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10.駆け引き

 相手をやり込めるばかりが、商売の勝ちに繋がるとはかぎらない。


(ご機嫌とりのために、いったん引いてやることも時には必要。……分かってはいるけど)


 傀儡だけは、見てるとなんだか腹が立つ。


「今よ、サラ!」

「にゃあっ!」


 マシェリの影から黒い子猫が抜け出し、向かってきた顔のない人形に飛びかかっていく。──これが、最後の一体だ。


 影猫は、纏わりついた相手の存在を魔力ごと外界から遮断できる。

 サラが体当たりしたとたん漆黒の影が絡みつき、操る糸を断ち切られた傀儡は、ガラガラと床に崩れ落ちた。


 身構えていたグレンとビビアンの目が、同時にまばたく。


「お見事、と言いたいところだけど……」

「そうですね。できることなら今日だけは、もう少し控えめにして頂きたかった」


 ──心外だ。ドレスの埃をはらい、「あら」と腕組みする。


「この人形たちが襲ってきたから、仕方なく動きを止めたまでです。破壊してもいないし、わたくしはちゃんと手加減したつもりですわよ?」


 やられたらやり返す。マシェリの信条からすれば、まだ五割にも満たないくらいだ。


(城に足を踏み入れたとたん、穴に落とされたり隠し部屋に押し込められたり。果ては十数体もの傀儡で攻撃……! 護衛の騎士も途中でどこかに消えてしまったし。一応怪我のないように配慮は為されているようだけど、こちらの我慢にだって、限度というものがありますわ)


 それに、今はこんなところで時間を食ってる場合じゃない。

 一刻も早く魔界に行ってヴェラドフォルクを探し出し、魔花(ラキュラス)と右眼を手に入れなければ。床に積み上がった人形の残骸から影猫(サラ)を剥がすと、マシェリは周囲をぐるりと見回した。


「──ねえ、そこの貴方」


 壁際で小さくなっていた衛兵に、やや強めの眼力と口調で迫る。


「お遊戯(あそび)はこれでおしまいなんでしょう? 今すぐに大公閣下をここに連れていらっしゃい。第三公女のライア様でもかまわなくってよ」

「はっ、はい!」


 衛兵が泡を食って駆け出す。


 ライア・グリ=ルシンキ、十六歳。十四の頃から国政に携り、貿易にも明るい才女。大公が機嫌をそこね、交渉の席に着かなかった時の保険的な存在だ。

 このライア、巻戻る前の世界でグレンとの縁談が持ち上がったことがある。マシェリとしてはあまりグレンと引き会わせたくない女性だが、この際どちらが来ようと関係ない。


(気合いを入れて、対面に臨もう)


 マシェリは乱れた赤髪を手ぐしで整え、蒼色のドレスのシワを丁寧に伸ばした。

 裾をふわりと広げて踵を返し、グレンの腕にしがみつく。


「さあ、いつでもかかってらっしゃい!」

「ちょっ⁉︎ ちょっと待って。どうしてそうケンカ腰なの? マシェリ」

「しっ。……奥から、どなたかいらっしゃったようです」

「にゃっ」


 一歩前に出たビビアンが、すり寄るサラを身に纏う。影猫が魔力を充填する方法を知ったのは、ごく最近のことだ。


(顔を隠すって目的だけじゃなかったのよね)


 おかげでサラも元気なようだし、やっぱり返して正解だった。自画自賛しつつ、長い廊下の奥から歩み寄ってきた人影に視線を向ける。


「……ふたり?」

「左側の、頭のてっぺんから足の爪先まで、全身金ピカの女性のほうがライア公女です」

「じゃあ、隣の白い服のかたが大公閣下?」


 驚きながら身を乗り出す。三十代後半だと聞いていたが、せいぜい十五、六歳くらいにしか見えない。


(というか、見知った魔術師にしか見えない)


「やあ。二時間ぶりだねー、林檎姫。元気?」


 思わず半眼になったマシェリに、白ローブの少年がヒラヒラと手を振ってくる。

 そういえばルドガーは『書簡を大公に届けに行ってくる』と言って城の入り口でホウキに乗り、ひとりで飛んで行ったんだった。


「お前は引っ込んでいろ。……王太子殿下、ビビアン宰相。大変お待たせしてしまい、申し訳なかった」

「慣れてますのでお気遣いなく。それで、大公閣下は?」

「ああ。()()なら、わたしがさっき『檻』にぶち込んだ。若い女性がいるからと、少々調子に乗り過ぎたものでな」


 さらりと言い、ホクロのある口端を上げる。

 腰まで流した美しい金髪。吊り目がきつく、十六にしては大人っぽい顔立ち。見た目も中身も大方の噂どおり、一筋縄ではいかないお姫様のようだ。


「ライア・グリ=ルシンキだ。我が国へようこそ、テラナの竜姫」

「竜姫?」

「そなた、水竜を連れて歩いているだろう? 誰が名付けたのかは知らんが、けっこう有名な二つ名だぞ」


 広げた扇の陰でクスクス笑う。

 マシェリはキッとライアを睨んだ。色々な名で呼ばれるのには慣れてるが、見下されるのに慣れるつもりはない。


「何がおかしいんですの?」

「それを聞くか。人の子でありながらあの水竜を手懐け、影猫を操れるだけでも十分に常軌を逸しているというのに……ルシンキ出身でも魔術師でもないそなたが、『檻』に使い鳥を封じ込めたという。これをおかしくない、という者のほうがどうかしている」


 そう言って、金のバングルに手をかざす。一瞬光り、ライアの手の上に現れたのは、保冷庫の資料を入れた封筒だった。


「そなたが作ったこの資料、とても興味深く拝見させていただいたよ。わたしはどちらかというと、こういう小賢しい駆け引きは嫌いなんだが、それを殺してでも乗ってやるかという気にさせられた」

「まあ、それはそれは。光栄の極みですわね」


 上目遣いに見つつ、不敵な笑みを浮かべる。

 このやりとりが既に駆け引き。嫌いだなどと、よく言えたものだ。


「では、ランプの契約はこちらの言い値にしていただけるのかしら? もちろん、送料も込みで」

「いいとも。──ただし」


 閉じた扇が、長い杖へと形を変える。ライアはそれを掴むと、マシェリに杖先を向けてきた。     


「わたしと勝負し、勝てたらの話だがな」

「勝負?」

「使い鳥のレースさ。そなたが勝てば、フランジアの有利に契約を進めて構わない。その代わりわたしが勝ったら、例のケルトとかいう水竜を一週間ほどルシンキに貸し出してもらうよ」

「……何ですって?」

「虎やライオン、ヒグマに狼。わたしは強い生き物がとにかく好きでね。人界で一番大きくて魔力の強い水竜を、一度でいいからペットにして、世界中を連れ歩いてみたかったんだ」


 杖の先から黒光りする鎖が飛び出し、ガシャガシャと床に落ちた。

 ライアの艶やかな唇が弧を描き、舌が這う。


「安心して負けていいぞ、テラナの竜姫。お前のケルトはこのわたしが、たっぷり可愛がってやるからな」


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