観測者の夢とギルド登録
「うぇーっす」
俺は再び天使の少女の前に連れてこられた。
相変わらずのユルい挨拶。
チーズフォンデュパーティーの後、ベッドに潜り込んだかと思った瞬間、これだ。
「そういえば、キミの名前をまだ聞いてなかった」
「ナマエ? 観測者でいいって言わなかったっけ?」
「名前って、そういう物じゃないだろ?」
「じゃあ、どういう物なのさ?」
そう問われて言い淀む。
名前………個体を識別する為の物………いや、なんか違う。
「たぶん、人間に与えられる名前ってのは、こういう風に生きていく、生きていって欲しいって言う、祈りみたいな物………道標かな」
「さすが役者。なんかその答え、中二病っぽくない?」
「うるせえやい。で、キミの名前は?」
少女は眉間にシワを寄せた。
気分を害した? ………いや、わからない。
「それならやっぱり観測者で充分だよ。あーしは観測者、それだけ」
「いや、だったら………」
「そ・れ・よ・り! 何逃がしちゃってんの!?」
「は?」
「転生者! 逃げちゃったじゃん!」
「え? もうザムラにいないのか?」
「そうだよ! ま、1人逃がして2人と合流できたんだから、差し引きプラス1、なのかな」
「いや、そういう事じゃないだろ?」
「いいから! アンタは早く文化して! 猫耳娘ちゃんは楽器作って準備してるし、小人双子はその地に着いた瞬間から文化してたよ? アンタは?」
「ちょっと待てよ。俺だって………」
「口答え禁止! いい? アンタのファミリアはお芝居を売るファミリアにしなさい! わかった!?」
そう言うと、彼女は両手をパンと叩く。
音が耳に届いた瞬間、目の前の景色は幻想的な光の世界から現実的なホームの天井に変わる。
窓からは朝日が射し込み、天井の傷まではっきり見えた。
「嘘だろ………? なんか、休んだ気がしないんだけど………」
「ジ~ル~!? 起きないの!?」
ドンドンと扉を叩く音と、ルルの声。
どうやら観測者と話しているうちに、俺は寝坊したらしい。
頭を掻きながら、ベッドから身体を起こした。
「お待たせ。みんな」
ユウキちゃんが作ってくれていた朝食を食べ、ガーフを飲んでいると、シェスカがギルドから帰ってきた。
ルルはレンとランを呼びに行き、ユウキちゃんはシェスカのお茶を用意する。
アイリは俺よりも寝坊したようで、ルルと入れ違いに階段を下りてきた。
全員が揃うと、丸テーブルを1つとカウンターを使い、ユウキちゃんは厨房に立ったままで、シェスカに注目した。
シェスカは手にした木箱から、大きな深皿を取り出し、何やらトロリとした液体で満たした。
「これがギルド登録に使う神器。自分の名前が書かれた羊皮紙を浮かべ、血を垂らすと完了」
「さ、誰からいく? やっぱジル?」
説明それだけ? と考えていたら、ルルの言葉で皆が俺に注目した。
多少の居心地の悪さを感じながら、懐から羊皮紙を取り出す。
あの日、俺がジルクリス・ロンクーシになった日、2人がくれた羊皮紙だ。
そっと深皿に浮かべると、液体の粘性のせいか、揺らぎもせずピタリと止まった。
腰からナイフを抜き、人差し指に切っ先をあてる。
プクリと膨れる赤い血を羊皮紙の上に落とす。
たった1滴の血の重みで、羊皮紙は僅かに沈み、液体に血が混ざる。
その瞬間、液体が羊皮紙を中心にして一気に収縮した。
カラン………と音をたて、銀色の金属片が深皿に落ちた。
液体も羊皮紙も消え去ってしまった。
シェスカが金属片を拾い上げ、確認する。
裏、表とくるくる回しながら目をやり、ふっと息をついた。
「きちんとジルクリス・ロンクーシで登録されてる。これでジルは正式に冒険者よ」
シェスカに金属片を手渡され、俺も目を通した。
名前は刻まれている訳ではなく、目をやると、すっと意識に染み込んでくるかのように、頭に浮かんだ。
「ジルクリス・ロンクーシ」と。
「ジル! 良かったね」
ルルがニッコリと笑いながら声をかけてくれた。
登録が成った事だけでなく、ジルという名前で登録出来た事も喜んでくれていると気づいて、思わず苦笑した。
その懸念は既に、アイリに出会った瞬間に払拭されている。
アイリが元の世界で猫耳を生やしながら生活していた訳はなく、記憶の通りの名前で登録出来ているのだから。
「この身体本来の名前」なんて物は無いのだとわかっていたつもりだった。
が、ルルやシェスカの顔を見ていると、不思議と安堵の気持ちが広がるのを感じ、なんだかホワホワとした気持ちになった。
その後、レンとランの登録も無事完了して、お茶ではあるが、ささやかな乾杯をした。
俺とシェスカはガーフ、ルルとラン、アイリは紅茶、レンとユウキちゃんはミルクと、バラバラなお茶を用意したが、カップを合わせるカチン…という音はバラける事無く、澄んだ音が1度だけ響いた。
「ファミリアの登録ってのも、さっきみたいな不思議儀式やるの?」
「いや、ファミリア登録は書類をギルドに提出するだけ。こんな感じ」
シェスカが羊皮紙を取り出し、見せてくれた。
リーダーの名前、活動内容、以上。
「え!? これだけ?」
「それだけ。メンバーの追加にはさっき作った『証』が必要だけどね」
「ちなみに、シェスカとルル、2人のファミリアの活動内容って、何て書いてるの?」
「様々な冒険者活動を行います………だったかな」
「それ………何て言うか」
「杜撰ッスよね………」
アイリが俺の言葉を次いでくれた。
そうなのだ。
はっきり言って、杜撰に過ぎる。
「ま、ギルドとしては、誰と誰が共に活動してるのかって事だけわかれば充分だから」
シェスカも肩を竦めながら返してきた。
そんな感じなら話は簡単だ。
「じゃあ、今からファミリア登録もやっちゃおうか」
俺はシェスカと、アイリと共にギルドへ出掛けた。
他のみんなの証を預かって。
レンとランは部屋に込もって衣装作り、ルルはユウキちゃんの家事を手伝うらしい。
外は太陽の光が照りつけて、汗が止まらない。
早いとこレン達に涼しい衣装を作ってもらった方が良さそうだ。
ギルドでの書類登録はすぐに終わった。
ファミリアのリーダー変更、活動内容変更、メンバーの追加を全て職員に口頭で伝え、証を確認しながら、職員が書類にしたためていく。
活動内容だけは、口頭で伝えると、不思議そうな顔をされたので、羊皮紙に書いて渡した。
「様々な『文化』活動を行います」
普通、ファミリアの呼び方は、リーダーの名前をとって、俺達の場合なら「ジルクリスファミリア」となるのだが、しばらく後、俺達は例外的にこう呼ばれる事になる。
「文化ファミリア」と。
さて、次からゆっくりゆったり文化活動していきましょうか。
それでは、
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