素直な想いと強い感情
湯の村に来て5日が経った。
ルルは毎日シェスカとアイリに連れられて、俺とアイリが出会った温泉に行っている。
俺だけ性別が違うから、いつも留守番をしている。
留守番をしている間、俺はいつも散歩をしていた。
いや、散歩ではないのかもしれない。
歩いてないから。
山道を駆け、岩を跳び、木に登り、坂を降りる。
俺は汗だくになりながら、少しでも体力をつけられるよう頭を働かせた。
そして、その全ての行動を、シェスカに貰ったナイフを抜き身で手に持って行う。
何かしなければ、気が狂いそうだった。
強く、なりたかった。
そして、今日。
朝食を終えたルルは突飛な事を言い出したのだ。
「明日から旅に戻ろう」
「ルル………でも…」
「お願いシェスカ。アタシ、ザムラに帰りたい」
「いいッスねぇ! 自分もザムラ行きたいッス。まだ行ったことないんスよね」
「ありがとうアイリ。でね、今日最後だから、みんなでお湯入ろう。………ジルも」
「…………………は?」
ルル以外の3人の時が止まった。
ルルはベッドの上で壁にもたれかけ、両拳をふるふると振りながら、ニコニコと笑っている。
「ち、ちちちちょっとルル! ジルは男よ!?」
「そうだね?」
「ルルの頼みとは言え、ちょっと自分達、覚悟が必要なんスけど………」
「でも、ジルも仲間だもん」
「ルル………?」
「アタシ、こんな身体じゃ、もう旅には出られない。これが最後の旅になると思う。だから、全員で同じ事したい」
ルルのその言葉を聞いて、全員が押し黙った。
最後になんてしたくないと思う者。
別の方法でルルを元気づけたいと思う者。
皆が色々と考えているのがわかる。
その内に空気が変わったのがわかった。
この5日間、ルルの身体は快方に向かっていない。
温泉の効能は発揮されなかった。
だから、ルルの願いを叶える方法を皆が考え始めたのだ。
現実を受け止め始めた。
俺は、その空気が、ルルの事を想い、ルルの為にと動いた空気が、気に食わなかった。
俺はルルを諦めたくなかった。
結局、全員が着衣のままで湯に浸かる事になった。
全員が着替えを持って山を登る。
ルルはシェスカが抱え、シェスカの荷物はアイリが持った。
着替えには、最も新しい、綺麗な服を選んだ。
湯をなるべく汚さないようにするためだ。
どれだけ気を使ったって、着衣で湯に浸かるなんて非常識だ。
そんな常識的な事が頭に浮かんだが、口には出来なかった。
その他にも、頭の中が、皆を否定する考えで溢れていたからだ。
前向きに見せかけようと笑顔を浮かべている皆が、実は全然前向きじゃなく見えて、結局お前らルルの足を諦めてるじゃん! なんて考えに支配されていて。
でも、空気を読んでそれを口にはしない自分も同罪だと感じた。
頭の中はぐちゃぐちゃで。
俺だけが笑顔になれなかった。
2手に別れて服を着替える。
勿論俺は1人で離れた場所で着替えた。
先に着替え終えた俺は、先に湯に浸かる。
ふわふわと漂う服が鬱陶しい。
着替えた3人もこちらにやって来た。
ルルだけが先にブーツを脱いでいる。
シェスカは自分のブーツを脱ぐために、俺にルルを預ける。
背中と膝の裏に手を入れ、お姫様抱っこの体勢で湯に浸かった。
「ぶふぇへへへぇぇ………」
「ルル、すごい声」
「だってぇ………気持ちいいんだもん。ね、シェスカ。帰ったら、ホームにお風呂作ろう?」
「作っても、毎日は無理よ? 誰が湯を沸かすの?」
「誰がってもちろん………あ、そっか、そうだった。うぇへへ…」
ルルはごまかすように笑ったが、皆、ルルが何を誤魔化そうとしたのかわかった。
自分の足の事を忘れて、自分がやると言おうとしたのだと。
「ルル。ルルの頼みなら、自分毎日だってお風呂いれちゃうッスよ? アタシ、お風呂大好きッスから」
「アイリが無理な時はわたしがいれてあげるからね。さ、ルル、こっちおいで?」
ブーツを脱いだ2人が、湯に浸かりながらルルに声をかける。
シェスカは俺の隣に腰を落ち着けると、ルルへ向かって手を伸ばした。
「いいよシェスカ。今日はアタシ、ジルにお願いしたい」
「え?」
「今日まで、シェスカともアイリとも一緒に入ったもん。ジルはまだだから、ジルが嫌じゃなかったら、今日はこのまま………」
俺が問題ないと答えようとしたその時、シェスカはザパッと水音をたて、立ち上がった。
「なんでよルル? 最後だから………ずっとずっと、アイリよりジルよりずっと昔から一緒だったわたしが………」
「シェスカ? ………どうしたの?」
「………ごめんね。何でもない。せめて、近くにいていい?」
「なら自分もー! くっつくッスー!」
怯えたようなルルの表情を見て、シェスカはすぐに自分を取り戻したようだった。
再び湯に浸かり、こちらに身を寄せてくる。
アイリも空気を読んで明るい声をあげ、突っ込んできた。
でも、俺は空気を読めなかった。
読んでいたが、我慢の限界だった。
「ジル………どうしたの? 泣いてるの?」
ルルが俺の顔に手を伸ばし、そっと触れた。
1番ツラいのはルルなのに、1番に俺の涙に気づくし、触れる手はすごく優しくて、暖かくて。
なんでルルが!? 何故ルルなんだ!?
せめて、叫びだしてしまわないよう、俺は奥歯を噛み締めて、嗚咽をあげた。
「ジル、落ち着いて? お願いよ」
「ジル………気持ちはわかるッスけど、今は…」
「わかってる」
俺は涙を流し続けたまま、顔をあげた。
シェスカと、アイリ、そして、ルルの顔を見る。
俺は自分の発した声の穏やかさに驚いていた。
激昂すると思っていた。
シェスカとアイリに、自分の感情をぶつけてしまうのではないかと。
でも、そんな事はなかった。
俺は、ルルだけじゃない。
この2人も、大好きなんだ。
ちゃんと3人とも、大切なんだ。
そう思えて、さらに少し、落ち着けた。
「でも、俺………やっぱ嫌なんだ。ルルの足を諦めるのが。現実を受け入れようとしてる、今の空気が」
俺は考える事をやめた。
頭を空っぽにして、心で会話するイメージ。
今まで、芝居ではたどり着けなかった境地だった。
自分の心をさらけだす事は、怖くて、恥ずかしくて………
でも、今は、今だけは関係ない。
何故だかそんな気分になった。
何故だか言わなきゃダメだと感じた事を喋った。
「でも、ジル………」
「わかってる。現実は受け入れなきゃダメだ。でも、俺は諦められないんだ」
「ジル。その話、今じゃなきゃダメッスか?」
「今じゃなくていつするんだ? 時が流れて、ルルが歩けなくなった事に皆が慣れて来た頃に? 時期を選ぶ事に意味なんてないし、今の感情は放出しない限り変わるとは思えない」
「ジル………」
「諦めない事の何が悪い? 夢みたいな確率を信じる事の何が悪い? 俺は元の世界でそうやって生きてきた。誰もが俺に諦めろって言った。芝居で飯が食えるのは一握りだからって。でも俺は10年間諦めなかった」
止まらない。
俺、空気読めてない。
でも、止められない。
「仕事じゃなくて、趣味にしろって奴もいた。でも、俺は芝居が好きだった。俺の好きに真摯でいたかった。全力でいたかった。俺はルルが好きだ。シェスカが好きだ。アイリが好きだ。俺は俺の好きを諦めない」
「ジル………」
「ルル、聞かせてくれ。空気読めてない俺はダメか? お前の抱えるアクシデントを突っつく俺は嫌か?」
「………………………」
「ルル………」
「ルル………」
「アタシ………」
ルルは顔をあげた。
俺を見た。
そして、笑った。
涙をポロポロと流しながら、それでも、笑っていた。
「ジル、アタシ………ツラいよ。足が動かない事も、みんなが役立たずになったアタシを見捨てない事も、アタシに優しくする事も、ジルが………アタシを、みんなを好きだって言ってくれる事も」
「ルル………ルルゥ………」
「ごめんッス………ルル」
「違うの。嬉しいの。生きてていいんだアタシって思える。足が動かなくても、みんなを大好きなままでいいんだって思えるから、ツラいけど、嬉しい。………でもね、ジル」
「………うん」
「好き………大好きなジルが、アタシと同じ考えで嬉しい。アタシも、本当は………本当は、歩けるようになりたい。みんなと旅するのも、みんなの為に何かするのも、みんなと一緒にお散歩するのも好き。アタシも………自分の好きを諦めたくないよぉ………!」
「ルル………」
「ジルはダメじゃないぃ………嫌じゃないよぉ………でも………ツラいよ。ツラいよぉ………!」
いつの間にかルルは顔面をぐしゃぐしゃに歪めながら泣いていた。
シェスカもアイリも泣いていた。
でも………何故か俺の涙は止まっていた。
この世界に、神という存在がいるのなら………
俺に、何かをやらせようとしているように感じた。
やるべき事が、俺に出来る事があるような気がした。
「………神よ」
俺は唱えた。
『神の力の一端』を使用する際の言葉を。
「神よ」
ルルの身体を抱きしめた。
治れ、治れと、心で唱えた。
「神よ!」
シェスカがルルを抱きしめた。
アイリもルルを抱きしめた。
ルルは右拳を額にあて、左手で右手首を掴んだ。
偶然、全員の声が揃った。
「「「「神よ!!!!!」」」」
その時、視界に光が溢れた。
眩しくて目を開けられない。
何が起こったのかわからない。
でも、心では強く強く、唱え続けていた。
何でもいい! いいから、ルルの身体を、治しやがれ!!!
「何!? これ!」
「りっ、力場暴走!? ジルから光が!」
次の一瞬で、閉じた瞼の内側まで光が溢れた。
身体を包んでいた湯の感触が消える。
でも、抱きしめていたルルの感触は消えない。
何が起きたのか、何もわからない中、唯一わかるルルの身体がそこにあるという事にすがる気持ちで、抱きしめる力を強くする。
「神よ!!!!!」
難産でした。
ジルくん、本当にむちゃくちゃですねww
でも、こうなりました。
それでは、
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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