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「鍋、ありったけ持ってきたぞ。姫」


 顔が見えなくなるほど高く重ねた鍋を抱え、ガレスがキッチンから出てくる。


「……姫?」

「ジャムを混ぜる木べらも何本か拝借してきた。料理長に許可ももらったし、俺も何か手伝いを──」

「あっ、ありがとうガレス! 助かりますわ。ねえ、殿下?」


 マシェリはガレスの言葉を慌てて遮ると、腰の剣に伸ばしたグレンの手を両手で押さえた。


「何で庇うの。まさか君、その(カラス)のことを」

「鴉じゃありません、ガレスです。──とにかく、それは鞘におさめてください殿下。こんな事くらいで剣を抜いては、フランジアの紋章が夜泣きしますわ」

「ますます気に入らない。君は僕と紋章、一体どっちが大事なの?」

「……おいおい、妙な痴話喧嘩始まっちまったぞ。まさかこれ、俺のせいじゃないよな?」


 無精髭の顎をさするガレスを肘で突っつき、ユーリィはグレンとマシェリの間に割って入った。


「殿下、侍従たちが指示を待ってます。ですから、ちわ……いえ。マシェリ様への追及はそれくらいに」

「ああ、ごめんユーリィ。つい、こみ上げてくる殺気を抑えられなくて」


 物騒なひと言とともに剣を鞘におさめると、グレンはマシェリに向き直った。

 真っ直ぐに見つめてくる漆黒の瞳の奥に、燻るような熱を感じて、視線を逸らす事ができない。


「礼拝堂へ……行かないと」

「分かってる。でもその前に、ちょっと足を貸して。マシェリ」

「足?」


 目を丸くしたマシェリを椅子に座らせ、グレンがその前に跪く。

 マシェリの足に手を伸ばすと、あろうことか──靴を丁寧に脱がし始めた。


「で、殿下。一体なにを」

「怪我した足で歩き回るのは辛いだろう。……いいから、じっとしてて」


 至って真剣な口調で返され、マシェリは口を噤んだ。

 意を決し、グレンにされるがままになる。靴からするりと抜かれた足先には、赤い爪紅が塗られていた。


「ちょっと冷たいけど、我慢してね」


 マシェリの足に触れたグレンの左手の甲に、蒼色の竜の紋章が浮かび上がる。

 細氷混じりの風が渦巻き、数分後──靴の形にまとまった。透明な冷たい膜にそっと触れると、新雪のように柔らかい。


(これは、もしかして魔法?)


 高鳴る胸を抑えつつ立ち上がる。カツン、と硬質な音が響いた。


「なんて素敵……! 御伽話に出てくるガラスの靴みたい」

「履き心地はどう? 一応、ぴったりになるように調整したはずだけど」

「とてもいいです。靴擦れもぜんぜん痛くないし、まるで毛足の長い絨毯を踏んでるみたい。──ありがとうございます。殿下」


 マシェリはワルツを踊るように、くるりと一回転して見せた。

 白いワンピースの裾が、ふわりと広がる。


「殿下……その魔法はまさか」

「ユーリィ。今は黙って、マシェリを手伝ってやってくれ」

「……。分かりました」

「じゃあ、俺はこの鍋を運んでやる。他に足りないものがあれば言ってくれ。すぐ取ってくるから」

「ありがとう、ガレス。──では、わたくしたちは先に礼拝堂へ行って、火の準備をしておきますわ」


 ユーリィと侍女ふたりとともに、宮殿の外へ出る。

 すでに日が沈みかけ、中庭は薄暗い。空には、宵闇を切り抜いたような月が浮かんでいる。


「尖った屋根の塔が見えますでしょう? その手前にある、白い建物が礼拝堂ですよ」

「あの塔は何なんですの? ユーリィ様。ずいぶん、高さがあるようだけれど」

「他国と争いごとが起きた際、王族が立て篭もるために造られた塔です。もっとも帝国に変わってからは、主に罪人を入れる牢屋として使われているようですが」

「知ってます? あそこ、ルディ様が折檻部屋として利用してるってもっぱらの噂なんですよ。この前も捕まえた賊を引きずりこんで、半日近くも鞭でひっぱたき続けたとか」


 ベルがふたりの間に割り込み、ぺらぺらと捲し立てる。 


「貴女は……! もう、いい加減にしなさい」


 ユーリィがベルの頰をきゅっとつまみ、つねり上げる。すると短い手をばたばたさせ、「ふぉめんなひゃい」と、ベルが声にならない声を上げた。


「……見ちゃダメですよ、マシェリ様。さ、礼拝堂へ急ぎましょう」

「そ、そうね。えっと……鍵は、もしかしてこれかしら?」


 十字架が彫り込まれた銀の鍵。鍵束から選びだし、ターシャに見せる。


「当たりです。結構暗くなってきたので、着いたらわたしが明かりを点けますね」


 エプロンのポケットをさすり、ターシャがニコッと微笑む。

 マシェリは目を丸くした。まさか、マッチもそこに入れて歩いてるのか。


 昨夜の湯浴みと朝の身支度の時。オイルの瓶や櫛、髪飾りに至るまで、この小さなポケットからすべて取り出されていた。


(気になって仕方ないわ。あとでターシャに聞いてみよう)


 今はそれより、あの大量の果物を何とかせねば。

 こじんまりとした白い教会に辿り着くと、ステンドグラスがはめ込まれた大きな扉の前に立つ。扉の両側にある白い柱頭には、水竜を象ったらしき彫像が飾られていた。


 緊張しながら扉に鍵を差し込み、ガチャリと回す。


「開いたわ」

「じゃ、明かりを点けますね」


 ターシャが不思議なポケットをポン、と叩く。

 中から取り出したのは、マッチではなく赤い石だった。ランプの上蓋を開けて放り込み、手をかざしたとたん、明かりが灯る。


「! これって」

「魔法です。今入れたのが魔石で、これは魔道具のランプ。マシェリ様にはまだ言ってませんでしたけど、わたし、一応魔術師なんですよ。生まれ故郷がルシンキ公国で」


 ターシャが、そばかすのある顔に人懐っこい笑みを浮かべる。有能な侍女頭の他に、魔術師の肩書まで持っているとは知らなかった。 


(ということは、このポケットも魔道具か)


 早目にモヤモヤが解消できて良かった。

 すっきりした気分で、礼拝堂の奥へと向かう。


 遅れてきたユーリィたちとともにキッチンの入り口をくぐると、ターシャが再び魔法でランプを点けた。中の広さは宮殿の半分ほどしかないが、コンロと流し台がそれぞれ二つずつ付いていて、作業用の机も大きい。


「思ったより狭くないわね。調理器具とか、蓋付きの瓶もたくさんあるし。これならジャム詰め放題だわ」


 棚のガラス戸を開き、微笑む。探す手間が省けて良かった。


「亡くなられた皇妃様が生前、教会のバザーに出すためのお菓子やジャムをここで作っていたそうなんです。そのために用意してあったものでしょう」

「バ、バザー? 皇妃殿下が?」


 マシェリは目を丸くした。


「ええ。昔から、皇都の教会が経営している孤児院をたいそう気にかけていたらしいんです。陛下とご結婚なされた後も、忙しい公務の合間を縫ってよく顔を出してらしたとか」

「……そう。とても、慈愛に満ちた方でしたのね。殿下のお母様は」


(どうせなら鉄仮面のフローラではなく、皇妃様に会ってみたかったわ)


 ため息交じりにボウルを洗っているところへ、ガレスとグレン、それに侍従数人がぞろぞろとキッチンに入って来た。

 大きな机の上が、あっという間に果物の箱と鍋で埋め尽くされる。


「よし。これで全部、かな」

「お疲れ様です殿下。あの、これどうぞ」

「ハンカチ……僕に?」

「ひ、額に汗をかいてらっしゃるから。でも、あまりまじまじと見ないでくださいませね」


 習い事で刺繍したハンカチだが、正直、出来はあまりよろしくない。


 気遅れしながらグレンに差し出したとたん、横から伸びてきた手にバッと奪い取られた。







ブクマしてくださった方、ここまで読んでくださった方、チラ見でも立ち寄ってくださった皆さん、ありがとうございます!


本編もそろそろ折り返し。投稿時間がこの先少々バラけてきますが、これからも応援していただけたら嬉しいです!


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