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銃士としての闘い

 読んでいただき、ありがとうございます。

 この物語が、皆様のひと時の無聊を慰めますよう。

「これはこれは、三銃士が揃い踏みとはね」


 にやついた粘質の声が、先頭に進み出てきた眼帯の男から放たれた。

 面倒くさそうな表情を笑顔で糊塗したイザークが、ルネの横に立つ。


「よう、ロシュフォール。何でまた、こんな場末に来た?

 枢機卿の腰巾着は休みかい?」


「相変わらず口が減らんな、ヴァロン卿」


 癇に障ったのか、不快そうに口元が歪む。

 言い募るロシュフォールを相手する振りをしつつ、鋭くルネに問う。

「…追けられたか?」

 気になるのは、ルネの屋敷を張っていたというロシュフォールの手下。


「撒いたのは確かよ。けど、この状況なら、状況的に私が怪しいわね」


「だが、安心したよ。

 今の瞬間に姿を現したなら、ルネの裏切りはまず無いだろう」


 後ろからイザークと肩を並べたオリヴィエは、イザークの勘繰りを否定した。

「そうかい」

 そう応えて、イザークは納得してみせた。

 三銃士の一人が裏切っていたなど、情に深いところがある彼は、信じたくなかったのだろう。


「ロシュフォール卿。暫くルネの尻を、追っかけ回していたそうじゃないか。

 赤公爵に見切りをつけて、女に宗旨替えかい」


 ロシュフォールのリシュリューに対する忠義ぶりは、巴里でも有名である。

 忠義を男色と皮肉られ、ロシュフォールの顔面が赤黒く染まる。

「…アラミスさえ押さえれば、後は如何とでもなる」

 ロシュフォールの膨れ上がる殺意に、引き連れてきた警邏の一隊が短銃(ピストル)型の魔導器を構えた。

 その視線の奥、オリヴィエの向こうに逃げ腰になっているエヴァンが映った。


「あいつは如何しますか?」


「殺せ。死人は喋らんし、寧ろ喋る口があるのは困る。適当に大義名分をつけて決闘で殺されたことにできたら、枢機卿閣下への手土産になる」


「はっ」


 部下の承諾に頷きを一つ。三銃士に向かって声を張り上げた。

「さて、ラフェール卿。枢機卿閣下は、昨今の銃士共の決闘騒ぎにひどく心を痛めておられる。

 今日も、仏蘭西帝国法に決闘禁止令を挟むべく、奮闘されている。

 貴族、そして銃士の身分にある貴君らが、閣下の崇高なる意思を踏みにじるというならば、枢機卿麾下にある我ら警邏隊は、貴君らを拘束する必要が出てきたという事だ」


 戦闘の意思を感じ取り、無言で三銃士全員が剣を抜き放つ。

 剣身を見て、ロシュフォールは勝利を確信した。

 殺傷力の少ない模擬剣しか持っていない。後、気を付けるべきは魔術だが、此方も隊全員が貴族だ。

 そして、圧倒的に人数の多いロシュフォール側が有利なのは、間違いが無い。


「総員、構え!」


 ロシュフォールの号令一下、訓練され一糸乱れぬ動きで魔導器に魔力が満ちる。


「前隊、突撃ィ!」


 最前に立つ5名が三銃士を殺すべく、攻撃を開始した。


――――――――――――――――――――――――


「逃げろ」


 ロシュフォールが姿を見せてルネたちと舌戦を交わしている隙に、オリヴィエはエヴァンに忠告を放った。


「――何故ですか?」


 決闘どころではない雰囲気は感じ取ったものの、逃げる意味が解らず険悪な口調がにじむ。

 しかし、焦りしかないオリヴィエの表情は、その険悪さを引っ込める何かがあった。


「奴らは、リシュリュー枢機卿の抱える警邏隊だ。

 恐らく、俺たち三銃士の排除が目的で、この場に姿をさらしたんだろう。

 忠告しておくが、奴らは大義名分を得るためなら手段を選ばない。

――例えば、三銃士と決闘を繰り広げていた枠狙いを殺して、その罪を此方に擦り付ける、なんてことは朝飯前にやってのける連中だ」


 状況を理解して、エヴァンの口元が引き攣った。

「…つまり、あいつらにとって俺は死んだ方が都合がいい、と?」


 その通り、と云わんばかりの頷きにエヴァンが逃げ腰になる。

 しかし、自身がやって来た道はロシュフォールたちに塞がれている事に気付き、絶望の表情を浮かべる。


「分かり難いが、修道院の反対側にセーヌ河に抜ける裏道がある。そこから逃げろ」


 絶望の表情に気付いたオリヴィエが、そうアドバイスする。

「心配するな、罠はない。

 相手にとって死んだほうが都合がいいってことは、俺たちにとっては生きていたほうが都合がいいってことだ。

 何の保証もないが、信じてほしい」


「…信じますよ。

 この状況で、俺を嵌める理由が貴方たちには無いですから」


「ありがとう。そう言ってくれると助かる。

――できる限り時間は稼ぐ、一直線に逃げろ」


 これ以上の言葉は不要。エヴァンの頷きを確認して、無言のうちにオリヴィエは背を向けた。


 そのまま始まる戦闘開始を見届けることなく、エヴァンは踵を返して修道院向こうへと走り始めた。

 崩れた石塀をすり抜けて、奥にあるという裏道を目指す。


 しかし、オリヴィエも失念していた事実がある。

 リシュリュー枢機卿は確かにカルム=デショー修道院に対しての干渉を避けていたが、それは修道院の構造を知らないとイコールで結ばれないという、ただそれだけの単純な事実をだ。


 ロシュフォールは、裏道の存在を知っていた。

 当然、逃げ道を塞ぐための手は打っている。


――臙脂の隊礼服を着た5名が裏道から姿を見せたのは、エヴァンがその手前まで辿り着いた、丁度その時であった。


「うわっ、と、と」


 不意の遭遇(お見合い)踏鞴(たたら)を踏むが、それは相手にとっても同じことだった。


 仮にも軍事教練を受けた者たちとしては、余りにお粗末な反応であったが、仕方がないとも云えた。

 何故なら、逃げ道を塞ぐ役割を持っていたその5名だが、実情はといえば幾ばくかの時間を稼ぐ事のみを期待された保険の意味合いが強かったからだ。

 何方かといえば後詰の意味合いが強く、戦闘の可能性は低いとロシュフォールも踏んでいたため、実力の低い新人のみで固められた小隊が裏道を塞ぐ役割を与えられたのだった。


 今回連れてきていたロシュフォール直下のジュサック隊は精鋭揃いだが、流石に新人は練度が低かったのだろう。

 慌てて魔導器を引き抜こうとする間抜けな姿が、大きな隙を生んでいた。

 

 結果生まれた貴重な数秒。

 エヴァンが崩れた石塀に身を隠すのと魔導器の銃口が、彼が居た空間に狙いを定めたのは、ほぼ同時であった。


『『破邪の(Ma volonté)飛礫 ( sera une)象る( balle)意思よ( sacrée)』』

 流石に呪文の詠唱には淀みは見られない。詠唱するのは、魔力の弾丸を成型して撃ち出す、最初期に教わる攻撃魔法。

『『汝の敵(Pointez )を指し(vers vos)示すは( ennemis)―――銀の(Doigts d’)指先( argent)!』』


 精製された魔力が魔導器の宝珠座に充溢する。

――放射。

 直射系魔弾魔術、『銀の指先(ドワ ド アルジェン)』。

 その魔術が放つ銀の燐光が、群を為して螺旋を巻いて空間を貫く。


 魔力弾は、エヴァンが身を隠した石塀に当たり、分厚い石塊の表面を削り始めた。

 魔力弾が石塀に当たって放つ衝撃波は止む気配がなく、分厚い石の厚みをすり減らしていく。

 低位の魔力弾だが、防御手段のない人間に当たった場合の殺傷力は折り紙付きだ。


――マジで殺す気満々じゃねーか!


 一寸は、そこまでじゃないんじゃ、等と楽観視していた思考が、思いっきり現実に裏切られた形となった。

 逃げ道は、今来た道しかないわけだが、その先には、同じく殺す気満々の赤服共がいることは知っている。


 となると、残る選択肢は一つだけ。


 ちらりと、修道院を見る。所々に崩れかけの跡がある石造りのその建物は、年月(とし)経ても尚、堅牢な佇まいを見せていた。

 その裏口に当たるであろう扉が、傾げながら半分開いているのが見えていた。


 いかな武勇を誇っているだろう者たちとても、あの修道院を陥落(おと)すのは難行であろう。

 あの内部に逃げ込んで、助けが来るまで防御線を敷きながらの時間稼ぎを狙う。


――銃士隊最強(三銃士)なんて恥ずかしげもなく名乗ったのだ。あの人数であれ、敗けはしないと信じよう。


 覚悟を決める。『銀の指先(ドワ ド アルジェン)』の再詠唱の隙を狙い、修道院の扉に向かって一気に駆け出した。


――――――――――――――――――――――――


 間断なく魔弾を撃ち出して、この場に三銃士達を釘付けにすることに成功していたロシュフォールには、枠狙い(エヴァン)が修道院に逃げ込む様がよく見えていた。


 ここまでの騒ぎを起こしたのだ。何の成果もありませんでした等と、最早云える状況でもない。

 最低でも、決闘禁止令の成立のため、大義名分を強引にでも取れる状況にはもっていかなければ、派閥内部でのロシュフォールの立場は大きく揺らぐことは確実だ。

 その条件を達成するためには、先程逃げた枠狙いには死んで貰わなければいけない。


 ルネと枠狙いの決闘しか想定していなかったので、ジュサック隊と新人達(20名)しか連れてこなかったのが悔やまれた。

 三銃士相手では、明らかに練度も人数も足りていない。

 仕方がない。迷いは一瞬、すぐに決断をしてみせた。


 人壁は薄くとも、何とか三銃士を回り込むように作っていた包囲陣の完成を、手を振って止める。


「――ジュサック! 後衛5名を連れて、先刻(さっき)の枠狙いを潰せ!

 此方は、私が指揮を執る!」


「――はっ」


 返答に刹那の間があったのは、仕方がないだろう。

 ただでさえ頭数が足りてないのだ。ここから5名も減れば、間違いなく包囲陣は完成しない。

 ロシュフォールが指揮を執った処で、戦線の維持すらままならない筈だ。


「心配するな。貴様が帰ってくるまでは持ち堪えて見せる。

 但し、確実に始末しろ」


 返事として返ってきたのは、無言の頷きが一つ。

 ジュサックは5人を連れて、修道院を大きく迂回する形で回り込んだ。


―――――――――――――――――――


 当然、オリヴィエたち3人も、ロシュフォールの動向には直ぐに気づいた。


「オリー! 奴等、枠狙いを先に片付ける気だ!」


「だろうな! 畜生、世話の焼ける!」


 エヴァンと同じく石塀の陰に潜みながら魔術の撃ち合いで足止めしていたオリヴィエは、修道院に逃げ込むエヴァンの意図に小さく毒づいた。

 ロシュフォールが、腹心のジュサックを修道院に向かわせた意図も、はっきりと読めた。

 枠狙いを先に潰すことで、先に大義名分を創り上げる積もりだ。


 警邏隊と呼ばれてはいるものの、実際には皇帝陛下の承認を得ていない私兵の集まりである。

 その権限は無いに等しく、貴族の拘束など行えば立派な違法行為である。

 しかし、大義名分を得ればどうなるか。

 間違いなく、リシュリュー枢機卿はオリヴィエら三人の拘留を銃士隊に要求してくる。

 そして、トレヴィル隊長はこの要求を呑まざるを得ないだろう。


 なぜなら貴族には、私的な防衛権が認められている。

 これを拡大解釈すれば、理由さえあれば、軍隊に盾突くことも赦されてしまう。

――そして、リシュリュー枢機卿の権威は、その無茶を可能にするのだ。


 悩む暇は無い。

「…イザーク、ルネ。あいつ等を制圧できるか(・・・・・・)?」


「ロシュフォール相手だろ? 手加減しなくていいならな」


「問題ない。大義名分が得られなかったら、死者が出てもロシュフォールはもみ消すしか道は無くなる。

 やれて、せいぜい嫌味を銃士隊に送り付けるぐらいだ」


「充分に問題なんだけど!? こんなごたごたで営倉入りなんて嫌よ」

 ルネは女性だ。営倉入りは女の矜持が許さないのだろう。


「枠狙いを殺されるよりかは、マシだろ?」

 即答で切り返す。

 ぐぅ。ルネは不満そうに喉で唸るが、オリヴィエの理屈に結局黙って長銃(マスケット)型の魔導器を引き抜いた。


「はっはァ。じゃあ、遠慮なく闘るとするかァ!

 オリー! 俺が壁になる。5秒稼ぐから、その間にジュサックを追え!」


「頼む」


 脳筋、ウドの大木。銃士隊内からでさえよくそう陰口を叩かれるイザークだが、戦闘に関する感性だけは他者を圧して余りある。

 イザークが出来るというなら、可能な(できる)のだ。


 未だ魔弾が貫くその場所に、一見無防備なままイザークが立つ。

 当然、魔弾の照準はイザークに集中した。

 銀の螺旋の一つが、イザークの腹部を貫く軌道を取る。

 其処からどう回避しても、身体の何処かに命中したであろうそれを、


「おらァっ!」

 フック気味の横殴りで拳を叩きつけた。


 前述の通り、『銀の指先(ドワ ド アルジェン)』の威力は、充分に人間を殺傷至らしめるものだ。

 加えて拳銃の弾速には劣るものの、人間の反応し得る速度で飛翔している訳でもない。

 畢竟、当たる筈のないその拳は、しかし結論として魔弾を捉える。

 魔弾は脆い轢音を響かせて、その術式構成を霧消させた。

 偶然ではない。その証左に、続く魔弾の群れを左右の拳で同様の結果に導いていた。


 素早さとは無縁そうな肉体から繰り出される人離れした速度の拳の唸りを目の当たりにしたジュサック隊の隊員が、目に見えて動揺を見せた。

 その隙を突いて、イザークは腰にあるランタン型の魔導器の上部を引き上げた。


 内部機構が露わになる。

 歯車の噛み合う複雑な機構の奥、宝珠座に収まって燦然と輝く灰鉄柘榴石(デマントイド)の魔晶石が、イザークの魔力を吸収して更に眩く翠輝を放った。


 通常の魔術では、宝珠を露光などする必要がない。

 する必要がある理由は、ただ一つ。

 固有魔術(オリジン)を使う時だけだ。


 固有魔術(オリジン)とは、宝珠が持つ最後の機能。

 魔晶石自身が持つ概念深度と貴族の系譜(歴史)を要にすることで、魔術概念の限界をある程度越えうる魔術をリスク抜きで使用可能にする、正しく神秘の所業の事だ。


剣を(Tenez)掲げ(votre)(épée.) 英雄(Félicitez)(le)讃えよ(champion.) (Que la )の征(victoire)く途(soit sur)に勝(le champ)(de)の有(bataille)(où se)んこ(trouve)とを(le roi.)

 魔晶石の輝きが、魔力の奔流となってイザークを包む。

為ればこそ我が(C’est mon)誉ぞ斯く在らん(honneur.)―――金剛(Protection)(des)(diamants)

 露光が収まると同時に、魔導器の内部機構を元に戻す。


 魔術の発動と同時に、魔弾の嵐がイザークを襲う。

 しかし、イザークは防御の姿勢すら取ろうとしなかった。

 直撃。

 同時に翡翠に似た金剛光沢の輝きが、幾重にも波紋を描く。

 響き渡る、魔弾が壊れる轢音。

 結果として、イザークの身体に届いた魔弾は、一つとして無かった。 


 イザークの固有魔術、『金剛(プロテクション)守護( デ ディアマンテ)』。

 その効果は強力な斥力場を、術者の周囲に展開する防御魔術である。


 30秒という短すぎる持続時間の制限はあれど、銃弾であれ、魔術であれ、いかなる攻撃も寄せ付けることのない魔術で編まれた不可視の鎧。

 単純であるがゆえに、その効果は絶大だ。

 絶対防御とでも云うべき魔術を背景に、悠々とクラウチングから一気呵成に警邏隊へと飛び掛かった。


 魔術を使用していない状態でも魔弾を難なく処理した男が、防御魔術を使用して反撃に出たのだ。

 巌の如きその男から受けるイメージは、山が意思を持って襲い来る幻覚すらロシュフォールの部下達に与えた。


「狼狽えるな! あの魔術の欠点は、持続時間の短さだ!」


「広がって囲い込め! 時間を稼いですり潰すぞ!」


 イザークの固有魔術を初めて見て軽い恐慌状態に陥った部下を、ロシュフォールは怒声を挙げて叱咤する。

 イザークを知る熟練達の指示が次いで飛ぶが、隊員の対応は遅きに失していた。


 動きの固まっていたロシュフォールの隊列のど真ん中に、イザークは躍り込む。


「おォッ、ラァッ!!」


 存分に速度と体重が乗っかった右フックが、運の悪い前衛の一人の腹を喰う。

 その瞬間、かなり体重があるはずの成人男性が、羽が生えたかのような軽さで宙を飛んだ(・・・・・)


 男は不格好な弧を描き、ロシュフォールの後方、数メートル先に背中から落ちる。

 『金剛(プロテクション)守護( デ ディアマンテ)』は防御特化の魔術だ。斥力場で相手を撥ね飛ばす事は可能だろうが、身体強化の効果を持つ魔術ではないし、慣性の法則でイザークが受ける反動も相応に増大している筈である。


 結論、イザークは素の肉体能力(ポテンシャル)で、成人男性(少しデブ気味)を宙に飛ばしたのだ。


「…脳筋が、また強くなってないか?」


 唖然として唸る。

 どう考えても人間離れした膂力に、悪態が自然と漏れた。

 イザークの戦いぶりを初見の部下たちが、棒立ちになる。

 熟練の部下が、回り込んでイザークの側面を衝こうとするが、棒立ちの部下が邪魔をして位置取りが上手くいっていない。


 イザークが2つ、3つと拳を振るう度、面白いように人間が宙を舞う。

 そうこうする内に魔術の維持限界が来て、音も無くイザークの魔術が消えた。


 防御すら取らなかったイザークが、初めて回避(スウェー)で突き出された剣を避ける。


「魔術効果が切れたぞ! 押し込め!」

 部下の誰かが上げた、死中に活を求めた叫び。ロシュフォールが止める間もなく、棒立ちしていた部下が及び腰のままイザークに突きを叩き込む。


 それが悪手であると、何人が気付いたろうか?

 ロシュフォール以外は、イザークの後ろに誰が居るのか、完全に失念していたのだ。


 頼りない突きを横殴りで弾いたイザークの背中を飛び越える形で、紺の隊礼服を翻し、肩まで届く金髪を宙に躍らせた麗装の佳人(ルネ)が前線へ飛び込んできた。

 

 刀剣(サーブル)が舞い、銀閃が2つ、警邏隊の只中を斬り裂いた。

 模擬剣であるため斬る事は出来ないものの、鍛鉄の延べ金を遠慮なく振り抜いているのだ。

 女性の膂力であっても、運が悪ければ肋にヒビが入るほどの威力はある。


 しかし、飛び込んできた位置が悪かったのか、まともに当たったのは一人しかいない。しかも、気絶させるにも至っていない。

 イザークへの攻撃を諦めた後方の隊員が、ルネへ照準を変更。


 もう、遅かった。

 包囲の最も薄い処から、後方へ。

 一気に駆け抜けながら、跳ねて横倒しに半回転。

 左手には、既に魔力を充填させた魔導器が、灯色(ガーネット)の輝きを湛えていた。


 放射。


 ルネの放った『銀の指先(ドワ ド アルジェン)』が、反応の遅れた隊員2名を貫いた。

 全員の意識が、ルネに向く。

 それが狙いだった。


「おいおいィ、俺を忘れるなんてツレねぇなぁ」


 唸りを上げるようなイザークの台詞と同時に、その近くにいた隊員が宙を飛ぶ。

 直近の難敵を忘れてしまった愚に気付いた者たちの眼前に、再詠唱(リキャスト)を終えたイザークが、凄絶に嗤いながら仁王立ちに立っていた。


 イザークの防御力とルネの突破力は、奇妙なまでに噛み合って絶妙な効果を発揮していた。

 二人のコンビネーションは、イザークの防御を頼んだ突撃からルネの攪乱で再詠唱の時間を稼ぐ乱戦制圧を得意としていた。イザークは兎も角、普段剣を取る機会が無い上、表に出て来ることが少ないルネの戦いぶりを知らない隊員も多く、その隙を突かれた格好になった。


 再びイザークに視線を奪われた敵の意識を散らすべく、ルネは速攻を目的とした魔術式を詠唱する。


(Vous êtes )(un arc et )(une flèche) (C’est la )(voix )(chantante )調(de la )(bataille.)

 何よりも、速度を重視した魔術が、ルネの魔導器に輝きを与える。

穿つ(Je suis )意思(sûr que )(vous allez)示す( frapper )( l’arc et )(la flèche.)―――(Arc et )(flèche )(volants )早矢(rapidement)


 ルネの得意な戦闘分野は、銃士の中でも珍しく魔術の多彩さで敵を圧倒する点にあった。

 初期魔術式を量で圧倒する現在の銃士のオーソドックスな戦法(スタイル)とは逆行する形のルネの戦法は、やり方に慣れていない敵相手に非常に威力を発揮した。


 『銀の指先(ドワ ド アルジェン)』より視認するのが困難な魔術の矢が、宙を翔ける。

 狙いは過たず、敵一人の背中に当たった。

 『銀の指先(ドワ ド アルジェン)』と違い、速度を重視した結果、威力はお察しのレベルしかない。しかし、当たり所が悪かったのか、死は無くとも気絶はしたのか膝から崩れ落ちた。


――ラッキー。

 だが、戦果は其処までだった。

 2匹目の泥鰌(ドジョウ)とばかり、別の一人に狙いを定めた時、その射線の前にロシュフォールが立ち塞がった。


 勢いは殺さない。左右に牽制の足捌き(ステップ)を交えながら距離を詰める。

 魔術が得意分野と云ったが、剣術が苦手な訳ではない。

 二人の刀剣が交わり、火花が虚空に散った。


「あら、ロシュフォール。最後まで手出しはしないと思ってたんだけど?」


「君たちが大人しくしてくれたなら、それもアリだったんだがね」


 2合、3合。攻める斬閃と防ぐ斬閃が噛み合い、その都度、火花が大きく小さく虚空に散る。

 イザークに視線を遣る。

 やはり、敵の数が多い。ロシュフォールが出張る前に、あと一人は削っておきたかった。


 足捌きのフェイントと視線のミスリードを多用する。

 焦りが出ているのか、ロシュフォールを抜くことは難しかった。

 クソ。内心で毒吐く。

 人数の多さに慢心せず、上手く戦力を分断させられた。


 ルネの焦りを読んだのか、ロシュフォールの薄い唇が弧を描く。


――長期戦になるな。

 覚悟を決めて、ルネは刀剣(サーブル)を構え直した。

TIPS

 今話で初めて魔法のお披露目をしました。

 おそらく、作中で最も多く使用される魔術、『銀の指先(ドワ ド アルジェン)』。

 そして、魔術の花形(ひっさつわざ)ともいえる『固有魔術(オリジン)』の登場です。


 さて、銃士、曳いては貴族としての戦闘のスタイルですが、これは大きく分けて2通りあります。

 まず、ルネを始めとする大多数の銃士の闘い方。魔弾系魔術を始めとする共通魔術を駆使するスタイル。魔術の手札が戦闘能力に直結するため、多彩な魔術を使うルネが銃士最強を誇っているのです。

 ただ、大抵の銃士は『固有魔術(オリジン)』がしょぼい(・・・・)ため、このスタイルにならざるを得ないという悲しい裏設定があったりします。

 次にイザークを代表とした、『固有魔術(オリジン)』を戦術の土台に組み込むスタイル。

 これは前述のとおり『固有魔術(オリジン)』がしょぼくない(・・・・・・)ため取れるスタイルです。

 このスタイルは、基本的に威力のある『固有魔術』を有する男爵以上の宝珠でないと取れないため、銃士や警邏隊としてもごく少数しか専門にすることはできません。

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