表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/78

15.魔界列車(前)

「夜なのに、けっこう混んでますのね」


 明るい街灯が照らす駅の停車場は、列車の到着を待つ人々でごった返していた。

 グレンのエスコートで馬車を降り、辺りを見回してみると、そのほとんどが白や黒のローブ姿。肩には使い鳥を乗せている。どうやら皆、魔術師らしい。


「ああ、列車が来たみたいですね」

「すごいわ。あんな大きなものが空を飛ぶなんて……どういう仕組みなのかしら」


 感心しながら、星が瞬きはじめた夜空を見上げる。

 十三両編成だという漆黒の列車は、左右に大きくくねりながらゆっくりと下降し、停車場近くにある石畳の広場に到着。

 馬車などとは違い、全く音もなく静かな停車だ。


「巨大な飛竜の魔石を動力源にしてるとか、太古の秘術が車両全てに刻まれてるとか。色々と憶測が飛びかってはいるけどね。残念ながら、今のところ公表はされてないんだ」

「どこぞの魔術師が太古の飛行術式を発見し、魔王が完成させたというのが一番有力な説です。その証拠に……ほら。あそこに赤竜紋が刻まれてるでしょう?」

「え? どこに……」


 ビビアンの指差したほうを振り返る。──と。目の前に突然、薔薇の花が咲いた。


「きゃっ⁉︎」

「失礼、お嬢さん」


 シルクハットの下からのぞく灰色の目を細め、マシェリを見る。

 白い服に白い髪。高く尖った鼻も唇も、全体的に色素が薄い顔立ちの男性は、大きな花束をふわりとマシェリに手渡してきた。


(人……間? それとも)


「ああ。やはり貴女には、深紅の薔薇がよく似合う」

「とても嬉しい誉め言葉ですけれど……こんな豪華な花束、受け取る理由がございませんわ」


 タダほど高いものはない。早々に突っ返すも、男はなおも花束を押しつけてくる。


「そう仰らず。実はわたし、とある御方をお迎えに上がったんですけれど、今しがた不必要になってしまいましてね。この花束、捨てるかどうか迷っていたところなんです」

「まあ、捨てるだなんてもったいないわ! それならわたくし、有り難く頂戴いたします!」

「! マシェリ?」

「おお、受け取ってくださいますか。良かった。これで心置きなく帰れます」


 花束を手放すと、心底ホッとした顔で男性が言う。


 一瞬、マシェリの胸に違和感がよぎった。

 けれども、それが何なのかがよく分からない。

 首を傾げつつ花束を胸に抱き、シルクハットを掲げて歩き去った男性を見送る。


「見知らぬ方から物を貰うなんて……少し軽率すぎたかしら」

「ええ、それはもう。空気やら貴女のオツムやらと同じくらい軽いですね」


 しれっと冷ややかに、黒い顔がマシェリを睨む。


「そうだね。あまりに警戒心がなさすぎる」

「……!」

「ケ、ケルトまで? ──ひどいわ、置いて行かないでくださいませ!」


 マシェリは、スタスタと先を行く三人を慌てて追いかけていった。


 一行が乗り込んだのは、列車の最後尾である13号車。ゆったりした座席の他、寝台やシャワー室まで完備。豪華な車両に入るなり、グレンとビビアン、ケルトまでが腕組みをしてマシェリを取り囲む。


「あ、あの……。なぜ皆んな、そんなに怒って」

「当然だよ。いいかい? あの駅には魔界に向かう魔術師のみならず、魔界からの来訪者も少なからず紛れているんだ」

「さっきの花束にはさいわい、何の仕掛けもありませんでしたが、次はどうか分かりません。くれぐれも用心してください」

「! ……!!」

「よ、用心ってわたくしが? どうして」

「そんなの決まってる。──たとえ前世の契約だとしても、君があの、難攻不落の魔王の婚約者だからさ」

「殿下……?」


 珍しく鋭い目つきで、グレンがマシェリを見つめてくる。


「あの魔王は、病的なほどの幼女趣味。それは君も知ってるだろう?」

「ええ。……まあ、あまり知りたくありませんでしたけれど」


 あちこちから風の噂で耳にする上、幼女の姿で魔界に行った時、実際に魔王からあからさまなアプローチを受けている。


(国境で見た幻……というかあれは、魔王に求婚された前世の赤髪姫の記憶? そういえばあの時もたしか、十歳くらいの少女の姿だったわ)


 しかし──だとすると、魔王に先駆けて婚姻していたヴェラドフォルクのほうが、より重度の幼女趣味だということになる。

 竜の化身にはそういう性癖の奴しかいないのか。背筋に悪寒が走ったマシェリは、思わずブルッと身震いした。


「かなりおぞましい話なのですが、残念ながら事実です。そのせいか現在の魔王は火竜として生まれてから数千年もの間、一度も結婚したことがない。だからもちろん子どももいません。……ここまで聞けばカンの鈍い貴女でも、わたしたちの言わんとすることがお分かりでしょう」

「……」

「……もしかして、お世継ぎ問題?」


 理由は違えど、状況は一年半前のグレンと同じか。

 いくら長生きな竜でも、いずれはヴェラドフォルクのように寿命が尽きる。魔王が幼女ばかりにうつつをぬかし、いつまでも結婚しないでいる現状は、魔界に住む者たちにとって、かなり深刻な問題なのかもしれない。


「その魔王がたった一度だけ、結婚を望んだ相手がいる。──それが、君の前世の赤髪姫なんだ」

「魔界の上層部は、やっきになって貴女を攫おうとしてくるでしょう。いつ何時、どんな手段に出てくるか分からない。これから先の道中、決して気を抜かないでください」

「……、……?」


 ケルトが『分かった?』と言わんばかりに、ひょいと顔を覗き込んでくる。

 じっと見てると吸い込まれそうな、蒼い瞳。今にも涙がこぼれ落ちんばかりに潤んでいる。


 それほど心配してくれたのか。感動し、思わず頰に手を伸ばす。


(柔らかくて、あたたかい……というか、熱い⁉︎)


「た、大変! ケルト、また熱が上がってきてるわ!」

「なんだって? 風邪、治ったんじゃなかったのか」

「わたしは係の者に飲み水を頼んできます。申し訳ないが、マシェリ様はバスタブに水を張っておいてください」

「ええ、分かりましたわ」


 マシェリは慌てて浴室へと向かい、水栓のコックをひねった。

 落ち着かないので、貰った薔薇の花びらをちぎって入れつつ水が溜まるのを待つ。


 飛沫のあがる水面を見下ろすと、映っているのは、まるで染め上げたような深紅の髪。幼い頃は近所の悪ガキたちに、魔女だの捨て子だのとはやしたてられた。


(そういえば、火竜は赤竜とも呼ぶのよね)


 もしかしたら魔王も、グレンと同じく赤が好きなのかもしれない。


「いざとなったら黒く染めるか、髪を根元からバッサリ切り落としちゃおうかしら」


 うんうん頷きながら、コックを戻し水を止める。

 落ちた雫が波紋になると同時に、クスクスと笑う声が浴室に響いた。


『それは少し困るな。この赤髪は、わたしの大切なものだ』


「……え?」


 水中から伸びてきた手が、肩に垂らしたマシェリの髪にするりと触れる。

 ハッとして見下ろすと、薔薇の浮かんだ水面に映る黒髪の男性と目が合った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ