21.小さな協力者
「先に言っておくが、お前さんらに協力はできんぞ。わしはあくまで中立の立場じゃからな」
「中立?」
「なんじゃ、水竜王子から聞いとらんのか。魔界では今、古参の諸侯らと若い魔人の改革派の間で勢力争いが起きとる。魔王様と赤髪姫の婚姻は、そやつらの関心の的になっとるんだ」
ああ、とマシェリもポンと手を打つ。
フランジアを出る前、ビビアンが注意事項の一つとして教えてくれたことだ。
(幼女趣味の魔王に見切りをつけ、新たな魔王を据えるべきだと唱える過激な改革派が十数人ほど存在している、と。……でも……)
「そのことなら知ってますわ。けれど結局、魔王様を凌ぐ魔物など、見つけられなかったのでしょう?」
最古の魔竜である黒竜が滅亡した現在、魔界で最強なのは赤竜。魔王はその中でもケタ外れの魔力を持つという。
とうに諦め、改革派はすでに解体寸前。なので頭の隅に置いておくだけでいいと、いつものしたり顔でビビアンが言っていた。
「ああ。魔界では、な」
「魔界では、って……まるで人界にはいるかのような口ぶりですわね。まさか、赤竜に勝てる人間が存在しているとでも?」
「そうだ」
断言する白フクロウを、つい冷ややかに見つめる。
「冗談はその首だけにしてくださる?」
「馬鹿もの。冗談に頭をのせられるか。──本当に、見つかったんじゃよ。もちろん、ただの人間ではないがな」
「まあ、おいくらですの? その方」
「真面目に聞く気あるか? 小娘」
あるはずなどない。
竜に勝てる人間がいると聞き、即信じる者のほうがどうかしている。
というか、馬鹿にされているとしか思えない。半眼でこちらを睨んだウィズリーを、すかさず睨み返す。
「わたくしは至って真剣です! ウィズリー様こそ、あまりおふざけにならないでくださいませ!」
「わしはふざけてなどおらん。改革派の連中がその情報を入手したのが一年ほど前。場所は、人界のカイヤニ公国にある隠れ里だと聞いておる。そこに以前暮らしていたという不老不死の男が、黒竜に匹敵する魔力を秘めとるらしいんじゃ」
「不老不死……」
どこかで聞いたような話だ。たしか王城の図書館で、水竜の魔花を調べていた時に。
(飢えて黒竜のキノコを食べ、不老不死になってしまった救世主。……でも、彼は)
「不老不死とはいえ、彼はただの人間なのでしょう? 魔界の王になどなれるはずがないわ」
「なんだ。そいつのことを知っとったのか? 小娘」
「話だけは。精霊使いたちの救世主であり、わたくしにとっても、世界で三番目くらいにお会いしてみたいと思ってた方よ」
「……そこは、一番目と言っといたほうがよくないか?」
「わたくし、嘘は嫌いなんですの」
言うのも、言われるのも。駆け引きの通じない相手であれば、特に。
(まずは自分が、包み隠さず真摯に応える。話を聞いてもらうのはそれからだ)
ロケットを持った左手を胸に当て、きゅっと握りしめる。
「わたくしが今一番にお会いしたいのは、神殿におられる神様です。半年後、殿下との婚姻式がございますもの」
「なるほど。して、二番目は?」
「フランジアの王妃殿下ですわ。八年前に亡くなられた、グレン殿下のお母様です」
できることなら、国王とともに婚姻式に出席してほしかった。たとえ永遠に叶わぬ願いでも、それだけは譲れない。
「なるほど、なるほど。……よおぉおく理解した。だとすると、大した三番目じゃな」
「ええ。わたくし個人としても、人界の代表国であるフランジアの王妃を目指す者としても、彼は捨て置けない人物だわ」
「ふうん。じゃがお前さんにとって、そいつは捨て駒にしといたほうがいい気がするがな。わしは」
「……どういう意味ですの?」
魔王が代替わりすると、婚約が無効にでもなるのだろうか。だとすれば、慎重に考慮すべき案件ではある。
「王が変われば、城も新体制になる。古株の諸侯らも力を削がれ、多少は大人しくなるだろうからな」
「なるほど。そうなれば魔王様も心機一転、婚約解消する気になるかもしれませんわね」
「それは無理じゃ。諦めろ小娘」
「まあ! だってそれなら、わたくしにとっての得など何も無いじゃありませんの!」
「得はある。婚約は取り消せんが、結婚しろと責められなくはなるからな」
「……は?」
どういうことだ。マシェリは、丸太に拳を振り下ろした格好のまま固まった。
(婚約解消はしない、でも結婚もしない。つまり……現状維持ってことかしら)
やっぱり意味が分からない。
「魔王様は、赤髪姫を心から愛してらっしゃるのだ。それゆえ、お前さんとの婚約解消は絶対にせん。分かったか? 小娘」
「いいえ。聞けば聞くほど分かりませんわ」
「そうだろうな。だから、話すつもりもなかったんじゃ。さっきまでは」
ふっと赤眼を細めた白フクロウの顔が、穏やかな笑みに見えた。
「お前さんはさっき、『フランジアの王妃を目指す者として』と言った。それならわしも番人としてではなく、魔王様の側仕えとして話をせねばなるまいよ」
「魔王様の……それが、貴方のもう一つの肩書きでしたのね」
「あくまでもここだけの話じゃ。人界に帰る時には置いていけ」
「承知いたしましたわ。側近どの」
おどけて胸に手を当てて見せると、丸太の上のウィズリーがじとりと睨んでくる。
小さいが鋭いくちばしで、今にも突っつかれそうな雰囲気だ。
「ちなみにわし個人の意見では、お前さんとの婚約は即時解消すべきと思っておる」
「……それは、こちらとしても望むところですわ」
魔王と赤髪姫が交わした婚約の証。右手の赤竜紋を永久に抹消するため、魔界まで乗り込んできたのだから。
「協力してくださる? ウィズリー様」
「さっきも言ったがそれは明言できん。だが、互いの独り言としてであれば、言うのも聞くのも多少は看過できるだろう」
そう言うなり翼を広げ、丸太を飛び立つ。
「場所を変えて話すぞ。ついて来い、小娘」
「どうしてですの?」
「水竜王子の馬車が、そろそろ城に到着するころだろう。だからだ」
「だからって、だからどうして──」
二度目の質問は、突然の雨に遮られた。
しかもバケツをひっくり返したようなどしゃ降り。
雨雲一つなかったのに。慌てて木の下に駆け込むと、先に逃げ込んでいたウィズリーが、冷めた眼で見下ろしてくる。
「やはりお前さんに妃は無理じゃな」
「ああら。『魔王様の妃は』と、言い直してくださらない? ウィズリー様」
妃すべてが無理というのは心外だ。マシェリはにっこり微笑むと、木を思い切り蹴飛ばした。