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「その魔女が孤児院に火をつけたということ?」

「違う。……いや、違わねえか。六年前、不法滞在の魔女や魔物を取り締まってる〝西方師団〟とかいう魔術師の連中が孤児院に来たらしいんだ。『魔女を封印する』って言ってな。ところがそいつは魔法をはじき返した上、魔本ごと孤児院を燃やした」


 不法滞在の取り締まり、という言葉にマシェリは眉を寄せた。


 魔王の許可なく人界へ入り込んだ魔物は、魔本の『檻』に封印され、魔界へ強制送還される。

 それはこの世界のルールで間違いない。

 だがそのきっかけは大抵、魔物を発見した国民から国への通報だ。魔術師が自ら魔女や魔物を探しに行くなど、聞いたこともない。


(……まさか、目的は魔物の密売?)


 ぽんと頭に浮かんだ言葉を即座に打ち消す。

 それは重大な平和条約違反だ。魔王に刃を向けるのと同義な行為をしでかす馬鹿が、この世にいるとは思えない。


「それで、その魔女はどうなったの?」

「逃げた。……聞いた話だけどな。俺は幼年学校卒業した後すぐに孤児院出て、そん時はもう、王城で調理師の見習いやってたから」

「そういえば……おじさんっぽく見えるけど、ガレスさんって年齢おいくつなんですかぁ?」


 メモを構えたベルの横やりに、憮然とした顔でガレスがにらむ。


「おじさんだあ? 俺はまだ十九だぞ」

「十九⁉︎」


 つい声を上げた口を両手で塞ぐ。

 眉間に縦じわが増えたガレスに、マシェリはジリジリと壁際へ追い詰められた。


「なんなら今夜、皇子様と結婚できない体にしてやろうか?」

「そ、そんな事を言って……! 剣で切り刻まれても知りませんわよ⁉︎」

「そのうるさい口を塞いどけばバレねえさ。もし姫がお望みなら、それ以上の事も指南してやる」


 ガレスがマシェリの顎をつかんで持ち上げる。

 そのとたん、ユーリィが木べらでガレスの後頭部を一撃した。


「貴方は黙って料理してろって言ったでしょうが!」


 はーい、とまた間延びした声でガレスが返事をした。



 ◆



「おはようございます、マシェリ様」


 翌朝、爽やかな笑顔で部屋を訪れたターシャを、マシェリは目元に少々クマができた顔で出迎えた。


「おはよう、ターシャ。昨日はご苦労様だったわね。体調は大丈夫?」

「わたしは平気です。マシェリ様こそ、ご気分が優れないんじゃありませんか? 顔色が……」

「え、ええ。……実は、足の傷が痛くって。よく眠れなかったのよ」


 マシェリはため息を吐いた。

 医局からもらった鎮痛薬と、保管庫から失敬してきたはちみつ。これらを混ぜ、昨夜一回分だけ飲んでみたのだ。


 結果は大失敗。──痛みがひくどころか、逆に悪化した気さえする。


(昨日はあんなに効いてたのに。この薬、きっとはちみつとは相性が悪かったのね……)


 だから混ぜずに使ってたのか。薄っすら禿頭だろうが口が悪かろうが、あの医官、どうやらヤブではなかったらしい。


「医局に行ってきたいんだけど、支度の時間は大丈夫かしら?」

「パーティーの開始は夜ですし、午後のお茶の時間くらいまではご自由になさってて結構ですよ。ただ、その前にフローラ様がこちらに来るかもしれませんが」

「まあ、それなら余計に出かけておかなくちゃ」


 この足でダンスを踊るのは無理だろうが、魔法の靴のおかげで、なんとか歩く事はできる。


(結局、礼拝堂には戻って来なかったわね。殿下)


 せっかく、試食用のマーマレードを用意して待ってたのに。


 隣の部屋に帰って来たのも、たぶん明け方近く。今夜のパーティーはお互い、寝不足の目を擦りながらの出席になりそうだ。

 ドレッサーの鏡の前でついウトウトしていると、足元の影がぐにゃりと歪んだ。


「!?」


 思わず目をまばたく。気のせい、だろうか。


「マシェリ様、今日のリボンはどれに……あら、使い鳥」

「クルルね。今日は手紙を咥えてるわ


 窓の外でばたつく緑色の羽根が見えた。

 影の件は気になるが、とりあえず窓を開け、滞空していた使い鳥を中に入れてやる。


 マシェリが渡されたのは、飾り気のない白い封筒。差し出し人はゲイル・クロフォードとあった。きっちりした性格の父らしく、手紙の封には印章を捺した封蝋が施してある。


(もしかして、パーティー欠席の連絡かしら)


 ちょっぴり期待しつつ、ペーパーナイフで封筒を開く。

 便箋にはたった数行。いつもどおり、用件のみが簡潔に記されていた。


 〝愛する我が娘へ。

 エクスター侯爵家の四男に、お前を諦めないと宣言された。──健闘を祈る。

 父より〟


 おまけのように添えられた、〝パーティーには少し遅刻する〟という追伸など、頭の隅っこどころか雲の上あたりまで吹っ飛んだ。


(いやいやいや。この四男、どう考えてもおかしいでしょう。一度も会った事のない、しかも既に婚約者のいる女性を諦めないって、一体どういうこと?)


 障害が多いほど燃える、あるいは他人の所有物を奪うのが好きな性癖なのだろうか? 

 正直、あまりお会いしたくない。ゲンナリしながら部屋を出て、医局へと向かう。


 朝の日差しが降り注ぐ回廊を歩いていると、白いローブ姿の少年が、キョロキョロしながらこちらへ向かって来るのが見えた。

 深くフードを被った頭をペコリと下げ、急ぎ足ですれ違っていく。


(? 近衛でもないし、侍従にしては細いわね)


 怪訝に思いつつ医務室へ向かう。すると、やんごとなき御方が隠れ家を満喫中だった。顔を伏せて丁重に挨拶した後、ジムリに薬の件を説明する。


「だーから、良薬は口に苦しと言ったじゃろう? 余計な真似をしおって、まぁったく」

「……ごめんなさい。本当に馬鹿だったわ、わたくし」


 マシェリはしゅんと項垂れた。


「もう一度、鎮痛薬を処方してやればいいだろう。あまりマシェリを虐めるな」

「陛下の頼みとあらば仕方ないの。……ま、約束どおり薬師も増員してもらったことだし、今回だけは大目にみてやるわい」

「新しい薬師の方が入ったんですの?」

「ああ、ようやっとな。……おーい新人! ちょい強めの鎮痛薬、この嬢ちゃんに作ってやってくれんか」

「はい、かしこまりました」


 どこか聞き覚えのある声が、奥の部屋で応える。

 戸惑いながら扉を開くと、見慣れた銀髪の後ろ姿がゆっくりと振り返った。


「貴方は……!」

「薬師のアディル・エクスターです。……初めまして。マシェリ様」



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