第1幕:お断りします
取り急ぎ書きました。
今日で月の時間外労働が百二十時間を超えた。しかも連続で三ヶ月間……今までで一番の過重労働である。ここ最近は趣味のゲームや映画鑑賞などもする余裕などあるはずもなく、フラフラになって家に帰り、風呂に入って死んだように眠る生活が続いていた。明日は現場で監督業務か……早めに家を出ないといけないな、などと考えているうちに俺は寝落ちしてしまっていた。
翌朝いつもより早い時間に起きて、風呂に入って現場に直行する。出勤中、すごく汗をかいた。スマホで天気予報を見ると猛暑日なので水分補給をこまめにしましょう。熱中症に気を付けて! と注意喚起がなされている。どうりで熱いわけだ……現場作業員にもまめに水分休憩を取るよう指示しなければな。俺はスマホをポケットにしまうと現場まで歩き出した。
到着してすぐに作業員の工程表をチェックしたりと仕事をこなしていく。とにかく熱い!汗がダラダラと止まらない。作業員達が来る前には準備を終わらせなければならない。こまめに水を含みながら仕事をしていった。朝礼時間になり、作業員達が集まってくる。スマホで見た通り、熱中症に気を付けろと注意喚起を行う。
「それでは皆さん、作業開始してください。」
そう言って現場作業が始まった。俺は、一通り言い終えると気持ち悪くなり、それを誰にも悟られることのないようトイレへ向かった。そしてそのままぐらっと倒れこみ意識が真っ暗になってしまった。
「おらッ!起きなさいっ!」
ガシガシと誰かが蹴りつけてくる。ウザい事この上ない。そもそも倒れている人を見たら普通はもっと丁寧にやさしく介抱するのではないか? そんな疑問を抱いていると更に声が聞こえてくる。
「早く起きなさいよ! あたしも忙しいのよ!」
「分かった、分かったから蹴るな」
正直、もう少し横になっていたかったがしょうがない。どのくらい眠っていたか分からないが作業に戻らなければ……そう思い立ち上がった後、俺は何度も瞼をこすってあたりを見回した。
「どこだよここは!」
そう叫ばずにはいられなかった。あたり一面真っ黒な空間にテレビとこたつとそして目の前に立つ貧相な体つきの女性……頭が混乱せずにはいられなかった。
「やっと起きたのね! まったく手間かけさせないでよ」
「その前に聞きたいんだが、ここはどこだよ! んで、あんたは誰? というか最初にオラついて俺の事蹴ったよね?」
「こまっかいわね! そんなんだから彼女が出来ないのよこの童貞野郎!」
事実を述べただけなのにいきなり言われたい放題である。そんな彼女に反論する。
「自身の名誉の為に行っておくが、彼女いない歴=ではない断じて! 童貞だけど……」
「そうやってちまちまと言い訳しない!」
バッサリ切り捨てられた。酷い。
「いきなり無茶苦茶言われて非常に気分が悪いんだけど、改めてもっかい聞くけどいったい何なの?」
「今説明するから待って!とりあえずそこ座ってて準備するから」
そう言って彼女は俺をこたつに案内するとテレビをつけた。するとテレビに俺が映される。というか病院で寝ているんだが……
「どういう事だ? なんで俺が病院で寝ている? 今ここにいるのに?」
「あんた今日倒れたでしょ? ぶっちゃけると熱中症で死にかけてるのよ」
いきなり突拍子もないことを言われた。死にかけてる? え? どういうこと? 困惑している俺をよそに彼女は続ける。
「そんなほぼ死んでる状態のあんたの魂をここに呼び寄せたって訳」
そうですか。ありがとうございます。とはならない。もの凄く狼狽えて彼女に詰め寄る。
「返してくれ! このままじゃ死ぬだろ! 急いで戻らないと!」
そんな俺の頭を彼女はハリセンでひっぱたいた。
「落ち着きなさい! じたばたしてもどうせ死ぬの! だから落ち着いて私のいう事を聞きなさい! それこそ犬のように!」
最後の一言が余計すぎる。だが、おかげで少し落ち着けた。
「ムカつく一言があったが聞こえなかったことにする。とりあえず落ち着いたからしっかりと説明してほしい」
「OK! 耳の穴かっぽじってよく聞きな小僧!」
コイツマジでなんなの? ちょいちょいうざい言葉をチョイスしてくるんだが……まぁ、いいや。ここで噛みついて説明が遅れるのは避けたい。
「という訳なの。やってくれるかしら? 寧ろそれしか道はないのだけれど……」
彼女、ヒルデガルト通称ヒルダが言うには彼女は自称、女神なのだそうだ。性格、言動、見た目、そのどれをとってもそうは見えないのだが、この際それは置いておく。その彼女曰く、異世界に危機が迫っているらしい。なんでも、4人の超常を超える存在が現れたのだそうだ。それだけなら特に問題はないそうだが、彼らが衝突してしまえば、世界はその力に耐えきれず滅んでしまうという事らしい。その超常の存在、面倒なので超越者と呼ぶことにする。をなんとかして戦わせないようにする為に俺を呼んだらしい。
なんとも無茶苦茶な話である。それと俺が倒れたことにどうつながるのか。全く分からない。素直に彼女に質問する。
「一つ聞いていいか? その話でなぜ俺が呼ばれたのか?」
「まだ答えるとも何とも言わないのに要件を言ったわね! まぁいいわ。私は女神だから寛容なの。あなたの失礼な行いも許してあげるわ」
いちいちうぜぇ。ぶっとばしてやろうかと思うが、小学生くらいを相手にしていると思えば何とか我慢できる。冷静になるんだ……
「ちょうどタイミングが被ったのよ。だからあなたを選んだ。どの道、このままだとあなたは確実に死ぬわ。でも今言ったように異世界を救ってくれたならあなたの命を救ってあげる。悪い話じゃないと思うけど?」
ヒルダはこう言うが、俺は割に合わないと感じていた。というかこのまま死んだらどうなるのかも気になる。ついでに確認してみる。
「仮にこのまま死んだとしたらどうなるんだ?」
「そうね……たぶん、そのうち転生するわ。と言っても今までの事はキレイさっぱり忘れるし、ただの新しい人間が生まれるって感じかしら? 因みに通常通りの転生手順だと同じ世界で転生する。あとは転生待機中は貴方の意識は完全になくなる。寝てる状態みたいなものかしら……つまりはここで終わりって事よ」
要するに記憶とか経験とか全部忘れるし、同じ世界でも新しい環境で生まれるから別人になってしまうようなものなのか……正直、どっちでもいい気がしてきた。そもそも就職してから働いて食べて寝るくらいの生活しかしてこなかった。仮にヒルダの言う仕事をこなして生き返ってもメリットが全くない気もしてきた。どうせ意識が真っ暗になるなら怖くもないし……。そう思った俺はヒルダに断りを入れることにした。
「あー、こと……」
「言わなくてもいいわよ。あなたのやる気は分かるわ! あたしが精いっぱいサポートしてあげるから感謝しなさい!」
「ちげーよ! 話聞けよ! やんないって。答えはNO! 割に合わないからやらないよ」
「は? ちょ、何言ってんの? アンタこのままじゃ死んじゃうのよ? 普通は嫌でしょそんなの」
「いや、このまま生き返ってもどうせ仕事して飯食って寝るだけの生活だし、あまり意味がない気がするし……何より転生待機中って意識もなくなるってことは寝てるみたいなもんだろ? 確かに生まれ変わって別人になるっていうのはその通りだとは思うが、そん時にはもう俺は前世の記憶もないわけだし……」
「お、お、お、落ち着きなさい! 早まっちゃだめよ! 命を大事にしなさい」
「命を大事にって、今言っても後の祭りだろう。もう死ぬんだろ?」
「あー、分かった! 分かったわ! 生き返るついでにオマケで好きな願いを一つだけかなえてあげる。 これなら生き返る意味もあるでしょ?」
滅茶苦茶狼狽えるヒルダ。これは相当人材難なのか? というか、一つだけ願いをかなえるってなんだよ。ちょっと聞いてみるか。
「願いってなんだよ。なんでもかなえてくれるわけ?」
「まぁ、余程の事じゃなければ……」
「余程の事ってなんだよ? 気に入らないやつを殺してくれるとかか?」
「え? そのくらいならまぁ別にいいよ。余程って言うのはそうだなぁ、全人類を死滅させるとか、すべての女性があんたを好きになるとか、かしら?」
想像していたより結構スケールがデカかった。というか、神なのに人ひとり適当に殺していいのかよ……そこら辺すごく興味が沸いたので聞いてみよう。
「女神が人ひとり適当に殺すってやっていい事な訳?」
「あー、そっか、人間的には法律とか倫理的にアウトだもんね。まぁ、あたしは女神だから問題ないかな……というか直接手を出すわけじゃないし。あくまで死ぬほどその人の運気というか因果みたいなのを下げるだけだし。後は勝手に死ぬと思うよ」
しれっと恐ろしい事を言う。
「そんなことできるなら超越者もヒルダが消せばいいじゃん」
「そんな簡単じゃないの! 超越者ってあの4人の事よね? 言いやすいからあたしもこれからそう呼ぶけど、超越者はそういう事象すら平気で跳ねのけちゃうのよ。そうじゃなかったら頼んでないわ」
なに? 超越者って神様の力も跳ねのけるの? 話を聞けば聞くほど嫌なんだけど。
「なんだそりゃ、やべぇ奴らじゃん。話をきいて益々やりたくなくなった。謹んで辞退させていただきます」
「まって! まって! お願い! 助けてよ! 他に人材いないの! アンタ以外頼めないのよぉ」
そりゃ、こんな話聞いたら誰でもやりたくないに決まっている。というかコイツ全員に断られたの? 哀れすぎるんだが……
「お前、死んだ人みんなに断られた訳?」
つい聞いてしまった。
「グスッ そ、そんなわけないし……そもそも私みたいな美人の女神が頼んだら男なんてイチコロにきまってるでしょ!」
む、虚しすぎる……顔はたぶん美人だとは思うのだが、その貧相な身体付きと残念な言動でそんな事を言われても説得力がない。だんだんと哀れになってきた。とはいえやりたくはないなぁ。
「そもそもさ、異世界に転生って言うけど言葉とか社会知識とか生活習慣とか色々合わせるの大変じゃん。メリットが薄すぎるんだって……」
人間が女神に労働条件が悪すぎる点を指摘する。なんだコレ?
「だって、私人間の世界で働いたことも生活したこともないし、そんなの分かるわけないじゃん」
言いたいことは分かるが、みっともなさ過ぎるだろう。この自称女神がどんどん惨めに思えてきた。
「手っ取り早く、異世界に転生したときに超越者並みに反則じみた能力持たせるとかできないの?」
まぁ、これが一番妥当だと思う。最悪、超越者を一方的に倒すとかすればすぐ終われるし。それに転生してチート能力で圧倒してドヤる展開って男子たるもの一度は憧れるだろう。食いつきもよくなるはずだ。
「グスン。それはダメ。そもそも、そんな奴らどうしが戦うと世界が滅ぶって話なのに増やしたらダメでしょ? でも、まぁ3回くらいなら特別な力を使ってあたしが直接助けてもいいよ。後は便利グッズも付けてあげる」
正論である。これ以上自分から世界を壊す要因を増やしたらダメだな確かに。というか、焦って愚図って疲れたのかヒルダが大分、萎らしくなってきた。なんか可哀そうになってきたし、アイテムとお助け技を付けてくれるというからやってみてもいいかなと思えてきた。無事成功したら願いも叶えてくれるようだし……
「あー、ヒルダさん? やってあげてもいいかなって少し思ってきたよ」
その言葉に彼女は一瞬で元気になる。現金すぎるだろう。
「ふっふーん。やっぱりあたしのような美人は放っておけないって事ね!」
一瞬でうざくなった。やっぱダメだわコイツ! まぁ、一度やるって言ってしまった以上は責任をもってやろう。
俺は覚悟を決めるのだった。
面白いと思っていただけた方、つまらなかったという方、惜しいと思ってくれた方
参考までにご感想頂けると幸いです。
また、評価を頂けると励みになります。




