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20.昏き森の番人

「承知しました!」


 帽子を上げて頷く馭者に、マシェリは大きく手を振った。

 その袖口から、深紅の影が空へと飛び立つ。


「ん。今のは鳥か?」

「……いいえ。あれはただの風船ですわ」


 怪訝な顔で見上げるウィズリーに、にっこり微笑んでみせる。


(頑張るのよ、クク)


 水竜の亡骸の行方も、亡骸を探すため、ククに預けた『蒼竜石』も。魔王城へ乗り込んで行った、グレンたちの安否も。気がかりなことは山ほどあるが、敵だらけのこの魔界で、今の自分にできることなど限られている。

 馬車が脇道に入ると、マシェリは席にすとんと腰をおろした。

 向かいで足を組み、膝に頬杖をついたウィズリーが口端を上げる。


「仕立て屋とは、なかなかいい時間稼ぎを思いついたな。小娘」

「そんなつもりは毛頭ございません。この通り、希望の意匠(デザイン)もあらかじめ用意してまいりましたし」

「……ペンダント?」

「ええ。きっと、魔王様もお気に召すかと」


 ぶら下げたロケットを、パチンと開く。

 中に描かれていたのは、挑戦的な目でこちらを見る、鮮やかな赤髪の少女。

 ウィズリーが息を呑むより早く、左右の赤眼が大きく見開いた。 


「……それは……!」

「わたくしの、亡くなった祖母が遺してくださったものです。とても可愛いらしいでしょう?」


 矢継ぎ早に言い、言葉を遮る。──この反応を見れただけで、もう十分だ。

 早々にロケットを閉じ、やや青褪めた顔のウィズリーと目を合わせる。


「ウィズリー様。もう一度、改めてお聞きしますわ。貴方は本当に、赤髪姫と魔王様との結婚を望んでおられますの?」

「……今ここで聞かれれば、そうだと言う他あるまいよ」


 白髪を掻き上げながら席を立ち、ウィズリーが窓から身を乗り出す。


「おーい! もう一ヶ所寄り道をして行ってくれ! 昏き森の門だ。料金は二倍払う!」

「へい! 承知いたしましたぁ!!」


 さっきの二倍元気よく、馭者が返事をする。なんとも現金な男だ。呆れつつ、膝を揃えて座り直した、ウィズリーと改めて向き合う。


「森へ招待してくださるの?」

「ああ。思い出話をするのには、白フクロウのほうが身軽だし、都合よかろうと思ってな」


 腕組みをした番人は、そう言ったきり赤い目を閉じ黙りこくった。


(思い出話、か。わざわざ森でっていうのは、ここには魔王様の監視の目があるってことかしら)


 だが、馬車の周辺にカラスの魔物の姿は見えない。

 交換したから馬は馬だし、馭者は人間だから無関係。となると、何かあるとすればこの赤馬車か。

 一見するとただの豪華な馬車。しかしあの魔王の所有物なら、魔道具だったとしてもおかしくない。


 ここはウィズリーに習い、森に着くまで口を噤んでおこう。膝に置いた魔本の上で、ペンダントのロケットを握り締める。


 初めはただ、幼い頃の祖母を描いた絵なのだろうと思っていた。だが何度考えても、マシェリにはそのドレスを着た記憶がない。

 ならば魔界にいた時のマシェリの姿は、一体誰のものだったのか。あれからずっと気になっていた。


(いつか魔女のリリアに聞きたいと思っていたけど、思ったよりも早くスッキリできそうですわね)


 肩で揺れる赤髪を、マシェリは指先でそっとつまんだ。


「そろそろ着くぞ、小娘」

「わたくし、もう小娘じゃありませんわよ」

「わしをいくつだと思っとる? 十だろうと二十だろうと、お前さんは立派な小娘だよ」


 森の入り口らしき茨のゲートをくぐり抜けると、ほどなく見覚えのある草原に出た。

 馬車を降り、丸太に並んで腰掛ける。

 白フクロウに化けたウィズリーと目が合うと、無表情な顔がどこか、安堵を浮かべているように見えた。


「いつ、気付いた? わしがお前さんたちに、口を滑らせたことはなかったはずだが」

「ついさっきです。貴方の魔眼のことをお聞きした時、もしやと」

「……わしが、お前さんのお祖母様と知り合いだった可能性は?」

「ありません。もしそうなら、貴方が驚くのは今じゃなかったはずだもの」


 昏き森に迷い込んだ一年半前。そこで初めて出会ったウィズリーは、肖像画と全く同じ姿をしたマシェリを見ても、至って平然としていた。


「このひとはお祖母様ではない。そして、とても長生きだと言う貴方は、このひとが誰なのかをご存知なのではなくって?」

「わしがそれを、知ってて敢えて黙っていたと?」

「ええ。それとも寡黙なのは貴方ではなく、美しい魔眼たちのほうなのかしら?」


 淑女の笑みで首を傾げる。すると赤い目を真ん丸くしたウィズリーが、苦笑し、かくんと首を傾げてみせた。当然だが、人型時よりも角度が人間離れしている。


「まいった、まいった。……降参じゃよ。小娘」


 頭を真っ直ぐに戻し、小さなくちばしでため息をつく。

「わしの馬鹿」と呟き、がっくりと無い肩を落とす仕草に、さすがのマシェリも少々いたたまれなくなった。


「ま、まあまあ、そう気を落とさず。こう見えてわたくし、口は固いほうですから」

「今回も上手いこと、黙って逃してやるつもりだったんだがなー。わしとしたことが、初っ端から大失敗じゃ」

「やっぱり……あの時、わたくしたちと一緒にいてくださったのは、偶然ではなかったんですのね」

「ああ。お前さんの姿を見て、すぐに気が付いた。あの魔王が生涯でたったひとり愛した人間の娘、赤髪姫だと」


 手の中のロケットをきゅっと握り締める。緊張したが、これでやっと胸の中のモヤモヤが一つ晴れた。

 ここから先は、マシェリの得意分野だ。


「ウィズリー。貴方は、わたくしが赤髪姫の生まれ変わりと知りながら見逃してくださった。そんな貴方を見込んで、ぜひ協力して頂きたいことがありますの」

「嫌だと言ったら?」

「その時は……もう一度、招待状を破り捨てるまでですわ」


 そう言って、胸元から黒い封筒を取り出す。

 一通目は届くなりグレンが、二通目はマシェリが破ってポストに放置しておいた魔王からの招待状。だが三通目は王城に届き、優秀すぎる宰相によって原型のまま取り置かれていた。


「それをもってくるか。まあ、こちらにも弱味ができたし、話を聞かんこともない。だがな、小娘。わしがもしお前さん方に協力したとして、その見返りはどうする? わしに何か得られるものはあるのか?」

「もちろん。クロフォード伯爵家の長子として、そんな不公平な取引はいたしませんわ」


 相手の弱味を握っても、それを交渉の材料にしてはいけない。やるとしたら、交渉の場に相手を引きずり出すことだけだ。


(今度こそ。お父様の教えを、しっかり活かしてごらんにいれますわ!)


「分かった。では、聞こう」

「テラナ公国産の超高級メロンを一年分差し上げます!」

「…………わし、基本肉食だけどな」


「あ」


 半眼になった白フクロウのひと言に、二の句が継げないマシェリだった。


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