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「これで最後だ。そっちが終わったら署名してくれ」


 くちばしで咥えた書類を切り株の上に置き、白フクロウがしれっと言う。

 黙々と羽根ペンを動かしていたグレンが、半眼で顔を上げた。


「また追加か。いったい何枚の書類にサインさせれば気が済むんだ? お前の主は」

「入国の許可申請と滞在申請がそれぞれふたり分と、神殿の扉の開閉申告その他諸々、修正分合わせて計十五枚だ。これでもだいぶ枚数を減らしたんだぞ。水竜の身内だからと、魔王様が気を利かせてくださったから」

「……『気を利かせて』? それは、間違いだらけの書類に連続で五回もサインさせたことか? それとも、()()に関してか?」


 グレンが眉間いっぱいにしわを寄せ、マシェリを指差す。

 そのとたん、ポン、と心地よい音が響いた。


「今度はケーキが届きましたわ。……これ、どうしましょう? 殿下」


 小さな苺のケーキを受け止めたマシェリが、頬を染めてグレンを振り返る。

 草原の上にちょこんと座った赤髪の少女は、空間から突如現れる『プレゼント』にぐるりと囲まれてしまっていた。赤い花束から始まり、豪華なドレスやアクセサリーにクマのぬいぐるみ。終いには苺のケーキだ。


「魔王は幼女好きなのか? もしそうならどこぞの姫君でもなんでも、紹介してさしあげるけど」

「馬鹿なことを言うな。我が主はそんな節操ナシではない」

「……幼女趣味の否定はしないんですのね」


 マシェリはグレンに気遣い、魔王からのプレゼントには手をつけず、隣にすとんと腰を下ろした。

 切り株に置かれた罪のないケーキを、殺意に満ちた目でグレンが睨む。


(出てきた瞬間、いっそペロリと食べてあげれば良かったかしら)


 マシェリは、少々申し訳ない気持ちになった。


「ふむふむ。よし、書類はこれでぜんぶ揃ったな。あと必要なのは身分証か」 

「分かっている。……マシェリ、君の左手をここに」

「え? ええ」


 戸惑いながら書類の上に左手をのせると、竜の形をした紋が手の甲に蒼く浮き出た。

 手をよけると、紋とそっくりな印章が捺されている。


「これも……魔法ですの?」

「少し違う。竜から祝福を受けたり契約をしたりすると、竜種ごとに違う魔力と色をもつ『紋』が刻まれるんだ。水竜は蒼色、火竜は赤、飛竜は緑、土竜は茶色というふうに。この書類に使われている紙は、その『紋』を転写できる魔道具なんだよ」

「お前さんたちのは、水と氷の魔力を合わせもつ〝蒼竜紋〟だな。この『紋』は特殊なものだから、パスポートや身分証代わりに使えるのさ。──さて。これを魔王様に届ければ手続き終了だ。すぐに戻って来るからここでもう少し待っておれ。くれぐれも、勝手にあちこち動くんじゃないぞ」


 書類を丸めて首に下げた筒に入れ、ウィズリーが翼を広げる。

 飛び立とうとしたまさにその時、マシェリは「あっ!」と声を上げ、ウィズリーの足を掴んだ。


「なっ、なんだ? いきなり」

「ごめんなさい。その……魔王様に『ありがとう』と、伝えてくださる?」


 一方的に送りつけられてきたものに、本来礼など必要ないのかもしれない。

 けれども贈り主は魔界の王。そうそう無碍にはできない。


「ほう。なかなか礼儀正しい人の子じゃないか。気にいったぞ、小娘。その言伝(ことづて)、このウィズリーがしかと魔王様へお伝えしよう」

「お願いします。気をつけて行ってらっしゃいませ」


 ウィズリーがバサバサと夜空へ飛び立って行く。マシェリは手を振りながら、しばらくそれを見送っていた。

 知らず知らず、冷や汗が背中に流れる。

 振り向き、後ろで腕組みをしているグレンと目を合わせるのが怖い。


「……このケーキ、よかったらお食べになります?」

「いらない。君も食べるのはやめたほうがいいよ。何が入ってるか分からないから」


 さらりと言われ、ハッとする。言われてみれば、真っ白な生クリームが魅惑的すぎて、確かに怪しい。

 赤い宝石のようにつやつやした苺の輝きも、怪しい。


「もしかして毒、とか……?」

「好きな女の子を死なせてどうするの。それに、平和条約違反でしょ」

「魔王様は小さな女の子が好きなだけでしょう? この姿を魔力か何かで見たのかもしれませんけど、一度もお話した事がありませんもの。……わたくしを、好きになるだなんて」

「絶対に、ないと思う?」

「ええ。だからせいぜい毒殺して、剥製にするくらいかなと思いましたの」


 贈られてきた豪華なドレスを身につけ、魔王城に飾られている自分を想像してしまうと悲しくなる。

 真剣に語ったにも関わらず、グレンが盛大に笑い出し、マシェリはむくれた。


「そんなに笑うことないじゃありませんか。……本当に、意地悪な方ですわね殿下って」

「ご、ごめん。だって剥製って。君、よっぽど自分の容姿に自信があるんだね」

「自信があるのは、容姿というよりこの赤髪ですわ。わたくしの自慢ですもの。……殿下だって、この色がお好きなのでしょう?」


 マシェリは花束を拾い上げ、赤い花に鼻先を寄せた。

 ほのかに薔薇に似たいい香りがする。

 よく見てみれば、人界で見かけたことのない花だ。もしかしたら、魔界でしか咲かない花なのかもしれない。


「好きだよ」

「知ってます。だから殿下も、わたくしに求婚してくださったんですものね」

()、って。魔王と一緒にされるのは心外だな。僕はきちんと君と向き合った。その上で、君を好きだと自覚したから結婚を申し込んだのに」

「で、でも。あの時わたくしたちが話したのなんてたったの二、三分でしょう?」


 マシェリが執務室に行ったのは水脈の開放のため。出会った瞬間はおたがい、好かれたいとも好きになりたいとも思ってなかったはずだ。

 むしろ嫌われたい、そして早くテラナ公国に帰りたいとばかり願っていた。


(今の気持ちとは全然違う)


「君を、どうしても帰したくなかった」


 思わず顔を上げたマシェリの髪に、グレンがさらりと指を通す。

 まだあどけない少年の顔立ち。けれども、マシェリを見つめる蒼い瞳には、昨夜と変わりない熱がこめられていた。


「一日と言わず、この先ずっと一緒にいたいと思った。君のその美しい赤髪も、この唇も。すべて僕のものだ。……魔王だろうが誰だろうが、決してわたさない」

「殿下……」


 頬に触れてくるグレンの手を、マシェリは拒めなかった。その理由を探す間にふたりの唇が近づき、キスを交わす直前──突然、雨が降り出した。 


 満月がみるみる分厚い雲に覆われ、あっという間に辺りが真っ暗になっていく。おまけに、雷まで落ち始めた。


「きゃあ! な、何ですの? 突然」

「魔界の異常気象かな。──とりあえず、そこの木の下で雨宿りしよう」


 手を取り合い、近くにあった大きな木の下へと駆け込む。

 あまり濡れずにすみ、ホッとしているところへウィズリーが戻って来た。さっきマシェリを襲った、(カラス)っぽい魔物のハリスも一緒だ。


「大変なことになったな、一張羅の羽根がびしょ濡れだ」

「魔王サマ、スゴイ怒ッテル。……アッ! 赤毛ノ女ノ子!」


 懲りずにまたマシェリに向かって来たハリスに、グレンが剣を抜いて突き出す。


「さっさと『檻』に案内しろ、ハリス。でないと魔王が消炭にする前に、僕がお前を斬り刻む」


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