役者の仕事と2人の想い
今日はこの一本だけになりそうです…。
「俺は元々いた世界では役者をしてた」
「やく…しゃ?」
「やくしゃって何ですか?」
どうやらこの世界では、観劇は娯楽として発展してはいないのだろう。
まだ森の中とこの部屋しか自分の目で見ていなかったので、少しだけがっかりした。
まぁ、調度品や食事の様子を見て、この世界の文化レベルについては予感していたのだが。
「お芝居を見せて、お客様からお金をいただく職業の事だよ」
「おしばいって何?どんなことするの?」
「お芝居ってのは、役者が自分以外の人間を演じて、物語を進める技術の事…かな?」
「えんじる…?それって結局どういうこと?」
「えっと…」
改めて説明すると難しい。
そもそも、文化的な概念がどの程度この世界に根づいているかもわからないのだ。
少し考える間に、シェスカは3人分のグラスに蜂蜜水をつぎたしてくれる。
思いついたアイデアはあったが、果たして通用するかどうか…。
「2人は…例えば、寝物語にお母さんとかから聞かされた物語とか、何か覚えている物ある?」
そう聞くと、ルルの顔が僅かに曇った。
表情には極力出さずに、目線だけを下へ反らす。
間髪いれずにシェスカが応えてくれた。
「例えばの話なのだとしたら、わたし達よりあなたの知っている物語を聞きたいです。あなたのいた世界の事、知りたいですし」
ニッコリと微笑んで返すシェスカを、チロリとルルが見る。
そのままクピリと喉を湿らせ、いつもの笑顔でこちらを覗きこんできた。
2人の笑顔に勇気を貰った気がして、アイデアを実行に移すことに決めた。
「わかった。面白いかはわからないけれど、やってみよう」
「ありがとうございます。お願いいたしますね」
「それではお聞きいただきましょうか。どうぞ最後までお楽しみください。…むかーし昔…」
そうして、俺は日本人なら誰もが聞いた事のある物語を話し始めた。
果物から産まれた男の子が、団子で仲間を募り、怪物退治を果たす物語だ。
しかし、順調には進まなかった。
「お兄さんの世界では果物から人間が産まれるの?」
「なぜその方は動物と喋れるのですか?」
「きっと命賭けの戦いになるのに…お菓子ひとつで従者になるなんて…」
「きっと、その『団子』というお菓子に仕掛けがあったのでしょう。おばあ様もこっそりと支援していたのですね…」
一度聞かせるだけでこの有り様だ。
とりあえず、常識の違いを擦り合わせながら、一席終わらせた後、2人にも共感しやすいように改変した物を改めて聞かせていく。
結果、出来上がった話がこれだ。
果物畑に捨てられていた赤ん坊を老夫婦が拾い、大事に大事に育て上げた。
怪物の噂を聞いた主人公が旅立つ際には、餞別として、大好きだったお菓子の作り方を教えた。
旅の途中で出会った仲間達とは、作ったお菓子を一緒に食べることで絆を深めていく。
最後には、怪物退治を果たす。
冒険者ギルドを通さずに行った旅だったので、怪物の溜め込んでいた財宝は総取り出来ました。
ちなみに、主人公の名前は、この世界における常識に照らし合わせて『モモ・タロウ』だ。
そのせいで…
「モモちゃんは剣を使うんでしょう?シェスカとどっちが強いかな?」
「モモちゃんには固い絆で結ばれた仲間がいますから…かなわないまでも、全力を尽くして闘うことができるはずです。多くの仲間に慕われるのですから、尊敬すべき人間性を持っていることがうかがえますし…」
「あと、モモちゃんは料理できるじゃない?すごいよねぇ…。みんなモモちゃんの料理にイチコロだったんだから。アタシなんて…」
『モモ・タロウ』は強くて女子力高めの完璧人間になっていた。
…。
…………。
モモちゃんって…。
「そういえば、何故このお話をしてたのでしょう?」
「あっ!そうだった。えっと、お兄さんのお仕事の話だよね?」
「やくしゃというのは、こういったお話を作る職業なのですか?」
気を取り直して蜂蜜水で乾いた喉を湿らせる。
「それじゃ、改めて俺の仕事を見てもらおうかな」
一度軽く目を瞑り、呼吸を整える。
心の中でかけ声をかけるのは忘れない。
(よーい…アクション!)
「むかーし昔、あるところに…」
「えっ…?」
「あら…!」
腹式呼吸をしっかり使って、身体の中央から声を出す意識。
部屋いっぱいを包み込むような意識で響かせる。
お客様である2人の様子は逐一観察しつつ、目線や目力、時折手振りも添えて物語の世界に引き込んでいく。
役柄もしっかり演じ分ける。
先ほどは割愛していた台詞を即興で足しながら、心の真ん中に置くキャラクターを切り替えていく。
声色だけで演じ分けるとパワーが落ちる。
しっかり、その時々のキャラクターの心情まで踏み込んでいく。
2人はとてもいいお客様だった。
ルルはモモちゃんが老夫婦に大事に育てられるシーンや、仲間にお菓子を振る舞う時に、口を「お」の形に開いて、目をキラキラと輝かせながら、何故かしっぽの先をくりくりといじっていた。
シェスカはシンプルに、クライマックスの怪物との戦闘シーンで興奮していた。
手のひらを頬にあて、やや顔を赤らめながら、ほうっ…と息をつく。
「…みんなで仲良く、幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
最後まで演じあげ、2人を見ると、ふっ…と身体の力を抜いているのを感じた。
しっかりと物語の世界に引き込む事はできていたようだ。
今日の自分の仕事には及第点を与えたい。
「これが、演じるってことで、役者が頑張って育てる技術…かな。どうだった?」
2人に声をかけると、ルルがガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。
「凄かった!お兄さんが何人もいるみたいだったし、何だか頭の中に景色が見える気がしたし!凄いよ!魔法みたい!」
ルルはしっぽをピンと立て、胸の前で握りこぶしを2つ作ってべた褒めしてくれた。
気恥ずかしいが、悪い気持ちはしない。
ついつい笑顔が深まってしまった。
「ありがと。…シェスカは?」
「………」
シェスカは顎に人差し指をあて、少し物思いにふける。
「んー…。まずは、ルルと同じ意見です。本当に凄い技術でした。元の世界では、やくしゃの中でもトップレベルだったのではないですか?」
シェスカの言葉を聞いて、ついつい苦笑いを浮かべてしまった。
「そんな事はないよ。俺は全然売れない役者だった。いつも経済的に困っていたし、俺の技術を評価してくれる人はいたけど…もっとうまい人は沢山いるよ」
「それは…何と言うか、厳しい世界なのですね…」
さらに、苦笑いに皮肉な色を混ぜてしまう。
「そうだね…。うまければ必ず売れるとは限らないし、技術が伴っていなくとも売れる人もいた。たぶん…大事なのは、チャンスをしっかり自分の物に出来る、勝負強さ…だったのかな?俺は…俺には勝負強さが足りなかったんだろうね」
「なるほど…」
そこで、シェスカは両手を膝に置き、微笑みを浮かべ、こちらを真っ直ぐに見つめてきた。
「では、こちらの世界に来たことで流れが変わったのでしょうね」
「…え?」
「あなたの勝負強さは大したものです。戦闘の素人にも拘らず、突発的に荒事にまきこまれ、人ひとりの命を救ってしまったのですから。勝負強さの足りない人には見えません」
「でも、自分が大怪我をして、こうして迷惑をかけている…」
シェスカは急に顔色を変えた。
眉間に力を入れ、より真剣な表情に。
「迷惑だなんて思っていません。わたしはあなたに、大事な親友を救ってもらった恩義を、ルルは自らの命を救ってもらった恩義を、それぞれ返しているだけです」
「そうだよ!お兄さんには本当に感謝してるし、それに…それだけじゃ、なくて…」
急にシュンとして椅子に座ったルルの頭を、シェスカはゆっくりと優しく撫でる。
「恩義を返す思いもありますが、わたし達2人共、あなたとは仲良くなりたいのです。もし返し終わる日が来るとしても、仲良く出来る間柄に…」
「え…」
シェスカはクスリ、と微笑みを深めて…。
「あなたが思っている以上に、わたし達はあなたを好ましく思っていますよ」
「な…!え、えぇ?」
「ちょ、ちょっとシェスカ!」
狼狽える2人の様子を見たシェスカの頬は赤みが混じった色合いに変わる。
「コホン…。詳しくは割愛しますが、わたし達と共にあることを負担に感じたり、後ろめたく思う必要はありませんし、思わないでいただきたいと、今はそれだけわかってくださいな」
「シェスカ…。ありがとう、わかったよ」
もし、気の重さを量る道具があったなら、俺の心の重量はこの数分間で半分以下の重さになっている事がわかっただろう。
シェスカと同じく笑顔を浮かべ、目を合わせて、礼を言った。
ルルはそんな様子を見て、うぇへへ…と、変な声で笑っていた。
「それで…ですね」
「うん?」
シェスカは再び微笑みの中に真剣な色を浮かべて、言葉をついだ。
「一緒に行動したいからこそ、聞いておかねばならない事があります」
「あぁ、何でも答えるよ」
俺も笑顔のままで返事を返すと、シェスカは逆に笑顔を消して、真剣な色だけを表情に残した。
歴戦の勇士が持つ気迫みたいな物を感じて、しゅっと背筋が伸びた。
「答えられる事だけで構いません。この世界…わたし達の今いる世界において、あなたのような特殊技能、別人に成りすます技術を持った人間がいない訳ではありません。ひとつは詐欺師…それに、間者です」
「ちょっとシェスカ!」
ルルが振り向いて咎めるが、シェスカは顔色を変えず、片手を軽くあげるだけで反論を封じる。
「非常にあなたの技術が高いレベルにあると考えるからこそ、聞いておかねばなりません。今一度詳しく、あなたがどこから、どのような経緯でこの世界にやって来て、わたし達と出会う事になったのか、教えていただけますか?」
会話が増えると、とたんに話の整合性のバランス感覚が難しくなりますね…
っていう反省を抱きましたww
もしかしたらいつか改稿するかもしれませぬ。
その時は、活動報告や、後書き等でお知らせします。
8月4日(日)
一部改稿しました。
それでは、
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
良かったら、次も読んでくださいね。




