激情の抑制と救出作戦
手紙は短いものだったので、一瞬で読めた。
しかし、その意味が頭の中に浸透するのに時間を要した。
しっかりと意味を理解した瞬間、心を激情が支配する。
誰だ………
ルルに何をした………
シェスカをどうするつもりだ………
俺の大切な人に………
大好きな人達に………
許さない………
許さない許さない許さない………
絶対にぶっ…
パンッ!!! と、両肩が叩かれた。
その瞬間我に帰る。
シェスカが俺の真正面に立ち、無表情で真っ直ぐ俺を見つめていた。
「ジル、わたしも同じ気持ちだよ」
「シェスカ………」
「余計な事をした奴らをぶっ殺したいよね?」
凄惨な言葉を吐き捨てるように言った後、シェスカは今までで1番美しく、優しい笑みを浮かべた。
「でも、まずは落ち着いて。お願い。わたしはとてもじゃないけど、落ち着けない。ルルに何かされて………落ち着いて考えていられない。だから、指示をちょうだい。お願い、ジル」
シェスカは冷静そのものに見える笑顔の下に激情を隠していた。
今すぐに駆け出して、ルルに余計な事をした奴を殺してやりたいという激情を。
いけない………
シェスカにこんな顔をさせちゃ、いけない………!
俺は息を吐いた。
長く、強く、身体の中に空気が残らないくらいに。
激情を押し流すのだ。
落ち着け………
落ち着け………
街の喧騒が聞こえてきた。
今夜は風がない。
空気が少し湿っている気がする。
少しずつ周りが見えてきた。
自分が徐々に自分を取り戻すのを感じて、改めてシェスカに向き直る。
シェスカは右腰に下げた剣の鯉口を指でスリスリと擦っていた。
シェスカも必死に落ち着こうとしている。
アイリはシェスカの右後方から、真剣な顔つきでこちらを見ていた。
両手はポンチョ型マントの中に入れられているようで、見えない。
マントの中に隠してある自分の得物に触れているのだろう。
「まずは状況を確認しよう。敵はルルを拐かし、シェスカを呼び出している」
「そうだね」
「シェスカ、一応聞くが、敵に心当たりは?」
「ないよ。この街は主要な街道からは外れた場所にある。立ち寄ったのは初めてなの」
「わかった。次に、敵の狙いだ」
「シェスカッスよね」
「そうだな。ルルの事はミックスの少女と書いてある。シェスカとルルが共に行動している事は知ってるが、名前を知ってる程ではないと仮定しよう。シェスカは、どのくらい有名だ?」
「ギルドで1年も仕事を受ければ、名前くらいは聞くと思うッス。自分も、初めて湯の村で会った時、名前だけは知ってたッスから」
「なるほど。かなりの有名人だと考えていいか」
頭の中をゆっくりと整理する。
ピースは多くない。
正解の行動なんて、導ける訳がない。
間違わない事だけ考えるんだ。
「今から言う事は全て仮定だ。それを念頭に入れて聞いてくれ」
「わかった」
「墓地にルルはいないと思う。敵の狙いは、シェスカの排除、若しくは排除する事で自分の名声を上げる事」
「そうね」
「どちらにせよシェスカの強さは知ってるだろう。墓地には複数の敵が待ち受けている可能性もある」
「墓地にルルも連れてきといて、人質として使うことでシェスカに動けなくさせる線はないッスか?」
「あり得るが、別の場所にルルを隠した状態でシェスカを脅すのが1番だ。確認もとれないし、ルルの安全を考えると信じるしかないからな。だから、2手に別れる」
「ルルを助けに行く人と、墓地へ行く人」
「そうだ。後手に回っている以上、敵の言う事には従った方がいい。墓地はシェスカ1人、ルル救出には、俺とアイリが行く」
「了解ッス」
「シェスカ。墓地には複数の敵が待ち受けてると考えといてくれ。そして、敵を無力化か、撃退する事に全力を注げ。ルルを引き合いに出されて脅されても屈するな。ルルは必ず助け出すから。俺はシェスカの強さを信じる。だから、シェスカも信じて戦ってくれ」
「わかった。ジル、先に行くね」
「シェスカ! 絶対無事に戻ってくれ!」
シェスカは風のように走りだした。
角を曲がり、すぐに姿が見えなくなる。
「ジル、ルルがどこにいるかわかるんスか?」
「俺は知らないけど、きっともーちゃんが知ってるはずだ」
もーちゃんは先ほどからずっと、自分がやって来た方へ鼻先を向けて、乗れ、と促すかのように体勢を低くしている。
俺はもーちゃんに飛び乗り、首に捕まった。
アイリも俺の後ろに乗り、俺の腰に手を回してくる。
すると、指示も出さないうちにもーちゃんは立ち上がり、駆け出した。
乗馬の経験は無かったので、不安だったのだが、もーちゃんの走りは上下動が少なく、振り落とされる心配はなさそうだった。
街の人達からの視線は気にならなかった。
行動を開始した今となっては、ただただすぐ近くにいない仲間の事しか考えられなかった。
(ルル………シェスカ………2人とも無事でいてくれ!)
もーちゃんが連れてきてくれた場所は、この世界の墓地を見た事がない俺でもわかるくらいに、墓地には見えなかった。
街から出て、少し行った森の一角、人目につきにくいような場所で、ルルは木に縛りつけられていた。
「ルル!」
呼び掛けるが、返事はない。
もはや何かを気にしていられる心境ではなく、胸に耳を押し当てて、心音を確認する。
とくんとくんと静かな音を確認し、少しだけ胸を撫で下ろす事ができた。
「アイリ! 周囲警戒!」
「了解ッス!」
アイリに声だけかけて、腰のナイフを取り出す。
ルルを束縛していた太い縄を切り落とした。
抱き止めて、怪我の有無を調べる。
かなりの強さで縛りつけられていたようで、縄の後がくっきりと残っている。
手の先は赤みの強い紫色に染まり、他と比べるとかなり冷たい。
擦過傷が身体の至るところに見られるが、大きな怪我は無さそうに見える。
「アイリ、戻ろう」
ルルの脇と膝の裏に手を入れ、抱き上げる。
長いしっぽも、手に引っ掛けて、地面を引き摺らないように気をつけた。
もーちゃんには乗らず、歩いて街へ戻る。
シェスカも心配で早く戻りたいが、ルルが頭をぶつけていたとしたら、あまり揺らすのは適切ではない。
「ジル! 自分、シェスカの所に………」
「シェスカなら大丈夫だ。警戒を続けてくれ。どこかから見張られてる可能性もある」
ジリジリと焦る気持ちを必死に押さえながら、ギルドの治療所へ向かった。
ギルドが見えるくらいまで歩いた時、ギルドの前に、赤く染まった服を着た美女が立っていた。
美女はきょろきょろと辺りを見回していたが、こちらを見ると、ゆっくり、ゆっくりと歩いて近づいてきた。
「ジル、ルルは?」
「大きな怪我はないように見えるが、今から治療所へ連れていく。こちらに敵はいなかった。俺もアイリも無傷だ」
「良かった………わたしも無傷だからね」
「敵は?」
「大丈夫。排除したわ」
血染めの服は返り血だけだと知って、ほっと胸を撫で下ろす。
美女は、ルルを心配した時だけは、見慣れたいつものシェスカに見えた。
本当は色々とディテールを考えていたのですが、作品の雰囲気に合わないなと考えて、最小限だけを残し、カットしました。
今後の展開に必要なエピソードだったので、書くだけは書きましたが、自分の力不足を感じました。
みんなには、ゆったり幸せに過ごしていてほしいですし、ジルくんには芝居の事だけ考えていてほしいのですが………
精進します。
それでは、
ここまで読んでいただきありがとうございました。
良かったら、次も読んでくださいね。




