闘争と再びの暗転
賊の男は狂喜していた。
荷馬車の向こう側から聞こえた小さな声。
護衛と荷運びの下働きだけかと思っていたが、他にも人間がいたのだ。
護衛の女戦士が冗談のように強く、仲間達は半数程がやられてしまった。
が、人質がとれれば、状況は変わる。
残り少ない仲間達が少しの間時間を稼いでくれれば、人質を盾にあの女戦士を無力化できる。
仲間が減ってしまったのは痛いが、将来を考えなければ、自分の食い扶持が増えたとも考えられる。
賊の男は下卑た笑いを浮かべながら、無音で木陰に身を隠し、しっぽの生えた子供の様子を窺った。
しっぽの生えた子供は痛む足首を睨み付けながら、手のひらを患部にあて、必死になって声を殺していた。
こっそりと戦闘の場所から離れようと考えたのが間違っていた。
護衛というものは、守るべき護衛対象があることで、戦闘効率が落ちる事を知っていたのだ。
一刻も早く戦闘を終わらせてもらうには、自分が現場から、あくまで一時的にだが、離れた方が良いと考え、機会を窺っていたのだ。
足を引っかけ、馬車から転げ落ちるようなヘマをしてしまうなんて…!
足首はじくじくと痛み、すぐには動けそうもない。
今は一切の音をたてず、賊に気づかれていない事を祈るより他ない。
その祈りがこの世を統べる神に届かなかったと知るのは、すぐだった。
木陰からわずかな音を感じ、振り返る。
襤褸を着て、畑仕事で使う鉈のような得物を下げた男が下卑た笑いを浮かべて近づいてくる。
僅かな絶望を感じた後、すぐに頬に力を入れ、男を睨み付けた。
が、男は下卑た笑いを深めるだけで、近づいてくる歩みのペースは変わらない。
絶望感は一気に膨らみ、全身を覆いつくした。
かくなる上は、迷惑を承知で、未だ闘っている護衛に助けを求めるしかない。
大きく息を吸い込んだ瞬間、賊の男の下卑た笑いが薄れ、歩みが止まった。
そのまま声をあげようとした直後、息が止まり、盛大にむせた。
「ゴホッ!ゴホッ…!はぇ?」
賊の反対側、自分の後ろ側からも人間の足音が聞こえたからだ。
慌てて振り向くと、やせ形で黒髪、やや茶のかった黒目の少年が近づいてきていた。
見慣れぬ服装をした少年は、賊の男を鋭く睨み付けながら、自分の横まで歩を進め、立ち止まる。
ポカン…と見上げていると、少年は一度こちらに目を向け、ニコリと、ひどく優しげに微笑んだ。
不思議な事に、それだけで自分を覆っていた絶望感が霧散したように感じた。
少年はこちらから目をきると、一歩だけ賊の方へ歩を進め、再び賊の男に目をやり、先ほどと同じか、それ以上に鋭い眼光で睨み付けた。
「まだいたのか…冒険者か?」
賊の男に声をかけられた瞬間、一瞬だけ集中力がきれそうになり、慌てて背筋に力を入れ直し、集中力をあげなおす。
(言葉が…わかる?)
賊の喋る言葉は日本語ではなかったし、芝居の糧になるかも、と考えて少しだけ学んだどの外国語とも違っていた。
しかし賊の喋る言葉は、頭の中で、まるで産まれた頃から慣れ親しんだ言葉であるかの如く、処理された。
(まぁいいや…好都合だ。)
彼は決して状況を楽観視はしていなかった。
敵である賊は鉈のような得物を持っており、こちらは無手。
柔道は一応黒帯を持っていたが、武装した相手と組手をしたことなど勿論ない。
異世界転生をテーマにした小説やアニメでよくあるチートな能力など、確認する前から頼りにするのは論外。
しかも、こちらは護衛対象となる子供を背後に抱えているのだ。
結論、自分ひとりで賊を無力化させるのは不可能。
護衛達が向こうを片付けるまでの時間稼ぎが、今、自分のやるべきことだ。
「冒険者…ではないかな。」
「何だと…?」
眼光の鋭さは意識したまま、口角だけを皮肉に見えるよう、少しだけあげる。
敵の出足を鈍らせるのに、こちらに余裕があるように見せかけるのが必要だと考えたからだ。
勿論、本当は全然余裕なんてない。
賊の持っている、鈍く光る得物の存在感には圧倒されっぱなしだし、やや腰を落とした敵の体勢は、今にもこちらへとびかかって来そうな圧迫感を感じる。
背中にはぐっしょりと汗をかいていたし、膝が笑わないように必死だった。
ただし、彼の積んだ役者としてのキャリアが、彼の身体に全力で嘘をつかせていた。
(嘘をつくのが役者の仕事…。ただし、詐欺師は自分の利益の為に嘘をつき、役者はお客様や共演者等、自分以外の誰かの為に嘘をつく!)
声には出さず、念仏のように、すがるように、恩師と考える演出家の言葉を頭の中で唱える。
「手ぶらで俺を何とかできると、本気で思ってんのか?」
「あぁ、それは無理だろうね。」
「はぁ?」
ここは、虚勢を張らずに正直に答える。
自惚れでなければ、敵は少なからずこちらを警戒しているように見える。
ならば、こちらの言葉は頭から疑ってかかるのが心情だ。
それに何より、「何とでもできる」という台詞をしっかり口にできる自信がなかった。
(嘘にもならない虚勢は、芝居にのめり込んでいるお客様ですら素に戻してしまう。しっかりと嘘に出来るくらいまで脚本を読み込む事は役者の義務!)
勿論、目の前の状況に脚本など存在しないし、読み込める訳もない。
彼の10年に及ぶ役者としてのキャリアは、嘘にもならない台詞を吐く事が出来ない身体に、彼の身体を作り替えていた。
ただし、正直なばかりでは、芝居にはならない。
ほんの少しのブラフを混ぜ混むことは忘れない。
「本当に俺が手ぶらなら…だけどな。」
「…!」
表情が変わらないよう意識しながら、眉間と目尻を結んだ目の奥に力を入れるイメージ。
10年のキャリアで編み出した、彼なりの圧迫感、俗に言う「目力」の高めかただ。
しかし、これは彼の計算違いとなり、効果を発揮しなかった。
「上等だぁああぁ!」
「…っ!」
賊は怯むどころか、得物を振りかぶり、襲いかかってきた。
賊の男にも緊張感が増していた事を計算できていなかった。
(くそっ!相手役の様子の観察はアンサンブルの基本!ひとりで芝居は出来ないってわかってたはずなのに!)
頭の中で自らに悪態をつきつつも、突発的に始まった荒事に意識を集中する。
(観察!)
賊は右手に持った得物を頭の横に抱えるように振り上げ、こちらに走ってくる。
(袈裟斬り!怯むな!)
自らも前へ踏み込み、賊へ肉薄する。
刃物に限らず、得物相手の殺陣の基本は間合いをきっちりはかること。
(ならば、間合いをずらせば、攻撃には当たらない!)
予想と違ったのか、賊は目を剥き、二の腕に力を入れる。
僅かに袖から覗く筋肉が盛り上がった。
(もう一歩!)
賊の右腋をすり抜けるように踏み込み、体をかわす。
背中のすぐ後ろでなった、ブンッ、という風切り音に、僅かに身がすくむ。
「このっ…!」
振り向き様に、賊が得物を左肩に添えるように構えるのが見えた。
(返す刀で水平斬り!ただし、相手の体は流れている!)
僅かに左足をひき、同時に上体を後方へ倒すことで凶刃をかわす。
(位置が入れ替わった!あの子を守らないと!)
僅かに右半身に力を入れ、フェイントをかける。
下手に攻撃しようとすると、戦闘の素人なのが相手にバレてしまう可能性があったので、あくまでフェイントだけ。
「ぐっ…!」
賊の男は大きく後ろに跳びのき、しっぽの生えた子供との距離があいた。
ひとまず、思ったとおりに相手を動かすことはできたが、つぅ…とこめかみに冷や汗が伝う。
(あのフェイントに反応できるくらいには戦い慣れてるってことか…!)
その時。
「大丈夫!そこにいるの!?」
馬車の向こう側で大きな声が上がった。
直後に複数の足音が近づいてくる。
どうやら、護衛達が賊を無力化しおえたようだ。
彼は賊から目を離さないままで、ほっ…と少しだけ息をついた。
少しだけだ、油断はしていないつもりだった。
「くっそおぉおお!」
賊の男は自棄になったように、再び得物を振りかぶって突進した。
彼にではなく、未だ無防備にしゃがみこむ、しっぽの生えた子供の方へ。
「う…あっ!」
何も考える余裕はなかった。
気がついた時、彼は子供を胸に抱きしめ、背中が焼けるように熱くなっていくのを感じた。
「あ…あぁ、あぁああっ!」
抱きしめた子供を離すことなく、覆い被さるように倒れ伏した彼は、「お兄さんっ!お兄さん!」と胸の中から聞こえる声を最後に、意識を手放した。
戦闘シーンのスピード感を表現するのが難しいっ!
思わぬくらい長くなっちゃいました。
いかんいかん。
精進します。
今日もう一回くらい投稿…できたらいいなーww
書き貯め無しで書いてるので、時間の余裕があればって感じです。
8月4日(日)
一部改稿しました。
それでは、
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
良かったら、次も読んでくださいませ。




