を上げて、エヴァンを見据えた。
「近年の作じゃないと思うよ。誰かまでは判んないけど、相当、昔の作品だ」
「根拠は?」
「切除だよ。かなり昔に流行った切り方だ。
現代の流行りは放射面を重視するのに、こっちは契約者の技量次第で良くも悪くもなる方向性を取っている」
宝石の流行りなど知らなかった。やはり、鑑定をしておいてよかった。
「どれくらい昔だ?」
年代が判るだけでも収穫か。
「この切除なら、最後に流行ったのは80年前だね。術式を観るけど、…良い?」
「…あぁ」
多少、逡巡があったものの、許可を出せたのはヴィクターが一般構文しか読めないと云っていたからだ。
内部の術式が読めなかったら、本来の所有者の勘気を被ることも無いだろう。
許可を貰って刻印器に宝珠をセットする。術式を記述するのではなく、宝石の強屈折率を修正して内部術式を読むために必要だからだ。
「う…んー」
「読めるか?」
「無理。……凄い複雑だ」けど、と困惑のまま顔を上げる。「なぁ、これ本当に契約できたのか?」
「どーゆー意味だよ」
「これ、宝珠としては完成されてないんだよ。放射面に繋がる転換用の魔法陣が刻印されてない」
その説明で、エヴァンも宝珠が完成されていないと判断した理由を理解した。
数式で云うならば、等号に当たる部分が無いという事だ。
だが、それでも実際に契約できたし、魔術行使も問題なかった。
結局どういう事か。疑問がさらに積み重なったが、問題ないなら問題ないと、疑問に蓋をする。
「…まぁいい、どのみち、術式は読めないだろ。他に何かないか?」
「何かって? …まぁ、やっぱり昔の作品だと思う」
「なぜ?」
「刻印の点が粗いんだ。此処まで粗い奴は100年近く前の刻印器じゃあないかな」
点の精度は術式の記述容量に直結するため、この部分の投資をケチる莫迦は居ない。刻印器を使い慣れている宝石工房の師弟が、点の精度から年代を断言するならそうなのだろう。
「そうか」
「他にはー、…あ、これ」
「何だ?」「ちょい待ち、描き出す」
刻印器から視線を上げずに、下書き用の方眼紙の目を埋めていく。ややあって、描き終えたヴィクターは記入した部分を破ってエヴァンに渡した。
「術式とは関係ない部分にそれが有った。こういったもんには、作者の筆跡か家紋を記入するってのが定番だろ」
描かれていたのは、盾の中に何かの意匠。
「…花、か?」
「うん。後は、筆跡か宝珠の銘。どっちかは判らないけど、銘なら紋章院で登録を尋ねる事が出来る。筆跡なら判らない。工匠の有名処は結構知ってるつもりだったけど、この名前は聴いたことないから」
「…そうか。なんて書いてある?」
「焦点合わせといた。…どうぞ」
ヴィクターから譲られた席に座り、刻印器にセットされた照準器を覗き込んだ。
屈折を修正された紅い光の中、浮かび上がるその部分を呟くように読み上げる。
「…ダルタニアン、か」
―――――――――――――――――――――――――――――
不意に肩を揺さぶられて、意識が現実に浮上した。
昨日の宝石工房でのやり取りを思い出している内に、浅い眠りに捕らわれていたらしい。
此処は何処かと考えてから、直ぐにシテ島内に在る紋章院に訪れていたのだと思い出した。
紋章院は、貴族の家紋、牽いては貴族の系譜を管理する場所であり、貴族と云う身分を証明する機関でもある。絶対原則として宝珠は紋章院の登録を通らねばならず、未登録の宝珠は隠し持つだけで重科犯罪になる。
拾得した宝珠の本来の所有者を探すために、エヴァンは此処を訪ねたのだ。
家紋の特徴である盾にアマリリスの意匠に加え、宝珠の銘か作成者の筆跡と思われる『ダルタニアン』の文字を告げて、結果が出るまでロビーで待たされることとなった。
手掛かりが少ないからか、やはり照会に時間がかかる。待ち続けて数時間。
どうにもやはり、残っていた睡魔が悪さをしたようだった。
少し靄のかかった思考のまま視線を上げると、受付で担当として紹介を受けた男ではなく、エヴァンの目から見ても上質の背広を着た男性が姿勢よくお辞儀をしてみせた。
………何で?
騎士爵の三男。つまり、殆ど平民であることは訪れた当初に告げてある。
こんな礼を尽くされる謂れはない。
「申し訳ありません。少しもたついて醜態を晒したので、担当を変わらさせて頂きました。当課の課長を務めておりますクレモンと申します」
「……はぁ」
醜態なんてあったか? よく分からないその台詞に返せたのは、曖昧な生返事だけだった。
それよりも、と照会の結果を尋ねる。
「はい、子爵位の継承は滞りなく終えております。本日のご来院の目的は権利関係の確認でしょうか? もしそうであるならば、弁護士の紹介もさせて頂きますが。
……ブラジュロンヌ卿」
聞いた覚えのない名前と卿の敬称に、寝惚けた思考が一気に鮮明になった。
この男、俺を貴族と勘違いしてやがる。
ちゃんと騎士爵の三男と明言したのに、何処でどう情報が錯綜したのか過程が全く解らない。
とまれ、誤解は早々に解かねばならない。
確かにまだ貴族籍ではあるが、卿なんて呼ばれるような身分になった覚えはないし、そもそも、ブラジュロンヌなんて聴いた覚えもない。
下手にこの話が漏れれば、不敬や侮辱ととられかねない。
それこそ、昨日よりもはっきりとした決闘の理由となる。
「あの、何か勘違いされてますよ。
私はそんな高貴な身分ではありません。それは他の来院者の要件では?」
「他の来院者? あの、本日来院されている方は子爵だけです。間違えようが無いです。
あぁ、もしかして一族としての継承はまだだから、公的に名乗るのは許されていないという事ですか?
それならば申し訳ありません。ですが、紋章院としての継承は済んでおりますので、お気になさる必要は無いかと存じますが」
駄目だ。通じてない。
如何云ったものか悩んでいると、流石に不審に思ったのかクレモンが確認を取ってきた。
「あの、エヴァン様でございますね?」
「はい」
「旧姓はエヴァン・シャルル・カステルモール」
「…はい」
「父はトマス・シャルル・カステルモール騎士爵」
「……はい」
「故郷はガスコーニュ、所領はタルブ村」
「………はい」
嫌な予感しかしねぇ。
「確認いたしました。卿は昨日の段階でカステルモール籍から既に抜籍されております」
「…………はい。………………はい⁉」
此奴、今なんつった⁉ 何時の間に貴族籍から抜けている?
あの親父、こっちの了解も取らずに俺を貴族籍から抜いたのか⁉
不味い、予定がガチ狂いする。自衛権の優先取得、間に合うか⁉
此方の混乱を意に介さずに、クレモンは続けた。
「同時にブラジュロンヌ子爵への移籍手続きも完了しております。此方が証明書類ですご確認ください」
「…………………はあっ⁉」
脇に抱えていた書類を手渡し、クレモンが深々と礼を尽くす。
呆然と書類を受け取り、視線を落とす。
其処に記載された新しい名前の、ミドルネームに衝撃を覚えた。
「ダルタニアン…」
「はい。宝珠『ダルタニアン』も確認いたしました。子爵位の継承おめでとうございます。
――エヴァン・ダルタニアン・ブラジュロンヌ子爵」
クレモンの言葉は、殆どエヴァンの思考に染み渡らなかった。
考える事を拒否したまま、魔導器に意識を向ける。
宝珠は何も応えることなく、ただエヴァンの手の中で契約の輝きだけを残していた。
TIPS
この物語が、貴方のひと時の無聊を慰めますように。
通読いただき、ありがとうございました。
了