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招待状

 あの日、何故君を帰してしまったんだろう。どうして、愛していると伝えなかったんだろう。


 僕は今でも、ずっと悔やみ続けている。


「ああ、やっとこの日が来た」


 もしまた君と会えたなら、今度こそ──もう二度と逃がさない。


 ………

 ……

 …





「あら、ポストが少し曲がってるわ」


 杭打ちが甘かったせいだろうか。せっかく王都で可愛い赤のポストを購入して、設置したばかりなのに。

 家の修理が終わって一週間あまり。

 工具類はすでに全部物置に仕舞ったし、第一マシェリは大工仕事などした事がない。

 グレンは早朝から仕事に出掛けてしまったし。


(どうしよう。殿下が帰って来てから……でも、すごく気になるし)


 ポストの周りをうろうろしながら悩んでいると、見覚えのある蒼い馬車が家の前に停車した。

 真っ黒な顔のビビアンが、何かもの言いたげにじっとマシェリを見つめている。


「……何ですの? その目は」

「いえ、なんでも。ただ、何かお困りなんじゃないかと思って」

「ええまあ。馬車の窓越しにニヤニヤ眺められると苛つくくらいには困ってますわ」


 半眼でジロリと睨む。人を珍獣でも見るかのように毎回毎回、遠目で観察してる事くらいこっちはとっくに気付いているのだ。

 少々バツが悪かったのか、フェイスベールを装着しつつ、ビビアンが馬車を降りてくる。


「こんなもの、こうやって直せばいいじゃありませんか」


 がしっとポストを掴み、力技というか荒技で定位置に戻す。


「まあ、ちゃんと元通りに直ったわ。ありがとうございます、ビビアン様」 

「……貴女の中の『ちゃんと』の定義は一体どうなっているんです?」

「いいのよ。だってどうせ、このポストはお飾りなんだもの。手紙の類は使い鳥が直接届けてくれるんだし」


 国の内外問わず迅速に、しかも正確に届けてくれる。とても便利だ。

 しかし──一度くらいはこの可愛いポストで手紙を受け取ってみたい。


「ビビアン様。わたくしに一通、手紙をしたためて頂ける?」

「あ、遠慮しておきます」


 さらりと拒否。と、同時にポケットから荷札付きの箱を取り出し、マシェリに差し出してくる。


「テラナ公国のご自宅からの小包が、また宮殿のほうに届いてましたよ。わたしではなく、貴女のほうが『ちゃんと』転居届を一通したためてください」

「ゲイル・クロフォード……お父様からだわ。ごめんなさい。今日こそはと思いながら、つい後回しにしてしまって」

「じゃあ今日こそは、すぐに書いて出してください。王都のリーダーは緑色の使い鳥ですから。──ああ、それとこれに左手のハンコお願いします」

「……ハンコじゃなく蒼竜石の『祝福』と言ってちょうだい。で、それは一体何の書類なの」


 グレンとの大切な婚約の証を、そこらの安っぽい認印と同等に扱われてはたまらない。

 だが憤慨するマシェリを綺麗に無視し、ビビアンは大きな茶封筒を押しつけてきた。


「貴女のパスポートの更新手続き書類です。来月ルシンキ公国へ渡航する際、期限切れのパスポートを万一提出されでもしたら、殿下が大恥をかきますからね」

「あ、ああ。すっかり忘れてたわ。……ごめんなさい」

「貴女は()()、もうじき王太子妃になる方なんですからしっかりしてください。──書類は後で取りに来ますから、ちゃんと押しておいてくださいね、ハンコ。あと、転居届も」


 優秀な宰相に嫌味をきっちりまとめられ、ぐうの音も出ない。


(最近、刺繍やら詩の朗読やら……お妃教育で苦手な分野ばかりやらされるものだから、少し疲れが溜まってきてるのよね、きっと)


 ため息まじりに応接室のソファに腰掛け、父から届いた小包を開く。

 薄紙を破ると、中から赤い革製の小箱が出てきた。


「……ペンダント?」


 少し古びた金のチェーンに、ヘッドは細かい浮き彫りの白いカメオ。ロケットタイプになっていて、パチンと開くと、中身は十歳くらいの少女の肖像画だった。

 赤髪に、新緑色の瞳。どこか気の強そうな面立ちも、マシェリによく似ている。


『愛する娘のマシェリへ。

 母の遺言に従い、お前にこのペンダントを贈ります。

 欠かさず身に付け、大切にするように』


 いつものように数行のみの簡潔な父の手紙に、がっくりと項垂れる。

 毎度の事だが、これでは意味が分からない。

 しかし、これは恐らく祖母なのだろう。記憶の中の祖母は白髪混じりで、赤と言うよりピンクの髪色だったが、瞳は確かマシェリと同じ新緑色だった。

 面立ちが良く似ているのも頷ける。


(遺言、か。……お祖母様は本当に、わたくしの事を気にかけてくださっていたのね)


 金髪ばかりの家族の中で、ひとりだけ赤髪に生まれたマシェリは、近所の悪ガキに『捨て子』だの『魔女』だのといじめられる事も多かった。

 幼い頃、泣いて帰ったマシェリに祖母はいつも、あたたかいハーブティーを淹れてくれた。


『元気が出るお茶だよ。さあ、お飲み』


「お祖母様……!」


 じわりと涙で滲んだ視界に、ふと違和感を覚える。

 マシェリはもう一度、挑むようにこちらを見る肖像画の祖母をよく見た。


 手にした深紅の花束は薔薇ではなく、着た事などあるはずもないワンピースに、何故か見覚えがある。

 ──一体どこで? 答えの分かっている問いを、自分に課すのが怖かった。


「その子、魔界に行った時のマシェリとそっくりだね」

「きゃっ!」


 驚いた拍子にカシャン、とペンダントが床に落ちる。

 マシェリは「ただいま」と後ろから抱きつくグレンを振り解き、キッと睨んだ。


「も、もう! 驚かさないでくださいませ! 心臓が止まるかと思ったじゃありませんか!」

「ごめんごめん。君のその驚いた顔がどうしても見たくて、つい。──で、そのペンダントは一体どうしたの?」


 黒髪の王子様が、麗しい笑みで堂々とのたまう。

 拾い上げたペンダントを手に、言い返そうとして──顔を上げたマシェリの新緑色の瞳が、窓の外に釘付けになる。


「クルルルッ、クルッ」

「! 緑色の使い鳥だわ」

「ああ、クルルか。やけに大きな荷物を持って来たね」


 グレンが窓を開けてやると、広げた翼を枠スレスレでばたつかせながら、何とか部屋の中に入って来た。

 テーブルの上にそっとおろされたのは、真っ白な小包。長方形で厚みはあまり無く、大きさのわりに軽い。


「『親愛なるマシェリ・クロフォード様へ』どうも君宛ての荷物みたいだな。差し出し人の名前が無いけど」

「これ、大丈夫なのかしら。開けたとたん爆発したり……」

「僕が魔法で開けるよ。君は使い鳥に受け取りのサインだけするといい」


 そういえば、転居届もあったんだった。ビビアンの黒い顔を思い出してハッとする。


 マシェリは窓枠に留まって待つ、長く美しい尾羽根のクルルに話しかけた。

 くちばしで柔らかそうな羽毛をゴソゴソと探り、クルルが取り出した用紙を受け取る。


(この羽根の中、どうなってるのかしら)


 怪訝に思いつつ、さらさらとサインする。

 横目でちらりとグレンを見ると、荷物が置かれたテーブルに半球の結界を施し、真っ白な包み紙を魔法で少しずつ切り裂いていた。

 どうやら爆発する事は無さそうだ。ホッとしながらサインを終え、用紙をクルルに差し出す。


「はい、書けたわ。あとそれから、転居届の用紙を──」


 言いかけて息を呑む。手にした用紙の角に、じわりと黒い染みが浮き出てきたのだ。

 それはみるみる内に広がり、驚いてマシェリが手離した時には真っ黒に染まっていた。


 目を見開いたマシェリの足元にひらりと落ちたのは、『招待状』と金文字で書かれた漆黒の封筒。


「……何? これ」

「魔界のやんごとなき身分の方から、君へのプレゼントの続きらしいよ。雷の次の、ね」


 そう言ったグレンが手にしていたのは、純白のウェディングドレス。

 開いた箱には、薔薇とは違う赤い花が一輪、残されている。


「面白い冗談だ。今すぐ魔王城に乗り込んで、たっぷり礼をしてきてやろう」


 グレンはにっこり微笑むと、『宣戦布告』とばかり、招待状に勢いよく剣を突き刺した。

 






最後までお読みいただきありがとうございました。

挿話はこれで終了。予定外ではあります(汗)が、魔界を舞台にした第二部を二ヶ月後くらいに始めたいと考えています。宜しければ今暫く『水竜』にお付き合いください。

※第三部も検討中。


改めて、どうぞよろしくお願いします!


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