表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/78

30

 鬼ごっこは得意中の得意だ。


 男の子にも負けたことなどない。──いや。正確には、捕まりそうになるといつも蹴り飛ばして逃げていた。

 マシェリはとにかく、いつも最後まで逃げおおせていたのだ。


(今回だって逃げ切ってみせる)


「そろそろ限界じゃないのか? 小娘」


 全力で走るマシェリの肩に、ついて来ていた白フクロウがフワリと留まる。


「心配は無用ですわ。ウィズリー様こそ、わたくしたちの道案内なんかして、魔王様に叱られませんの?」

「かまわん。管理者とはあくまで公正な立場。我が主とはいえ、この(くら)き森での理不尽な行いは看過できんからな。──来たぞ、水竜皇子! 魔王様の紅蓮の劫火だ」

「その名で呼ぶなって言ってるだろ!」


 振り向きざま、グレンは剣を高くかまえた。


 魔力をまとわせた刀身を振り下ろすと、道幅いっぱいに押し寄せてきた炎を、地面からせり上がった氷の壁がはじく。

 続いて、巨大な氷柱が次々と道に突き立ち、残った炎を押し潰す。その地響きが、周囲の木々を揺らした。


「ひゅーぅ、さすがはあのヴェラドフォルクの子孫だな。人の子の血が混じっていても、魔力量がケタ違いだ」

「これでもまだ全開じゃない。満月が隠れてなければ、魔王と対峙してやるところなんだが」


 走り出しながら剣をおさめ、グレンはマシェリの手をとった。


「ひとの妻に求婚するなんて不埒な奴だ。斬り捨てて、剣の錆にしてくれる」

「でも……魔王様は、本当にこれで結婚を申し込んでるつもりなんですの? わたくし、命を狙われてるとしか思えないんですけれど」

「狙われてるのは水竜皇子だけだ。お前さん目掛けて落ちてくる雷は、殺すためではなく花嫁として攫うためのもの。残念ながら、めちゃくちゃ本気だぞ。魔王様は」


 マシェリはため息をついた。好色な皇帝に、幼女趣味の魔王。──この二人が統べる世界の未来を、憂いずにはいられない。


「オ嫁サン! 魔王様のオ嫁サン! 返セ!」

「誰が魔王の花嫁だ。口を慎まないと、剣で串刺しにするぞ。ハリス」


 鋭く睨んだグレンの瞳が、蒼く変化する。

 雲が切れ、月光が森を明るく照らしはじめると、道の先にある分かれ道が見えた。


 左右の道の入り口は、棘のびっしり付いた茨のアーチ。

 やっとここまで辿り着いた。

 ホッとしながら足を止めると、グレンが振り返り、ゴロゴロと雷鳴轟く空を見上げる。


「……マシェリ。君の魔力を僕に貸して」

「え? わ、わたくしの?」

「僕の手に左手で触れるんだ。満月のある今、ここらで一気にカタをつけたい」


 首元の翡翠色の鱗が、月の光を反射して煌めく。

 グレンが鞘から抜いた剣はすでに魔力を纏い、蒼色へと変化していた。


「お前さんも相当本気だな。……我が主を殺すなよ、水竜皇子」

「残念だが、その保証はいたしかねる」


 剣を握るグレンの手に、マシェリは左手をそっと重ねた。

 そのとたん、手の甲に〝蒼竜紋〟が浮かび上がる。


(力が……! 全部吸い取られていくみたい)


 全身の血液が左手に流れ込むような感覚に襲われ、背筋が寒くなったマシェリはグレンをちらりと見た。

 視線に気付いたらしい、端正な顔立ちの少年が悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「震えてるね。もしかして、怖いの? マシェリ」

「まさか。わたくしは、テラナ公国で一番気の強い女ですのよ? 幼女に目のくらんだ魔王など、敵ではございませんわ」

「……お前さん、今は女と言うより幼女だがな」


 夜空の黒い雲が一瞬光る。

 周囲の木々を燃やしながら、雷光が真っ直ぐマシェリへと向かってきた。


「ごめんなさい、魔王様! その求婚、わたくし丁重にお断りいたします!!」


 蒼色に光り輝く剣を、ふたり一緒に振り下ろす。

 地面から突き出てきた氷山が、森の木をなぎ払いながら雪崩のように進み、雷光と衝突。その瞬間、辺り一面に竜巻のような風が吹き荒れた。


 半分ほど氷山を砕いたところで、雷と風がピタリと止む。


「やけに静かになったな。……まさか、魔王殺しちゃった? マシェリ」

「な、何でわたくしが? ──やったとしたら殿下でしょう!」

「馬鹿もの。魔王様がそんな簡単に倒されるか。……おそらく、小娘に求婚を断られたショックのせいじゃろ」


 分かれ道の真ん中にある、矢印の看板にウィズリーが留まり、左側にくるんと動かす。


「よし。『檻』への道を開いてやったから、さっさと行け。魔王様が立ち直る前に」

「……なにか、ちょっと引っかかるものの言い方だな」

「深く追及するのはよしましょう。……それより、ずいぶんと暗い道ですのね」


 茨のアーチを覗き込んでみると、僅かな光すらない真っ暗闇。

 木が密集しすぎていて、重なり合った葉に月光が遮られているらしい。


「だから案内役がいるんだ。ハリス、(くら)き森の管理者ウィズリーの名に於いてお前に命ずる。炬火(トーチ)となり、ここにいる人の子ふたりを『檻』まで無事に送り届けろ」

「ハーイ。ウィズリー様ノ命令、ゼッタイ。ハリス炬火ヤル」


 矢印に舞い降りてきた(カラス)似の魔物が、翼を大きく広げる。

 目の前に丸い炎が現れると、ハリスはそれを咥え、あろうことか──ごくんと呑み込んでしまった。


「炎を⁉︎ この子、まさか寝ぼけてるんじゃありませんわよね?」

「黙って見ておれ。すべての羽根を炎で覆い尽くすこいつの炬火は、森に棲む魔物の中で超一級だ。この道でも、躓くことなく歩けるぞ」

「へえ。……まるで火の鳥だな」


 感心したように呟くグレンの脇を、炎に包まれたハリスが横切り、マシェリのもとへ飛んでくる。

 咄嗟にグレンが剣に手を伸ばすと、ウィズリーが翼を広げて制した。


「慌てるな水竜皇子。命令を受けた今のあいつは、わたしの忠実なる臣下だ。危険はない」

「ウィズリー。お前……本当に、ただの森の管理者なのか?」

「無論。しかし、魔界は常に人手不足でな。私の仕事もひとつだけではない、とだけ言っておこう」


 ふっと赤い眼を細めた白フクロウが、バサバサと空へ向かって羽ばたいていく。


「達者でな、水竜皇子と小娘。二年後、神殿でまた会おう」

「……正直、式場変更したいところだがな」


 夜空を見上げてぼそりと呟き、グレンは口端を上げた。


「ウィズリー様、城で魔王様に怒られたりしないかしら」

「大丈夫だろ。ああ見えて、ウィズリーはたぶん魔王の……」


 こちらを振り向いたグレンが言葉を切る。

 マシェリの肩には、体と炎を小さくしたハリスがちょこんと乗っかっていた。


「オ嫁サン……イイ匂イ。ハリス、オ嫁サン好キ」

「もう手懐けちゃったのか。さすがは僕のお嫁さんだ」

「からかわないでくださいませ。たぶん、さっきこの子に見せた花のせいですわ。……ほら」


 マシェリはポケットから出した赤い花束をハリスの鼻先に寄せた。

 匂いを嗅がせたとたん、ぐらぐらと左右に体が傾く。


「この様子……まさかこの花、媚薬の効果があるんじゃないだろうな」

「それはありませんわ。だって、もしこれが媚薬なら、魔王様からのプロポーズを断ったりできなかったはずですもの」


 とはいえ、当のハリスはトロンとした眼でうつらうつらしていて、普通の様子ではない。


 睡眠薬か何かだろうか? 眉根を寄せて観察していたマシェリはふと──父のことを思い出した。

 以前、ワインを呑みすぎた父がこれとよく似た動きをしていたような。


(もしかして、酔っ払ってる?)


「媚薬が効けば断れない……。そうか」

「何をぶつぶつ言ってますの? そんなことより、この花は」

「マシェリ」


 グレンが、マシェリの手を両手できゅっと握り締める。


「人界に帰ったら、僕と初夜を迎えよう」


 魔界の森にばちーん、と派手な平手打ちの音が響き渡った。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます!ブクマ、評価、感想等、執筆の励みにさせていただいております。

m(_ _)m


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ