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思惑は三者三葉にあって

 読んでいただき、ありがとうございます。

 この物語が、皆様のひと時の無聊を慰めますよう。

 紹介を受けた宝石加工技師の『シモンズ工房』は、ラテン語地区(カルチェ・ラタン)の中でもやや拓けた処にあった。

 商売柄なのだろう、周囲の警備が厚く、やや日の落ちかけた時刻なのにガス灯とは違う電気灯の安定した光量が、通りから影が出来ないほどに一帯を明るさで満たしていた。


 トレヴィル卿の紹介文の威力はかなりのものだった。

 なにしろ、渡した紹介文にある筆跡(サイン)を確認した途端、名乗る必要もなく工房奥に通されたのだ。


 紹介文貰っておいてよかった。

 今更ながら、自分のナイスな判断に頬が笑み崩れる。

 先程のルネは上司と云っていたから除外するとしても、銃士隊総長の座に就いているトレヴィル卿は知名度が相当にあるらしい。

 明日の決闘という頭痛のタネはあるが、それ以外は概ね予定通りに熟せているという手応えを感じていた。


 工房奥は作業場を兼ねていた。宝石専用の切除(カッティング)目的だろう大型のフライス盤、棚には肌理の細かい研磨剤が番号に従って並べられている。

 初老の男性が、億劫そうに机の向こうから姿を見せた。


「…貴方がエヴァンさん?」


 柔らかそうな物腰とは裏腹の神経質な声音で、此方を窺う。


「はい。工房主のシモンズさんですか?」


「えぇ。

 紹介文を拝見させて戴きました。精密工具のレンタルを依頼したいと?」


「はい。故郷の屋敷にある工房で、精密工具の扱いには慣れています。

 彫金の腕も其れなりにあると自負しています。

 是非、レンタルをお願いします」


「お断りしたい処ですね。

 精密工具のレンタルもそうですが、ご存知の通り我々の工房は宝石や魔晶石など非常に高価な素材を扱います。

 はっきり申し上げると、関係者以外の立ち入りは本来禁止なのです。

 この工房を懇意にされているトレヴィル卿の紹介ゆえに、エヴァンさんの立ち入りも許されているだけですよ」


「理解しています。特に魔晶石の扱いは慎重にならざるを得ませんしね」

 ちらりと横目で、机上にあった研磨中の宝石を見る。

 妖しく揺らめく輝きが、ただの宝石ではない事を無言のうちに主張していた。

 魔晶石だ。

 宝石を起源とする、貴石の亜種で素の状態でも魔力を保持する効果を持つ。

 宝石起源ということもそうだが、貴族たちは目の色を変えて魔晶石を追い求めていた。

――何故ならば、魔晶石(この石)を素材として宝珠は成り立っているからだ。

 魔晶石が一般に出回る事はない。もし、宝珠を作成する技術を平民が入手してしまうと、貴族の存在意義そのものが大きく揺らいでしまうからだ。

 魔晶石を扱っているという事は、この工房は国家機密にも相当する宝珠作成を担っている魔術工房でもあるということを意味していた。


「理解が速くて助かります。

 まぁ、精密工具の入手に関してなら、ご相談に乗れると思いますが」


「それは追々資金が出来てからの話ですね。

――ところで、魔術工房を兼ねておられるという事は、守秘義務に関しては…」


「? はい。グレード次第ですが、徹底はしています」


 グレード、つまりは金次第という事か。

 ちゃっかりしている。

 苦笑して金貨を一枚、シモンズに握らせた。

 片眉を上げて何も云わず、懐に仕舞う。


「これで如何程のグレードになりますか?」


「…さて、私は記憶力が良い方ではないので、『誰が』『何をしていたのか?』明確に訊かれない限り応えられないですな」


 この工房を訪れることを知っているのはトレヴィル卿のみ。そして、彼は此方に対して多少同情的ではあるが、興味を持っている訳ではないだろう。


「それは重畳。これを視てください」


 ホルスターから拳銃(モデスティ)を抜いてみせる。

 銃の専門家ではないからか、銃の種別や強度などには興味を見せず、銃身の蔦葛の彫刻にそっと触れる。


「あぁ、確かに良い出来です。自信を持たれるのも理解できる。

 蔦ですか、オーソドックスですがチョイスも良い」

 表面を指でなぞる。

「…彫った跡に、色違いの金属を流し込んでいるんですね。仕上げの研磨も丁寧だ。

…幾つか流し込んでいる金属が違いますね」

 彫り込んだ蔦の一部分で指を止めた。動かして、再度止める。

 幾度か繰り返したのち、此方の方を窺う仕草で覗き込んだ。


「成る程? 守秘義務に金貨を払うわけです」


「ご理解戴けましたか?」


「えぇ。エヴァンさんの本当の目的は、あちらでしたか」


 ちらりと奥の扉に目を遣る。上段のプレートには『魔術刻印室』の文字。

 正解。

 魔術を修めていると云う事は、魔術式(フォーミュラー)が組めるということだ。

 取りも直さず、それは魔術の行使を補佐する魔導器を作成しうる技量があるという証明でもある。

 シモンズは蔦の刻印に紛れて彫金した秘蹟文字(ルーン)の構成を読んで、此方に魔術の構築技量があることを見抜いたのだ。

 とは云え、フォローも入れて置く。


「精密工具も嘘ではありませんよ?

――どちらも俺には入手出来ないものですから」


「…まぁ、いいでしょう。

 レンタルですね? 承りました。但し、レンタル時には従業員を一人つけます。問題ありませんね?」


「判りました。此方に異存はありません」


 口ではそう云ったものの、やはり従業員の随伴には難色があった。

 掌を返したシモンズの狙いには大体の想像はついていた。

 魔術式(フォーミュラー)と一言で云っても、内容は千差万別。

 初期の術式一つとっても、その構成パターンは多岐に渡る。

 そのパターンは、構築した魔術師自身の証明、秘奥と云っても過言ではない。

 つまり、その術式を一つ入手できれば、その魔術師が何を得意として何を苦手としているのかが解るのだ。

 従業員は、此方が良からぬ動きをしようとする前の牽制であり、術式を盗み見るための密偵なのだ。


――これは、金貨を弾ませる必要性のある相手が増えたかな。


 この工房の守秘義務がどの程度まで保持されているのかは不明だが、此方を知る相手が増えると、当然その分の口を閉じさせる金が必要となる。

 最悪、守秘義務を契約魔術で結ばせることも考えるべきだろう。


 嘆息が喉から漏れかけた。

 こうやって考えていくと、どうしてもこの方面には金がかかる。

 トマスから貰った金子など、それこそ端金も同然とばかりに溶けていく。

 やはり、この方面に関しては、欲を出さずに金を貯めてから行動に移した方がいいか。

 何方にしても今回は挨拶(顔合わせ)だけのつもりだった。

 レンタルに関しての細かい話を詰めようとするシモンズに対して軽く辞去の言葉を述べるに止め、工房を後にした。


――――――――――――――――――――――――――――


 銃士隊御用達の酒場『黄金(オル)()蜂蜜酒(ミード)亭』は、仕事上がりの銃士達でいつも通りの賑わいを見せていた。

 提供されている酒の種類は多種に渡り、値段も相応にピンからキリまで存在している。

 だが、安月給の銃士にとって、酒とは酸味のキツい葡萄酒(ヴィノー)林檎酒(シードル)の2択であり、そこかしこで店員にこの2種類を求める声が上がっていた。

 昼から呑んだ暮れていたイザークもその例に漏れず、酒場の影となっている一角でさらなる酔いを求めていた。


「…ご機嫌だな、イザーク」


 酔いに浮ついた視線を上げると、不機嫌そうなオリヴィエが佇んでいた。


「いよう、親友!

 仕事仕舞いかい? 一杯目は奢るぜ」


 酔っ払いが掲げた鉄杯に湛えられた葡萄酒に、フンと鼻を鳴らす。

 イザークに応えずに、その対面にドカリと腰を下ろした。

 給仕係から受け取った空の鉄杯の縁一杯まで、葡萄酒が注がれる。


「「乾杯」」


 誰ともなく掲げられた二人の杯は、軽く打ち鳴らされて涼やかな音を立てた。

 そのまま一気に嚥下された葡萄酒は、それでも酔いを深めるには程遠かった。

 何となしに横たわった沈黙を破ったのは、イザークの方だった。


「で? 用件は何だい?」


 別に当てずっぽうで訊いた訳ではない。

 イザークが帝都(巴里)に戻っている事は知っていただろうし、遠出でストレスの溜まった呑兵衛のイザークが、この酒場に居着いている事は予想出来ていたはずだ。

 イザークと違い、酒好きという訳でもないオリヴィエがわざわざ出向いて来たのだ。

 イザークに何らかの用件があったというのは、特に難しくない推理であった。


「…先ずは報告を聞きたい」


「調査員から報告は回っているだろ?」


赤公爵(リシュリュー)の添削がたっぷり掛けられた作文を読む気はない。

 信頼の出来る報告が聞きたいんだ。向こうの状況はどうだった?」


 ふむ。ろくに剃っていない顎を摩る。

 イザークの脳筋振りは、オリヴィエも熟知している筈だ。

 其れを推してこっちの報告を聞きたがるという事は、かなり周囲への信頼性が低下している事を意味している。


――追い詰められているな。


 これでも長い付き合いだ。

 勿体をつけず、ストレートに事実のみを話す事に決めた。


「取り敢えず、お前(オリー)から貰った前情報に齟齬は無かったな。

 決闘をしたのは、モンテスキュー卿とエスト卿。ともに子爵。

 決闘理由は、両家の間の穀倉地となれる平原の取り合いだ」


 ま、良くある話だな。嘯いて葡萄酒を口に含む。


「決闘に裏は有ったか?」


「無い。

――と云うか、判らん」

 それは、脳筋だから判らなかっただけでなく、本当に判らなかったのだ。

「件の平地は、両家にとって云わば火薬庫だ。理由がない、ではなく有りすぎて判らなかった。

 両家を集めて証言を取ったよ。数年に一度は小規模な小競り合いがあったし、意味もなく何かにつけて張り合う間柄だったようだ。

 特にここ最近は酷くてな、誰かが火を点けようが点けまいが早晩こうなっていたようだ」


「…そうか。生き残ったのは?」


「エスト卿。枢機派だな」


 と云う事は、モンテスキュー卿は王党派か。枢機卿から見れば自身の派閥の利益が増える訳だ、藪蛇をつつくのでなければ、これ以上の問題提起はしてこないだろう。


「成る程。最低でも銃士には、暫く大人しくしておくよう通達するか」


「それでいいんじゃねぇの?

 それで、話は終わりかい?」


「もう一つある。

…明日の正午は暇か?」


「13時に予定がある。それまでは、時間と場所次第だな」


「先刻の話題の後で何だが、決闘をする。立会人を頼みたい」


「ブハッ。えらく唐突だな。しかも、大人しくするよう宣言した後でか」


「生意気な枠狙いが居てな。立場を弁えさせるためだ。

 魔術も小細工も使わん。大事にするつもりもない」


「当然だな。今の話の後じゃ人死には控えるべきだ」


「礼儀知らずに礼儀を教えるだけだ。剣の模擬戦で叩きのめすくらいだ。

 だが、決闘だからな。念のために立会人は用意しておきたい」


「なんだ、お前に絡まれただけか。

…俺は構わんが、お前はいいのか? 正直、感情的な俺は公平性に自信が無いぞ」


「承知してるが、仕方がない。ルネの奴に頼もうとしたが、奴の家にはいなかった。

 余り広めたい話でもないからな、確実に捕まえられるお前に頼むしか方法は無かった」


「…まぁ、そういう理由なら仕方がない、か。

 承知した。場所は?」


「カルム=デショー修道院跡地。定番だろ?」


「定番だな。まぁ、俺としても丁度いい」


「うん? 丁度いいとは?」


「俺も決闘だ。13時からだから、お前の邪魔にはならんさ」


「…帰って来たその日に、貴族に絡んだのか?」


「お前が云うかね。

 場所は同じだ。序でに俺の決闘の立会人を頼む」


「判った。俺にも問題はない。

 公平性は約束しよう」


「どちらかと云えば、欲しいのは俺を止める(ブレーキ)役だ。

 俺は模擬戦でもやりすぎてしまうからな。頭に血が上るようなら、俺を殴ってでも止めてくれ」


「…俺が云えた義理ではないが、そうと判っているなら決闘を口にする前に止めてくれ。

 貴族の言葉の重みは、理解しているだろう?」


「それについては、興が乗ったとしか云えんな」


 ははっ。豪快に笑い飛ばされたその言葉に、深く嘆息を漏らして、オリヴィエは杯の残り中身をすべて干した。


「しかし、俺たち二人が立て続けに決闘ね。随分と理不尽な偶然も有ったもんだな」


「誰が言い出したか三銃士。銃士隊最強の三人の内、二名と戦うんだ。

 確かにお前の相手も、俺の相手も不幸としか言いようが無いな」


 顔を見合わせて、笑いあう。

 オリヴィエもイザークも、自身の勝利は疑っていなかった。

 何しろ、これまでに積み上げてきた経験の差が違いすぎるのだ。

 たかが、枠狙いの坊や(ルーキー)が勝利を拾うとは、思ってすらいなかった。


「だが、相手も剣の心得位あるだろう。

 随分呑んでいるようだが、明日に響くほどには過ごすなよ」


 自身の代金を卓上に置き、まだ、葡萄酒から離れようとしないイザークを尻目に、オリヴィエは立ち上がった。

 片手を挙げて応えるイザークに、本当の大丈夫か不安になるも、何も云わずオリヴィエは店を出た。

 心配は有るもののイザークの底なしは知っているし、脳筋だからこそ、殊、戦闘にかけてイザークの追随を許す者は数えるほどしかいないことも知っている。

 明日の決闘は、二人の枠狙いにとって、理不尽な世界を垣間見せる事になるのだろうな。


 店を出て、空を見上げる。

 結局、オリヴィエも銃士隊も厄介な問題を抱えているのだ。

 枠狙い相手に憂さ晴らしを仕掛けている自覚はあるのだ、しこりは残さないためにも、後のフォローはしておかないとな。

 乱暴に頭を掻いて、空を見上げた。

 電灯の明かりに圧され、星の見えない都会の夜空がオリヴィエの視界に映った。


――――――――――――――――――――――――――――


 帝都が完全に闇に沈んだ頃、長衣(ローブ)を頭からかぶった男が、小走りに通りの裏を走っていた。

 男が目指す先には、寂れて人気が殆ど無い教会が一棟。

 其処は、リシュリュー枢機卿麾下の私兵が駐屯する中継基地であった。

 はっきりと決まった基準は無いものの、帝都に大人数の私兵を置くことは禁止されている為、潰れかけた教会を私兵の(ねぐら)に使っているものの一つであった。


 教会の奥の一室、光が漏れないよう工夫された其処で、ロシュフォールが身体を休めていた。

 ルネを見張らせていた密偵の一人が持ち込んだ情報に、思わず日課の聖書から目を上げた。


「決闘? 確かか?」


「間違いありません。

 誤認で斬り合いになった枠狙いらしき男と、口論の末に決闘の約束をしていました」


「場所は?」


「カルム=デショー修道院跡地と。

 枢機卿閣下のお言葉である、決闘禁止令を真っ向から違反しています。

 身柄を押さえますか?」


 やや興奮気味の密偵を、片手を挙げて制止する。

 決闘禁止令は、現時点では正式に下令された王命ではない。

 現時点でも、まだ決闘は非合法の行いではないのだ。

 しかし、リシュリュー枢機卿が積極的に禁止に向けて動いてる昨今、ルネの行動は犯罪にならなくとも、暫く身柄を押さえる事が可能になるかもしれない案件でもあった。

 上手くすれば、枢機派へ転ばせられずとも、リシュリュー枢機卿への協力がある程度可能になるかもしれない。


「時間は?」


「申し訳ありません、其処が聴き取れませんでした。

 明日の何時かまでは判ったのですが…」


「ん…。いや、構わん。

 だが、現行犯で押さえろ。現時点より、数人体制でルネの居場所を確定させておけ。

 ルネとその枠狙いが入った後、前後を囲んで身柄を押さえる」


「枠狙いは?」


「殺してやれ。行く宛てなく銃士隊に入ろうとしただけの、口減らしの坊やだろう。

 事故扱いで死なせてやった方が、本人のためだ」


「承知しました」

TIPS

 魔晶石について。

 魔力と親和性の高い宝石が生まれる際に、自然界の高圧魔力に曝された事で発生する石。

 通常の宝石と違い、揺らめくような輝きを放っているのが特徴。

 通常の宝石と同じ場所で発見されるが、その数は非常に少なく、プライスレス(時価)で取引されるのが常となる。

 流通も厳格に管理されており、平民なら持っているだけで罪になるほどである。

 因みに、宝珠となれば契約で所有者と完全に結ばれるため、ある意味、価値は激減する。

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