作戦決行と拉致
ザムラの海と山に挟まれた狭い平地のほぼ真ん中を南北に貫くメインストリート。
その道から少し外れただけの、ほぼ一等地に今ザムラで話題になっているエルロイファミリアの店がある。
10階建ての高い建物の2階と3階は、ところ狭しと商品が並べられた雑貨屋になっている。
2階の1番目立つところにディスプレイされているのが、今街を席巻している新しい衣服だ。
2階の奥に座る犬耳の男が、おそらく今日の売り場の管理者だと見当をつけ、足早に近寄った。
「どうした? 探し物かい?」
犬耳の男は酒に焼けたようなしゃがれた声で、煤けたマントをつけた俺に声をかけた。
「いや………売り込みだ。街で聞いたら、今はここが1番勢いがあるって聞いたもんでな」
「売り込みか。どこの所属だ?」
「今朝ザムラに着いたばかりなんだ。所属どころか登録もまだだよ」
「なるほどねえ。上で話を聞こうじゃねえか。ついてきな」
犬耳の男に続いて階段を登る。
男は4階の部屋の扉を開け、中に入るよう促した。
4階の廊下1番奥には別の男が座っていて、こちらをじっと見ていたのが気になった。
俺が部屋へ入ると、男も中に入り、扉を閉める。
部屋は狭く、テーブル1つと椅子がいくつかつまれていた。
男は椅子を2つ用意すると、そのうちの1つに腰かけた。
「まあ座んなよ。商品を見せてくれ」
「わかった」
俺は椅子に座り、荷物から箱のような物を取り出した。
「その中か?」
「いや、これが商品だ」
俺は箱に張られた動物の革を指先でポンポンと叩く。
低く澄んだ音が狭い部屋に響く。
「俺はこれを『太鼓』と名付けた」
「たいこ………? 何に使うんだ?」
「まあ、見とけ。いや………聞いとけ、かな?」
俺は両足で挟むようにして太鼓を固定し、リズミカルに革の部分を叩いた。
叩く場所を変えたり、時には枠の木の部分を叩いたりして、音の種類を増やす。
トンタタッ、タタッタ、トンタタッ、タタッタ………
元の世界の大型ディスカウントショップのテーマソングをイメージし、奏でる。
少し弱いか、とも思ったので、鼻唄もセットでつけておいた。
「よくわからんが………面白いな」
「そう言って貰えると嬉しいね。今新しい商品で街を席巻してるエルロイファミリアの店で、こういった音が流れてたら、客は気になるだろう? そして、その客が太鼓を求め、売り物になるって具合さ」
「それは1つ作るのにどれだけかかる?」
「今見せた簡単な物なら革を張るだけだからな。1日に5から6ってとこか」
犬耳男は顔を歪めて、ため息をついた。
「そんなに簡単に作れるなら、お前から買う必要はないだろ」
「ああ、簡単に作れるならな………」
「なるほど、何か秘密があるんだな………」
「例えば、表に模様を彫りこんだりして高値に設定したり、大きさや革の張り具合で音が変わる。今のところ、ノウハウを持ってんのは俺だけだな」
ニヤリと男が笑う。
好感触だ。
「いいだろう」
男は壁から下げられていたロープを1度グイッと引いた。
また席について話を進める。
「お前の工房はどこだ?」
「言っただろ? 今朝ザムラに着いたばかりだ。工房はまだない」
「そうか、それならウチで用意してやろうか?」
「本当か? いや、助かるぜ。金も旅で厳しくなって来てたからな」
「生活の世話もしてやるよ。どうだ? いい条件だろう?」
「そりゃ助かる。仕事が軌道に乗るまでは世話になるぜ」
「いや、そりゃちと違うな………」
その時、扉がバン! と大きな音をたてた。
思わず振り向こうとしたが、すぐに視界がチクチクと肌触りの悪い、頑丈そうな布で覆われた。
頭から大きな袋を被せられたらしい。
そのまま頭をテーブルに押しつけられ、手を後ろに組まされ、ロープで羽交い締めにされた。
「俺達がアンタを世話すんのは、太鼓が売れなくなるまでか………一生さ。怪我したくなけりゃ、大人しくしなよ」
俺は袋を被せられたまま歩かされた。
が、つまづきながら階段を登っただけだったので、大した距離ではなかった。
音などに反応しようとしただけで肩が抜けるかと思うくらい腕を締め上げられるので、大人しく従った。
そのうち、扉の開くような音がしたかと思うと、尻を思い切り蹴飛ばされた。
衝撃に、床へ頭から突っ込む。
すぐに後ろでガチャンと扉の閉まる音がした。
扉が閉まると、まるでテレビがつけられた瞬間のように、回りが音で満ちた。
何かを叩くような音、金属が擦れ合うような音等が遠くから響いてくる。
よくよく探ると、チーズのような香ばしい匂いもする。
もぞもぞと動いていると、誰かの近づく足音がした。
思わずそちらへ顔を向けるが、見えるのは頭に被せられた袋だけだ。
「動かないでください。袋をとります」
「ああ、わかった」
女性の声に答えると、すぐに袋はとられ、周りの景色が見えるようになった。
かなり薄暗い。
窓がないようで、ランプの灯りだけが頼りだ。
目の前には長い廊下が広がっていて、いくつかの扉も見える。
袋をとってくれた女性が見当たらなくてキョロキョロしていると、後ろから声が聞こえた。
「立てますか? そのまま部屋へ連れていきます。大人しくしてください」
「………お前はエルロイファミリアの一員か?」
「ここから先にはファミリアの人は来ませんよ。さっきみたいにあなたのような人が連れてこられる時だけ。わたしも被害者です」
後ろを見ないままに話を続ける。
声の感じだと、この女性はかなり怯えているようだったので、先ずは落ち着いてもらおうと思って話を続ける。
「そうか………大変だったね」
「………そう、ですね。大変です。でも、今日からあなたも大変ですよ」
「そうかもね………キミはここで何をしてるの?」
「………そんなこと聞いても仕方ないですよ。ここでは皆個室に閉じ込められて、外には出られませんから」
「さっきから音はしているけど………」
「部屋から響いているだけです。階下には神の力が働いて、響く事はありません」
「そうなんだ。さっきからすごく美味しそうなチーズの香りもするよね」
そういうと、後ろからギシリと床の鳴る音が微かにした。
女性の反応を待つと、ややあって、さっきまでよりは幾分弾んだ声がかえってきた。
「それがわたしの仕事です。ここでは色んな味のチーズを作っています」
気になる言葉に、俺は思わず背筋を伸ばし、問いかけた。
「キミがサカグチさんの娘さん?」
女性の声は再び聞こえなくなった。
辛抱強く反応を待っていると、やっと声が返ってくる。
「あなたは父を知っているんですか?」
今日ももう1度、夜に更新する予定です。
それでは、
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
良かったら、次も読んでくださいね。




