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19.白兎赤烏

「……別々、だと?」

「はい。我らが主より、そう言いつかっております」

「通行手形をお持ちのグレン王子とビビアン宰相様はこちらの黒馬車へ。ご婚約者であらせられるマシェリ様は、あちらの赤馬車にと」


 布を被ったふたりの馭者が、交互に言って頷き合う。


「マシェリの馬車はこちらで別に用意してある。赤馬車は必要ないが」

「そう仰られましても……わたしどもは一介の馭者。命を違えれば首が飛びます。主のお言いつけにしか従えません」

「クビ、とはまた大げさだな」

「それが比喩ならどんなにいいかと思いますよ。我々も」


(言葉通り、ということか)


 魔物に隙を見せぬためか、無表情を保ってきたグレンの頰がやや引きつる。それはそうかとマシェリも苦笑し、マントの隙間から馬車を見た。

 停まっていたのは計三台。黒と赤の二台が魔王城から来た馬車モドキ、そして白のもう一台は、魔界で人間用に貸し出している()()()馬車だ。


(殿下とビビアン様が魔王城に行ってる間、わたくしが単身で行動しやすいようにと、陛下がせっかく手配してくださってたのに)


 このままだとキャンセルになる。おそらく、違約金も取られるだろう。

 それは勿体なさすぎる。マシェリは、斜め後ろで沈黙したままの宰相に『何とかしろ』の意をこめて、ジロリと視線を向けた。が、『貴女はすっこんでなさい』と言わんばかりの鋭い眼光で弾かれる。

 けれどここで何かを言ったとして、魔王から罰せられる可能性が一番低いのは、おそらくマシェリだ。


(むしろ激怒して、婚約破棄してくれれば僥倖)


 マシェリはグレンのマントから抜け出すと、馭者たちのもとに走った。


「わたくしの名はマシェリ・クロフォード。貴方がたのお名前を教えてくださる?」

「えっ⁉︎ ええと、わたしはモイルです」

「お、俺はメイスン」

「そう。では、もう一つだけ質問を。モイルとメイスンは、わたくしを美女だとお思いかしら?」

「「…………え?」」


 布下の目をぱちくりさせた馭者の二人組に、マシェリはにっこり微笑みかけた。






「あーっ、はっはっは!! 愉快愉快!」


 向かいの席で笑い転げるウィズリーを、マシェリは膨れ面で睨んだ。


(馬車に乗ってもう五分くらいは経つのに……いつまで笑い続ける気かしら。このひと)


 付き合ってられない。ぷいとそっぽを向き、後ろに流れていく景色を眺める。

 魔界と人界との時差は約六時間。現在時刻が朝と夜との違いはあれど、天に輝く太陽と白い雲、郊外の緑豊かな景色は人界とあまり差がないように思えた。

 たまにすれ違う、頭に角を生やした一つ目男やとんがり帽のいかにもな魔女、服を着た二足歩行の狼なんかに目をつぶれば。


(でも目を閉じたとたん、パクッとひと飲みにされそうだわ)


 あまり深く考えるのはよそう。

 道のカーブで、前を走る黒馬車内のグレンの姿を確認すると、マシェリは窓から離れた。

 マシェリには、下手な鎮静薬よりこれがよく効く。


「……貴方、いつまで笑ってるんですの?」


 マシェリは腕組みをし、座席でゴロゴロ転げ回るウィズリーを、呆れ顔で見下ろす。


「だ、だってお前さん、赤馬車に乗ってやるから馬モドキと馭者を交換しろ、だなんてさ。あん時のモイルたちの顔ったらなかったぞ」

「お互いにとっての最善策を講じたまでです。……誰の首の皮一枚も傷つかぬように」

「なるほど、なるほど。これはまた、少し見ぬ間にずいぶんと大人になったものだなあ。小娘」


 座席に寝転がったまま、ウィズリーがまっすぐにマシェリを見上げてくる。赤いガラス玉のように綺麗で、澄んだ目。


「わしのこの目は左が『白兎(はくと)』で右を『赤烏(せきう)』という。一度見たものは二度と忘れぬ、忌まわしき魔眼じゃ。お前さんと水竜王子を記憶していたのはわしではなく、コイツなんじゃよ」

「コイツ、って。まるで他人事のように仰いますのね」

「できれば別々の存在でありたい、という願望のあらわれじゃ。あまり気にせんでいい」


(だったらなぜ、思わせぶりな言い方を)


 少々ひっかかるが、とりあえず謎は解けた。


「さて。お巫山戯(ふざけ)はこのぐらいにして、これからの予定でも話し合おうか」

「ええ」


 膝に置いた魔本を、そっと撫でる。

 ここから先はたったひとり。グレンやビビアンの手助けもなしだ。


(でも、きっとやり遂げてみせる)


「魔王城に着いたらまず、招待状を門番に渡せ。わしが迎えに来たのだし、本来なら身分確認の必要はないが、何せお前さんは初登城の人間じゃからな」

「城に入ったあとは? 中を自由に歩き回ってもよろしいの?」

「そんなわけなかろう。ただ、お前さん方は魔王様の賓客として扱われておる。わしや護衛が付いておれば、ある程度の我儘は見て見ぬふりをされるだろうよ」


 護衛というか見張りだろう。マシェリはふっと淑女の笑みを浮かべ、窓の外をチラリと横目で見た。馬車の進む先にある大きな森の上空に、晴天には不似合いな黒い雲が広がっている。

 きっとあれは雲ではなく、以前グレンとともに昏き森で見た、カラスみたいな魔物の集団だ。


(我儘が許されるのはあくまでも城の中)


 外に出れば速攻で捜索、拘束される。


「ウィズリー様。貴方も、魔王様とわたくしの結婚を望んでらっしゃいますの?」

「主の望みはわしら魔物すべての望み。聞くまでもないぞ、小娘」


 座席の上で片膝を立て、頬杖をついたウィズリーがニッと不敵に微笑む。

 どこか老人風な言葉遣いと、くせっ毛が多少気にはなるものの、なかなかの美少年だ。


 これなら、森以外にいても違和感はないだろう。


「分かりました。それなら今すぐ、目的地を変更してくださいませ。ウィズリー様」

「……は? 何故そうなる」

「嫌だわ、分かりませんの? わたくしのこのドレス、ご自慢の魔眼でよーくご覧くださいませ。フランジア王国の国色、蒼色でしょう」

「じ、自慢などしておらん! それにドレスの色がどうし」

「もう! つくづく鈍い方ですわね。このドレスでは、魔王様の元へまいるのに相応しくない、とわたくしは申し上げているのです!」


 マシェリは席を立つと、ウィズリーが止める間もなく窓を大きく開いた。

 城に一度入ってしまえば出て来られる保証はない。かといって、魔界でただ単独行動したのでは、誰かに攫われる恐れがある。


(あくまでも『魔王城に行く前の寄り道』と称して動くのが、この場合の最善策)


 向かい風に抗いながら、マシェリは思い切って窓から身を乗り出した。

 ギョッと振り返った人間の馭者に向かって、声を張り上げる。


「──行き先の変更よ! 目指すは、一流の仕立て屋が集う魔界の中央都市ベルゲ。特急でお願い致しますわ、リダ!」


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